ドトール最高級ブランド「神乃珈琲」のこだわり 代表が語る40年愛

スウェーデン語で「Fika」といえば、焼き菓子やサンドイッチ、コーヒーを楽しみながらおしゃべりする、小さな憩いの時間。今ではお茶やレモネードを飲むことも多いが、その語源をさかのぼると、やはり「コーヒーを飲む」という意味にたどりつく。

今回は究極のコーヒーを求めて、学芸大学駅から徒歩約10分のところにある「ファクトリー&ラボ 神乃珈琲」を訪ねた。おしゃれな店内でひときわ目立つのは、店舗の大部分を占める焙煎工場。白衣姿の専門スタッフがきびきびと焙煎作業にいそしむ様子を眺めながらいただくコーヒーからは、こだわり抜いた原材料や技術による味だけでなく、コーヒーをめぐる文化や歴史の深みも感じられる気がする。

「『コーヒーを飲む』という現代人の習慣を、『非日常の体験』へとちょっとだけランクアップすることを目指している」と語る、「ドトールコーヒー」常務取締役兼「神乃珈琲」代表・菅野眞博に話を聞いた。

まるで茶道のように、コーヒーを「点てる」。代表自ら取材陣をおもてなし

取材陣が案内されたのは、2階奥のまるで科学実験室のような設えの部屋。そこで待つエプロン姿の菅野さんは、経営者や社長というよりも、研究者や職人がふさわしい印象の人だ。

菅野:ようこそいらっしゃいました。今日はインタビューの前に、コーヒーでおもてなししたいと思っています。私は神乃珈琲の代表ですが、同時に株式会社ドトールコーヒーの常務取締役でもあります。

ドトールコーヒー常務取締役兼神乃珈琲代表の菅野眞博
神乃珈琲外観。取材時はちょうどクリスマス前で、華やかな装飾が施されていた

菅野:弊社はコーヒー豆の栽培、仕入れから、飲食店の経営、缶コーヒー原料の製造まで、コーヒーに関わるすべてのことを手がけていますが、原点は豆を焙煎、粉末状にして点てるレギュラーコーヒーをお客様にご提供することです。神乃珈琲は、その過程のすべてを究極まで突き詰めて作った1杯を提供する場として作られました。

今日は、一般的にサードウェーブコーヒーと呼ばれるスペシャルティコーヒーと、日本人の味覚にあったブレンドコーヒーの2つを飲み比べていただこうと考えています。

そう言って、カウンター上にカップやペーパーフィルターといったさまざまなコーヒー用具を広げる菅野さん。「(粉末は)32gだとちょっと多い。30gにしよう」と、アシスタントに細かい指示を出しながら手際よく進めていく。そんな工程を、菅野さんはまるで茶道みたいに「コーヒーを点てる」と表現する。

取材陣のために、自らコーヒーを「点てて」くれた菅野さん

菅野:理念としては、たしかに「道」です(笑)。作業的には「抽出」が正しいですが、機械的なイメージが強くなるじゃないですか。こういう風に人と人が対面する場や、家庭でコーヒーを作るときには「点てる」がふさわしい気がします。

美味しいコーヒー豆を使うときは、紙の匂いが移らないようにフィルターを湯通しして洗う。新鮮なコーヒー豆はお湯をかけてあげると、CO2(二酸化炭素)を含んだ香りの成分ガスが出てくる。コーヒー豆は乾物と考えられているが、実際には生鮮品として考えるべき……。そんなコーヒーを美味しく煎れるコツやトリビアを聞きながら、コーヒーのでき上がりをしばし待つ。

流行りのスペシャルティコーヒーと、日常に馴染むブレンドコーヒーを飲み比べながら「Fika」

菅野:さあできました。まずはスペシャルティのほうをお試しください。コロンビアのシングルオリジン(1つの品種でいれたコーヒーのこと)です。

スウェーデンのお菓子「セムラ」とともにコーヒーを味わう時間は、まさに「Fika」そのもの

口に含むと、ふわーっと甘みが広がり、そして酸味が後からやってくる。鼻に抜ける、林檎や桃に似たフルーティーな香りもみずみずしい。

菅野:農園をきちんと指定し、作っている生産者が明らかなもの。これが現在流行しているサードウェーブ系のコーヒーです。品評会に出されるような高級な1杯で、単に味を楽しむだけでなく、ワインのように産地や生産年、栽培された地理的な背景もふまえて楽しむものですね。いわばコーヒーごとの「個性」を楽しむのが、スペシャルティ。それでは、ブレンドのほうを試してみてください。これはまったく違う方向性ですよ。

そう促されて飲んでみると、たしかにスペシャルティよりも柔らかな味で、焙煎が深い。ふだん自分がイメージしているコーヒーがさらに美味しくなってやってきた。そんな印象だ。

菅野:これが神乃珈琲や、出店させていただいている「ボルボ スタジオ 青山」で提供している味です。実際には店ごとに微妙にブレンドを変えていて、今日は後者の配合である「インスクリプション」をお出ししています。

左がスペシャルティコーヒー、右がブレンドの「インスクリプション」

菅野:複数の品種を混ぜたブレンドコーヒーは、お肉に例えると加熱されてアミノ酸の旨味がよく出た赤身肉です。一方、スペシャルティやサード系はお肉で言えばレア。「食材そのものの味を楽しみましょう」という発想なので、表現方法が違います。私が提唱したいのは、シーンによってコーヒーの表現が変わるので、その変化を楽しみましょう、ということなんです。

さらに菅野さんは、スウェーデン発祥のお菓子「セムラ」を添えてくれた。甘いパン生地と生クリームの素朴な組み合わせが、ブレンドコーヒーの苦味にちょうどいい。

セムラ

菅野:ブレンドは日本の喫茶店で出されるコーヒーのスタンダードだから、和菓子や洋菓子と一緒に飲んでもおいしい。主張のあるスペシャルティの、背筋をぐっと伸ばして飲むような非日常の経験も楽しいですが、リラックスして大福や煎餅を間にはさみながら飲むブレンドは、日本人にとって馴染み深いものなんですよ。

つまるところ、コーヒー屋は美味しいコーヒーを作るべきだと思ったんですよ。

店内中央にある巨大な焙煎機をエンジニアとともに自作したぐらい、菅野さんのコーヒー愛は大きくて深い。こんなにもコーヒーに焦がれるようになった原点はどこにあるのだろうか?

菅野:個人的な出会いは、7歳の頃ですね。ハワイに移住した叔父から、アメリカ産のコーヒーが届いたんです。1966年は日本に「外食」という概念もなかった頃ですから、外国のコーヒーなんてまったく未知の味でした。その感動が今に続いているんです。中学生くらいになるとお年玉を貯めて、自分でコーヒー豆を買って家で淹れたりしてましたね。

—ずいぶん早熟な(笑)。

菅野:マニアックなことが好きなんですよ。そして第2の出会いが、20才のときにドトールコーヒー創業者の弟との出会い。当時は設計士を目指していたのですが「ウチに来いよ」と言われて、1979年に就職したんです。当時はドトールも40人くらいしかいない小さな会社で、工場の焙煎機も30kgクラスの釜が2つしかありませんでした。

—会社自体がどこに向かうか模索してる時期ですね。

菅野:創業者の鳥羽博道が会社を始めた1962年は、ちょうど高度経済成長期のさなかで、まだまだ敗戦の痕がそこかしこにある時代です。住居も「うさぎ小屋」と揶揄される狭い長屋だったりする。そういう時代のなかで、家とは違う1人の時間を楽しむものとして喫茶業が求められていた。純喫茶や歌声喫茶もそういったニーズを満たしてくれる場所ですね。

—そのなかで菅野さんが目指したものはなんでしょうか?

菅野:つまるところ、コーヒー屋は美味しいコーヒーを作るべきだと思ったんですよ。営業職として15年間、店舗拡大やマニュアル作りなどに従事してきましたが、1994年に工場での商品開発に配置換えしてもらいました。

しかし、意気込んだものの自分にはなんの技術もない。コーヒーの質を決める原産地にこだわろうとすると、自分自身で開拓するしかないですから、そこから先はひたすらコーヒー探しの世界の旅です。例えばグアテマラSHB(ストリクトリーハードビーン)は標高1350m以上の高地で獲れたグアテマラ豆を指しますが、実際に現地に行ってみると、高度や農園ごとに全然味が違う。そういったことを一つひとつ研究して、自分の血肉にしていって……その成果の最新型が神乃珈琲なんです。

店内にはコーヒー豆をかたどったオブジェが置かれていた

1億3千万人いる日本人の食卓のコーヒーも変えていきたいと願っています。

—神乃珈琲は菅野さんにとってどのようなお店なのでしょうか?

菅野:「毎日使ってほしい店」というドトールのテーマとはギャップがありますが、コーヒーにまつわる美味しさの秘密や文化を包み隠さず伝える場所が神乃珈琲だと思っています。ですから、店内をスケルトン構造にして、通常だったら門外不出の焙煎工程もお見せしています。

自分にとって、ここは店舗というよりも工場。工場見学のように、コーヒーが製造される工程を見ることができて、さっき焙煎したばかりのコーヒーが飲める。定期的に少人数のコーヒー教室を開いているのも、工場が持つ教材的な側面を活用していきたいからです。そうやって、少しずつコーヒーを楽しむことを広げていって、やがては1億3千万人いる日本人の食卓のコーヒーも変えていきたいと願っています。

店内の焙煎工場の様子

菅野:今の時代は本当にすべての流れがはやくて、コンビニで飲めるカウンターコーヒーのクオリティも日々進化しています。でも、「飲む」ということだけで完結せず、コーヒーを通して日常とはちょっと違う空間・経験をお客様にご提供することが、私たちのやってきたこと。ひいては、喫茶文化が連綿と受け継いできた使命だと思っています。

—その理念は、「ボルボ スタジオ 青山」に出店中の店舗にも通じる気がします。

菅野:最初にボルボさんからお話をいただいたとき、自分なりに「なぜ自動車のショールームにカフェが必要なのか?」と考えたんですよ。自動車はもともと馬にかわる移動・運搬の手段として登場し、そこから時代を経て、レース、娯楽や趣味、家族のための空間といった風に、さまざまな用途に使われるようになった。自動車自体の価値が多様化していったわけです。だとすると、次に求められているのは、自動車が示す新しい未来像のように思います。

例えば、車に小型のコーヒーセットがついていて高原までドライブする。到着したら、小型のガスバーナーとペットボトルの水でパッとコーヒーを点てて、高原のコーヒーを楽しむだとか。そういう風にコーヒーや自動車が物語を作ることは、次のビジョンを呼び込んでくれるのではないでしょうか。

「いらっしゃいませ」と「ありがとうございました」の間に、立ち上がるストーリー

神乃珈琲で、菅野さんのおよそ40年にわたるコーヒー遍歴と愛に触れ、また特別なおもてなしを受けながら思い浮かべたのは、劇場で演じられている演劇のことだった。数十人から数千人まで規模はさまざまだが、演劇は舞台上で演じる俳優が、観客一人ひとりと結びつくことで成立するコミュニケーションについての芸術だ。菅野さんに手を引かれるようにしてコーヒーの楽しみ方や作法を学び、工場見学のように店内の焙煎作業を見る経験は、演劇に似ていないだろうか?

菅野:たしかに演劇は面白いですよね。俳優さんと観客が糸のようにつながって、作品が表現しようとしている背景を理解する。しかも5000人が一緒に見ていたとしても、私の経験は私1人のものとしてあり、まるで自分が舞台に立っているように感じられてくる。

毎日たくさんのお客様がいらっしゃるドトールも、根本は同じです。「いらっしゃいませ」とお客様をお迎えして、注文を受け、「ありがとうございました」とお送りする。たった数十秒の時間ですが、そこにもストーリーやシーンは立ち上がるはずですから。

ドトールコーヒーの取締役、神乃珈琲の代表である菅野さんは、もう1つ別の肩書きを持っている。「日本スペシャルティコーヒー協会(SCAJ)」理事として、コーヒー文化の醸成と促進を進める活動を続けているのだ。サードウェーブ系のコーヒーが定着し、新たなスタイルのコーヒーショップが次々と開店するなかで、コーヒーの定義や淹れ方も多様化し、ときに誤った焙煎や抽出の方法が広まってしまうこともあるという。それに対し、SCAJではコーヒー文化の横軸を共有することで、コーヒーの美味しさを保つ活動を展開している。

ここにも、コーヒー文化を未来に伝え、コーヒーを通した「楽しいシーン」を立ち上げようとする菅野さん、そして日本でコーヒーを作る人々の心意気が宿っている。

店舗情報
「ファクトリー&ラボ 神乃珈琲」

日本人による日本人のためのコーヒーを追求するファクトリー&ラボ。コーヒーの提供だけでなく、豆の買い付け、輸入、研究・開発、焙煎も行う。また、定期的に珈琲セミナーを開催。

プロフィール
菅野眞博 (かんの まさひろ)

株式会社ドトールコーヒー常務取締役、株式会社プレミアムコーヒー&ティー代表取締役社長。日本スペシャルティコーヒー協会(SCAJ)の理事、C.O.E.国際審査員、株式会社ドトール・日レスホールディングスの取締役など、様々な肩書きを持つコーヒーのスペシャリストとして知られ、テレビ出演してコーヒーのおいしい淹れ方などを披露している。



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「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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