M-1王者・霜降り明星がアップデートする、「第七世代」の定義

宮下草薙、四千頭身、EXIT、かが屋……2019年は「第七世代」と呼ばれる若手の芸人が活躍した1年だった。そしてその流れのトップランナーとしてこの1年を怒涛の勢いで駆け抜けていったのが、霜降り明星だ。

ステージを縦横無尽に動き回りボケを繰り出していくせいやに対して、センターマイクの前から動かずに的確に短いワードでつっこんでいく粗品。これまでにない新しいスタイルの漫才で審査員や会場の観客、そしてお茶の間の視聴者を魅了し、昨年の『M-1グランプリ』では史上最年少にして史上初の平成生まれのコンビとして優勝を飾った。

結成6年目にして『M-1』王者に輝いたお笑い界の超新星に、優勝までの道のりとチャンピオンとして過ごしたこの1年について、そしてせいやが名付けの親と言われる「第七世代」について話を伺った。

『M-1グランプリ』っていう大会は、命を懸けて臨まないと周りの方にも失礼。(粗品)

―ちょうど今『M-1グランプリ』の予選が進んでいて、取材する今日(11月18日)は大阪で準々決勝が行われていますが、お2人からすると初めて出場しない立場で迎えた『M-1』シーズンですよね。率直に今、どういったお気持ちですか。

粗品:そうですね……焦ってます。というか、燃えてますね。

―燃えている?

粗品:GYAO!で予選の動画が3回戦から見られるじゃないですか。僕も、せいやもたぶん、全部見てますし。もう居ても立ってもいられないというか。もっとネタをバッチバチに仕上げなあかんという焦りと、負けへんぞって燃えるような感じですね。

―せいやさんも同じような気持ちでしょうか?

せいや:もし今年も出てたらこのネタやってたとか、常に考えながら見てます。別に今年出なくてええから気楽やな、みたいなことは思ってないですね。むしろ羨ましさというか、寂しさもちょっとあって。芸人になって『M-1』に出てないの初めてなんでね。ちょっとまだ慣れないというか。

霜降り明星(しもふりみょうじょう)
粗品とせいやによって2013年1月に結成。2017年『第38回ABCお笑いグランプリ』優勝、2018年『第7回ytv漫才新人賞』優勝。同年、『M-1グランプリ』にて史上最年少、史上初の平成生まれで王者に輝く。粗品は2019年に『R-1ぐらんぷり』で優勝、せいやは『人志松本のすべらない話』でMVSを獲得するなど、それぞれピンでも活躍している。

―今年出場しないと決めたのは、どういう思いがあったからでしょうか。

粗品:ありがたいことにこの1年お仕事をたくさんいただいて、むちゃくちゃ忙しくさせてもらってたんです。だけど、『M-1』は出るなら真剣にやりたいじゃないですか。

―そうですよね。

粗品:で、真剣にネタと向き合える時間が少ないと思ったので、今年は出なかったんかなと。『M-1グランプリ』っていう大会は、命を懸けて臨まないと周りの方にも失礼なので。

―今の「失礼にあたるから」という言葉、すごく大事ですよね。単に王者のポジションに対して保守的だったわけではないっていう。

せいや:『M-1』ファンの人にも、中途半端に出てきたらバレますし。そこを勝ち上がるのはかなり大変だって、自分らが一番わかってるんで出なかったですね。

「俺どうなんねん! 単位やばい!」って言いながら山を登ったのを覚えてます。(せいや)

―それだけ『M-1』に、そして漫才に誇りを持っているということですよね。遡るとコンビ結成前の2012年に、当時19歳だった粗品さんが『オールザッツ漫才』のネタバトル企画で最年少優勝されたときのコメントで「成人したら、スーツを着て漫才がしたい」と話されていたのが印象的で。その頃から最終的には漫才で勝負をしたいという思いはあったのでしょうか。

粗品:あのコメントは漫才に対する憧れというより、せいやとやりたかった思いのほうが強いですね。

―あのコメントはせいやさんへの明確なメッセージだったということですか?

粗品:みたいなことだったと思います。あとは、ピンで優勝したけどこれからコンビ組みますよ、みたいな告知も兼ねて言ってましたね。

粗品(そしな)

―その結果、霜降り明星を結成されるわけですが、せいやさんからすると、テレビの向こうで輝かしい成功を収めた粗品さんとコンビを組むのはプレッシャーに感じる部分もあったのではないでしょうか。

せいや:もちろんありましたね。そのとき僕はただの大学生でしたから。『オールザッツ漫才』もテレビで見てましたし。そのときはもうコンビを組むって決まってて、ネタ合わせをし始めたぐらいだったんですよ。最後に『オールザッツ漫才』だけピンで出るって話だったんです。それで優勝したんで、「あ、もう話なくなったな」って思いました。

―ピンで行かれるな、と。

せいや:僕、こいつとコンビ組むって決めてたんで、当時通ってた大学の履修をめちゃくちゃサボってたんですよ。だから「うわうわうわ!」ってなって、とりあえず山に行きましたね。

―(笑)。

せいや:『オールザッツ』って朝の5時ぐらいに終わるんですよ。でも体が熱くなって寝れなかったので、山に行ってノンストップで頂上まで登りました。「俺どうなんねん! 単位やばい!」って言いながら山を登ったのを覚えてます。

せいや

粗品におんぶに抱っこのコンビだったら解散してたと思います。(せいや)

せいや:コンビ組んでから1、2年はプレッシャーというか、「なんでお前コンビ組んでんの?」みたいな空気を感じてましたね。自分の面白さも、友達と振る舞うみたいにはなかなか出せないんで。

―そう感じているせいやさんを見て、粗品さんはどう感じてましたか。

粗品:やめられたくないし、僕が見放すわけにはいかないので、自信を持って周りに紹介してましたね。「こいつ面白いんすよ!」って言いまくってました。それがまたせいやのプレッシャーになるんですけど。

―そう言われているときの率直な気持ちっていかがでしたか?

せいや:マジで、やめてくれって思ってました。

粗品:(笑)。

せいや:こいつは良かれと思って言ってるんで、そのときに「ちょ、お前、ほんまやめてくれ」とは言えなかったです。こいつだけが仲良い先輩に会うたび、絶対「こいつ、面白いやつなんすよ」って紹介されるんですよ。でも最初の頃って、舞台もあんまりないし、もちろんテレビもないし、楽屋にも入れない。面白さを気付かせる術もなかったんですよね。だから「鳴り物入りで入ってきたけど、それにしては普通の大学生やな」みたい評価が常でしたね。

だから「なんで組んだん?」みたいなのは皆ずっと思ってたと思います。僕も思ってましたし。「俺なんで芸人なんやろ」ってずっと自問自答してました。今でもその気持ちはちっちゃくはあるんですけど、それが昔は100というか。自分の存在価値がないってずっと思わされてましたね。

―そこから徐々に活躍されるようになっていって、今は自分の武器や個性ってどういったところだと思っていますか?

せいや:モノマネは、粗品と組んでから自信になっていったかもしれないです。それが武器だと思えてようやくコンビっぽくなったと思います。粗品におんぶに抱っこのコンビだったら解散してたと思いますね。

もっと若くして優勝して大スターになるって見積もりでした。(粗品)

―とはいえ、2013年にコンビを結成して2018年には『M-1』王者と、結成6年目で優勝を掴むというのは順風満帆な道を歩いてきたようにも見えてしまう部分はあると思うんです。実際のところ、コンビとしての歩みはどうだったのでしょうか。

粗品:苦しみは僕らなりにありました。目標ももうちょっと高く設定していたんです。22歳までに売れる、23歳で売れてなかったら引退って考えてました。

―なぜ22歳がリミットだったのでしょう?

粗品:大学卒業して、同級生がちゃんと働き出すのが23歳っていうタイミングなので。そこは僕らの節目でしたね。

―結成当初は20歳で伝説的な大スターになる予定だったという話も聞いたことがあるのですが、そういった未来を描いていた理由ってなんだったのでしょう。

粗品:2人とも若くて、自分たちが一番面白いと思ってたんで。もっと若くして優勝して大スターになるって見積もりでしたね。

―せいやさんも、コンビとしては20歳で大スターになると思っていましたか。

せいや:粗品は20歳のとき2、3年は1人でキャリア積んでいて、僕はそこからスタートなんで、そうは思わなかったです。でもこいつのとにかく尖って熱いプレゼンは、毎日聞かされてましたね。

僕は芸能界の知識ゼロだったので、粗品の教えてくれることがすべてというか。「3年目で売れてないコンビはクソや」とか、喫茶店でわーって説明受けて。とにかく熱かったですね。

そんな粗品に誘われたのはすごい嬉しかったけど、その熱に合わせるというのは、今考えたら最初は戸惑ってたかもしれないです。組んだときには、こいつはもう走り出しててかなり先にいたんで。その歩幅を僕に合わせるんじゃなくて、粗品の熱さに合わせていったから『M-1』も取れたのかなって思いますね。

―そうしてお2人で切磋琢磨して、最終にはせいやさんが舞台を大きく使って縦横無尽にボケていって、粗品さんがセンターマイクの前に立って端的にツッコんでいくというスタイルが確立されたと思うのですが、このスタイルが見えてきたのはいつ頃だったのでしょうか。

粗品:そうですね……組んで半年、1年ぐらいで、原型となっているものはできてたんですけど、やっぱり2014年の『THE MANZAI』で、このスタイルで認定漫才師(2011年~2014年に開催されていた賞レース『THE MANZAI』の本戦サーキットに出場できる50組の漫才師のこと)になったときに強烈な手応えは一発感じましたね。そのときも最年少でしたし、「スターになれるかも?」ってちょっと思ってはいました。

―外からの評価を得たときに手応えを感じられたと。

せいや:僕らの中では最初から面白いって思ってたんですけど、結果が出なければ手応えって感じないんで。ずっと悩みながらやってましたね。2015年に『M-1』3回戦で落ちて、ボケツッコミを入れ変えたりとか、今の動き回るスタイルの中でも毎年ちょっとずつマイナーチェンジしてきましたし。

だから、2017年に『ABCお笑いグランプリ』で優勝してやっと、「俺ら間違ってなかったんやな」って思えた感じです。それまではずっと、面白いのは間違いないと思ってるけど、なかなか認められないという暗闇にいましたね。

優勝してからは伸び伸びと漫才ができるようになりました。(粗品)

―2015年に復活してからの『M-1』って、出場資格がコンビ結成10年目から15年目までに広がったこともあって、より完成度の高いベテランの漫才師とも戦わなきゃいけなくなったと思うんです。その中で、若いお2人が優勝をかっさらっていったのが個人的に本当に痺れたんですけど、今振り返って優勝したときの気持ちはいかがでしたか。

粗品:「ほら見ろ!」って、思わず雄叫びを上げてしまいました。今まで辛く当たってきた先輩の顔とかが思い浮かんで、「ざまぁ見ろ!」と。「信じてきたことは間違ってなかったぞ、ボケェ!」みたいな感じでしたね。

―せいやさんは?

せいや:思い出したいんですけど、記憶に霧がかっているというか。映像もたまに見るんですけど、「これほんまに俺らか……?」って思いますね。記憶と一致しないんですよ。どんな気持ちだったのかも、正直鮮明に覚えてないんですよね。人って本気で幸せを感じるとそうなるんかな、って。よく覚えてないって、初めての体験でした。

―霜降り明星って、一際『M-1』にこだわりとプライドを持ってるコンビだと思っていて。『M-1』優勝後、ネタの内容に変化はあったのでしょうか。

粗品:僕たちは本当に『M-1』のことしか考えてないネタ作りをしていたんで。固有名詞は出さないとか、芸能人の名前をいじらないとか、審査の減点になることは避けてきてやってたんです。『M-1』の予選でやっても評価されないから、普段のライブでもアドリブを絶対やらんかったり、どっちかが噛んだときも、それをいじって笑いに変えたりするのは一切しなかった。

でも、最近はそういうのも楽しんだり、ネタの幅は広がりましたね。優勝してからは伸び伸びと漫才ができるようになりました。

せいや:これまでは過去問ばっかり解いてたというか、『M-1』に受かるためだけの勉強ばっかりしてたんです。だけどここからは勉強というより、研究。2人で好きな分野について楽しく伸び伸び、本当の意味で漫才を楽しんだり、好きになれるんかなって。

それまでは漫才してたというより、『M-1』のために生きてた2人だったんで。それがやっと漫才になったって感じです。『M-1』の4分のためだけに、10分ネタの中でも4分ネタをどう試すかとかばっかりやってましたけど、今は楽しく10分ネタの漫才をできるようになりましたね。

ルミネtheよしもとでの漫才の様子。
ルミネtheよしもとでの漫才の様子。この日も10分のネタを披露していた。

僕が「第七世代」を生んだってよく言われるんですけど、こんなことになるとは僕も思ってなかった。(せいや)

―もしかしたら興奮で覚えていらっしゃらないかもしれないですが、『M-1』優勝後の記者会見でせいやさんが霜降り明星のことを「新世代という感じで取り扱ってほしい」と仰っていたんですね。

粗品:言うてた!

せいや:それ僕じゃないですね。

―いや、確かにせいやさんが仰っていました(笑)。

粗品:言うてた、言うてた。

―このときから世代を意識していたんだと思いました。ラジオのフリートークを聞いていても、スマブラ(大乱闘スマッシュブラザーズ)とかポケモンが出てきたり、企画ライブのタイトルも『通信ケーブル』だったり、同世代の心をくすぐるワードをよく使われていますよね。お2人は「世代感」をすごく大事にしているコンビだという印象があるんですが、そう言われてどう思われますか?

粗品:(せいやを見て)どう思われますか?

せいや:まぁ、やっぱ、僕らが新世代の筆頭なんかな。

粗品:やかましいわ! やめとけ!

せいや:お笑い新時代を切り開く……。

粗品:なにを言うとんねん!

―(笑)。実際のところは、いかがでしょう?

せいや:正直そのときも興奮してたので、世代でやっていこうとか、そんな熱い気持ちじゃなくて、単純に言ったんだと思います。そろそろ「ポケモン」とか「デジモン」みたいなテーマや言葉で笑いが取れたら楽やなぁ、みたいな気持ちですね。

プロレスとかキン肉マンとか、テレビでやっていて正直わからんこともある。だからそことは別に見てほしいなって。やっぱり全然歳も違うんでね。20個上の人とかと常に仕事してるので。

―そう考えると、すごい状況ですよね。

せいや:そんな職場もあるだろうけど、上司とは戦わないじゃないですか。僕らは戦わされるんで。ニュアンスとしては、さすがに20年離れたら別のジャンルとして扱ってほしいな、みたいな感じですかね。

―ただちょっと気になったのが、会見のときに「新しい風と言いますか、新世代という感じで取り扱ってほしい」って言い直してるんですよ。

粗品:あ、そうや。なるほど。言ってた言ってた。

―「風」だと霜降り明星単体、「世代」だとみんなで、ってニュアンスに聞こえて。

せいや:世代というか、時代ですね。新しい時代。

粗品:もっとエグい。時代て。

―(笑)。そんな中、『霜降り明星のだましうち!』(ABCラジオ)で、せいやさんが「第七世代」という言葉を発言されました。

粗品:はい、来た!

―ラジオで発した言葉が、今非常に強い力を持って広がりを見せているわけですが、率直に今どんな心境ですか?

せいや:いや、僕関係ないですよね。

粗品:関係はあるんじゃないですか?

せいや:うーん……そうですね。僕が「第七世代」を生んだってよく言われるんですけど、こんなことになるとは僕も思ってなかったんで。(明石家)さんまさんとかが「第七世代」って言い始めてますからね。パッてテレビ点けたら、「第七世代がどう」とか言ってるんですよ、関係ないところで。

粗品:おらんところで。

せいや:言葉として定着したなって。だから僕の思いは別に入ってないですね。「第七世代」というワードだけ出したと言うか。

霜降り明星単体では、お笑いブームは起きないんですよ。(せいや)

―そうは言っても、『だましうち』では「第七世代」という名前をつけることで横の繋がりができて、世代が固まっていけるのではないか、という趣旨の発言をされていて、そこは目論見通りなのでは、と思ってしまうのですが。

粗品:そらそうですよ。目論見通り!

せいや:でも、それはそうじゃないですか。霜降り明星単体では、お笑いブームは起きないんですよ。EXIT、宮下草薙、四千頭身とか「第七世代」って呼ばれてますけど、その人らのおかげで「第七世代」も広まってるし。結局1組じゃ無理なんです。

僕が言ったのは、もっとお笑いを盛り上げるために「第七世代」って勝手に呼び始めたら、若手の起用とか増えるんちゃうかみたいな話で。目論見とか目標じゃなくて、その理論をラジオで言っただけです。だから別に「俺は第七世代について動いていくよ」とか「先輩を倒そう」みたいな動きは一切ない。

―粗品さんは、せいやさんが言った「第七世代」という言葉が広がっていくのを、どう見ていましたか?

粗品:そうですね。僕はリーダーについていくだけなので。

せいや:ちゃうちゃうちゃう!

粗品:でも、なんでしょうね。良くも悪くも大したもんやなと思いますよ。ラジオの発言がこんなことになるなんて、すごいことだなと思います。

本気で言ったら、さんまさんも欽ちゃんさんも全員「第七世代」ですから。(せいや)

―今の「第七世代」のムーブメントを見ると、お笑いをもっと盛り上げないといけないという意識は共有されていたということなのでしょうか?

せいや:それは全員あると思いますよ。だから最近僕は、今のテレビを面白く豊かにしてる人は全員「第七世代」って、言っています。テレビ自体が「第七世代」に突入したって考えてるので、そもそも区切るのが間違っているなと。

―どこまでが第七世代で、ここより上は第六世代だと言うのが間違っていると。

せいや:ほんまに言い出したら、そんな線引きはないんで。「第七世代」とか勝手に言ってたらそういう世代になるんちゃうかって理論で言ったけど、「はい、じゃあ実施!」ってなったら「じゃあどこまでが第七世代?」ってなってきますからね。だからテレビ自体が「第七世代」になったと言うようにしてて。

1953年から始まったテレビ放送、このすごいメディアが2019年になって落ちてきているわけじゃないですか。そこを頑張っている今のテレビが「第七世代」という認識ですね。七世代に渡ってテレビが活躍してきたということです。本気で言ったら、さんまさんも欽ちゃん(萩本欽一)さんも全員「第七世代」ですから。

犯罪はしないで、仕事をする。今はこの2個しか考えてないですね。(せいや)

―今のお笑いって、お笑いにストイックなだけじゃなくて、霜降り明星みたいにコンビ仲が良かったり、かが屋みたいに見ていて優しい気持ちになるお笑いが多い気がするんです。そう言われてどう思いますか。

せいや:別に仲良いと思ったことはなくて、普通なんですよね。仕事仲間でパートナーだから仲悪くなるほうが損というか。別に2人で遊んだりはしないですし。周りが「お前らほんま仲良いよな」「2人でようしゃべっとるな」って言うんですけど、僕らとしてはこれが普通なんですよ。もともとは友達始まりなんで、それを続けてるって感じですかね。

―他のジャンルの取材でも、今の20代を見ていると、他のグループや外の人とバチバチしている暇があるんだったら、手を組んで盛り上げていったほうがいい世の中になるんじゃないか、っていう意識を持っているんじゃないかと思って。

粗品:その考えはちょっと嫌かもしれないですね。たるんでるというか。それって、面白くないやつとも仲良くしている、ということなんで。別にそんなつもりで僕らはお笑いやっていないですし。

―手を組めるのも、ちゃんと各々の個が立ってるからだとは思います。

せいや:もちろん、認めてるから仲良いだけで。どうしようもないやつは認めないですよ。それはどの時代も一緒なんかなと思いますけどね。昔の人もギスギスしてたけど、実力を認めた人同士は仲良いし。面白い人とだけいたいって、皆思ってると思うんですよね。

―最後に、2018年に『M-1グランプリ』で優勝されて、2019年は目まぐるしいスピードで過ぎていったと思うんですが、振り返ってどんな1年でしたか?

粗品:いやー、楽しい1年でしたね。お笑いもお笑い以外もたくさんさせてもらって、経験したことないことばっかりですごかったですよ。親に自慢できて、親も自慢できるような、とても素敵な1年でした。

せいや:とにかく走りきりましたね。やっぱり『M-1』を取ったからこその1年ってあるじゃないですか。それを一生に1回だけでも味わえて幸せでしたね。ただ、走ってるときって景色は見えないじゃないですか。今年1年は景色をちゃんと楽しめなかったんで、これからはやっと歩いて景色が見えるなって思いますね。

―ゆっくり歩けるようになるこれからは、どんな活動をしていきたいですか?

せいや:まだそこを考えてられてないというか、まだ走り続けてるんで。とりあえず犯罪だけはしないでおこうと。

粗品:あんまそういうこと言わんほうがええよ。

せいや:犯罪はしないで、仕事をする。今はこの2個しか考えてないですね。来年の目標を考える暇もないので、とにかく今年を2人でダッシュし切りたいです。

プロフィール
霜降り明星 (しもふりみょうじょう)

粗品とせいやによって2013年1月に結成。2017年『第38回ABCお笑いグランプリ』優勝、2018年『第7回ytv漫才新人賞』優勝。同年、『M-1グランプリ』にて史上最年少、史上初の平成生まれで王者に輝く。粗品は2019年に『R-1ぐらんぷり』で優勝、せいやは2018年に『人志松本のすべらない話』でMVSを獲得するなど、それぞれピンでも活躍している。



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「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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