大家さんから聞いた昔の東京の話とか、大家さんが好きな場所を散歩するのがすごく好き。(矢部)
―地図を読んでいくと、空間も時間も広がっていくんですね。
矢部:僕、『大家さんと僕』という漫画を描いたんですけど、その漫画に出てくる大家さんから聞いた昔の東京の話とか、大家さんが好きな場所を散歩するのがすごく好きです。話を聞くと、僕が知っている場所の印象と全く違って。
大家さんが小さな頃から通っていた場所や大家さんのお気に入りの老舗とか……少なくなりましたけど、東京ってそういうところがまだ残っていて。
村山:人の話や想い、そういうものが加わると、町並みの見え方も変わり、散歩もより豊かになりますよね。
矢部:本当にそうだと思います。大家さんの若い頃は電車なんかそんなに乗らなかったそうで、「歩いて行ったわ」って聞いたところまで、僕も実際に歩いてみたらめちゃくちゃ遠かった(笑)。2時間くらいかかって、昔の人はすごいなって思いました。
ネットで調べることと、その場に行くことって、全く違う行為・体験。(矢部)
―大家さんはきっと紙の地図を使って歩いていたんですよね。やっぱりスマホの地図が普及したことで、土地を見る目自体が変わってきているんでしょうか?
村山:「メンタルマップ」と呼ぶのですが、空間や地理を把握して頭の中に地図を描く力がすごく衰えていると思います。昭和時代の日本人は、まだその感覚を持っていたと思うんですけどね。
今はスマホを見れば目的地への最短距離や到着までにかかる時間がすぐにわかるし、そもそも近いとか遠いという概念があまり意味を持たなくなったと思います。「遠いから行けない」とか「行くのに時間がかかるからあそこのお店のものが買えない」とか、生活において距離や時間の制約を受けなくなってきましたよね。
矢部:直接お店行かなくてもオンラインで物が手に入る時代になっていますもんね。だから余計に地図を見なくなったのかもって思います。
―時間と空間が平たくなってきている感覚はあるかもしれないですね。
村山:距離や時間の制約を受けないことは、便利ですが非常にもったいないと思うんです。豊かに人生を送るためには、やっぱりいろんなところに足を運ぶこと。そうして五感を使わないと、本当の「体験」ができないですし、記憶には刻まれないんですよ。
矢部:検索したらなんでも出てきますけど、一人ひとりの体験と違って、みんな結局共有している情報が同じになっていますもんね。僕もどこかに遊びに行く時とか、画像検索とかしちゃうんですよ。「ここからだと富士山がこういうふうに見えるのか~!」とか(笑)。
でも、実際に行ってみるとやっぱり全然違う。同じ土地でも季節が違うだけで体験できることも変わりますよね。ネットで調べることと、その場に行くことって、全く違う行為・体験だし、感じることも全く違ってくると思います。
書籍情報

- 『大家さんと僕 これから』
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2019年7月25日(木)発売
著者:矢部太郎
価格:1,210円(税込)
発行:新潮社

- 『「ニルスのふしぎな旅」と日本人: スウェーデンの地理読本は何を伝えてきたのか』
-
2018年11月16日(木)発売
著者:村山朝子
価格:2,750円(税込)
発行:新評論

- 『新訂「ニルス」に学ぶ地理教育:環境社会スウェーデンの原点』Kindle版
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2019年3月26日(火)発売
著者:村山朝子
価格:700円
発行:22世紀アート
プロフィール
- 矢部太郎(やべ たろう)
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お笑い芸人 / 漫画家。1977年生まれ。東京都出身。1997年に「カラテカ」を結成。芸人としてだけでなく、ドラマ、映画で俳優としても活動。初めて描いた、自身の体験をもとにした漫画『大家さんと僕』で『第22回手塚治虫文化賞』短編賞を受賞した。現在、小説新潮にて絵本作家である父・やべみつのりとの幼少期のエピソードを綴ったエッセイ漫画『ぼくのお父さん』を連載中。
- 村山朝子(むらやま ともこ)
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茨城大学教育学部教授。1958年生まれ。静岡県出身。お茶の水女子大学文教育学部地理学科卒業。奈良女子大学大学院文学研究科修士課程修了。2009年より現職。社会科教育学、地理教育を専門とし、中学校社会の教科書執筆に携わる。スウェーデンの名作『ニルスのふしぎな旅』を地理の観点から研究。著書に『ニルスに学ぶ地理教育―環境社会スウェーデンの原点―』など。