男/女らしさの苦しみ ナチスからの逃亡映画が暴く現代の固定観念

男/女らしさの苦しみ ナチスからの逃亡映画が暴く現代の固定観念

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小野寺系
編集:矢澤拓(CINRA.NET編集部)

逃亡のため男の子のふりをする少女の物語。現代の性別の固定観念をナチス時代に重ねる

第二次大戦時、ナチス占領下にあったノルウェーを舞台に、あるユダヤ人の少女が生きるために必死の逃亡を試みる映画、『エスケープ -ナチスからの逃亡-』。当時の被害者たちの実際の証言を基に物語が構築されており、ナチスに追われた者たちの、死が隣り合わせにある緊迫感や、家族を殺害される悲劇が胸に迫る作品だ。

『エスケープ -ナチスからの逃亡-』 © Reliance Entertainment Productions Scandi Ltd
『エスケープ -ナチスからの逃亡-』 © Reliance Entertainment Productions Scandi Ltd

本作が特徴的なのは、このように従来描かれてきた、戦争の愚かしさやファシズム政権が実際に行った行為にくわえて、いまの文化の潮流に沿った「現代的」なテーマが表れてくるところだ。それは、日本でも問題となっている、「男らしさ」や「女らしさ」という、ジェンダー(性区別)における固定観念である。この現代的な要素が、戦争映画という枠組みのなかで、強く存在感を放っている。

戦争とジェンダーの問題は、一見別問題に感じられる。だが、じつはそこには、表裏一体の関係が存在するのではないか。その事実に着目し、現代に通じる問題を描き出しているのが本作なのだ。

『エスケープ -ナチスからの逃亡-』予告編

「生き延びるため」男の子に変装し、ナチスに協力的なユダヤ人農家に

1942年の冬。北欧の美しく厳しい大自然に囲まれたノルウェーにも、当時ナチスは侵攻していた。国の中部にあり、歴史的建造物や、かわいい配色の家々が並ぶ街トロンハイムも例外ではなく、ナチスの軍隊が入り込み占拠している。

『エスケープ -ナチスからの逃亡-』 © Reliance Entertainment Productions Scandi Ltd
『エスケープ -ナチスからの逃亡-』 © Reliance Entertainment Productions Scandi Ltd

映画や舞台が好きで俳優になることを夢見る14歳のユダヤ人少女エスターとその家族はそれでもトロンハイムで普段通りの生活を続けようとするが、状況を把握できぬままに、次々に街の人々は捕らえられていった。親しかった人々はナチスに協力させられ、ユダヤ人狩りが始まったのである。ついにエスターの父親も連行され、危険をようやく感じることとなったエスターと母親は国外逃亡を試みることになる。しかしその途上で母親とも離ればなれになり、エスターはひとりきり厳冬の雪原の中を歩き続ける。

本作が興味深いのはここからだ。エスターはナチスの追跡から逃れるため、髪を切り男の服装に着替えることで、戦争の被害に遭った少年として、なんと憎むべき相手であるはずの、ナチスに協力する一家が営む農場に住まわせてもらうことで生き延びようとする。それ以外に彼女には道がなかったのだ。

『エスケープ -ナチスからの逃亡-』 © Reliance Entertainment Productions Scandi Ltd
『エスケープ -ナチスからの逃亡-』 © Reliance Entertainment Productions Scandi Ltd
『エスケープ -ナチスからの逃亡-』 © Reliance Entertainment Productions Scandi Ltd
『エスケープ -ナチスからの逃亡-』 © Reliance Entertainment Productions Scandi Ltd

なぜ男のふりをする必要があるのか? 家庭を「独裁」する父親の存在

男手として農場で働くのは、肉体的にはもちろん、精神的にもつらいことだった。銃を使うことや、動物を殺すこと、粗野な態度を身につけることで、彼女は保守的な伝統のある農場に順応していかなければならない。苦労のかいあって、エスターは農場主の信頼を勝ち取っていく。一家には、身体に障害を持つひとり息子も存在するが、彼は障害を理由に、「一人前の男」とは認められておらず、ナチスの将校が訪問してもてなす際、農園主はエスターを実の息子のように誇らしく紹介し、本物の息子は恥だとばかりに、家の奥へ隠れさせている。

『エスケープ -ナチスからの逃亡-』 © Reliance Entertainment Productions Scandi Ltd
『エスケープ -ナチスからの逃亡-』 © Reliance Entertainment Productions Scandi Ltd

ここで表れてくるのが、保守的な古い家父長制のなかにある、一種の暴力である。農場主が家のなかで絶対者として君臨し、怯える妻や子どもに厳格な態度をとって、高圧的に命令する。これはある意味で、「独裁者」といえるのではないか。家庭がナチスのミニチュアなのである。

もちろんこれは、数十年前の北欧の田舎に限ったことではない。2019年に、男女格差を表すジェンダー・ギャップ指数が153か国中121位という、不名誉な位置にいる日本は、まさにいま、このような問題が問われている国だ。男性に比べ女性の収入が低かったり、社会的地位が低くなる背景にあるのは、家父長制の思想や、それがかたちづくる「男らしさ」や「女らしさ」という固定観念にあるということは、多方面から指摘されている。

『エスケープ -ナチスからの逃亡-』 © Reliance Entertainment Productions Scandi Ltd
『エスケープ -ナチスからの逃亡-』 © Reliance Entertainment Productions Scandi Ltd

現代の日本に通じるジェンダー・ギャップ。男性もまた「男らしさ」のプレッシャーに苦しむ

家父長制の思想が苦しめるのは、じつは女性や子どもばかりではない。70年代後半の一般的な家庭を舞台にしたアメリカのアニメ『FはFamilyのF』は、この問題をメインテーマにしている作品だ。家の中で妻や子どもたちに対して傍若無人に振る舞っている中年男性が、ある日仕事を解雇され無職になる。反対に妻は職場で認められていき、一家の家計を支えることになるのだ。夫は妻の成功を喜ぶべきだが、内心は面白くない。ひがんだ態度をとるようになり、ついには妻の失敗を願い始める。

家族を持つ幸せに恵まれたのに、なぜそこに憎しみを生まなければならないのか。それは、男性自身が「男は一家を支えるもの」という固定観念に縛られているからだろう。特権であったはずの地位が、ここでは逆にプレッシャーとなって襲いかかってくる。本作で障害を持つひとり息子が、父親から「男」と認められなかったために苦しむのも同様の構図である。

『エスケープ -ナチスからの逃亡-』 © Reliance Entertainment Productions Scandi Ltd
『エスケープ -ナチスからの逃亡-』 © Reliance Entertainment Productions Scandi Ltd

望まない「固定観念」からの解放こそが平和への道

第一次大戦の記録映像を使用した、ピーター・ジャクソン監督の戦争ドキュメンタリー映画(2010年1月25日公開)『彼らは生きていた』では、イギリスの兵士たちの姿が、フィルムの修復や調整によって、より生々しく表現されている。この作品で、当時兵士として志願した若者だった人々の証言が紹介される。それによると、自ら望んで戦地へと赴いた若者たちの多くは、とにかく「自分が臆病者だと思われたくない」と感じていたのだという。「国を守り、敵を倒さねば男ではない」……これもまた、固定観念に支配された思考の一例であろう。そのように入隊し、過酷な戦場で生き残って戻った証言者たちの多くは、負傷を負い、仲間が次々に死んでいくのを目にし、さらにはドイツ兵を殺害するに至り、帰国後に「戦争など意味がなかった」と語っている。

本作における、男装した少女がナチスや保守的な家庭から決死の逃亡を試みるという構図に重ねられているのは、このような思想、思い込みからの解放である。それは女性を解放することであり、男性の解放をも意味している。そして、それこそが平和へとつながる道だということを、本作はうったえている。

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作品情報

『エスケープ -ナチスからの逃亡-』
『エスケープ -ナチスからの逃亡-』

2020年1月24日から公開

監督:ロス・クラーク
出演:
サラ=ソフィー・ボウスニーナ
アルトゥル・ハカラフティ
ヤコブ・セーダーグレン
ラウラ・ビルン
アウグスト・ディール
ヨハネス・バー・クンケ
上映時間:100分
配給:ハーク

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