他者を断罪しないダルデンヌ兄弟が示す、排他せず混じり合う尊さ

他者を断罪しないダルデンヌ兄弟が示す、排他せず混じり合う尊さ

インタビュー・テキスト
相田冬二
監督写真:クリスティーヌ・プレニュス  編集:久野剛士(CINRA.NET編集部)

人生とは、混じり合うこと。純潔さを讃美せず、人と人とが出会い続ける美しさ

主人公は少年院で、様々な年長者と出会う。その人々の善意や愛情が、アメッドを根源的に変えることはない。だが、その地道な、ひたむきな描写の連鎖は、私たちに教えてくれる。

たとえ無駄になることがあっても、人と人とは出会い続けるべきだと。なにがあっても、出会いの可能性を諦めるべきではないのだと。「おっしゃる通り」と、弟のリュックは口火を切った。

リュック:話し続けることの必要性があります。狂信者の心になにかを届けることは難しい。でも、この物語において、なにも起きなかったわけではありません。なにかが起こったのだと思っています。たとえ、わずかな間だけでも、少年は現実世界に戻ったし、幸福な人生に触れることができたと思っています。

そう。束の間だが、輝かしい場面がある。それは永続的なものではないかもしれないが、その瞬間、彼の心には間違いなく光が射したはずだ。映画を見つめるという行為は、そうしたことを信じる振る舞いではなかっただろうか。

『その手に触れるまで』場面写真 © Les Films Du Fleuve – Archipel 35 – France 2 Cinéma – Proximus – RTBF
『その手に触れるまで』場面写真 © Les Films Du Fleuve – Archipel 35 – France 2 Cinéma – Proximus – RTBF

リュックは、さらに次のように続けた。

リュック:「誰かの手に触れる」ということは、「不浄なものを受け入れる」ということです。穢れを受け入れられるかどうか。そのことが問われているのです。兄と一緒にこの映画を作るにあたって考えたのは「不浄なものへの讃歌」にしたいということでした。過激な思想はとにかく純潔に向かいがちですが、実際の人生、現実世界はそれほど純潔なものではありません。いろいろなものが混じり合っています。いろいろな人が出会う場所なのです。混じり合うこと。それこそが人生なのです。

ハッとさせられる言葉だ。私たちもまた、無意識のうちにこうした排他主義に陥っているのではないか? 自分とは考え方の違う他者を否定してしまってはいないか。

ダルデンヌ兄弟の真摯さが、観客の胸を刺すのは、つまりは「混じり合うこと」への可能性に捧げた強靭な祈りが存在しているからに他ならない。

『その手に触れるまで』場面写真 © Les Films Du Fleuve – Archipel 35 – France 2 Cinéma – Proximus – RTBF
『その手に触れるまで』場面写真 © Les Films Du Fleuve – Archipel 35 – France 2 Cinéma – Proximus – RTBF

そして、この映画が問いかけるのは、「子どもを前にして、大人はどうしたらいいのか?」ということでもある。

血縁関係があるにせよ、ないにせよ、少しでも長く生きている者が、年少の人々に対してできることとはなんなのか。そして、そもそも大人とはどのような存在なのか。子どものような大人が大手を振って闊歩している現代。「大人であること」を、この監督に尋ねてみたかった。「うれしい質問だね」と、兄ジャン=ピエールは微笑んだ。

ジャン=ピエール:私が思うに、よい大人というのは、自分が子どもだったときのことを忘れない人。ナイーブだった自分の子ども時代を滑稽なものとして捉えるのではなく、そのような時間があったからこそ、なにかを信じることができるようになったと思える人。それが大人だと思います。

まさに大人の優しさを感じる、抱擁力のある言霊だった。わたしはフランス語がわからないが、彼の語り口にはそれだけで救済された。

『その手に触れるまで』ポスター© Les Films Du Fleuve – Archipel 35 – France 2 Cinéma – Proximus – RTBF
『その手に触れるまで』ポスター(サイトを見る)© Les Films Du Fleuve – Archipel 35 – France 2 Cinéma – Proximus – RTBF
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公開情報

『その手に触れるまで』
『その手に触れるまで』

2020年6月12日(金)からヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国で順次公開
監督・脚本:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ
出演:
イディル・ベン・アディ
オリヴィエ・ボノー
ミリエム・アケディウ
ヴィクトリア・ブルック
クレール・ボドソン
オスマン・ムーメン
上映時間:84分
配給:ビターズ・エンド

プロフィール

ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ

ベルギー出身の兄弟、映画監督。兄のジャン=ピエールは1951年4月21日、弟のリュックは1954年3月10日にベルギーのリエージュ近郊で生まれる。リエージュは工業地帯であり、労働闘争のメッカでもあった。ジャン=ピエールは舞台演出家を目指して、ブリュッセルへ移り、そこで演劇界、映画界で活躍していたアルマン・ガッティと出会う。その後、ふたりはガッティの下で暮らすようになり、芸術や政治の面で多大な影響を彼から受け、映画製作を手伝う。原子力発電所で働いて得た資金で機材を買い、労働者階級の団地に住み込み、土地整備や都市計画の問題を描くドキュメンタリー作品を74年から製作しはじめる。同時に75年にはドキュメンタリー製作会社「Derives」を設立する。
78年に初のドキュメンタリー映画“Le Chant du Rossignol”を監督し、その後もレジスタンス活動、ゼネスト、ポーランド移民といった様々な題材のドキュメンタリー映画を撮りつづける。86年、ルネ・カリスキーの戯曲を脚色した初の長編劇映画「ファルシュ」を監督、ベルリン、カンヌなどの映画祭に出品される。92年に第2作「あなたを想う」を撮るが、会社側の圧力により、妥協だらけの満足のいかない作品となった。
第3作『イゴールの約束』では決して妥協することのない環境で作品を製作、カンヌ国際映画祭国際芸術映画評論連盟賞をはじめ、多くの賞を獲得し、世界中で絶賛された。第4作『ロゼッタ』はカンヌ国際映画祭コンペティション部門初出品にしてパルムドール大賞と主演女優賞を受賞。本国ベルギーではこの作品をきっかけに「ロゼッタ法」と呼ばれる青少年のための法律が成立するほどの影響を与え、フランスでも100館あまりで上映され、大きな反響を呼んだ。第5作『息子のまなざし』で同映画祭主演男優賞とエキュメニック賞特別賞を受賞。第6作『ある子供』では史上5組目(他4組はフランシス・F・コッポラ、ビレ・アウグスト、エミール・クストリッツァ、今村昌平、12年にミヒャエル・ハネケ、16年にケン・ローチが2度目の受賞)の2度のカンヌ国際映画祭パルムドール大賞受賞者となる。第7作『ロルナの祈り』で同映画祭脚本賞、第8作『少年と自転車』で同映画祭グランプリ。史上初の5作連続主要賞受賞の快挙を成し遂げた。第9作『サンドラの週末』では主演のマリオン・コティヤールがアカデミー賞®主演女優賞にノミネートされた他、世界中の映画賞で主演女優賞と外国語映画賞を総なめにした。アデル・エネルを主演に迎えた第10作『午後8時の訪問者』もカンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品。そして、第11作『その手に触れるまで』も同映画祭コンペティション部門に8作品連続出品という前人未到の快挙を達成し、さらに監督賞も受賞。本受賞により、審査員賞以外の主要賞受賞の偉業を成し遂げた。
近年では共同プロデューサー作品も多く、マリオン・コティヤールと出会った『君と歩く世界』の他、『ゴールデン・リバー』『プラネタリウム』『エリザのために』などを手掛けている。他の追随をまったく許さない、21世紀を代表する世界の名匠である。

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