北欧発クラフトビール・ミッケラーの「面白い」ラベルデザイン

自由度が高く、独創的な味わいが魅力的なクラフトビール。新しい味に出会うきっかけとして、ラベルやパッケージのデザインも重要な要素だ。特に2010年代からはユニークなラベルデザインを打ち出すブルワリーも増え、クラフトビールの楽しみのひとつとなっている。

数多あるブルワリーのなかでも、デンマーク・コペンハーゲン発のMikkeller(ミッケラー)は、アートディレクターであるアメリカのアーティスト、キース・ショア氏によるイラストが印象的だ。ラベルやパッケージだけでなく、店のネオンやグラス、店内のアートにも使用され、ミッケラーらしい世界観を構築している。

特定の醸造所を持たない「ファントムブルワリー」としてグローバルに展開し、「クラフトビール界のパイオニア」と称されることも多いミッケラー。そのブランディングの過程でデザインをどのように位置づけ、なぜキース氏を採用したのか。東京・渋谷の百軒店にある「ミッケラー トウキョウ」でオーナーのハミルトン・シールズ氏に話を聞くうちに、クリエイティブと北欧ならではの働き方との関係性が見えてきた。

目指したのは、「どんな味かわからなくても、ついつい買いたくなる」アート性が高いラベルデザイン

―創業から15年の歴史を持つミッケラー。日本でもミッケラーといえばポップアーティストのキース・ショアさんのイラストのイメージがありますが、いつからキースさんのイラストが採用されるようになったのでしょうか?

ハミルトン:8年以上前からですね。もともとキースはクラフトビールが好きで、ミッケラーの代表ミッケル・ボルグ・ビャーウスとは、アメリカでビールのイベントやった際にキースからコンタクトがあって出会ったそうです。そのときは他のアーティストと仕事をしていたので実現しませんでしたが、ミッケルがデンマークに戻ってからもキースは「ラベルを制作したい」と言い続けてくれていて、その後、BrewDog(スコットランドのクラフトビールメーカー)とコラボした際にキースに依頼をしました。

そのデザインやキースとの仕事のプロセスを気に入り、そこから一緒に仕事をするようになったそうです。2013年からキースも社員に加わりましたが、いまではミッケラーで在籍期間がもっとも長い社員の1人になっているんですよ。

ハミルトン・シールズ(ミッケラージャパン代表)

―ミッケラーとしては、どんなラベルデザインがいいと考えていたのでしょうか?

ハミルトン:どんな味かわからなくても、ついつい買いたくなる、アート性が高いデザインですね。ミッケラーのビールは、世界中にブルワリーがあるから、種類も細分化されていてギーク的なところがあるでしょう?

たとえば「アメリカンワイルドエール」というビールがあったとして、それがどんな意味を持つのかわからなくても、ラベルが面白ければまずは試してみようと思えるし、楽しむことができる。ビールは真面目すぎると楽しくありませんから。最近は自然派ワインもラベルが面白くなってきて、同じような感覚で飲めるようになっていますよね。

キース・ショアによる初期のラベルデザイン。「このデザインは僕もすごく好き。このときはまだ、いまのポップなイメージではつくっていなかったんです。インディー映画みたいで面白いですよね。キースの昔のペンシル画も、このラベルのような感じ。いまのラベルはだいぶクリーンになっているとわかります」(ハミルトン)

―たしかに、キースさんがミッケラーのラベルデザインをするようになった2013年以降くらいからは、世の中でもアート性の高いラベルデザインを行なうブルワリーも増えてきたような気がします。

ハミルトン:差別化を図るため、という理由が大きいと思います。いまと違い、2010年代初頭まではクラフトビールのラベルデザインは全くかっこよくありませんでしたからね。僕が生まれ育ったアメリカでも、かっこいいクラフトビールのデザインは見たことがなかった。そんななかで、ミッケラーは高級レストランでも扱われるようなおしゃれなビールにするため、インパクトのあるラベルデザインを打ち出したんです。

キース・ショアによる過去のラベルデザイン。「キースはよくこの豆のような線をデザインに取り入れているんだけど、服の柄になることもあれば、背景になることもある。それが雨だと解釈しても良い。説明できるようなストーリーがないから、人それぞれのフィーリングで自由に解釈してもらっていいんです」(ハミルトン)

キースのラベルデザインはアメリカでも話題になりました。私が最初に買ったラベルは、アラスカにある「アンカレッジブルーイング」とのコラボレーションビール。クラフトビールはほかのビールと比べてちょっと高いけれど、アートが面白ければ不思議とお金を使ってもいいと思えるんですよね。

ビールを買って家の冷蔵庫にラベルのついた瓶が並んでいるのを見て、どんなビールだろうって少し想像して、飲むのが楽しみになる。それにビールを飲んでいるときも、ラベルはいつもそこにあるものですよね。ラベルは、ちょっとした冒険心だったり美しさだったり、あるいはシャンパンラベルのような少しの贅沢さを加えてくれるものなのかもしれません。

「らしさ」に縛られるのではなく、面白いと思ったらまずはやってみる

―ミッケラーは1,000種類以上ものビールを販売し、シーズンごとにたくさんのビールが誕生しています。ラベルやパッケージのデザインはどのように決めているのでしょうか?

ハミルトン:最初にミッケルや本社の人たちから軽いインプットや「こんな感じのラベルがほしい」「こんなテーマだったら面白いかも」といったアイデアの共有があり、それを参考にしながらキースが自由にかたちにしていきます。

最終的に完成したデザインは、ミッケルがチェックするのですが、パッと見て「面白いね」と言ったらそのまま採用されることが多いですね。細かく修正を指示することもなければ、「ミッケラーっぽさ」を重視しているわけでもない。上司としてデザインをコントロールしようという感覚はなく、「面白いかどうか」がミッケルの判断基準です。

ハミルトン:僕も岩手県にあるベアレン醸造所(ドイツの設備を使うビールメーカー)とのコラボビールのディレクションをしたことがありますが、そのときは「熊のキャラクターとドイツ」というお題でラベルデザインをお願いしました(笑)。そして、「ベアレンはクラシックなクラフトビールのブランドだから、少し素朴な感じで」とも伝えました。だから色も落ち着いているし、洋服もドイツっぽいでしょう?

―たしかに。デザインはかなり「おまかせ」なのですね。

ハミルトン:ミッケラーという会社自体が、どんどん変化している組織だから、「らしさ」に縛られるのではなく、面白いと思ったらまずはやってみることを重視しています。そこで起こる変化を肯定的に捉えているんですよね。だからキースのデザインも、じつは最初の頃と比べるとどんどん変化していっているんです。

「ミッケラー トウキョウ」外観。ミッケラーのロゴデザインは、創業当初にミッケルの知り合いが制作したものを踏襲している

―東京の店舗をデザインしたときも同じような感じだったのですか?

ハミルトン:そうですね。ロゴをデザインするときも、私からキースに「日本にはこういうものがあるんだよ」と鬼のお面を見せて、それをデザインに落とし込んでもらいました。

―ロゴやラベルのデザインに対して、修正は特にないのですか?

ハミルトン:必要があれば修正をお願いしますが、それも2、3回程度で終わります。スムーズに仕事が終わることが多いですが、その代わりにフィードバックがほぼなくて、自分の判断にゆだねられているから、ある意味大変かもしれません。

キース・ショアによるロゴはビールグラスにもプリントされている

―シンプルなやりとりで完結していることに驚きます。

ハミルトン:それは、「ユーモラスであり包括的で、人々と社会の多様性を尊重する」というミッケラーのカルチャーを会社のメンバーが大切にしているからだと思います。ミッケラーはさまざまな地域でビールをつくって販売しているから、スタイルはありつつも自由であることがとても重要。だから、クールで楽しくて、ギークすぎず、センスを感じるものであればいい。緻密につくったデザインより、勢いに乗って出てきたデザインのほうが面白いですしね。

―ミッケラーにはヘンリー(Henry)とサリー(Sally)というキャラクターがいて、さまざまなシチュエーションで描かれています。どのような設定なのでしょうか?

ハミルトン:ヘンリーとサリーは「友達」という設定ですが、それがどういう友達関係なのかはわからないんです(笑)。最新のデザインでは二人がキスしているし。それに、ヘンリーとサリーは一人ずつじゃなくて、複数になることもあり、非常にフレキシブルなキャラクター設定。そうすることで、スタイルを一つに保ちながらも、そのなかで自由につくっていける。キースのアイデアはユニークですよね。

一番新しく出たラベルデザイン。「これを好きな理由は、クラフトビールの男子っぽいイメージじゃなくて、とてもロマンティックでラブリーで、エモーショナルでソフトなところ。ヘンリーとサリーがキスしているから、恋人になった!? と想像が膨らみます」(ハミルトン)

―お店に飾られているキースさんの絵もとても刺激的です。

ハミルトン:「バイオレンス・セックス・ドラッグ」というコンセプトで、ミッケラー トウキョウがある渋谷・百軒店エリアのイメージに近い絵をチョイスして、店内でポップに表現しています。たとえば、魚をナイフで刺している、かわいいけれど少しバイオレンスな絵は、スペインにあるレストランのためにつくったビールのラベルです。ヘンリーの腕が入っていることで、ミッケラーらしさが出ていますね。

「ミッケラー トウキョウ」店内 

日本はマイクロマネジメントしすぎ? 「いつもパーフェクトでいる必要はないし、たまにあるミスも愛嬌です」

―ハミルトンさんはアメリカ出身で、本社がデンマークの会社に勤め、場所は日本で働いています。働き方にギャップを感じることはありますか?

ハミルトン:欧米と日本は働き方が全然違うから、かなりのギャップを感じます。特にデンマークでは、同僚にフレンドリーに接するけれど、個人の時間を大切にしていて、仕事中は自分の仕事を最優先します。それで手際よく早く仕事を終わらせて、15、16時には幼稚園まで子どもを迎えにいく。だからミーティングも短いし、メールも上司が相手でも「Yes」「No」「I do it」と短いテキストで済ませます。すごく効率的な働き方ですよね。

それに比べたら、アメリカの会社はもう少しコミュニケーションを取りたがる傾向があるかもしれない。キースも私もアメリカ人だけど、私たちの場合はファミリーマンだから、デンマークの働き方のほうが合っていると思います(笑)。自分の仕事があり、家族との時間や自分のための時間も大切にする、だからほかの人の時間も取らないようにする。そうすることで、新しいことに挑戦する余白も生まれると思います。

―デザインを感覚的に、すばやく決めていることに驚かされましたが、そういった背景があったのですね。

ハミルトン:僕から見ると、日本のデザインはしばしばマイクロマネジメントをしすぎているところがあるように思います。いつもユニークでいるために、いつもパーフェクトでいる必要はないし、やりすぎないでいい。たまにあるミスも愛嬌です。時間や手間をかければもちろんいいものがつくれると思いますが、広がりは生まれづらいのではないでしょうか。

ちょっと頑張って見つけた「良いもの」を生活に取り入れる。そんな人にミッケラーはフィットする

―東京暮らしが長いハミルトンさん。日本ブランドのプロダクトデザインでお気に入りのブランドがあれば教えて下さい。

ハミルトン:いくつもあってキリがないですが、ひとつはアイウェアブランド「VERYNERD」のアイテムを売っている中目黒の「ベリーでナード!」というお店ですね。エダンディさんというユニークな人がやっています。あとは帽子だと「This is my sportswear」のものが好きで、ミッケラーのオリジナルキャップもこことコラボしてつくっています。

「VERYNERD」のサングラス(私物)

ハミルトン:クラフト品は私も本社の人たちも好きですね。プロダクト的でありながら、手づくりで一つひとつにアイデンティティーがある波佐見焼がとくに大好きで、本社ではマルヒロ、神田店ではイイホシユミコさんの波佐見焼を使っています。あとは、デンマーク美術工芸のパイオニアである、「カイ・ボイスン」のカトラリー。生産地が日本の燕三条で、その技術の高さに感動して、お店でも使っています。

そして私の宝物は、陶芸家・濱田庄司さんが1950年代に益子焼でつくったアサヒビールのビンテージビアジョッキ。陶器のビアマグはお土産品のイメージがありますが、これは全然違って、デザインも良いし持ちやすいんです。

最近大好きなのは、「Kalita」の「ナイスカットG」というグラインダー。最近の欧米のグラインダーって、デザインがクリーンすぎるんですよ。ちょっと硬いというか。だけどナイスカットGなら、50年経っても飽きないし、幸せな気分にさせてくれる。そういうロングライフなプロダクトも魅力的に感じますね。

「ミッケラー トウキョウ」で使用している、デンマークの「カイ・ボイスン」のカトラリー

―いま注目しているデザインはありますか?

ハミルトン:気になっているのは、八百屋にある段ボールです。見ていると、ときどき面白いデザインがあるんですよ。「誰がデザインしているの?」と不思議に思い、見つけたら必ず写真を撮っています。

―ミッケラーのデザインも、ユニークだけど親しみのあるところが八百屋の箱と似たものを感じます。

ハミルトン:誰もがすぐにミッケラーのものだとわかるような主張のあるマークはついていないですし、ちょっと頑張って見つける感じが似ているかもしれないですね。ミッケラーが好きな人はすぐにわかるけれど、1、2回くらい見たことがある人は「なんか見たことがある気がする」となる。

そこから気になって、調べてくれる人は調べてミッケラーだとわかり、それをきっかけにブランドのことを好きになってくれる。これは王道のブランディングとは全然違うアプローチですが、ちょっと頑張って、生活に良いものを探して取り入れようとする人にフィットすると思います。

―最後に、デザインを通してミッケラー トウキョウで叶えていきたいことを教えてください。

ハミルトン:ミッケラー トウキョウがある百軒店は、ラブホテルやクラブなどがあり、少し怖いイメージがある街ですが、もともとはとても洒落た場所として有名で、東京を象徴するような場所でした。1960年代は特に流行っていたそうです。神社があり、ラブホテルがあり、新しくて面白い店もあれば、古くて汚いけれどリスペクトされている店もある。そんな東京らしい光景を私も気にいっていて、まさにパワースポット。街のなかにいろいろな店がバランスよくあることが大事で、そこに人々が楽しい気分になるような、男女問わず入ったらホッとするようなミッケラーの店があることで、さらに街の可能性が広がっていくと思います。

じつは、コペンハーゲンにあるミッケラーの本店も、この百軒店とちょっと似た雰囲気の場所にあるんですよ。あやしい店もあれば、いい店もある。北欧は文化的なイメージが強いですが、結構ハードでディープな一面もあって、きれいすぎないからこそ魅力的なんです。

ミッケラー トウキョウのネオンサイン

ハミルトン:ミニマルすぎるデザインはつまらないと思うから、ミッケラーは色を使うことを怖がらないし、理由のあるデザインも求めません。まずは楽しんでほしい。それが人生を楽しむことにもつながるはずですから。

よく、田舎に住んでいるおばあさんとかが、レシピも見ずに「おいしいから入れてる」と、感覚的に料理をつくっていたりしますよね。そんなラフだけど楽しくて幸せな感覚を大事にできるお店にしていきたいです。ラベルもお店もブランドも、フレキシブルでありたい。いまも新しいアイデアが進行中なので、ぜひ楽しみにしていてくださいね。

店舗情報
ミッケラー トウキョウ

住所:東京都渋谷区道玄坂2-19-11



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「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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