世界有数の自転車大国で知られている北欧の国・デンマーク。その首都であるコペンハーゲンは「世界で最も自転車に優しい都市」のトップに選ばれている。街には専用道路があるほど生活の中で身近な存在になっている。昨今の日本でも、新型コロナウイルスの影響から、通勤などで利用する人が増え、人気がより一層高まっている。またUberEatsなどのデリバリー需要の高まりもあって、自然と自転車に視線を向ける人も増えたのではないだろうか。
今回取材をしたのは、自転車好きで知られているペトロールズのボーカル長岡亮介。自転車をはじめるきっかけとなった子ども時代の体験から、日常生活での楽しみかた、車やギターなどほかの趣味との共通点、ものを選ぶうえでの美意識、創作活動への影響など、様々な視点から自転車の魅力について語ってもらうべく、愛用の自転車に乗って事務所へやってきた長岡のもとを訪ねた。
新しいもの好きな父親からもらったマウンテンバイク。自転車カルチャーに出会った子ども時代
―「Fika」は北欧デザインの思想がインスピレーションの源泉になっている媒体ですが、北欧の自転車にはどのようなイメージを持っていますか?
長岡:北欧も素敵な自転車ブランドが多いですよね。通勤や通学などで自転車に乗っている人が多い印象です。
―長岡さんが所有しているコレクションの中に北欧の自転車もありますか?
長岡:所有はしていないんですけど、欲しいと思ってるモデルはあって。それはKRONAN(クローナン)というスウェーデンのメーカーが作っている自転車で。見た目がゴツくて郵便屋さんや出前用の自転車みたいな雰囲気があるんです。俺が持っているのはイギリスとアメリカの自転車が多いですね。今日乗ってきたのはAlex Moulton(イギリスの技術者、アレックス・モールトン博士の設計によって生まれたイギリス製のもの)で、家にもう1台あります。
―Alex Moultonとの出会いはいつごろなのでしょうか?
長岡:26歳のときに半年くらい旅をするようにイギリスに行ったことがあって。そこで出会った人がMoultonに乗っていたんです。その人が日本でMoultonを販売しているという代理店の人たちを紹介してくれて。「Moultonの工場に見学に行くから一緒に来る?」って誘ってくれたんですよ。アレックス・モールトン博士の自宅の1階が生産工場なのですが、「The Hall」(昔の地主邸宅の意)と呼ばれているだけあって、本当にお城みたいな建物なんです。そういう気高いんだけど、独特のこだわりを貫いているところもいいなと思いました。
―長岡さんが最初に自転車にハマったのはいつごろなのでしょうか?
長岡:小学生のころに日本製のマウンテンバイクにハマったのがきっかけです。先ほど話したイギリスのMoultonと出合うまでは、改造しながらそれにずっと乗っていました。今もフレームだけは持っています。
―物持ちがいいですね。
長岡:でも、中学1年生のときにギターにハマってからは、自転車熱が冷めていた時期があったのですが、大人になってMoultonを買ってから再燃したんです。その流れでまたマウンテンバイクにも乗りたくなって。
―最初に乗ったマウンテンバイクを与えてくれたのは、お父さんですか?
長岡:父親ですね。自転車も車もギターも父親からの影響が大きいです。父親も趣味で音楽をやっていたんですけど、新しいもの好きな人で。新しい自転車に買い替えるときに、お下がりで譲り受けたんです。当時のマウンテンバイクはちょっとロードバイクに近いカタチをしていて。それが小学5年生のときかな。足が地面につかないのに無理して乗ってましたね。
―お父さんとツーリングに行った思い出などもありますか?
長岡:あれは父親から譲り受けたマウンテンバイクに乗る前の、小学4年生のときだったと記憶してるんですけど。母親の提案で当時住んでいた千葉からおばあちゃんの家がある埼玉まで80キロくらいの距離を走りましたね。そのときは20インチの小さいロードバイクに乗っていたことを覚えています。小学6年生のときに新潟の上越市から千葉まで自転車に乗って帰るというツアーにも参加したり。当時、自宅から自転車で片道50分くらいの場所によく行っていた自転車屋さんがあって。そこに集まる大人たちと話すのも楽しかった。今思うと、音楽好きの人もいっぱいいて、BMXに乗ってる人にミックステープをもらったり、オールドスクールのヒップホップに詳しい人もいたり、アシッドジャズのDJをやってる人もいましたね。
―その自転車屋さんがまだ触れていないカルチャーの入口でもあったのでしょうか?
長岡:そういう場所でしたね。そこで小学生ながらにVANSとかVISON STREET WEARなどのストリートブランドなんかを知るわけです。
―そういう子どものころの記憶はずっと離れがたく残っていますよね。でも、その流れだとBMXやスケートボードカルチャーに興味を持つ可能性もあったんじゃないですか?
長岡:BMXのくるくる回るトリックとかにも興味はあったけど、自分には難しくて。その通っていたお店はもうなくなってしまいましたが、いろんな思い出があります。怪しい大人も多かったけど(笑)、それもまたよかった。
建築で学んだ引き算の美学。ペトロールズの音楽にも通じる、長岡流のクリエイティブとは?
―最近はどれくらのペースで自転車に乗っていますか?
長岡:最近は週2くらいのペースで、近所に買い物に行くときとかに乗っているかな。リハーサルの現場にも事前に楽器を預けているときは自転車で行ったりします。スタジオの中に自転車を入れて、それを見ながら演奏するのも気持ちがいいんですよ(笑)。あと、ずいぶん前の話しになるけど、機材車に自転車を積んでツアーを回ったこともあります。自転車で地方の街を散策してね。自転車は一人の世界に入り込んで、知らない路地に入ったり気軽に冒険できたりするのがいいですよね。あとは基本的に何も有害物質を排出しないし、環境にもいいじゃないですか。
―自転車に乗りながら楽曲のアイデアが浮かぶようなこともありますか?
長岡:たまにありますね。曲の一部とか、ディテールとか。「あそこはどうしようかな?」と考えあぐねていたところが「あ、こうすればいいんだ!」って思いついたり。メロディが浮かぶこともあるけど、乗っていて気持ちがいいからだいたい忘れちゃいますね(笑)。
―やはり車に乗っているときとは異なる感覚があるのでしょうか?
長岡:車は密室空間ですから。車に乗っているときは周りの空気が一緒に移動しているような感覚があるけど、自転車はそれとは違ってすべてが置き去りになるんですよね。だから、集中して物事を考えるなら車のほうがよくて、瞬間的なひらめきが浮かぶのは自転車のほうが多いかもしれない。
―長岡さんが愛用するものとして、自転車、車、眼鏡、そしてギターがあると思いますが、それらに通底しているものを導き出すことはできますか?
長岡:そうだなぁ。やっぱり個性のあるものが好きだし、人と同じものがイヤだという感覚が大前提にあって。これはよく言うんですけど、そのものを設計したり作ったりしている人のエゴが出ているものが好きなんです。
―作り手の主義主張がはっきりと刻まれているものということでしょうか?
長岡:そう。今日乗ってきたMoultonも、小さい車輪だと前に進むのが遅かったり、乗り心地が悪くなったりすることもあるけど、小さい車輪特有のよさがあり、そのうえでデメリットを補うような造りになっていて。そうやって確固たる理想があって設計されているものが好きです。「普通だったらこんなにめんどうくさい設計しないでしょ」って思われるかもしれないところを、「いや、これがいいんだ」と押し切って作られたと感じるものに惹かれます。
―それは過剰な装飾が排され、粋で洗練された引き算が施されたものの魅力と言えるのかもしれないですね。その結果、何にも似てないものになっているみたいな。
長岡:そうですね。設計の思想みたいなものがカタチになって、結果的にカッコよくなっているものが好きです。それで何にも似てなければすごくいいですよね。
―スリーピースの音だけで成立させるペトロールズの音楽像しかり、長岡さんのクリエイティブにおける美学にも通じるポイントでもあると思いました。
長岡:そう、ペトロールズの音楽とも一緒だと思います。だからすべてにおいて何かでデコレーションされてなくてもシンプルでカッコいいと思えるものが好きなんですよね。
―自身で好きなもののデザインを手がけたいとは思わないですか?
長岡:それはあまりないかな。これも音楽の創作に通じる話かもしれないけど、ギターでも自転車でも自分が好きなのは「あ、その手があったか」って思わせてくれるもので。それを改造しないで乗ったり弾いたりするのがいい。そうは言いつつもちょっと改造もしちゃう時もあるんだけど、そのものがもともと持っている素の状態のよさは壊したくなくて。
―長岡さんが惹かれる造形美や物を所有する価値観において、大学で建築を学んでいたバックボーンが影響している部分もありますか?
長岡:それもあると思います。でも、途中から建築は環境を破壊する一端にもなっていると思ってから興味がなくなってきまして。それだったら古い物を大事に使ったほうがいいんじゃないか、と。物持ちがいいのもそういう考えがどこかでもとになっているかもしれない。
自転車ってそんなに難しいものじゃないから、好きな洋服を買うように好きな色の自転車を探すことから始めてもいい
―今後、乗ってみたい自転車はありますか?
長岡:クラシックなものが好きな指向は前提にあるんだけど、その一方で最新のロードバイクにも乗ってみたいですね。価格的にもすごく高いやつ(笑)。最近のロードバイクはギアが電動になっていたり、タイヤが太かったりするんですよね。ブレーキもディスクブレーキ(ホイールの中心部についた金属製の円盤型ローターを、専用のブレーキパッドで挟み込む仕組み)になっていて。どうせなら一番良質なモデルに乗ってみたいです。
―街で見かけて「あの自転車、いいな」と思うこともありますか?
長岡:あります。スピードが出るタイプは値段が高そうなものが多いけど、やっぱり目がいくのはクラシックなモデルですね。人のライブを観ていて「あのギター、いいな」と思うこともあるし。
―ギターに関して人が使っているのを見てそのように感じていらっしゃるのは意外でした。
長岡:その楽器を弾いてる人との組み合わせにもよりますけどね。シンプルなモデルだけど、色はピンクでかわいいなとか、そういうふうに思うことはあります。もちろん、ベタに真似るようなことは絶対にしないけど、あの人が使ってるから俺も同じメーカーのギターがほしいと思って買った経験もあります。それはアコースティックギターなんですけど。玉さん(山口玉三郎)って呼ばれているジャズとカントリーが混ざったようなギターを弾く人がいて。彼がLowden Guitars(ローデンギター)というアイルランド製のアコースティックギターでアイリッシュなスタイルのプレイをしているのがすごくカッコよくて、27、8(歳)くらいのときに同じアコースティックギターを買ったことがありました。
―これから自転車に乗ってみようと思う人にひと声かけるとしたら?
長岡:自転車ってそんなに難しいものじゃないから、好きな洋服を買うように好きな色の自転車を探すことから始めてもいいと思います。インターネットで探すのもいいし、今はいい自転車屋さんもいっぱいあるから、気軽に入っても店員さんが優しく教えてくれると思いますよ。
―ご自身の表現においてチャレンジしたい、あるいは突き詰めたいことのイメージはありますか?
長岡:どうでしょう……。やっぱりシンプルであるということをさらに突き詰めた作品をペトロールズでは作りたいと思ってます。でも、2020年は自分にとって創作の時間ではなかったですね。去年から今もこういうご時世だから時間が生まれてそこで創作と向き合う人もいたんでしょうけど、自分は全然そんな気分にならなかった。今自分の中にある新しい創作の種があるとしたら、まだ髪の毛1本分くらいかな(笑)。それでも焦って何かを作りたいとは思わないですね。
―そもそも時世のムードをダイレクトに表現に落とし込む音楽家ではないし。
長岡:そう、自分はそういうタイプではないから。これから世の中が回復していくにつれて自分の創作も回りだすのかなと思っています。
- プロフィール
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- 長岡亮介 (ながおか りょうすけ)
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神出鬼没の音楽家。ギタリストとしての活動の他に楽曲提供、プロデュースなど活動は多岐にわたる。「ペトロールズ」の歌とギター担当。黒沢清監督「スパイの妻」映画音楽を担当。「浮雲」名義で東京事変のギタリストも務める。