映画『ある人質』から見出す、テロ組織と国家政府の共通点

映画『ある人質』から見出す、テロ組織と国家政府の共通点

2021/02/22
テキスト
真鍋厚
編集:矢澤拓(CINRA.NET編集部)

組織の体面を慮る価値判断が、わたしたちの人間性を破壊する

それまでのアメリカ政府は、どちらかといえばテロ組織と個人間の交渉を邪魔する側であり、前述の日本人拘束事件の際の日本政府と同様、結果的に人質が不味い境遇になることも厭わなかった。社会学の泰斗マックス・ヴェーバーは、主権国家を「暴力を独占する主体」と定義したが、上記のような政府の作為・不作為の背後にあるのは、「暴力を独占する主体」としてアイデンティティを確立しているがゆえの、ちょっとした不名誉に対しても過剰に反応してしまう硬直性である(多くの国々で黙認されている秘密の交渉すらも認めない場合があり得る)。国民の生命よりも国家の体面を慮る価値判断そのものが、国家の正当性を揺るがし、わたしたちの人間性をも破壊するのである。

©TOOLBOX FILM / FILM I VÄST / CINENIC FILM / HUMMELFILM 2019
©TOOLBOX FILM / FILM I VÄST / CINENIC FILM / HUMMELFILM 2019

歴史学者のチャールズ・タウンゼンドは、「一つ一つのテロ攻撃が『国家のプライドと名誉への攻撃』に転化された」事実に目を向け、ランド研究所のジェフリー・D・サイモンが提唱するテロへの対応をトーンダウンする戦略、「テロリストとの終わりなき紛争に貴重な資源を投入するよりも、日常の一つの現実として受け入れた方がよい」とする考えを支持した(『テロリズム』宮坂直史訳、岩波書店)。

これはいわゆる敗北主義などではない。「聖戦」という相手のフィクションに乗っからない対処法の一つである。イデオロギーを伴った戦いなどではなく、単なる犯罪として取り扱う道が開ける。なぜならテロ行為には、交渉拒否による副次的被害から軍事力の行使に至るまで、たった一度の誘拐や攻撃によって「国家の過剰な反応を引き出すこと」まで目的に含まれているからだ。

「イスラム国」のメンバーはただの殺戮者か? 彼らも同様に権威に従属する駒でしかない

加えて、この映画の注目すべき点は「イスラム国」メンバーの描写である。彼らは血も涙もない殺人マシーンなどではなく、自身も恐怖の支配の真っ只中にいて、ポジション争いをしている駒の一つに過ぎないことが分かるのだ。

©TOOLBOX FILM / FILM I VÄST / CINENIC FILM / HUMMELFILM 2019
©TOOLBOX FILM / FILM I VÄST / CINENIC FILM / HUMMELFILM 2019

このような実態を深く理解するのにとっておきの映像作品は、ナショナルジオグラフィックチャンネルのドラマシリーズ『ザ・ステイト ~虚像の国』(監督:ピーター・コズミンスキー)だろう。これはただのドラマではない。脚本の執筆に当たってイスラム国帰還者への取材を含む膨大な調査を実施した上で、イギリスを捨ててシリアのイスラム国に参加した4人の男女の群像劇を作り上げ、その理想と現実の凄まじいギャップを赤裸々に描き出すことに成功している。

そこで展開されていたのは、素晴らしい新世界でもなんでもなく、西洋的な価値観の対極にある中世のごとき地獄であり、絶え間ない密告と殺人が横行する権力闘争の坩堝であった。結局のところ彼らは、自分の妄想に固執して都合の悪い事実を見ようとしない「認識の牢獄」に囚われていたのだ。そのことに気付いた彼らは早々と脱出を企てることになるのだが、『ある人質』の「イスラム国」のメンバーも彼らと似たり寄ったりであることを示唆している。つまり、特定の権威に従属して帰属意識を得ることで、不安定な自己の存在を正当化しているのである。

©TOOLBOX FILM / FILM I VÄST / CINENIC FILM / HUMMELFILM 2019
©TOOLBOX FILM / FILM I VÄST / CINENIC FILM / HUMMELFILM 2019

独自の論理で「個人」を勘定に入れない振る舞い。どのような社会や組織にも働く力学

人質を道具化する過激派組織と、人質よりも名誉を最優先する国家。すべてをコントロール下に置こうとする権力システムの内部で、「個人」を勘定に入れないという振る舞いにおいて、両者が驚くほど共通していることはむしろ当然の帰結と言える。この場合、権力システムは「認識の牢獄」を上塗りする方向に作用する。いずれの社会や組織においてもほとんど避けることができない力学なのである。

人質事件が起きたときに日本で話題になった「自己責任論(人質になったのは、危険だと思われる地域に自ら行った本人の責任であるという論)」は、国家が批判をかわすための強引な論点ずらしであり、少なくない国民が付和雷同して人質に対するバッシングに加担したが、皮肉なことにこれは問題を自分から遠ざけておく切断処理の典型と言える。この映画が突き付けている恐るべき問いと真正面から向き合えば、そんな生ぬるい思考は瞬時に吹き飛ぶことだろう。わたしたちは仮定であっても極限状態に置かれることを嫌う。そして、国家に内在する無慈悲な暴力性と、誰もが抱える「認識の牢獄」については何も考えたくないのだ。

Page 2
前へ

作品情報

『ある人質 生還までの398日』
『ある人質 生還までの398日』

2021年2月19日(金)からヒューマントラストシネマ渋谷、角川シネマ有楽町で公開

監督:ニールス・アルデン・オプレヴ、アナス・W・ベアテルセン
原作:プク・ダムスゴー『ISの人質 13カ月の拘束、そして生還』(光文社新書刊)
出演:
エスベン・スメド
トビー・ケベル
アナス・W・ベアテルセン
ソフィー・トルプ
上映時間:138分
配給:ハピネット

感想をお聞かせください

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
回答を選択してください

ご協力ありがとうございました。

Category カテゴリー

What's "Fika" ? フィーカとは

「Fika」はCINRA.NETとVOLVOが送る、北欧カルチャーマガジンです。北欧デザインの思想の基盤を「クラフトマンシップ×最先端技術」と捉え、そこに学びながら、これからのカルチャーやライフスタイルにまつわるコンテンツをお届けします。