「最高の私」への変身を見せる『ル・ポールのドラァグレース』

「最高の私」への変身を見せる『ル・ポールのドラァグレース』

テキスト
後藤美波(CINRA.NET編集部)
編集:久野剛士(CINRA.NET編集部)

多くの葛藤を経て「最高な自分」へ。クイーンの「変身」が示す生き様

『ドラァグ・レース』はリアリティー番組の典型的なテーマともいえる「変身」を見ることのできる番組でもある 。ノーメイクにTシャツ、ジーンズといった「普段着」の出場者たちが、美しくて猛々しい唯一無二のクイーンに文字通り変身するまで──その場で与えられたテーマに応じて衣装を自作し、テーマに合ったフルメイクを完成させ、ランウェイを歩くまで──の過程が放送される。

デトックス
デトックス
キム・チー
キム・チー

ランウェイでの審査に臨むクイーンたちが、本番前にメイクをしながら本音を語り合う場面も見どころのひとつだ。素顔でもなくフルメイクでもない、メイク中の顔というのは、普段見ることのできない「素」の姿であるような繊細さや複雑さがある。メイク中に語られるのは、ドラァグを始めた理由、自身のセクシャリティーやドラァグクイーンをやっていることを家族に打ち明けられずにいる事情、愛する人に認められない苦しさや拒絶されることへの恐怖、幼少期のトラウマや家庭での問題、過去の恋愛のこと……視聴者は、普段は強気なクイーンたちが内に抱える弱さや葛藤を知ることになる。そして対抗心を脇に置き、痛みを共有して慰め合うクイーンたちの愛情深さを目の当たりにする。

ここで映し出されているのは、出場者が衣装やメイクで別人のように「変身」する過程であると同時に、他者との違いをときに排除しようとする残酷な社会で生きてきた個人が、「最高な自分」になるべく「変身」するに至った過程でもあるのだ。前述のヴァイオレット・チャチキは番組で「何より自分を尊敬している」と話していたが、クイーンたちの揺るぎない自信は自分がこれまで歩んできた道への誇りに裏打ちされているのだろう。「自分が最高」と思うことは簡単なことではないけれど、クイーンたちの姿を見ていると自分はなににでも変身できるし、今は「自分は最高」だと思えなくても、いつかそうなりたいと前向きな気持ちを与えてもらえる。

プラスティーク・ティアラ
プラスティーク・ティアラ

クイーンたちのプライドを支える、技術とクラフトマンシップ

また衣装作りで発揮されるクイーンたちのクラフトマンシップと創造性にも驚かされる。クイーンたちにかかれば、ファブリックだけでなく、スポンジやぬいぐるみ、ガラクタのようなものまで、その場にあるものすべてがドレスの材料になる。皆アイデアの引き出しが豊富にあり、その引き出しにはクィアカルチャーの先人たちや歴史的なファッションアイコン、ポップアイコンたちへのリスペクトと知識、そしてそこから受けた無数のインスピレーションの種が詰まっている。番組で与えられたテーマに応じてアイデアの引き出しを開け、自らの手で形にしていく様子には、クイーンたち一人ひとりがそれまでに積み重ねてきた努力や経験がにじみ出ており、「最高な自分」の自負に説得力を与える。

アクエリア
アクエリア

そして、クイーンたちのプライドの発露と勝利への欲求が最高潮に達するのが、毎エピソードの最後に行なわれる「生き残りをかけたリップシンクバトル」だ。これは脱落候補となった2人が課題曲にあわせて審査員や他の出場者たちの前でリップシンクしながら踊るというもの。そこでのパフォーマンスを見たうえでル・ポールが脱落者を決める。すでに審査員に厳しい評価を与えられた脱落候補者たちは、プライドを傷つけられ、不本意ながらステージに残される。曲にあわせて髪を振り乱し、「スプリット」や「デスドロップ」と呼ばれる危険な技も繰り出しながらの激しいパフォーマンスは、とにかく「勝ちたい」「私はこんなところで終わらない」という強い意志が全開になる瞬間だ。

『ドラァグ・レース』では勝者の条件として「カリスマ、個性、度胸、才能」が要求されるが、その全てを総動員し、クイーンたちのエモーションとテクニック、プライドがいかんなく発揮されるリップシンクバトルでは数々の「伝説の対決」も生まれている。渾身のパフォーマンスを披露したからこそ、ル・ポールは敗者に「胸を張って消えなさい」と告げるのだ。

ル・ポール“Charisma, Uniqueness, Nerve & Talent”を聴く(Spotifyを開く

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イベント情報

『WERQ THE WORLD 2020 in TOKYO』

日程:2020年3月2日(月)
会場:東京 Zepp DiverCity Tokyo

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