黒沢清の語る映画界 深夜労働やモラルの欠如は作品の質を左右する

黒沢清の語る映画界 深夜労働やモラルの欠如は作品の質を左右する

インタビュー・テキスト
羽佐田瑶子
撮影:黒羽政士 編集:久野剛士(CINRA.NET編集部)
2020/03/03
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監督が混乱していることなんて雰囲気でわかります。

黒沢清

―監督になられた当初から、そうしたスタイルだったのですか?

黒沢:学生映画で8ミリを撮っていた頃から、時間管理をきちんとしたい、という願望がありました。たとえ仕事ではなく趣味の世界だとしても、友達を巻きこんでいます。趣味でやっていたときには賃金を払っているわけでもないですし、無茶苦茶なことを頼めば友達関係は壊れてしまうじゃないですか。友達が気持ちよく、映画作りに付き合ってくれるにはどうしたらいいのか考える中で、予期せぬ出来事が多々起こる撮影では、事前準備の時間は必須だとわかりました。経験も浅く手際も悪かったと思いますが、一生懸命自分で時間管理をしていましたね。

プロになってからのほうが、そうしたくても許してくれない様々な要因があり、「これじゃいけない」と思っていても撮影時間がうまく管理できない時期が続きました。初期の何作かは本当に過酷な現場だったと思います。あるとき、夜中まで撮影をして翌日早朝になると、みんながヘロヘロになっているのが一目瞭然だったんですね。俳優も意識が朦朧とする中で演じてくれている。ダメだとわかっていても僕もうまく判断ができなくてOKを出すのですが、見返すとミスだらけ。「これはよくない。よくない責任は誰にあるんだろう? ……あ、僕だ」と気づきました。

撮影をスムーズに進める方法を試行錯誤して、なんとかできるようになり、やっとプロの端くれになったと思えました。働き方改革をやろうという意図ではなく、労働環境を整えないと作品のクオリティーに関わるとわかったから意識するようになったんですね。

黒沢清

―予期せぬ出来事が多々ある中で時間管理をすることは、非常に難しいことだと思います。事前準備もいろいろされるのでしょうか。

黒沢:心配性だからということもありますが、事前準備はかなりします。それでも全く予想しなかったことが必ずといっていいほど起こり、頭が真っ白になるわけですね。これは経験から体得したことですが、そうした場合はまず「わからなくなったから、考えさせてほしい」とみんなに正直にいいます。そして、どんなにかかっても5分で解決策を見つけます。

―たった5分で解決策を見つけるのですか。

黒沢:一番まずいのは、頭が真っ白でどうしたらいいかわからないまま「こうしよう」と虚勢で判断を下すことです。監督が混乱していることなんて雰囲気でわかりますから、「この監督大丈夫だろうか?」と現場は不安になります。正直にわからないことを伝えると、案外納得してタバコを吸ったり、食事をつまんだり、その5分がスタッフの小休憩になるんです。

ただし、5分です。この5分ですごいアイデアが思いつくかもしれないとドキドキする、これぞ映画監督業の試練であり醍醐味でもあります。

必要なスタッフを「必要だ」と主張することも映画監督の大切な仕事です。

―監督個人の事前準備は、どんなことから始められるのでしょうか?

黒沢:いろいろありますが、まずはスケジュールの交渉です。撮影日数がどれだけ確保されているのかプロデューサーに確認し、必要があれば交渉します。「2週間で撮り終えてほしい」「いや、本来なら4週間必要ですが、がんばって3週間で撮り終えるようにします」という風に撮影日数を調整します。

その次が大きな問題なのですが、お金を出す方に「撮影日数を増やすなら人件費を減らさないと予算に収まらない」といわれることが多々あります。そうするとスタッフの数が減らされそうになる。ある程度は仕方ありませんが、そこも僕は抵抗します。

―人手はある程度必要だ、と。

黒沢:そうです。人手を妥協してしまうと、目に見えて作品のクオリティーが落ちます。たとえば、「スクリプター」(撮影シーンの記録・管理を行う職種)や「特機」(大型クレーンなど、撮影用の特殊機械を操作する職種)など、彼らにしかない経験と技術が必要な特別な仕事なのに、プロデューサーなどから必須ではないと判断され、それを監督が容認してしまったとする。一度そういうことがあると彼らはどんどんと仕事を失い、最悪の場合、失業し、この業界を去っていく。そうすると後継者も育ちませんし、この職種が消え去ったら映画界にとって大変なことになるんです。

監督にはこうした事態を起こさせない重大な責任があります。作品のクオリティーに関わることなので、監督は必要なスタッフを「必要だ」と主張すること、撮影日数を必要な分確保すること、それが撮影現場を作る責任者としての大事な仕事だと思います。

大変ですが、プロデューサーも話せばわかってくれる人たちなので、削れるところは削り、ギリギリ許せる豊かさを確保した撮影現場を作りたいと思っています。しかし、これらをクリアしてスムーズに進行しただけではダメで、なおかつ面白いものを作らなきゃいけない、というのが映画監督という職業の大変なところで、僕はそっち方面がどうも下手くそなのですが(苦笑)。

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作品情報

『スパイの妻』

2020年6月にNHK BS8Kで放送
監督:黒沢清
脚本:濱口竜介、野原位、黒沢清
音楽:長岡亮介
出演:
蒼井優
高橋一生

プロフィール

黒沢清(くろさわ きよし)

1955年生まれ。立教大学社会学部卒業。83年『神田川淫乱戦争』で商業映画デビュー。97年公開の『CURE』で世界的な評価を集め、その後も話題作を次々と発表。2019年『旅のおわり世界のはじまり』が公開。2020年6月に、『スパイの妻』がNHK BS8Kで放送されることが決定している。

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