「最高の私」への変身を見せる『ル・ポールのドラァグレース』

「私が誰よりもファビュラス」というスピリットから元気をもらえる。人気番組『ル・ポールのドラァグ・レース』とは

Netflixで配信されている 『ル・ポールのドラァグ・レース』は、現在までにアメリカで12のシーズンが製作されている人気のリアリティーショーシリーズだ。近年は『エミー賞』を受賞するなど英語圏で大衆的な認知と評価を獲得している。日本でもコアなファンベースを築いており、3月には番組出演者が登場するライブツアー『WERQ THE WORLD』が日本初上陸を果たした。

いまや長寿番組となったこの番組には、多くのリアリティー番組特有の中毒性や想像を超えたドラマといった要素だけでは説明できない強い引力がある。その引力はどこから来るのだろうか? その正体に迫る前に番組の概要を紹介しよう。

『WERQ THE WORLD 2020 in TOKYO』の様子
プラスティーク・ティアラ

2009年にスタートしたこのシリーズは、毎シーズンに十数人ほどのドラァグクイーンたちが参加し、アメリカの「ネクスト・ドラァグスーパースター」の座を巡って競い合う番組だ。カリスマドラァグクイーンであるル・ポールがホストを務め、出場者たちのメンターの役割も果たす。クィアコミュニティーのサブカルチャーであったドラァグカルチャーを、メインストリームの認知やポップカルチャーのフィールドに広めた番組としても知られている。

番組では出場者のクイーンたちがミッションをこなしてル・ポールを含む審査員からのジャッジを受け、毎回1名ずつ脱落していく。主に、その場で与えられた課題をこなすミニチャレンジ、より大掛かりな課題に取り組むメインチャレンジ、テーマごとの衣装で歩くランウェイショー、そして脱落候補者2名による生き残りをかけたリップシンク対決で1つのエピソードが構成される。番組中に課されるチャレンジは、グループにわかれてミュージックビデオを作ったり、テレビ番組やパロディーCMを作ったり、劇を演じたりなど様々で、本番までの練習の様子や衣装作りの過程なども映し出される。勝ち抜くためには美しさだけでなく、コメディーセンスやダンス、歌の能力、演技力など、多面的なクリエイティビティーが求められる。

各シーズンの優勝者をはじめ、番組をきっかけにスター街道を歩む者も多く、モデル事務所と契約したり、ファッションウィークに招かれたりと、一躍セレブの仲間入りを果たしている。シーズン7の覇者ヴァイオレット・チャチキ、シーズン10の覇者アクエリアは、昨年にファッションの祭典『METガラ』に招かれ、『METガラ』史上初めてメトロポリタン美術館のピンクカーペットを歩いたドラァグクイーンとなった(この年のテーマは「キャンプ」。同年ル・ポールも参加したがドラァグの装いではなかった)。

アクエリア。2019年の『METガラ』にて、ピンクカーペットを歩いた。

視聴者が『ドラァグ・レース』に夢中になる理由は様々あると思うが、突き詰めると個々のクイーンたちの放つ魅力に集約されるのではないだろうか。筆者にとって新シーズンが始まるたび、今回はどんなクイーンに出会えるのかが一番のたのしみだ。

出場者のクイーンたちは「個性的」という形容が陳腐に感じられるほど、それぞれ確立されたオリジナルのスタイルを持つ。体型や肌の色も様々で、コミカルなパフォーマンスが得意な者、モデルのようなスタイルと美貌を誇る者、奇抜なファッションと髪型が持ち味の者など、個々の衣装やメイク、立ち振る舞いでその美学を体現する。視聴者は番組を通してドラァグというアートフォームの包括性と創造性に触れることができる。

そんな多様なクイーンたちが共通して持っているのが「私が誰よりもファビュラス」「私が誰よりも美しい」というスピリットだ。それは態度として示されるだけでなく、実際に多くのクイーンが番組中に「私が一番かわいい」「私が一番きれい」「私が一番のクイーン」と発言している。皆、「私が最高だから、私が勝者になるのが当然」というスタンスで『ドラァグ・レース』に臨んでいるのだ。それゆえに別のクイーンをけなしたり、衝突したりもするし、罵り合いに発展する場面もあるが、「自分が最高」という気持ちのぶつかり合いは眉をひそめるような醜い争いではなく、溢れるエネルギーとプライドの発露として、元気をもらえさえする。実際、クイーンたちの「キャットファイト」は相手の「口撃」に対する返しも秀逸で笑いを誘う場面も多く、「Throwing shade takes a bit of creativity, being a bitch takes none.(相手を悪くいうには少しの創造性が必要、ビッチであることには何もいらない)」というル・ポールの言葉にもあるように、悪口や口喧嘩にもクリエイティビティーがいるのだと感じさせられる。

ル・ポールが主演した『AJ&クイーン』予告編

多くの葛藤を経て「最高な自分」へ。クイーンの「変身」が示す生き様

『ドラァグ・レース』はリアリティー番組の典型的なテーマともいえる「変身」を見ることのできる番組でもある 。ノーメイクにTシャツ、ジーンズといった「普段着」の出場者たちが、美しくて猛々しい唯一無二のクイーンに文字通り変身するまで──その場で与えられたテーマに応じて衣装を自作し、テーマに合ったフルメイクを完成させ、ランウェイを歩くまで──の過程が放送される。

デトックス
キム・チー

ランウェイでの審査に臨むクイーンたちが、本番前にメイクをしながら本音を語り合う場面も見どころのひとつだ。素顔でもなくフルメイクでもない、メイク中の顔というのは、普段見ることのできない「素」の姿であるような繊細さや複雑さがある。メイク中に語られるのは、ドラァグを始めた理由、自身のセクシャリティーやドラァグクイーンをやっていることを家族に打ち明けられずにいる事情、愛する人に認められない苦しさや拒絶されることへの恐怖、幼少期のトラウマや家庭での問題、過去の恋愛のこと……視聴者は、普段は強気なクイーンたちが内に抱える弱さや葛藤を知ることになる。そして対抗心を脇に置き、痛みを共有して慰め合うクイーンたちの愛情深さを目の当たりにする。

ここで映し出されているのは、出場者が衣装やメイクで別人のように「変身」する過程であると同時に、他者との違いをときに排除しようとする残酷な社会で生きてきた個人が、「最高な自分」になるべく「変身」するに至った過程でもあるのだ。前述のヴァイオレット・チャチキは番組で「何より自分を尊敬している」と話していたが、クイーンたちの揺るぎない自信は自分がこれまで歩んできた道への誇りに裏打ちされているのだろう。「自分が最高」と思うことは簡単なことではないけれど、クイーンたちの姿を見ていると自分はなににでも変身できるし、今は「自分は最高」だと思えなくても、いつかそうなりたいと前向きな気持ちを与えてもらえる。

プラスティーク・ティアラ

クイーンたちのプライドを支える、技術とクラフトマンシップ

また衣装作りで発揮されるクイーンたちのクラフトマンシップと創造性にも驚かされる。クイーンたちにかかれば、ファブリックだけでなく、スポンジやぬいぐるみ、ガラクタのようなものまで、その場にあるものすべてがドレスの材料になる。皆アイデアの引き出しが豊富にあり、その引き出しにはクィアカルチャーの先人たちや歴史的なファッションアイコン、ポップアイコンたちへのリスペクトと知識、そしてそこから受けた無数のインスピレーションの種が詰まっている。番組で与えられたテーマに応じてアイデアの引き出しを開け、自らの手で形にしていく様子には、クイーンたち一人ひとりがそれまでに積み重ねてきた努力や経験がにじみ出ており、「最高な自分」の自負に説得力を与える。

アクエリア

そして、クイーンたちのプライドの発露と勝利への欲求が最高潮に達するのが、毎エピソードの最後に行なわれる「生き残りをかけたリップシンクバトル」だ。これは脱落候補となった2人が課題曲にあわせて審査員や他の出場者たちの前でリップシンクしながら踊るというもの。そこでのパフォーマンスを見たうえでル・ポールが脱落者を決める。すでに審査員に厳しい評価を与えられた脱落候補者たちは、プライドを傷つけられ、不本意ながらステージに残される。曲にあわせて髪を振り乱し、「スプリット」や「デスドロップ」と呼ばれる危険な技も繰り出しながらの激しいパフォーマンスは、とにかく「勝ちたい」「私はこんなところで終わらない」という強い意志が全開になる瞬間だ。

『ドラァグ・レース』では勝者の条件として「カリスマ、個性、度胸、才能」が要求されるが、その全てを総動員し、クイーンたちのエモーションとテクニック、プライドがいかんなく発揮されるリップシンクバトルでは数々の「伝説の対決」も生まれている。渾身のパフォーマンスを披露したからこそ、ル・ポールは敗者に「胸を張って消えなさい」と告げるのだ。

ル・ポール“Charisma, Uniqueness, Nerve & Talent”を聴く(Spotifyを開く

「誰でも変身できる」。美しいクィアな空間を演出した『WERQ THE WORLD』

3月に東京・お台場のZepp DiverCityで行なわれた『WERQ THE WORLD』は、そんな『ドラァグ・レース』のエッセンスに直接触れることのできる貴重な機会だった。番組の歴代出場者がラインナップされる本ツアーは待望の初来日。クイーンたちがそうであるように、多彩なファッションに身を包んだ観客が詰めかけ、開演前から「ここではどんな格好でどんな振る舞いをしても大丈夫」というような安心感があった。

今回の出演者は、『ドラァグ・レース』シーズン11からプラスティーク・ティアラ、シーズン10の優勝者アクエリア、同じくシーズン10出場者でオールスターシーズン4の優勝者モネ・エクスチェンジ、シーズン8からキム・チー、シーズン7から優勝者のヴァイオレット・チャチキ、シーズン5からデトックスの6名。番組では「きれいなだけじゃダメ、お客を楽しませなきゃ」という言葉もあったが、『WERQ THE WORLD』でのクイーンたちは、観客への愛情を惜しみなく表現し、観客を楽しませることを第一に据えたユーモラスでクールでキュートなパフォーマンスを見せてくれた。

ホスト役を務めたのはモネ。「ここでは叫んだって声をあげたって、オシッコしたっていい。写真もバンバンとってクイーンたちをタグ付しまくって! 何がおきても、just have fun!(とにかく楽しめ!)」と会場を盛り上げ、観客を見渡して「ここは愛に満ちた、美しいクィアの空間」と口にしていた。

この日、ホスト役としての腕を十二分に見せたモネ・エクスチェンジ

雪の姫のように可憐なプラスティーク、ヒヨコの衣装と映像という期待通りのコミカルなステージを見せたキム・チー、ダークな世界観で男性ダンサーとのセクシーな絡みやリフトを披露したデトックス、ブロードウェイミュージカルのような楽しげなステージだったモネ、人魚のような出で立ちで空中を連続回転するアクロバットも見せたアクエリア、同じくダンサー2人を乗せたセットで空中パフォーマンスを披露したチャチキ。危険をともなう空中でのパフォーマンスのインパクトは強烈で、チャチキがステージを去ったあとは場内にどよめきと余韻が残った。

ヴァイオレット・チャチキ。その絞り上げたウエストは、アリアナ・グランデを驚愕させた。

衣装や髪型もくるくると変わり、ソロやコンビ、全員で、と形を変えてパフォーマンスを見せてくれるクイーンたちは、まさにプロのエンターテイナー。美貌や多彩なパフォーマンスの影には泥くさい努力があるのだと感じられた。観客をステージに上げる参加型のコーナーでは、用意された衣装やウィッグを使って4人の観客がドラァグクイーンに扮しリンプシンク対決を敢行。まさに「誰でも変身できる」という精神を象徴しているような企画といえよう。

さらに公演の最後で、今回の東京公演がワールドツアーのファイナルだったことからスタッフもステージに呼び込み、ツアーマネージャーやアシスタント、テック、照明など、一人ひとりに感謝を述べ、クイーンたちが「私たちがこうやって立ててるのは彼らのおかげ」と話す姿も印象的だった。そして観客に向けても、「このツアーのメインキャストはあなたたち。自分自身に拍手を!」とステージを締めくくった。観客を楽しませること、完璧なパフォーマンスを披露することへのエンターテイナーとしてのプロ意識と、観客やスタッフ、他のクイーンたち、そして自分自身、つまり「人」への愛情深さによって支えられた祝祭的な空間だった。

『ル・ポールのドラァグ・レース』におけるル・ポールの決め台詞は「自分を愛せなければ、他者を愛せない」である。10年以上にわたって一貫してそのメッセージを伝えてきた。自分に自信を持ち、自分自身を高めること、他者を理解し愛すること。そんなスピリットを感じながら、笑えて泣けて、元気をもらえる。不寛容でときに驚くほどの残酷さを露呈するこの社会を生き抜くために、『ドラァグ・レース』とクイーンたちから私たちが得るもの、学べることはたくさんあるのだ。

ル・ポール“Theme from "Drag Race"”を聴く(Spotifyを開く

イベント情報
『WERQ THE WORLD 2020 in TOKYO』

日程:2020年3月2日(月)
会場:東京 Zepp DiverCity Tokyo



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「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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