戸田真琴が振り返る2020年。何もできなくてもあなたの命は美しい

2020年が終わった。本来ならば『東京オリンピック』が開催され、記念すべき1年として彩り豊かに暮らしていたであろう年が、ようやく終わった。しかし、2021年を迎えてもいまだに未来は不確かで、私たちは迷いを抱えながら日々を過ごしている。

「緊急事態宣言」が発令され、在宅を強いられ、イベントごともほとんど行われなくなった中で、「何もできなかった」という感覚を持ちながら生きていくことは、きっと誰かの心に影を落としただろう。このコラムを執筆してくれた戸田真琴自身も、「2020年は自分自身に『生産性』を見出せず、苦しかった」と撮影の際につぶやいていた。人が前の方へ、前の方へと進もうとする姿は美しい。しかし、必ずしも進まなくてはいけないのだろうか、という疑問も浮かぶ。自分自身の心や体をじっと見つめたり、温めたりしながら生きることも、本当は美しいんじゃないだろうか。

さまざまな変化を生き延びた私たちが、もうすこしだけ「生きているだけで十分」だと思うことができるように。コラム連載の9回目をお届けする。

連載:『戸田真琴と性を考える』
AV女優兼コラムニストの戸田真琴による、激変する現代の性について思いを綴るコラム連載。「セックス」「生理」「装い」など、さまざまな視点から性を見つめていく。

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2020年は「選ばざるを得ない方を選ばされてきた」1年だった

戸田真琴(とだ まこと)
2016年にSODクリエイトからデビュー。その後、趣味の映画鑑賞をベースにコラム等を執筆、現在はTV Bros.で『肯定のフィロソフィー』を連載中。ミスiD2018、スカパーアダルト放送大賞2019女優賞を受賞。愛称はまこりん。初のエッセイ『あなたの孤独は美しい』を2019年12月に、2020年3月には2冊目の書籍『人を心から愛したことがないのだと気づいてしまっても』を発売した。

12月、2020年もあとすこしで何とか乗り切れる、というところで、世の中の状況もまた徐々に曇りがかってしまいました。昨年、世界中を襲った大きなパンデミックは、忍耐の1年を越えてもまだおさまりそうもありません。そんな中で、気持ちがどうにも上向きにならない日々を過ごす人も多いことと思います。かくいう私自身も、気温が下がって冬になっていくにつれて、どんどんと「今年は何もできなかった年だったな」という漠然とした自責の念に駆られてしまう年末年始を過ごしました。

「しばらく勝負に出られない日々が続いていて、自信を失っている」と親しい人にこぼすと、思わぬところで同意をもらったりもしました。特に、自分をより向上させながら生きていきたい、とすこしでも思っている人にとっては、その「向上」が難しく、今いる場所を守ることで精一杯だった年なのではないかと思っています。

そう感じていたのは自分だけではなかったんだと安堵するとともに、本当は、「コロナに負けない!」といったような身も蓋もないポジティブなメッセージよりも、私たちにはもっと、今冷えているこの身体を包む毛布のような、生き延びたこの日々を労ることのできる柔らかい希望が必要なのではないかと思ったのです。

昨年のように、自らの喜びや「何かを成し遂げる」ことよりも、もっと前提として配慮しなければいけないことがある状況に置かれ続けると、まず最低限生き延びるための策を講じることや、理不尽に奪われたものを取り戻す作業、そして、そこに費やして消耗した自分自身をケアする作業が必要になってきます。これらのことを私は「マイナスをゼロに戻す作業」と呼んでいます。心配事も少なく、次には何をしよう、とゼロをプラスに変えていくことを空想し実行する日々の視界の明瞭さに比べたら、自分自身や環境を修繕したりケアしたりする段階にいることは煩わしく、曇りがかった景色の中に居るように感じるかもしれません。

「一歩でも前に進んでいないと生きている感覚が掴めない」という人も多いと思います。「生きているだけで精一杯」という状況に、多くの人は慣れていないので、生きているだけで十分だというそもそも感覚がないという人も少なくないでしょう。

そして、「前に進んでいない」という感覚は、たびたび自己肯定感を減少させます。突き詰めていくと、「何かを残さなければ、生きている意味がないのだろうか?」という問いに繋がってしまうこともあると思います。仕事でも、人間関係でも、すごろくでいうと「コマを進める」ことができない日々。自己肯定感は小さな達成の積み重ねによって作られることも多いので、この1年は、「自分を好きになるためのイベントがほとんど用意されなかった日々」だとも言えます。

しかし、私たちには今年、進む進まない以前に、そもそも選択肢が用意されていなかったとも考えられるのです。家から出られない期間があったこと、思うように人と会えないこと、自分を向上させるためのワークアウトの機会も制限され、大学はリモート授業になってせっかくの施設も利用できない。そういうモヤモヤを一緒に笑い飛ばす仲間にも、これまでのように何も気にせずに会うことはできない。

日々の過ごし方を、選んできたのではなく、どこか「選ばざるを得ない方を選ばされてきた」といった感覚で過ごしてきた人も少なくないのだと思います。実際のところは、コマを前に進められなかったのではなく、そもそもサイコロを振ることができないままプレイさせられていたのかもしれません。そうなってしまうと、個人的な向上心だけではどうにもならないこともたくさんあって当たり前なのかもしれません。

未来が見えず、何かに打ち込む元気なかった。まるで、退屈な地獄にいるような日々を過ごして

私も、2020年はこれまで以上に「生産性の低い」日々を過ごしてきてしまいました。当たり前のように、自分に対して「何かを残さなければ生きている意味がない」と考えてしまっている私にとって、「時間はあるのに何もできない」日々はまるで明るく退屈な地獄のようなものでした。

日常から、インスピレーションが消えていく。精神的な余裕や自信がだんだんと萎んでいき、不安定な情勢の中何かを賭けに出ることにも尻込みしてしまう。この状況下で勇気を持ってうまく作品作りに没頭できる人もたくさんいる中で、自分は、いつまでも色々なことが不安で仕方なく、何かに打ち込む元気がない。

そんな気持ちを抱えたままこの2020年を終わらせてしまうであろう自分を危惧しながら、せめて身体を暖めよう、と肩まで浸かった湯船の中で、ゆらゆらと揺れ続ける水面を見ていると、不思議とどこか心が落ち着いてくる感覚がありました。今のこの、未来というものが霞みがかってよく見えない感じ、そして自分という人間の無力さと不安定さに打ちひしがれている感覚がどこか懐かしく思えたのです。

これは、思春期に似ている。そう思いました。そして、一度は大人になった私たちには、その感覚が視野の狭くなっているとき特有の感覚であることも、もう知っていました。

「何に救われたか」をわかっていること自体が、あなたの輪郭を象るに十分な達成なのだと思います

きっと何事も、追い立てられるようにするのがベストであることなど、あまりないのだと思います。私たちはとても不安定な中で、それでも大人ぶっていなくてはなりませんでした。大人であるということは、平然と前に歩き続けるようなことだと思う人も多かったのかもしれませんが、それでもあえて気がついたのは、「前へ前へと進むことよりも、自分の命を愛せる速度で歩くことの方が大切なときもある」という事実でした。

何者かに追い立てられ、「人としてこうでなければ」という見えない焦りに震えるほどに、私たちは自分の命を愛することよりも大切なことがあるように感じてしまいます。だけれどきっと、もっと命自体が絶え間なく揺れ続けていることを、ただ眺めるような時間が必要なのかもしれません。

随分と寒い冬になりましたが、私はこの季節の中に、好きな景色がたくさんあります。小高い丘一面に生えたススキが黄金色に揺れること。どっさりと降り積もる雪が滑り落ちる瞬間に、深緑色の針葉樹の枝をたわんと揺らしていくこと。自然の中で、根元の方だけは折れてしまわないままに、しなやかに揺れ動くものはどれも美しいです。私たちの心が外的要因に翻弄されて揺れ動きながら生き続けるのも、本当は、それ自体がしなやかに強くあるからなのかもしれない、と思うとすこし自分の命を美しく思えるでしょうか。

それは同様に、何かを生み出したいと思う人にとっては、何も生み出すことができない期間のことも大切に思っていい、自分のことを幸福だと思っていてもいい、ということなのかもしれません。

この世界には、たくさんの素敵な人がいます。人に何かを分け与えたり、何かを整頓したり、何かを増幅させたりして各々のお仕事をしていく姿は、自分とまた違う範囲を受け持っているからこそ、そのまま希望に映ります。そんな中で、2020年もさまざまなものにすこしずつ、すこしずつ、救ってもらいながら生き延びてきました。たくさんの素晴らしい本や映画や芸術、真摯に作りあげられたオンラインライブ、気をつけながら久しぶりに会う友達の心地よい温度。窓を開けた時の風、テレビの中から幸せを届けようとするタレントやアイドル。

相互関係にあっても、一方向から愛を受け取る形でも、この大変だった1年に、たくさんのものたちがあなたを守ってくれました。「何に救われたか」をわかっていること自体が、あなたの輪郭を象るに十分な達成なのだと思います。

目を閉じて、これまで自分の心を救ってくれた、喜ばせてくれた、退屈から一時的にでも逃がしてくれたたくさんのものたちを、1粒ずつの光にして浮かべてみてください。そうしてできあがった過去の星空に、あなたの居る場所の本当の優しい姿がきっと記されています。今日まで何もできずに生き延びた記憶さえも、これから前進していくための、お守りのようなものとして機能していくのではないかと思います。

配信情報
『Podcast 戸田真琴と飯田エリカの保健室』

毎週月曜日20時に、Apple Podcast、Spotify他で配信中

書籍情報
『人を心から愛したことがないのだと気づいてしまっても』

2020年3月23日(月)発売
著者:戸田真琴
価格:1,650円(税込)
発行:KADOKAWA

『あなたの孤独は美しい』

2019年12月12日(木)発売
著者:戸田真琴
価格:1,650円(税込)
発行:竹書房

プロフィール
戸田真琴 (とだ まこと)

2016年にSODクリエイトからデビュー。その後、趣味の映画鑑賞をベースにコラム等を執筆、現在はTV Bros.で『肯定のフィロソフィー』を連載中。ミスiD2018、スカパーアダルト放送大賞2019女優賞を受賞。愛称はまこりん。初のエッセイ『あなたの孤独は美しい』を2019年12月に、2020年3月には2冊目の書籍『人を心から愛したことがないのだと気づいてしまっても』を発売した。



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「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしてい「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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