「衣装もネタの一部」。漫才師・和牛がスタイルを確立するまで

舞台のマイクスタンドを前に、「しゃべり」で勝負する漫才師。彼らが着る衣装に目を向けてみると、ある芸人は派手な服を着ているし、あるコンビはお揃いのスーツでキメている。その「舞台衣装」に、個性やアイデンティティーを感じずにはいられない。

日本一の漫才師を決める『M-1グランプリ』にて史上初3年連続で準優勝を果たすなど、若手漫才師として実力も人気も兼ね揃えたコンビ「和牛」も、舞台衣装には並々ならぬこだわりを持っている。

北欧を代表するテキスタイルブランド、マリメッコの衣装を着用しているボケの水田信二と、すらっとしたスタイルでスーツを着こなすツッコミの川西賢志郎。衣装について意識し始めたタイミングと、賞レースで優勝する時期がちょうど重なり合うという彼らに、「漫才と衣装」の関係や、そのこだわりを訊いた。

※この取材は東京都の外出自粛要請が発表される前に実施しました。

知らない人から見たら、派手な衣装を着ているほうが絶対ボケやろってわかりますから。(水田)

―さっそくですが、水田さんのトレードマークであったマリメッコの衣装を着用し始めたきっかけを教えてください。

水田:もともとは宮川大助・花子師匠が、「衣装はちゃんとせなあかんよ」と言ってくださって、そのときに紹介していただいたスタイリストさんに、「オーダーでつくるのはどうですか?」と提案されたんです。

いろいろな生地パターンのなかに、マリメッコさんのもいくつかあって。遠目に見るとボーダーなんですけど、間近で見るといろいろな粒の水玉が重なり合っていて、ちょっと派手だけど、そこまで派手じゃないので、変わったものができるなと思って注文したんです。マリメッコにはほかにも花柄などいろいろな種類があったけど、自分にはちょっと明るすぎるな、かわいすぎるなと思って、ボーダーにしたんです。

衣装が8割くらいできたところで写真を見せてもらったら、柄の一粒一粒がぼくの思っていた20倍くらい大きかったし、ボーダーではなくてドット柄で、めちゃくちゃ派手なやつになったんです。

水田信二

―思っていたイメージと違ったのですね。

水田:ちょっとポップすぎひん? と思ったんですけど、まぁこんな衣装ほかにないしいいかって。周りの芸人からもけっこう評判よくて、「THE 衣装って感じやな」「誰ともかぶらんからええな」と言ってくれて。テレビ番組とかでほかの芸人さんと並んでも目立つし、スタッフさんからも「あの衣装で出てください」とお願いされたりしましたね。

マリメッコの衣装。ネーム刺繍には、元料理人である水田さんらしい「Ryori」の文字が

―まさに「映える」ですね。川西さんは、最初に見たときの印象はどうでしたか?

川西:結果的に攻めている感じになりましたけど、そんなに違和感はなかったですね。明るい色や柄とか、ポップなものが似合うっていうのはなんとなく思っていたので。

川西賢志郎

水田:テレビでこの衣装を初めて着たのは、2016年の『M-1グランプリ』の決勝だったんです。ネタがすごくポップだったので、衣装とも合うしよかったなと。

―「ドライブデート」のネタですね。ネタと衣装との関係性ってじつはすごくあるような気がしています。

水田:それでいうと、2016年のM-1は敗者復活戦も出たんですけど、そのネタはポップじゃないというか、ぼくが正論をズバズバ言うようなボケをするネタだったので、マリメッコの衣装は着ていないんですね。

川西:普通のスーツならネタを選ばずに着られると思うんですけど、あのマリメッコはとくに癖の強い衣装なのでね。

水田:そのころのぼくらは全然知られていなかったので、衣装でわかりやすくしたほうがいいなって。知らない人から見たら、派手な衣装を着ているこっちが絶対ボケやろってわかりますから。

自分たちのスタイルや雰囲気にあった衣装を本来着るべきなんですよね。(川西)

―見た目でも役割を伝えることができると。その時期、川西さんは鮮やかなブルーのスーツをよく着ていましたよね?

川西:あの衣装もオーダーでつくったものです。コンビで初めて「衣装について、ちゃんとせなあかんな」って話になったときにつくったものですね。それが7、8年前のことなのですが、それ以前は、ぼくらだけでなく、ほかの関西芸人たちも「衣装でパッとさせるなんてちゃうやろ」と思っていたところがあったんです。たぶん、一種の尖みたいなのがあった。だから、当時はほんまにサラリーマンみたいな格好で漫才していた漫才師ばかりだったんじゃないですかね。

―衣装の考え方も、芸人それぞれなんですね。

川西:衣装の力って強いじゃないですか。衣装次第では「キャラもの」になりかねないし、お客さんもそういう目でネタを見るかもしれない。

自分たちのスタイルや雰囲気にあったものを本来着るべきなんですよね。たとえば、銀シャリさんはちょっとクラシックなおそろいの衣装を着て、昔の漫才師のような掛け合いをするからああいう衣装を選ばれたのだと思います。

ぼくらの2期上の先輩・スマイルさんは、キャラのかたまりみたいな人で、それに合わせて衣装もちゃんとされていて。そういうのって大事なんだろうなと考えるようになって、初めてオーダーでつくったのがあのスーツです。水田くんのマリメッコの衣装はその少しあとですね。マリメッコの前に、別の衣装だった時期があるんです。

川西さんがオーダーメイドでつくった青いスーツ。和牛の宣材写真より(画像提供:吉本興業)

水田:ぼくはその2013年当時、黄色のパンツにジャケットをはおったアイビースタイルのような格好をしていました。さっき川西もいっていましたけど、そのころは、売れた人が明るい衣装を着だすという感じだったので、「おまえら、売れるより前に衣装が仕上がってんな」といういじりをしてくる人もいましたね。

水田さんの衣装がアイビースタイルだったころ。2016年の10周年単独ライブのポスターより(画像提供:吉本興業)

―急に衣装を変えることに、気恥ずかしさみたいなのはなかったのですか?

水田:納得して選んでいるからそれはないですね。

川西:この衣装でいこうと決まるまで、すごい考えたんですよ。関西の劇場で演出をされている元芸人の方がいるのですが、その方がおしゃれなんですよ。衣装どうしようかとなったときに、その人に入ってもらってずーっと3人で考えていました。カフェに集まって、パソコンに写真出しながら、この方向性がいいんじゃない? これのもう少しだけ明るい色があったらなとか、これとこれ合わせたらいいんじゃないかとか、ほんまに作戦会議みたいにしていて。

その結果、ぼくの衣装はスーツをオーダーでつくることに決まりました。色はいろいろあるけど、「よくある色ではないもの」というところから入って、「佐川急便の青」みたいな、ちょっと軽い青をイメージしていました。お店に行っては「この青じゃない、これでもない」って、理想のものに出会うまで何日も足を運んで考え抜いた衣装なんです。

水田さんはオーダーではなくて既製の服でコーディネートすることに決まったので、ショップを何軒も何軒もまわって。いちアイテムずつ探して、ときには見つからなくて買わない日もあるくらいこだわって探していましたね。

ぼくらはとにかく地味やったんでね。衣装だけでもなんとかせなあかんやろって。(水田)

―舞台に立つ芸人として、衣装へのこだわりは人一倍あったのですね。

水田:ぼくらはとにかく地味やったんでね。どっちかがめっちゃブサイクとか、男前とか華のある顔ならよかったんですけど、どれもなかったので、印象に残らんやろって。だから、まずは衣装だけでもなんとかせなあかんやろというのはありましたね。

―そのなかでも、衣装のこだわりってありますか?

水田:「日常にいない格好」ですかね。そのほうが舞台で「プロが出てきた」って感じするじゃないですか。誰でも着られるスーツで出てくると、見る側も「この人、プロなの?」となってしまう。一瞬、不安にもなると思うんですよ、知らない芸人が出てきたらとくに。

―衣装会議をされていたとき、お揃いの衣装にする案にはならなかったのですか?

川西:「お揃い」は条件から外していましたね。まったく同じに揃えると「仲良し感」が出るというか、ネタのなかで二人でわちゃわちゃするような芸風ならそれがキマると思うんですけど、ぼくらは明らかに変なことを言っていることに対して、なんでやねんってツッコむ、ほんとにスタンダードなボケとツッコミのスタイル。そのなかで楽しくやっているのをお客さんに見てもらうので、ぼくらの衣装はお揃いではないねって。

でも少し共通する部分は持っておいたほうがいいなという話にはなって、ぼくが水色のスーツのとき、水田くんの靴をぼくのスーツと似た青にして、どっかに統一感は出すようにしていました。

―ということは、「この舞台にはこの衣装を着る」というのを事前に話し合うのですか?

水田:どうしても話し合っておかないといけない衣装のときは、「これ着ていくからな」って連絡しますね。たとえば今日の衣装だったら、相手がどれを着てきても合うものなので、話すこともないかなと。

川西:日常の舞台ではそこまでの話し合いはしていないですね。勝負どころの賞レースとかでは細かいところにまで気を使いますけど。

―じつはお二人はこのインタビューのほんの5分前まで、舞台で漫才をされていたんですよね(取材は2月下旬に実施)。本日の衣装についても教えてください。

川西:今日は日常の劇場で着ているスタイルですね。劇場の場合は、どのネタをやるか直前に決めるので、どのネタにも合うスーツにしています。今日の衣装はロケ取材のときにオーダーメイドでつくったものです。世間で和牛のイメージカラーがちょっとだけ「青」になっているようなら、こういう色のほうがいいかなって。

今日の衣装は濃いネイビーのスーツ。内側は花柄仕様に。川西さんの名ツッコミ「Mo-eewa(もうええわ)」の刺繍入り

水田:秋冬の時期なので、ブラウンにしてみました。既製品なので、店員さんと相談して、違う系統のベストを合わせたり、蝶ネクタイもちょっと派手だけど浮かないくらいのものを選んだり。

―水田さんはチェック柄を着ているイメージがあります。

水田:衣装は少し派手にしようと思っていますが、あまり衣装の柄が派手すぎるとネタをじゃまするというか。変人やキャラでやっているわけではないので、「明るいお坊ちゃま」くらいがちょうどいいというか。これくらいなら、ネタ中に正論をズバズバ言うボケをしてもじゃましないですし、違和感なく見てもらえるんですよね。

マリメッコの衣装時に着用していた木製の蝶ネクタイは、ファンの方からのいただきもの

―あの芸人さんの衣装いいなとかありますか?

水田:COWCOWの多田さんはいいですよね。明るいし、伊勢丹のようなチェック柄は、みんなにもわかる「つかみ」にもなるし。

川西:とろサーモンの久保田さんもいいですよね。おしゃれなのもあると思うんですけど、個性的なメガネとか、トータルで見ると「華やかだけどちょっとクセもんが出てきたぞ」という感じはあるじゃないですか。それが芸風にも出てるんですよね。

「あ、今日のお客さんはここが笑いどころなんだな」っていうのがわかってくる。(川西)

―「漫才師」として活躍されている和牛ですが、舞台に立つうえで、大事にしていることは何でしょうか?

川西:毎月ネタをつくって、自分らのライブをやるというのは大事にしていますね。舞台に立つときは、袖からお客さんの様子を見てこういうネタがいいかなと考えたり、漫才中もお客さんの感じを見ながら常にアンテナを立てたりしながらやってます。その質は大事にしていますね。

―その質というのは、経験などで高めていっているのでしょうか?

川西:こっちのネタをやっていたらもっとウケていたっていうのはわからないですし、その時々の感覚で選んでいるんですよね。それが少しずつチョイスできるようになっているのかなとは思いますけど。

たとえば、むっちゃあたたかいお客さんだと、ネタ中に「あーまだまだ」というところでワーときちゃって、大事なところで噛み合わなくなるというか。そうなったら、まだ笑うところじゃないよというのを出すために、あえて笑いが起きないようにいつも以上に言葉をぶつけにいくとか。

そうやってプレゼンをしていくと、「あ、今日のお客さんはここが笑いどころなんだな」っていうのがわかってくる。10分間で出来ることは限られていますけど、そういうことをやってみたりしていますね。

―水田さんはいかがですか?

水田:自分たちだからできる漫才をする、ですかね。ほかの人でもできそうなことはできるだけ排除しています。その場のアドリブとか、こうきたらこうみたいな、みんなが待っているようなボケもしますけど、基本的には自分らしかやらないことをやっています。じゃないと、お客さんもぼくらを見る楽しさが減りますし、自分らも生き残っていけないと思うので。

―ちなみに、お二人は舞台に上がるときのルーチンワークはありますか?

川西:んー……毎回やるのは、リップクリームを塗るくらいですかね。

水田:靴紐の締り具合は必ずチェックしますね。どっちも同じくらいの締り具合じゃないと気持ち悪いんですよね。

川西:その靴紐も、ひどいときはぼくがもう舞台に出ているのにまだ結んでいるときがありますからね。

水田:いうても、ぼくのほうが動くんですよね。ちょっとの締り具合でネタの良し悪しが変わるわけではないんですけど、なんか動きに影響でたらいややなって思っちゃうんですよね。

川西:あと水田さんは、舞台に出る直前に「最後のもう一口だけ水飲みたい」とかありますね。出囃子が流れているのに、舞台袖から逆走していって、ちょっとだけ水飲んで走って戻ってくるとか。その水いるんかなって思うんですけどね(笑)。前倒しで飲めへんもんかなって。

水田:前倒しで飲んだらその15秒後にまた乾くじゃないですか。その状態で出て最初あまりしゃべれんかったらどうしようって思うんですよね。

川西:まぁ、ルーチンってそういうことなんでしょうね。

舞台衣装はお客さんがお金を払って見にきてくれる「ネタ」の一部。(水田)

―今年で結成15年目になります。キャリアを積んでいくと、次のステップを意識すると思いますが、芸人として、これからをどのように考えていますか?

水田:トークを鍛えるのか、ネタを鍛えるのか。お笑いでいうとどちらもやっておかないといけないことだと思うのですが、ぼくらの理想は漫才特化型ですね。

川西:スケジュールを調整するときも、漫才をする機会の優先度を高くするようにしています。マネージャーには、1か月のうち劇場に最低これくらいは立ちたいと伝えたり、舞台数をできるだけ制限しないスケジュールになるようにお願いをしたりしていますね。

―では、今回のテーマでもある「舞台衣装」について、お二人はどのように捉えていますか?

水田:お客さんがお金を払って見にきてくれる「ネタ」の一部だと思っています。先ほどの通り、ネタのじゃまにならないように選んだ衣装であれば、それもネタの一部になるんです。

川西:(昔の写真を見ると)顔、面白くないですねぇ。ぼくらを「漫才師・タレント」にたらしめてくれているのは衣装なんじゃないかなと。ロケをしていても、漫才衣装と普通の服では、気づいてもらえる割合は全然違います。まさに、服が指しているということなんでしょうね。

30年後はダブルスーツに肩パットみたいな衣装を着ているかもしれへんな。(川西)

―今後着てみたい衣装はありますか?

川西:歳を重ねていったら、とくにツッコミの人は落ち着いてくると思うんですよね。青いスーツもまだ着れるけど、もうひとつ落ち着いた漫才師になるにはちょっと若いのかもなって思うときもあります。全体は落ち着いているけど、衣装感のあるものは着ていこうかなと思っています。

水田:年齢に合わせつつも、遊び心のある感じは出していきたいですね。組み合わせとかでもそれはつくれると思うので。

―以前にお二人は、「30年後も舞台に立っていたい」とおっしゃっていました。では、30年後の衣装はどんなものを着ていると思いますか?

川西:30年後は、もうおじいちゃんですもんね。もしかしたら、ひもの細いネクタイとかするんちゃうの?

水田:30年後くらいだったらそうかもしれない。40年後になったら棺桶に入るときの服を着ているかもしれない。

川西:キャラ芸人になってるやん!

水田:40年後は、そのくらい衣装に頼っているかもしれないです。

川西:しゃべりも、おぼつかへんから? そこまできたらもうやめようや(笑)!

水田:舞台と相方にしがみついて出ているかもしれないですね。

―年相応の服を着ているということですね(笑)。

水田:その歳じゃないと着られない服を着ているでしょうね。

川西:もしかしたらダブルのスーツとかね。肩パットあってちょっと張りのあるやつとか。ほんまにそういうのを着ているかもしれへんな。

水田:でもひとつ言えるのは、普通のおじいちゃんが着ているようなのは着ていないと思いますね。あくまでも「舞台衣装」ですから。

プロフィール
和牛
和牛 (わぎゅう)

2006年に結成したお笑いコンビ。水田信二はボケを、川西賢志郎はツッコミを担当。大阪で活動後、拠点を東京に移す。2009年に『ABCお笑い新人グランプリ』で新人賞を受賞、2014年に『第44回NHK上方漫才コンテスト』で優勝。また、日本一の漫才師を決める『M-1グランプリ』では、2016年から3年連続で準優勝を果たす。この記録はM-1の歴史上初の快挙。テレビやラジオのほか、「ルミネtheよしもと」などの舞台で漫才を披露している。和牛の冠番組『和牛のA4ランクで召し上がれ!』がDVD(Vol.1〜Vol.3)になって発売中。



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「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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