北欧の若者事情は?映画『サイコビッチ』『HARAJUKU』など7作

北欧映画を観ていると、子供を子供として扱っていない、大人と対等な存在として描かれていることに気付きます。非力さや純粋さの象徴として登場することはなく、また、大人から見た子供の姿でもなく、フラットな視点で見つめて寄り添っていると感じるのです。

これは映画が、ということではなく、北欧が子供を尊重する社会だということがベースにあると思いますが、視点がフラットな分、登場人物と感情のリンクがしやすくなり、見るものを青春時代にもあっという間に引き戻してしまいます。そして同時に、大人になった私たちは、どう立ち回るのか、何をすべきか、を考えるきっかけになるのもまた若者を描いた作品だと言えるのではないでしょうか。

『ディスコ』ビジュアル Photo by Jørgen Nordby, Mer Film

毎年2月に開催している、北欧映画の祭典『トーキョーノーザンライツフェスティバル』(以下、TNLF)では、バラエティに富んだ北欧映画をご紹介すべく、ジャンルを問わず作品を選定しています。その中で、「青春映画」は意識してプログラムに組み込み、そのセレクトには定評があると自負しています。誰もが過ごしたであろう(もしくは真っただ中!)青春時代を描いた作品は人気がありますし、何より筆者が青春映画が大好物なのです。好きな理由のひとつは「忘れてしまっていた感情や感覚が呼び起こされる」から。

そんな「青春映画」にスポットをあてて、『TNLF2020』の上映作品をご紹介しながら、これまでに上映してきた作品を振り返りたいと思います。

青春と言えば、なんといっても恋! ノルウェー発の学園ラブコメ『サイコビッチ』と『キス・ミー!』

『サイコビッチ』予告編

TNLF2020上映の『サイコビッチ』はタイトルが強烈ですが、ノルウェー発の学園ラブコメです。家族の期待を一身に受け、教師からの信頼も厚く、クラスメートからも慕われている優等生のマリウスは、学校の問題児のフリーダと学習ペアを組むことを担任から提案されます。要は、担任はマリウスに問題児を押し付けるわけですが、彼は自分の評価を上げるチャンスだと考えて引き受けます。

しかしその目論見はあっけなく崩れ去り、完璧だったはずの彼の生活は、エキセントリックが過ぎるフリーダに振り回されることになるのです。ふたりっきりのプール、忍び込んだ夜の学校の屋上、そしてダンスパーティー(アメリカでいうプロム)と、胸キュン要素も満載ですが、周囲に期待され、それに応えなければならないと無意識に行動していた少年が、抑圧していた本当の自分を解放していくという成長も描かれています。

『キス・ミー!』ビジュアル

第一印象は最悪で、大っ嫌い、なのにいつの間にか気になってしまうあいつ……。個性的な部員が集まる演劇部で上演に向けて奮闘する中、反発し合っていたふたりが恋に落ちていく『キス・ミー!』もノルウェーの学園ラブコメはベタだけど最高! と好評を博しました。

性別を乗り越える現代的な青春映画『ショー・ミー・ラヴ』と『ガールズ・ロスト』

『ショー・ミー・ラヴ』ビジュアル

そして、10周年記念の「スペシャル・アンコール」として第1回開催の上映作品をデジタル・リマスター版でお届けする『ショー・ミー・ラヴ』は、女の子同士の恋愛を瑞々しく描いた作品です。ひねくれものだけど好きな女の子には真っすぐなアグネスと、破天荒なようでいて、アグネスに惹かれていく自分に戸惑うエリン。ふたりの繊細な感情が痛いほど伝わってきて身悶えするほど愛おしい作品です。彼女たちを取り巻く家族や級友たちのキャラクター設定や会話もリアリティに溢れ、国や時代、そして性別を越えた普遍的な青春映画になっています。

『ガールズ・ロスト』ビジュアル

さらに、本当の意味で性別を越える作品がスウェーデンの『ガールズ・ロスト』。その蜜を飲むと一晩だけ男の子になれる不思議な花を見つけたキム、モモ、ベラの3人の少女を描いたファンタジーです。男子生徒のからかいの対象にされ、怯えていた3人は、男の子になると彼らも対等に扱ってくれることを知り、立ち向かう勇気が持てるようになります。やがてキムは、男の子になることで解放される感覚を覚え、親しくなった不良少年に男の子として恋をしてしまいます。一方、友達だったモモは実はずっとキムを想っていて、彼女が男であることを選び、男が好きなら自分も男になると言い出して……。肉体と性別と心が合致しないもどかしさと狂おしさがいつまでも残る、「ファンタジー」の一言では語れない作品です。

ノルウェーの少女が憧れる原宿。幸せの陰に隠れた社会の歪さをあぶり出す『HARAJUKU』

『HARAJUKU』予告編

次にご紹介するのは、時代や生まれた場所、社会や家庭の問題でままならない青春を描いた作品たち。

TNLF2020で上映する『HARAJUKU』のタイトルは、日本の「原宿」を指しています。日本アニメが好きで髪を青く染めているオスロ在住の15歳の少女・ヴィルデにとって、「原宿」はユートピアとして登場します。ロケは東京で行われていますが、必ずしも「原宿」だけではないというところに、海外から見た日本を感じます。ヴィルデは、離婚率の高いノルウェーでは珍しくはない母子家庭で育ち、父親とも交流がありません。クリスマスイブの夜に母親が自殺したことにより、ひとりぼっちになったヴィルデは憧れの東京へ行くことを決意します。

『HARAJUKU』ビジュアル

渡航費を手に入れるためにオスロの街を彷徨い、つらい現実に直面した時の彼女の心情が、アニメーションで幻想的に描かれていきます。児童福祉局や家族という大人の事情に振り回される少女の姿は、幸せの陰に埋もれた社会の歪を浮き彫りにします。また、日本のポップカルチャーがノルウェーでどのように受け入れられているかも垣間見ることができます。日本人が憧れる幸福の国ノルウェーの若者が、日本に憧れているという点も興味深いポイントです。

人種差別に苦しみ、生き抜いた少女の青春を描く『サーミの血』

『サーミの血』予告編

東京国際映画祭でグランプリを受賞した『サーミの血』は、1930年代のスウェーデンで、北部の先住民族サーミ人が劣等民族とみなされて差別を受けていた時代が舞台になっています。『アナと雪の女王2』で、ノーサルドラという架空の民族のモデルとなったということで、サーミのことを知った方もいるのではないでしょうか?

賢い主人公のエレ・マリャは、模範生としてスウェーデンからの客人たちの前で身体測定を受けます。それは残酷なまでに屈辱的で、人間の尊厳を奪うものでした。サーミ人の脳は小さいからと高等教育を受けることも許されず、差別を受けることに耐え切れなくなった彼女は、アイデンティティを捨て、スウェーデン人として生きる決意を固めます。時代と血に翻弄されながらも逞しく生き抜いたひとりの少女の青春が描かれていますが、スウェーデン人として生きる道を選んだサーミの人々は少なくなかったようです。

ちなみに、本作のアマンダ・シェーネル監督は、映画監督になったきっかけとして14歳の時に観た『ショー・ミー・ラヴ』を挙げています。

「鬱になる映画」ランキングの常連。売春奴隷犯罪を告発する『リリア 4-ever』

『リリア 4-ever』ビジュアル

『リリア 4-ever』は『ショー・ミー・ラヴ』とともに第1回目の開催時にスウェーデンのルーカス・ムーディソン監督特集の1作品として上映しました。「鬱になる映画」などのランキングには必ずと言っていいほどランクインしており、根強いファンが多い作品でもあります。

16歳のリリアが母親に捨てられ、騙されて売春を強要されるという売春奴隷犯罪を告発したドラマです。言葉を失うほど残酷な青春を描いていますが、ここまで人の心をつかんで離さないのは観客がリリアに寄り添ってしまう演出の緻密さにあり、声高に唱えるよりもより強い告発として響く作品です。

この他にも、友情や音楽をテーマにした作品や、少年が主人公の作品もたくさんあるのですが、青春映画に絞っても、10年ともなると紹介しきれないくらいの作品を紹介してきたのだと今、感慨深くなってしまっています。TNLFの上映作品の多くは会期中の上映のみの権利を取得し、そのために字幕を付けて上映しています。よって、日本国内で観られる最初で最後のチャンスという作品が盛りだくさんになっていますので、ぜひ、この機会にスクリーンでお楽しみください!

イベント情報
『トーキョーノーザンライツフェスティバル2020』

2020年2月8日(土)~2月14日(金)
会場:東京都 渋谷 ユーロスペース
上映作品:
ショー・ミー・ラヴ ~ Digital remastering ~
クィーン・オブ・ハーツ (原題)
陰謀のデンマーク
ザ・コミューン
ホワイト、ホワイト・デイ
ロード・オブ・カオス
HARAJUKU
サイコビッチ
ディスコ
メディア
嘘つき ※同時上映『ジャックポット2』
ジャックポット2 ※同時上映『嘘つき』
X&Y
同窓会~アンナの場合~
生恋死恋
料金:一般1,500円

プロフィール
トーキョーノーザンライツフェスティバル

2011年から毎年2月に開催しており、新旧の北欧映画の選りすぐりの傑作をこれまでに約100作品上映。音楽やアート、食などでも北欧の文化を発信している。



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「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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