建築家・半田悠人が恋するように綴る、建築とデザインの魅力

建築家・半田悠人が恋するように綴る、建築とデザインの魅力

テキスト
半田悠人
編集:石澤萌(CINRA.NET編集部)

飲み会の幹事や、日々の服選びもすべて「デザイン」

北欧のデザインを引き合いに書いたが、果たして「いいデザイン」とは一体どういうものだろうか。また、説明もなくこの言葉を使い続けてきたが、「デザイン」とは何だろう?

その説明をする上では、アートにも触れなくてはならないだろう。この二つは似て非なるもので、同ジャンルに当てはめられがちだが、実はもっとも遠く離れたものである。デザインは物事をよりよくするのが主題であり、世間的には受け入れられやすく、大衆性がある。一方アートは自己、生命といったことに主題を置くことが多く、世間の共感よりも個々人の訴えであり、感性や美学の領域で各々が受け取ることになるだろう。

デザインは論理的であることが多いが、アートは感情的な部分がある。言葉にできないものをそのままに表現しようとするアートに比べ、デザインは言葉で表すことのできる問題を扱うことが多い。そして、デザインには大抵クライアントがいる。

半田悠人による建築デザインのスケッチ
半田悠人による建築デザインのスケッチ

例えば、小学生のとき、周りのからかいも気にせず、ずっと鉄くずを拾い集めていた友達がいたが、彼はアーティストになれたかもしれない。いつも飲み会のセッティングを完璧にしてくれる幹事の彼は、デザイナーに向いている。ドラえもんはデザイナーだろう、のび太はもちろんアーティストだ。

デザインが何かとわかりやすく言うならば、デザインは「選択」することにある。幹事は適切なお店やプランを選んでいるし、ドラえもんはのび太の悩みに適切な道具を選ぶ。

そう、実は日常誰でも少なからずデザインをしているのだ。服装を選ぶとき、流行りの色を選ぶのか好きな色か、統一させるのかどうか、TPOに合わせもする。この合わせこそ、デザイン。自らが選んだ服によって相手の印象に影響を与えようとすることもある。料理もデザインされているし、日々の整頓もデザインと呼べるだろう。オーダーメイドのショップも増えた。今はユーザーが自分の好みにあった衣食住を求める「パーソナライズ」の時代になって来てもいる。人類総デザイナー時代だ。

センスがあれば、誰でもデザイナーになれるのか?

半田悠人による建築デザインのスケッチ
半田悠人による建築デザインのスケッチ

こう言うと、誰もがデザインをしている中どうやって職能としてデザイナーが成り立つのかという疑問が生じるかもしれない。センスがよければ誰でもデザイナーになれるということ? と思う人もいるだろう。

答えはイエスだと思う。センスがいいのなら誰でもデザイナーになれるだろう。小学生の頃から図工や美術に苦手意識を持っている人も、モネとセザンヌとゴッホの区別がつかない人も、誰もがデザイナーになれる。「自分よりも選択の上手な誰かにお願いしたい!」と思ってもらえるならば、そこからデザイナーの道が始まるだろう。手先は器用でなくても良いし、知識はあとからつければいい。

アアルトは自分と自然をクライアントに見立て『夏の家』を作った。時代の求めるデザインを考え、先見の明と機能性、シンプル性を突き詰めたセンスが、ピカイチに光っていたのだ。そのセンスはいまでもなお光り続けている。数多くの建築が世界遺産として残っている通り、優れたデザインはずっと廃れない。

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プロフィール

半田悠人(はんだ ゆうと)

幼少のころに見た大工さんに憧れ、挫折と紆余曲折を経た後、建築の道へ進む。総合芸術制作会社デリシャスカンパニー主宰。現在も建築家として数々のプロジェクトを手がける。

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