津野青嵐に訊く、元看護師だから実現できる希望ある「服作り」

津野青嵐に訊く、元看護師だから実現できる希望ある「服作り」

インタビュー・テキスト
黒田隆憲
撮影:テラウチギョウ 編集:石澤萌(CINRA.NET編集部)
2019/02/12
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服飾に対する系統的な知識も、パターン作成や縫製のテクニックも全くゼロの状態から、わずか数年で世界の新人ファッションデザイナーたちと対等に競い合うことなどできるのだろうか? そんな無謀とも思える試みに真っ向から挑戦し、シーンに鮮烈な印象を残した女性がいる。3Dペンを利用した衣装を作り上げ、ヨーロッパ最大のファッションコンテスト『ITS 2018』にて日本人で唯一ファイナリストに選ばれた津野青嵐だ。

津野の作り出す衣装は、最新テクノロジーを用いた近未来的な美しさと、日本古来のフォルムを併せ持っている。それは、長野の田舎に生まれた彼女自身の幼少期の記憶や、新宿のど真ん中で過ごした思春期の体験が混じり合って生まれたものなのだろう。

「writtenafterwards」デザイナーの山縣良和が主宰する学校「ここのがっこう」にて本格的にファッションを学んだ津野は、果たしてどんな経緯で3Dペンに興味を持ち、どのように使いこなしているのだろうか。怒涛の2018年を駆け抜けてきたという彼女に、もの作りへのこだわりはもちろん、将来への展望などさまざまなトピックについて話してもらった。

何より山縣(良和)さんの作品がやばくて(笑)。「この人の教育だったら受けてみたい」と、ようやく決心したんです。

—津野さんは元々、精神科の看護師として働いていたんですよね。異業種からファッションを学ぶようになった経緯を教えていただけますか?

津野:私は今、28歳なのですが、25歳まではファッションについての教育を受けてなかったんです。元々もの作りは好きだったんですけど、美術大学へ進むほどの覚悟はなかったし、親の勧めに従って看護の道に進みました。

大学4年生になり、就職活動を考える段階で「精神科だったら看護師として働きたい」と思い、卒業して精神科の専門病院に入りました。それと同時並行で、自分自身で「過剰な装い」みたいなことをやり始めたんです。

津野青嵐
津野青嵐
津野が3Dペンを使用して作った衣装 / Photo by Jun Yasui
津野が3Dペンを使用して作った衣装 / Photo by Jun Yasui

—「過剰な装い」とはどういうものだったのですか?

津野:顔を白塗りして、派手な服や手製のヘッドピースを身につけて街を歩くんです(笑)。看護学校に通っている現状に対する反動もあって、趣味というよりは、もう少しシリアスに「発信したい」と思っていましたね。

精神科の看護師として働き始めてからも、25歳まではずっとそんな感じだったのです。でも、これからの人生を考えたときに、クリエイティブやファッションについて何の知識もないままでいいのだろうかと。同世代や下の世代が基礎をちゃんと身につけながら、クリエイティブな活動しているのを見ているうちに、そう思うようになったんです。

白塗り、自作のヘッドピースを着用する当時の津野
白塗り、自作のヘッドピースを着用する当時の津野

津野:そんなときに友人に勧められたのが、山縣良和さんが設立した「ここのがっこう」でした。卒業生は日本のファッション業界でもかなり名が知られていて、例えば私の中高の先輩である中里周子さん(ファッションブランド「NORIKONAKAZATO 」デザイナー)の出身校でもあったんですよ。それでまず興味を持ったのと、何より山縣さんの作品がやばくて(笑)。「この人の教育だったら受けてみたい」と、ようやく決心してクリエイティブの世界に飛び込んだんです。

—山縣さんの作品は、どんなふうに「やばかった」のですか?

津野:目黒の東京都庭園美術館で行われたファッションショーでは、戦後日本をテーマに、多くのルックで日本人の集団性を表現していました。山縣さん曰く、「日本人の『集団性』のルーツは、山にある」と、ショーの後半で大きな3つの「山」が登場するんです(笑)。冒頭は、稲田(朋美)防衛大臣が記者に囲まれているところにインスピレーションを受けたルックで、真ん中にいるモデルだけでなく、周りを取り囲む記者も含めて「装い」として捉えている。

山縣さんは常に歴史的な視点を深く持ち、装うことの愛おしさとともに、「ファッションとは何か? これがファッションなのではないか?」と、ファッションのあり方を世間に問いかけているんです。

—(映像を観ながら)それで音楽は“Starting Five”(『報道ステーション』オープニングテーマ曲)を使用しているのですね。そんな山縣さんの学校で、初めてファッションについて本格的に学んでみていかがでしたか?

津野:衝撃的でした。それまで作品を見てくれたのは、私を好いてくれている人だからリアクションもよかったし自信があったんです。けど、いざプロの世界を目指す人たちに並んで「評価」されるとなると、自分がそのレベルに至ってないことに、入学して早々に気づいてしまって。

私よりもずっと若い10代の子たちの方が面白いものをたくさん作ってくるし、自分で新しいと思ったことも、先人がやっていたりして……。先生たちからも手厳しい評価をもらい、今まであった自信が根こそぎ削ぎ落とされ、とにかく悩みました。

津野青嵐

津野:そんなときに『ITS』の存在を知り、今までやってきたことやプライドは一旦置いて、新たな考えで作った作品を提出してみようと思いました。色々アドバイスを受けながら、気持ちを切り替えられたのがちょうど2018年の1月くらいだったんです。

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プロフィール

津野青嵐(つの せいらん)

1990年長野県出身。看護大学を卒業後、精神科病院で約5年間勤務。大学時代より自身や他者への装飾を制作し発表。病院勤務と並行してファッションスクール「ここのがっこう」へ通い、ファッションデザインの観点から自身のクリエーションを深める。2018年欧州最大のファッションコンペ『ITS』にて日本人唯一のファイナリストに選出。

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