北欧発フェミニズムギャグコミックが問う、現代における「恋愛」

北欧発フェミニズムギャグコミックが問う、現代における「恋愛」

インタビュー・テキスト
後藤美波(CINRA.NET編集部)

「男女平等先進国」のスウェーデン。その実情は?

―そのように動きが連鎖していくのが良いですね。男女平等に関して進んでいるといわれる北欧諸国もいろんな運動の歴史を経て現在のような状況になったのだと思いますが、スウェーデンが他国に比べて男女の格差の少ない社会を実現できた理由はどういったところにあると思いますか?

よこの:それについてはずっと考えていたんですが、最近思ったのは、「男女平等でなければいけない」という理想を掲げて、その理想にちゃんと向かっていこうとしてきたからなんじゃないか、ということです。

スウェーデンも18世紀から19世紀はまだまだ農村社会で貧しくて、生きる環境も厳しい国でした。でも工業化が進み、20世紀に入って、ヨーロッパの他の国と同じように社会制度を整備して、「みんなが一緒に豊かにならなきゃいけない」という福祉国家の理念を掲げた。それに対して反対の力は常に働くけど、「絶対そうじゃないとダメだ」ということを国として、社会として通してきた。20世紀にずっとそのように進めてきたからいまがあるのかなと思います。

平等を実現するためには、一人ひとりの個人の力ももちろん絶対に必要だとは思うんですが、どの場所にいる人間も本質的にはそんなに変わらない。だからこそ国や社会が一丸となって「平等を実現しよう」という理念に突き進むということが大事なのではないかと思います。

1970年代を中心に過去30年のスウェーデンのフェミニズム運動を振り返った展覧会『Kärlek, makt och systerskap(愛、権力、シスターフッド)』の展示風景 2002年、よこのなな撮影
1970年代を中心に過去30年のスウェーデンのフェミニズム運動を振り返った展覧会『Kärlek, makt och systerskap(愛、権力、シスターフッド)』の展示風景 2002年、よこのなな撮影
1970年代を中心に過去30年のスウェーデンのフェミニズム運動を振り返った展覧会『Kärlek, makt och systerskap(愛、権力、シスターフッド)』の展示風景 2002年、よこのなな撮影

―最初に大きな理想を掲げて、その実現に向けてきちんと社会として取り組んでいく、ということですね。どの国の人もそんなに変わらない、というのは実際にスウェーデンに住まれていたときに感じたことですか?

よこの:そうですね。私がスウェーデンに住んでいたのはもう20年くらい前なので、今はもっと変わっているかもしれないのですが、本当に男女平等で完全に互いを尊重しあっているかというと、みんながみんなそうではないなと感じました。100%平等というのはスウェーデンでもできていないし、ここ数年は女性に対するヘイトがきつくなっているという話も聞きます。そういうことを聞くと、やっぱりどこも変わらないなとも思うんですが、それでも社会として「男女は対等であるべき」ということが理念として置いてあるというのは大きいことだと思うんです。

1970年代を中心に過去30年のスウェーデンのフェミニズム運動を振り返った展覧会『Kärlek, makt och systerskap(愛、権力、シスターフッド)』の展示風景 2002年、よこのなな撮影
1970年代を中心に過去30年のスウェーデンのフェミニズム運動を振り返った展覧会『Kärlek, makt och systerskap(愛、権力、シスターフッド)』の展示風景 2002年、よこのなな撮影

―ジェンダー平等の観点から、スウェーデンでもまだ改善されていない領域はどのあたりになるのでしょうか?

よこの:スウェーデンでは2009年に男女の機会均等に対するオンブズマン(行政監視機関)がなくなり、性別だけでなくて、年齢やエスニシティー、性的指向、障害の有無などにもとづく差別をなくそう、というオンブズマンに統合されたんです。日本と比べても、形の上での男女平等はある程度達成されたというふうにはなっていると思います。

ただ給与は同じかというとそうではないですし、育休もやっぱり女性の方が多くとっている。さきほどお話ししたように女性に対するヘイトがあって、女性のジャーナリストや作家が厳しい立場に置かれているという話も聞きます。#MeToo運動によって、(『ノーベル文学賞』の選考を行うことで有名な)スウェーデン・アカデミーの関係者による複数の女性への性暴力が明るみに出たりもしました。実際になかを見ていくとまだまだ厳しい現実があると思います。

―そういった社会状況を踏まえて、リーヴさんのような、フェミニズムの考えを反映させた作品はポップカルチャーの領域でも増えていますか?

よこの:そうですね。リーヴさんの作品を出している出版社は40年くらいの歴史がある老舗コミック出版社なんですが、いまの看板作家は女性が多くて。ベテラン女性作家たちが立ち上げた出版社もあります。漫画も昔は女性をモノみたいに扱う作品が売れていましたが、時代が変わっている感じがします。いまもそういう漫画はありますが。

日本だと漫画の歴史が長くて、女性の作家が昔からたくさん活躍されています。スウェーデンではいま漫画による表現が広く市民権を得てきていて、その表現手段を選ぶことが女性のあいだでトレンドになっている面もあるのかもしれません。

リーヴ・ストロームクヴィスト
リーヴ・ストロームクヴィスト

―他にはどういった漫画がありますか?

よこの:リーヴさんのようなスタイルのものもあれば、ストーリー性の高いグラフィックノベルもあります。スウェーデンの漫画学校に通っていたポーランドの漫画家がリーヴさんと同じ出版社から出していますが、これはメモワールのような物語ですね。自身がレストランで働いていた経験から労働問題を描いた作品です。スウェーデンに移住してきたものの労働許可を得られない主人公が、労働許可なしで働かせてくれる職場で足元を見られて不当に扱われるのですが、それを仲間たちと告発する、というような内容です。

また、別の作家によるリサイクルセンターの日常を描いた作品もおもしろかったのですが、この作家は実際にリサイクルセンターで働いています。エッセイ漫画に近いけれども、実際の写真が挟みこまれていたり、コマ割りが独特だったり、新鮮でした。

リーヴ・ストロームクヴィストと同じ出版社・Galagoから刊行されているポーランドの漫画家ダリア・ボグダンスカの作品『Wage Slaves(訳:賃金奴隷)』 写真提供:よこのなな
リーヴ・ストロームクヴィストと同じ出版社・Galagoから刊行されているポーランドの漫画家ダリア・ボグダンスカの作品『Wage Slaves(訳:賃金奴隷)』 写真提供:よこのなな

―ぜひそういったスウェーデンのいまの社会情勢を反映した作品ももっと読んでみたいです。

よこの:漫画も掘っていくと面白いですよ。私は、「あまり語られていなかったこと」というのが気になってしまうので、好きになるものは女性たちの声が聞こえるものや、田舎の人たちが描かれているものが多いのですが、そういうお話をこれからも訳したり、紹介したりできたら良いなと思っています。

よこのさんが発行しているZINE『ASTRID』。最新号ではスウェーデンにおける女性の権利獲得の歩みと、リーヴ・ストロームクヴィストのキャリアを相関して見ることのできる年表が掲載されている
よこのさんが発行しているZINE『ASTRID』。最新号ではスウェーデンにおける女性の権利獲得の歩みと、リーヴ・ストロームクヴィストのキャリアを相関して見ることのできる年表が掲載されている

―よこのさんの次の翻訳本は児童書だそうですね。

よこの:岩波書店から『ゴリランとわたし』(フリーダ・ニルソン作、ながしまひろみ絵、2021年4月16日発売)という本が出ます。もともと児童文学が好きで訳したいなと思っていたので、訳せて本当に嬉しかったですし、楽しい本でした。

リーヴさんの作品とは全然違うのですが、周りになじめないと感じてる人たちが出てくるお話です。がらくたを言葉巧みに売りつけてお金を稼いでいるゴリラに引きとられた女の子の話なのですが、このゴリラは本が好きで、旧年式のVOLVOに乗っているんですよ。

フリーダ・ニルソン作、よこのなな訳、ながしまひろみ絵『ゴリランとわたし』(岩波書店、2021年)
フリーダ・ニルソン作、よこのなな訳、ながしまひろみ絵『ゴリランとわたし』(岩波書店、2021年 / 詳細はこちら
『ゴリランとわたし』より、主人公たちが乗るVOLVOの車
『ゴリランとわたし』より、主人公たちが乗るVOLVOの車

―最後に『21世紀の恋愛』をどんな人に読んでもらいたいですか?

よこの:「恋愛」とタイトルに入っているので、恋愛のことばかり書かれた本だと思われるかもしれないのですが、あまり恋愛に興味がない人にこそ読んでみてほしいです。もちろん恋愛に興味がある人も、恋愛でしんどい思いをしている人にも読んでもらいたいです。最初の方でも言いましたが、この社会がつらいなと思っている人や、なんでこんなにしんどいんだろうと思っている人、特に若い人に、「型にはまらなくても、はまれなくても大丈夫、もっと自由で良いですよ」っていうメッセージを届けたいですね。

―自分が人間関係において違和感を感じていた理由が少しわかったり、悩んでいたことが馬鹿らしくなったりする部分もありますよね。

よこの:そうですね。「生きづらいのはあなたのせいじゃない」「社会がそうなんだよね」って言っている気もします。「それでもやっぱり、人と人とのつながりってすごいことだ」とも。規範や他人の価値観に縛られずに、自分が好きだと思うことに忠実に生きたら良いんだな、って感じてもらえたら良いですね。

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書籍情報

『21世紀の恋愛 いちばん赤い薔薇が咲く』
『21世紀の恋愛 いちばん赤い薔薇が咲く』

2021年2月10日(水)発売
著者:リーヴ・ストロームクヴィスト
訳者:よこのなな
価格:1,980円(税込)
発行:花伝社

プロフィール

よこのなな

1977年生まれ。1990年代半ばと2000年代初めにスウェーデンの地方都市でスウェーデン語や社会科学を学ぶ。図書館勤務などをへて、翻訳者に。訳書にリーヴ・ストロームクヴィスト『21世紀の恋愛 いちばん赤い薔薇が咲く』(花伝社)、フリーダ・二ルソン『ゴリランとわたし』(岩波書店)。

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