矢部太郎と地理の専門家が語る、スマホじゃない紙地図の面白さ

矢部太郎と地理の専門家が語る、スマホじゃない紙地図の面白さ

インタビュー・テキスト・編集
飯嶋藍子
撮影:萩原楽太郎
2020/11/09
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等高線を意識すると3Dメガネで見たみたいに、頭の中で地図が盛り上がってくる。(矢部)

―矢部さんは普段から街を歩くとき地図を使ったりはしますか?

矢部:昔から地図帳を見るのが好きなのですが、今、生活の中ではスマホで見ることが多くなりました。地図帳は等高線を見るのがすきなんですよね。

村山:等高線! なぜお好きなんですか?

左から:矢部太郎、村山朝子
左から:矢部太郎、村山朝子

矢部:等高線って高さを表しているじゃないですか。それを意識して見ると3Dメガネで見たみたいに、頭の中で地図が盛り上がってくるんですよ。ここはなだらかに盛り上がっていて、ここは線が集中しているから急勾配なんだとか。人が住んでいるところかどうかも見たらわかりますよね。

やっぱり等高線がギュギュギュッとしているところには人は暮らさないんだなあとか。僕は気象予報士の資格を持っているのですが、等圧線もそういうふうに見ると、「これはすごい気圧差だからとんでもない台風が来るぞ」とか、そういうことがわかって楽しいんです。

村山:まさにそうなんですよ。等高線が読めると地形がわかって、地域の様子が頭に浮かんできますよね。だから、たとえば渋谷駅から道玄坂上に行く時に、スマホで地図を見ていたら、実際はこんなに土地に高低差があるなんてわかりませんよね。

村山朝子

―たしかに歩いてみて初めて、こんなに急な坂があったのかとか、こんなに変な道だったのかって思うことはありますね。

村山:そうですよね。私はちょっとまわりと違う地形に出合うと、昔ここはなんだったんだろうと気になって、あとで古い地図を見てみよう、なんて考えます。

矢部:今、スマホでも古い地図を見れますよね。

村山:古地図のアプリもいろいろ出ているようですが、埼玉大学の地理学の先生が作った「今昔マップ」というサイトが充実しています。明治以降の地形図が入っていて、その土地の時代ごとの変化がわかるのでおもしろいんですよ。

時間軸を広げて街の昔の姿を想像しながら歩くのは、都市ならではの町歩きの楽しみ方。(村山)

―もはやどこへ行くにもみんなスマホの地図を使っていると思うのですが、紙の地図とはやっぱり違いがあるのでしょうか?

村山:スマホの地図は通常、自分の居場所が真ん中に表示されますよね。そして、行き先を入力したら、現在地からの行き先を示してくれる。たしかに地図がすごく身近なものになって、みんなよく地図を見るようになったけど、見たいところしか見えていないんです。

 

―たしかに検索するのも、その行き先へのルートというだけで、地図全体は見ていないかもしれないです。

村山:目的地に行くにしても、点と点の結び方はいくらでもあるのに、自動的におすすめのルートが表示されて、そこをただ辿っていく。果たしてこれで地図が本当に身近になったと言えるのだろうかと思います。便利になった一方で、昔ながらの紙地図は面倒くさいから利用しなくなっちゃうでしょう。地図を使うことは増えたけれど、読まなくなってしまった。

矢部:僕は等高線を見ますけど、たしかに読み物っていう楽しみ方は失われてしまいましたよね。すごく便利な道具になってしまったというか。

村山:紙地図や地図帳って本当にいろんな情報が入っているんですよ。ちなみに国土地理院のウェブサイトでは、従来の地形図に代わる「地理院地図」を公開しています。もちろん等高線が入っていますし、従来の紙地図を「読む」以上の可能性があると思います。紙かデジタルかではなく、地図を「読む」ことの魅力をもっと知ってもらえたら。

―先ほどおっしゃっていたように「地理=暗記」という認識の人も多いと思うのですが、地図を「読む」というのはたとえばどういったことなのでしょうか?

村山:たとえば、矢部さんが行かれている山梨の話だと、中学校の教科書には必ず山梨のぶどう畑の地形図が載っています。扇状地って習いませんでしたか?

川が山の谷間から平地に出る際、土砂が堆積してできたのが扇状地。等高線が扇型に幾重にも広がっている地形で、水捌けがいいからぶどうを育てるのに向いているんです。地図を読めたらなぜその土地にぶどう農家さんが多いのかとか、その土地の暮らしまで見えてくるんですよ。

矢部:僕、何も考えずに山梨はぶどう畑がいっぱいあるなって思ってました(笑)。理由が全部あるわけですね。

矢部太郎

―その理由みたいなもの、その土地の今の姿の背景がわかると、たとえばただの散歩でもいつもと違う景色が見えそうですよね。

村山:そうなんです。散歩のいいところは、点と点を結ぶ道以外の選択肢を選べること。自分が知っている空間が広がっていって、土地を理解できる。東京を散歩するなら、もともとここはどういうところだったんだろうって想像したらおもしろいと思いますよ。

新しい道もあれば古い道もあるし、少し時間軸を広げて街の昔の姿を想像しながら歩くのは、都市ならではの町歩きの楽しみ方です。それに空間軸を広げて鳥のように地域を俯瞰する目が加われば、さらに別の姿が見えてくるでしょう。

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書籍情報

『大家さんと僕 これから』
『大家さんと僕 これから』

2019年7月25日(木)発売
著者:矢部太郎
価格:1,210円(税込)
発行:新潮社

『「ニルスのふしぎな旅」と日本人: スウェーデンの地理読本は何を伝えてきたのか』
『「ニルスのふしぎな旅」と日本人: スウェーデンの地理読本は何を伝えてきたのか』

2018年11月16日(木)発売
著者:村山朝子
価格:2,750円(税込)
発行:新評論

『新訂「ニルス」に学ぶ地理教育:環境社会スウェーデンの原点』Kindle版
『新訂「ニルス」に学ぶ地理教育:環境社会スウェーデンの原点』Kindle版

2019年3月26日(火)発売
著者:村山朝子
価格:700円
発行:22世紀アート

プロフィール

矢部太郎(やべ たろう)

お笑い芸人 / 漫画家。1977年生まれ。東京都出身。1997年に「カラテカ」を結成。芸人としてだけでなく、ドラマ、映画で俳優としても活動。初めて描いた、自身の体験をもとにした漫画『大家さんと僕』で『第22回手塚治虫文化賞』短編賞を受賞した。現在、小説新潮にて絵本作家である父・やべみつのりとの幼少期のエピソードを綴ったエッセイ漫画『ぼくのお父さん』を連載中。

村山朝子(むらやま ともこ)

茨城大学教育学部教授。1958年生まれ。静岡県出身。お茶の水女子大学文教育学部地理学科卒業。奈良女子大学大学院文学研究科修士課程修了。2009年より現職。社会科教育学、地理教育を専門とし、中学校社会の教科書執筆に携わる。スウェーデンの名作『ニルスのふしぎな旅』を地理の観点から研究。著書に『ニルスに学ぶ地理教育―環境社会スウェーデンの原点―』など。

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