
岡崎体育が憧れるフィンランド。現地の島塚絵里と語る仕事・生活
- インタビュー・テキスト
- 村上広大
- 編集:吉田真也(CINRA)
消費税は24%と高いけど、自分たちの生活に還元されているから文句はない(島塚)
―島塚さんはどういった経緯でフィンランドに移住したのでしょうか?
島塚:最初にフィンランドを訪れたのは、13歳のとき。1か月ほどフィンランドにホームステイする機会があったのですが、日本とは違う生活スタイルや価値観で、何もかもが新鮮で視野が広がったんです。そこから、フィンランドは私にとってずっと憧れの国でした。帰国後は高校に進学したのち、一般大学で国際関係学を専攻しました。大学を卒業してからは、沖縄で英語の教員をしていたんですよ。
岡崎:いまとまったく違う職種ですね。
島塚:はい。本当は、高校の頃から美術を勉強したいと密かに思っていたのですが、アートやデザインよりも、語学を勉強したほうが現実的かもなと、その当時は考えていて。だけど、デザインがしたいという気持ちはずっと消えなかったんです。
それで27歳のとき、かつて私の世界を変えてくれたフィンランドに思い切って移住し、テキスタイルの本場でデザインを学ぶことを決意しました。1年ほど現地でバイトしながらフィンランド語を勉強し、ヘルシンキの美術大学でテキスタイルを学びました。その後、マリメッコ社でデザイナーとして勤務したのち、独立して現在に至ります。フィンランドに移住してから、もう14年が経ちますね。
島塚がデザインした松の木のファブリック最近、ヘルシンキ内で森の近くから海の近くへ引っ越しした島塚。近所を散歩しているときに見かけた満月とスキーで移動する人々
―フィンランドで生活するうえで不便を感じることはないですか?
島塚:あんまりないですね。たとえば、岡崎さんが移住の条件に挙げていた「税金の用途が明確」というのも事実ですし。日本に比べると消費税はかなり高いんですが、自分たちの生活に還元されている実感があるので、文句を言う国民は少ない印象です。
岡崎:以前、ドイツでプレーされていたサッカー選手の岡崎慎司さんからお話をうかがった際も、同じことを言っていました。「税金は高いけど、高速道路や病院の診療は無料だから、還元されている気持ちになる」って。やっぱり日本と比べて、ヨーロッパでは税金の使われ方がクリアなんですね。
島塚:そう感じます。とくにフィンランドの消費税は24%とヨーロッパのなかでも高いほうですが、その分さまざまな制度がしっかりしていますから。
そのひとつが、平等に教育を受けられる環境の徹底です。小学校から大学・大学院まで学費はほぼ無料ですし、一人暮らしをしている大学生には、国から住居手当と生活費を合わせて、月々600ユーロほど支給されるようになっています。だから、収入格差によって受けられる教育に差が生まれることがほとんどありません。
岡崎:そうやって、税金が自分たちに返ってくる実感を持てるのは良いですよね。日本で暮らしていても、自分が払った税金が還元されていると思う瞬間ってすごく少ないですし。フィンランドのように、税金を払っているからこそ安心して暮らせるという環境は、やはり理想的だと思います。
街を行き交う人たちもせわしなくて、独特のペースがありますよね、東京は(島塚)
―岡崎さんは生活面だけでなく、ミュージシャンとしてもフィンランドで良いインスピレーションを得たい気持ちが強いですか?
岡崎:そうですね。ぼく、1年半くらい前に東京へ引っ越してきたのですが、それまでは京都の宇治という地元の町で実家暮らしだったんです。京都は盆地なので、東京に比べて夏は暑く、冬は寒いんですよ。とくに冬場は冷気が底のほうに溜まるので、底冷えがすごくて。
でも、そういう寒い日に曲づくりするほうが、自分の感覚が研ぎ澄まされる気がしていました。その点、フィンランドは基本的に寒いじゃないですか。だから、京都にいたときに近い感覚で、楽曲制作に取り組めるかもなって思っています。
島塚:こちらは25度を超えると猛暑といわれますからね。あと、フィンランドの特徴として11月から1月まではけっこう暗くて、お昼でも太陽があまり見えないんです。じつは岡崎さんと同じように、この暗くて寒い時期に集中してものづくりをする人も多いみたいですよ。
あるとき、フィンランドの北部に住む友人に編み物を教わろうしたんですけど、「編み物は冬のカーモスという極夜の時期にしかつくらないから、いまはダメ」って言われたのを思い出しました。
5月から7月の太陽が沈まない「白夜」に対して、日照時間の短い11月から1月は「カーモス(極夜)」の時期。11月後半の日中の様子
岡崎:やっぱり環境って、ものづくりに影響しますよね。そういう意味では、自然が豊かなところも、ぼくがフィンランドに住みたいなと思った理由のひとつです。
前に住んでいた宇治は、田舎なので自然も多くて、散歩も気分転換になったんですよ。ぼくは90分作業したら集中力が切れるので、10分散歩したあとに5分コーヒーを飲んで、合計15分くらいはゆっくりしたいんです。でも、東京でそのルーティンをしてもあまり気が休まらず、リフレッシュにならないんですよね。
岡崎の地元・宇治の風景
島塚:都会は何かと便利だけど、人も多いですしね。私もときどき東京に帰りますが、満員電車に乗れなくなってしまいました。激混みの車内に無理やり乗るくらいなら、次の電車で良いかなと。街を行き交う人たちもせわしなくて、独特のペースがありますよね、東京は。
岡崎:そうですね。気分転換に散歩しようと思っても、外にはビルが多いから癒やされないですし。都会にも公園はあるけど、それって人工的な自然じゃないですか。フィンランドのように手つかずの自然が身近にある環境は、うらやましいです。湖や森が近くにあったらリフレッシュできそうですし、曲づくりもはかどる気がします。
プロフィール

- 岡崎体育(おかざき たいいく)
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1989年7月3日生まれ。京都府宇治市出身。2016年5月、アルバム『BASIN TECHNO』でメジャーデビュー。音楽活動に加えて、CM、映画、ドラマ出演などマルチに活躍中。私立恵比寿中学、関ジャニ∞などさまざまなアーティストに楽曲を提供。2019年6月には、さいたまスーパーアリーナでワンマンライブを開催して成功を収める。2020年12月にはアニメ映画『劇場版ポケットモンスター ココ』の全テーマソングをプロデュースして話題に。2021年5月26日にコンセプトアルバム第2弾『OT WORKS II』をリリース予定。

- 島塚絵里(しまつか えり)
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ヘルシンキ在住のテキスタイルデザイナー。2007年にフィンランドへ移住し、アアルト大学でテキスタイルデザインを学ぶ。マリメッコ社のアートワークスタジオでデザイナーとして勤務したのち、2014年より独立。現在はマリメッコ、サムイ、キッピスなど国内外のブランドにデザインを提供している。Pikku Saari(コッカ社)というテキスタイルブランドをプロデュース。サントリー「オールフリー」のCMの衣装デザインを担当。2018年、宮古島にオープンしたHotel Locusのオリジナルテキスタイルをデザイン。2021年4月には、フィンランドでは初となる個展を開催予定。