11歳のタトゥーアーティストNOKOと父親GAKKINのオランダ生活

世界的なタトゥーアーティスト・GAKKIN。生物のようなうねりある文様を体全体に刻む彼のタトゥーを求め、世界中から人々が訪れる。高校時代に友達にたのまれてタトゥーを入れたことがきっかけで、本格的にその世界に足を踏み入れた彼は、4年前に地元関西からオランダに活動拠点を移した。

オランダでは11歳の娘・NOKOもタトゥーアーティストとして活動をスタートさせ、大きな注目を集めている。生活の場をガラッと変えたことで、ふたりにどんな影響があったのだろうか?

GAKKINとNOKO、ふたりにオランダでの生活や、オランダと日本の仕事への向き合い方の違い、そして父から見る娘の環境や子育てについて語ってもらった。

※2020年2月下旬にオンラインでの取材を実施しました。

家族と過ごす時間は確実に多くなりました。引っ越してきてよかったと思う理由のひとつです。(GAKKIN)

―日本で活動している当時から、GAKKINさんにタトゥーを入れてもらうために多くのお客さんが世界各国から来日していたそうですが、その状況で、なぜオランダに移住することになったのでしょう?

GAKKIN:そもそも20代は大阪にいて、結婚して、30代からは京都で活動していたんですけど、やっぱり大きかったのは2011年の東日本大震災。当時NOKOが2歳で、いろんな情報が交錯していたので「危ないのかな」とか考えたりもして。それくらいから海外に住もうかって奥さんと話すようになって、いろんな話が重なって4年前にオランダに越してきました。

NOKO:外国に住むって言われて、最初は英語もオランダ語も全然知らんかったから、覚えるのが難しかった。でも、友達がいっぱい話しかけてくれて、NOKOもどんどん覚えてきて。

NOKO。現在11歳。タトゥーアーティストとして活動している

―GAKKINさんはNOKOさんが育つ環境や、オランダの子育て事情にどんな印象を受けていますか?

GAKKIN:日本だったら、お母さんがメインで子育てをして、お父さんは仕事に行くっていうかたちが多いじゃないですか。でも、オランダの人たちは、家族が平等に子供との時間を持って、子育てに参加している感じがします。

―GAKKINさんも日本にいるときは、いわゆる従来の日本的な子育てをしていたのでしょうか?

GAKKIN:そういう期間が長かったですね。日本にいたときはタトゥーショップに勤めていて、朝から夜まで結構長い時間働いていたんです。だから、やっぱり子供の寝てる顔しか見られない日が多くて。

―日本のお父さんはまだまだそういう方が多いですよね。

GAKKIN:オランダで僕のまわりを見る限り、朝9時から夕方5時まで働いて、そこから残業して遅く帰る、みたいなお父さんは少ないです。僕も学校の送り迎えなんかをしていますし、まわりを見ても1/3くらいはお父さんが子供を迎えに来ていたり、父親がしっかり役目を果たしている印象ですね。

GAKKIN

―GAKKINさんも子供と過ごす時間が増えましたか?

GAKKIN:そうですね。夜ご飯を一緒に食べる時間もありますし、仕事をする日数自体が週に3、4日だったり、ホリデーも長期間ありますし、家族と過ごす時間は確実に多くなりました。こっちに引っ越してきてよかったと思う理由のひとつです。これに関してはいい変化でしかないですね。

NOKO:うん、父さんと過ごす時間、増えた。

もっとちっちゃいときは、タトゥーって絵描くのとおんなじやとずっと思ってて。(NOKO)

―NOKOさんも現在はタトゥーアーティストとして活動されていますよね。タトゥーの技術はお父さんから教わっているんですか?

NOKO:うん。

GAKKIN:ちょっと親バカかもしれないですけど(笑)、3歳くらいから、すごく上手に絵を描いていたので、僕と奥さんで「タトゥーをやってみたら?」って勧めたんです。NOKOが6歳くらいのときに、「ちょっと足にやってや」って、ずっと飼っている文鳥のコマジロウのタトゥーを彫ってもらったのが最初。家族にとってタトゥーがすごく身近にあるので、「これを勧めるんだ!」って強く思ったわけではないんですよ(笑)。

NOKOとコマジロウ

NOKOのイラスト

―子供だから、といった制限なく、本当に自然な流れで勧められたんですね。NOKOさんは初めてタトゥーをやってみてどう感じましたか?

NOKO:難しかった。マシンも重いし、紙に描くのと肌に描くのも全然違うから。でも楽しかったから、またやってみたいなって思いました。もっとちっちゃいときは、父さん見て、タトゥーって絵描くのとおんなじやとずっと思ってて。

だから、楽で簡単でおもしろい仕事やなと思ってたけど、父さんはめっちゃ大変な仕事やってるんやなと思った。NOKOは小さい絵で疲れるのに、父さんはデカい絵を毎日何時間もやっていてすごいと思う。

クリスマスとかイースターになったら、学校で晩ごはん食べたり、パジャマ着て行っていいときもある。(NOKO)

―やってみて初めてわかったことが多かったんですね。NOKOさんは学校が終わったらタトゥーの練習をしているんですか?

NOKO:学校のあとは友達と遊んでる。外に遊びに行ったり、ゲームやったり。タトゥーは休みの日にやってる。

GAKKIN:本当にタトゥー以外は普通の11歳の女の子なんですよ。タトゥーのほうは、毎週土曜にNOKOのお客さんの予約をとっているんです。タトゥーって体力仕事だし、集中もしなきゃあかん。それを11歳の子がしっかりやって、お客さんが笑って帰ってくれているのを見たら、頑張ってよくやってるなと思います。土曜日になると家族で自転車に乗ってスタジオに行ってるんです。

NOKOは土曜日にひとりだけお客さんをとっている

―オランダって、自転車専用の道や手信号があって、自転車大国というイメージです。ご家族で自転車に乗ってスタジオに向かっている姿が目にうかびます。

GAKKIN:車に乗らんようになりましたね。日本にいたときはどうしても車ばかりになっていたんですけど、オランダは自転車しか乗ってないかも。健康的やな。

NOKO:うん。日本やったらずっと車乗ってたけどオランダやったらずっと自転車乗ってる。学校もみんな自転車で行ってて、スピードも速いし楽しいよ。あと、学校は休みも多いし、宿題も全然ないし、楽やねんな。

NOKOの作品

―宿題がないのとっても羨ましいです(笑)。オランダって、デザインやものづくりの精神が息づいていると思うのですが、学校でもそういう授業があるんでしょうか?

GAKKIN:ほんまに宿題なんにもないんですよね(笑)。なんか特別な授業とかある?

NOKO:そんなにめっちゃ変わってるのはないけど、クリスマスとかイースターになったら、学校で晩ごはん食べたり、パジャマ着て行っていいときもある。普通の授業の日なんだけど、パジャマを着て行ってもいい日があって。

僕からしたら、日本は個性を殺すような余計なルールがすごく多いような気がしていて。(GAKKIN)

―そのお話だけでも日本の学校と結構違うんじゃないかなという印象を受けるのですが、GAKKINさんはNOKOさんの学校をどういうふうに見られていますか?

GAKKIN:僕は教育を語れるような感じでもないですけど、日本はちょっと堅苦しい空気があるなと。オランダはみんなのびのびしている気がします。日本的な「こうでないとあかん」っていうのがないというか。

―たとえばどんなことでその違いを感じますか?

GAKKIN:たとえば、学校にはアフロの子も金髪ロングの子もいれば、いろんな人種の子がいますが、日本みたいな「髪型がこうでないとダメ」って規則はないです。僕からしたら、日本は個性を殺すような余計なルールがすごく多いような気がしていて。そういう意味では、日本のほうが生きづらいんじゃないかなって思うんです。

―たしかに、無意識的に理由のないルールや同調圧力に縛られることが多いかもしれません。NOKOさんがタトゥーをすることも、日本だったら難しかったんじゃないかなと想像します。

GAKKIN:日本だったら今の活動は無理じゃないですかねえ。オランダに関わらず、アメリカでもオーストラリアでも可能だったかもしれないですけど、日本を出たことがきっかけでNOKOが活動できているのは間違いないです。やっぱり世界的に見たら、タトゥーがこれだけ議論に上がること自体、日本が特殊だと思いますしね。

―そうですよね。NOKOさんがタトゥーをしていることで、学校からなにか言われることもないですか?

GAKKIN:それが、NOKOの学校の先生や父兄の方々は、NOKOがタトゥーをやっていることを「すごいことしてるね!」「頑張ってるね!」って感じで見てくれているんですよ。担任の先生が「NOKOにタトゥーを入れてほしい」って言ってくれたときは、「こんな感じなんや!」ってびっくりしました。

もちろん100人いれば何人かは悪いイメージを持つ人もいるでしょうけどね。でも、ポジティブな声のほうが多いですし、それに触れると、日本とはまったく違う環境だなと実感します。NOKOがタトゥーをしていることに肯定的な意見が出ること自体、本当に驚きでした。僕は日本で育ってるから、そんなこと想像もしないじゃないですか。

―みんな応援してくれるかもって可能性すら考えないかもしれません。ネガティブなことより、日本では想定していなかったポジティブな言葉への驚きが大きかったんですね。

GAKKIN:そうですね。実は最初はもうちょっとひっそりやっていて、今みたいに広まるとも思ってなかったから、「先生にバレたらどうしよう」みたいなことはそこまで考えていなかったです。広まった今も、ポジティブな言葉をかけてもらって。

もちろん、オランダの人たちも子供に対して悪いことは悪いと言いますし、甘やかしているわけではないんですけど、日本よりも子供と距離が近いような感じというか。

―子供でもひとりのアーティスト、ひとりの人間として向き合う人が多いんでしょうね。GAKKINさんは、そういった環境に身を置いて、ご自身になにか変化を感じていますか?

GAKKIN:まだもうちょっと先にならないとわからないかもしれないですね。でも、この環境はものづくりをするにはすごくいい。やっぱり、日々創作活動をするうえで、基本的な生活の部分にストレスがあったらものを生み出すってなかなか難しいと思うんですよ。

衣食住をストレスフリーにすることは、創作のうえでも大事。(GAKKIN)

―特に海外に移住することって、衣食住というベースやそれに対する価値観が丸ごと書き換わるような体験だと思います。オランダに住んで生活を変えて、ストレスを感じることはありませんでしたか?

GAKKIN:生活において大きなストレスは感じていないです。衣食住をストレスフリーにすることは、創作のうえでも大事だと思っています。日本にいたときは、自分がいちばん心地いいペースがあっても、まわりのサイクルに引っ張られてしまう感覚があって。

「ロンドンタトゥーコンベンション2019」で1位を獲得したGAKKIN

―暮らしを変えてから、まわりの空気に引っ張られないようになってきましたか?

GAKKIN:そうですね。日本では「あの人はこんなに長く働いているから俺ももっとやってやろう」とか、ハードワーカーに引っ張られてしまっていましたけど、こっちに来てからは、しっかり休みを取ることの大事さもわかりました。リフレッシュしてまた仕事に臨むっていうサイクルは、完全にオランダに来てからできたものですね。

―冒頭にお話ししていた、家族と過ごす時間が増えたということにもつながることですよね。

GAKKIN:そうですね。さっきいったようにNOKOの学校も休みが多くて。夏休みが長いとかそういうことではなく、各月で2週間ずつくらい休みがあるんですよ。その休みを利用して、この間もスペインに一緒に行きました。そういう時間を使って一緒に過ごせているので、本当にいいことしかないです。

―そんなに休みが多いんですね(笑)。

GAKKIN:休み、多ない?

NOKO:ふふふふ、うん、多いね。

GAKKIN:先生がストライキして、さらに休みが増える、みたいなこともあって。先生もそんな感じなんですよ。

―働く人々が自分の主張やペースをちゃんと維持しやすい土壌があるんだなという気がします。GAKKINさんは日本における仕事の速度にもともと違和感を抱いていたんですか?

GAKKIN:違和感、ありましたね。それで疲れてしまうことももちろんあって。だからこそ、僕も今オランダでしている生活の感じを続けてあと数年もすれば、いいかたちで作品にも影響してくるのかなと思っています。

いい意味でこだわりをなくしたいし、どうとでも変化できるようにしていたい。(GAKKIN)

―創作においてはまだスタイルは変わっていないですか?

GAKKIN:大きくは変わっていないと思うんですけど、写真を見返してみると、日本にいたときと今でやっぱり多少変化している気がします。オランダに来てから「こうでないとダメだ」みたいなことが少しずつなくなってきたというか。僕は、いい意味でこだわりをなくしたいし、どうとでも変化できるようにしていたいんです。

GAKKINの作品。「タトゥーがなにも入ってないお客さんから全部任されて、大きな作品をつくることをどんどんやりたい」という

―刷新していきたいという意識が強いんですね。

GAKKIN:はい。これまで培ってきたものや固定観念をなくさないと次のステップにいけない。僕は40半ばになりますけど、どうしても頭が固くなってくるので、柔軟に吸収したいです。

あと何年続けるかわからないけど、ずっと同じことをやっていくのはおもしろくないじゃないですか。そういう意味でも、これまでと違うものを見て、違う場所で暮らすこと自体がいい変化だったと思います。もちろん日々NOKOからもすごく影響を受けていて。

仕事だけにずっと没頭して一生を終えたくはないんです。(GAKKIN)

―NOKOさんは今まさに、いい意味で型のない状態ですもんね。

GAKKIN:そうですね。どうとでも変化できる。僕が2、3週間悩んでひとつ描くより、NOKOがしゅっと一瞬で描いたものがかっこよかったり、そういうものを見たときはやっぱり刺激になります。時間をかければいいってことではないと気づかされます。

―NOKOさんはそれを聞いてどう思いますか?

NOKO:うーん、NOKOの描くもののほうが簡単やし、タトゥー用のデザインも、NOKOはあんまりラインとかできひんから、簡単なデザインを考えてて。でも父さんはでかいデザインとかやってるから、それやったらもっと難しいんかなって思う。

GAKKINの作品

―NOKOさんももっと大きいデザインをしていきたいですか?

NOKO:やってみたいけど、今はちっちゃいの。

GAKKIN:(笑)。もっと大きくなったらな、できるかもしれへんな。

NOKO:うん。でもタトゥーはずっとやっていきたい。楽しいから。猫とか鳥とか、動物とかやってみたいな。動物好きだから。

NOKOの作品

―好きなデザインをたくさんしていけたらきっと楽しいですよね。最後の質問になるのですが、GAKKINさんが制作をするうえでいちばん大切にしていることを教えてください。

GAKKIN:なんやろな……難しいですけど、やっぱり人真似にならないようにだけはしたいです。昔のものをコピーしたくてやっているわけじゃないので、この時代にないものを生み出したい。これはやめるまでのテーマかもしれないと思っています。

未来になにかを残したいとか、大それたことは考えていないですけど、そういう思いで日々自分の創作意欲を高めていく。自分が楽しむにはやっぱりそこかなと思っています。もちろんタトゥーは仕事でもあるんですけど、仕事だけにずっと没頭して一生を終えたくはないんです。家族ともバランスをしっかりとって、楽しんで仕事もして、全部バランスよくできればいいなと思っています。

サイト情報
GAKKINオフィシャルサイト
プロフィール
GAKKIN

タトゥーアーティスト。地元関西を拠点に活動し、4年前に家族でアムステルダムに移住。日本にいた当時から、世界中からクライアントがGAKKINのもとを訪れている。「ロンドンタトゥーコンベンション2019」で1位を獲得。

NOKO

タトゥーアーティスト。11歳。アムステルダムの小学校に通いながら、毎週土曜日に1人だけお客さんをとっている。動物が大好き。



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「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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