SMプレイで救われる。映画『ブレスレス』が描く人の心

オーロラと白夜、そして大自然に囲まれた、北欧の国フィンランド。『ムーミン』の舞台でもあり、荘厳なイメージの観光地として世界の人々が憧れる国の1つである。今回紹介するのは、そんなフィンランドの首都ヘルシンキを舞台に過激な「SMプレイ」が展開される映画だ。しかし本作は、そのハードなイメージと同時に、人間の心の救済の1つのかたちを繊細に映し出す作品でもある。

本作の主人公は、妻とともに水難事故に遭い、溺死寸前の状態になりながら、自分だけが助かった男、ユハだ。外科医として働きながら、娘と2人で暮らしている。事件から何年も経ち、娘も学校で流行っているという「舌ピアス」をしてみたいなどと言い出す年齢になった。だが、ユハはいまだに鬱屈とした想いを抱えて日々を送っているのだ。

※本記事は映画本編の内容に関する記述を含みます。あらかじめご了承下さい。

『ブレスレス』予告編

客と間違えられ、突然SMプレイを受けることになる。「窒息プレイ」に覚えた安らぎ

ある日彼は、ひょんなことからクラブへと迷い込み、ある女性から突然、不意打ちの打撃を加えられることになる。そこはSMクラブであり、所属するドミナトリクス(女性支配者)に客と間違えられ、偶然SMプレイを受けることになったのだ。そんな事態があり得るのかと思ってしまうが、赤い照明に照らされたSMクラブの非日常的な光景は、そんな異常事態こそが日常なのだという雰囲気を醸し出している。

そこで、首を絞められる「窒息プレイ」を経験することで、彼は不思議な感覚にとらわれることになる。ユハは、いつしか懐かしい場所で、穏やかな気持ちのまま、死んだはずの妻を目の前にしていた。しかし、息をするとまた現実のSMクラブに引き戻されてしまう。彼は、窒息して死に近づいた瞬間にだけ、妻に会うことができるのだ。

その安らぎの世界は、妻への愛というよりは、彼の罪悪感から生まれたものなのかもしれない。なぜなら、彼は「自分だけが生き残ってしまった」という、妻への自責の念にさいなまれているからだ。窒息し、妻と同じ苦痛を受けることで、妻への罪悪感から解放されるのである。

異様な光景とは裏腹にユハが経験している美しい光景。観客は彼の気持ちを追体験する

ユハはSMクラブに通い、首を絞めてくれるモナを指名し続ける。首を絞めるサービスを行なってくれる場所などSMクラブの他には存在しないからだ。窒息しながら生と死の間をさまよい、死の淵からかろうじてよみがえったユハは、その度に「もっと長く絞めてくれ」と、モナに頼み込む。そんな異様な光景とは裏腹に、彼が見る幻覚のような世界は、非常に美しく居心地の良い場所として描かれる。それを観客も追体験することで、彼の心の苦しみを味わうことになるのだ。

そんな複雑な心情の主人公を演じるのは、『トム・オブ・フィンランド』(ドメ・カルコスキ / 2017年)など、多数の映画に出演する、フィンランドを代表する俳優、ペッカ・ストラング。本作では無口で抑えた演技ながら、悲痛な感情とともに生きる人間の姿を表現する。

高度なコミュニケーション手段としてのSMプレイ。それを通して1人の人間が描かれる

ユハは、首を絞めるサービスを受けるために、犬のようにモナに奉仕し、言葉責めや打撃を与えられるような通常のプレイも経験することになる。その姿は、ときに滑稽にも感じられるが、ここでの責める者、責められる者の関係は真剣そのものだ。SMプレイにおいて、とくに責める側は、目の前の相手が快感を得るような苦痛を、どうすれば与えられるかということを、常に思考し続けなければならない。その意味でSMプレイは、高度なコミュニケーション能力が必要とされるものなのだ。

本作の監督と脚本を務めたのは、前作『2人だけの世界』(2014年)が、「フィンランドのアカデミー賞」と呼ばれる『ユッシ賞』で、作品賞と監督賞を含む4部門受賞を果たした、ユッカペッカ・ヴァルケアパー。本作は過激な内容ながら、同じく『ユッシ賞』にて、主演男優賞、撮影賞、編集賞、音楽賞、音響デザイン賞、メイクアップデザイン賞の6部門を受賞するという快挙を達成している。

モナ役のクリスタ・コソネンは、この役柄を演じることに当初は難色を示していたという。ヴァルケアパー監督は、脚本上で彼女の役に奥行きを与え、SMプレイの役割だけではない1人の人間として描くことで幅をもたせ、演技をする者が充実を感じられるキャラクターに仕上げたという。

痛みをともなう関係で救われる心がある。SMプレイを通じて描かれるのは、普遍的な人と人とのコミュニケーション

たしかにSMには、他の文化同様に様々な課題や問題が存在している。人権を無視した暴力や拷問との境界をはっきりさせることは困難だし、首を絞めて死に至る事故や事件も、レアケースながら発生してきた。しかし、痛みをともなう極限的な関係でなければ救えない心があるのではないかという問いを、監督は本作によって観客に投げかけている。それは、SMカルチャーに対してのリスペクトでもあるようにも感じられる。

そもそもコミュニケーションとは、多かれ少なかれ、相手の心に踏み込む行為である。内面の深い部分に入りこめば、それだけ立ち直り難い傷を与えてしまうリスクがある。だが、相手が打ちひしがれているとき、表面的なやりとりだけでは力になることは難しい。その意味では、主人公のユハが外科医であるという設定も示唆的である。体内の病巣を取り去るためには、患者の身体をメスで切り裂かなければならないからだ。

本作は、SMという題材を通して、苦痛をともなう行為に救われていく男の心を描いた、普遍的なテーマを持った作品なのだ。その極限のやりとりを見ることで、われわれの世の中の見方に、気づきや変化を与えるもしれない可能性を秘めている。耐え難い苦痛を超えて、ボンテージファッションに身を包みながら輝くユハの表情は、そんな本作のメッセージを雄弁に物語っている。

作品情報
『ブレスレス』

2020年12月11日(金)からヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開

監督・脚本:ユッカペッカ・ヴァルケアパー
音楽:ミハル・ネイテク
出演:
ペッカ・ストラング
クリスタ・コソネン
イロナ・フッタ
ヤニ・ヴォラネン
オーナ・アイロラ
アイリス・アンティラ
エステル・ガイスレロヴァー
上映時間:105分
配給:ミッドシップ



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カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしてい「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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