女性の生き方と宗教。保守的な世の圧力に対し、自由な生き方を追い求めるフェミニストとしての一面も垣間見せる

ここで同時に考えさせられるのが、女性の生き方と宗教との関わりについてだ。本来、聖書では女性を差別することを助長しようとはしていない。にも関わらず世の人々は、女性の選択に制限を与え、活動の範囲を縛ろうとする。そして、その根拠に宗教を利用しようとすることが少なくない。そういった欺瞞に、アストリッドはいち早く気づき、声をあげる。それは、女性の人権を主張しようとする、彼女のフェミニストとしての一面である。そして、女性であることの周囲の圧力が弱かった少女時代の自由な気持ちをいつまでも持ち続けようとする。

だが、そんな自由奔放に輝くアストリッドですら、保守的な世の中の圧力に押しつぶされていくことになる。務めた新聞社の上司と恋仲になり、未婚の母になることで、彼女は敬虔なキリスト教区の土地にいられなくなってしまう。さらに経済的な余裕もなくなってしまったことで、生まれてきた息子をデンマークの里子に出すという選択を余儀なくされてしまうのだ。

ストックホルムの出版社で自立した彼女は、まだ息子が幼い頃に呼び戻すことに成功するが、実の母親のアストリッドのもとから離れ、外国で育った息子はなかなか彼女に慣れず、不信感を持たれたまま日々を過ごすことになる。その悲しみは、本作で最も苦いものだが、どうすれば子どもの気持ちをつかめるのかと、彼女は持ち前の創造力を発揮し、心を開かせようとする。

実際にリンドグレーンは、その後に生まれた娘が風邪を引いたときに、元気いっぱいの女の子が冒険するという、創作した話を聞かせてなぐさめたという。それが「ピッピ」の原型となったのだ。本作では、この有名なエピソードは語られないが、メインで描かれる息子との関係のなかに、この感動的な出来事を集約させてあるのだ。

未婚の母となることを許されなかった彼女は、家を離れざるを得なくなってしまう。『リンドグレーン』 ©Nordisk Film Production AB / Avanti Film AB. All rights reserved.
未婚の母となることを許されなかった彼女は、家を離れざるを得なくなってしまう。『リンドグレーン』 ©Nordisk Film Production AB / Avanti Film AB. All rights reserved.
生まれた子どもを育てる環境がなかった彼女が選択したのは……。『リンドグレーン』 ©Nordisk Film Production AB / Avanti Film AB. All rights reserved.
生まれた子どもを育てる環境がなかった彼女が選択したのは……。『リンドグレーン』 ©Nordisk Film Production AB / Avanti Film AB. All rights reserved.
『リンドグレーン』 ©Nordisk Film Production AB / Avanti Film AB. All rights reserved.
『リンドグレーン』 ©Nordisk Film Production AB / Avanti Film AB. All rights reserved.

偏見を持たず、自由に幸せを追い求めたアストリッドの精神こそが、不朽の名作を生み出した

リンドグレーンの作品がいつまでも愛され続けるのは、子どもの気持ちをよく理解しているからだといわれる。それは、あらゆる苦難を乗り越えて子どもとの幸せな関係を取り戻したことや、「大人の事情」に振り回されず生きる意志が可能にしたことではないだろうか。

人間は純粋な子どものまま偏見を持たずに、あらゆるものや出来事に感動しながら生きるのが、真の正しい道なのではないのかと、本作はアリトリッドの生きる姿を通して語る。そして本作が解き明かしたのは、そのような理想や、彼女が勝ち取った幸福が、リンドグレーンの著作に本質的な影響を与えているということである。ここで描かれている哲学が、社会のなかで意味を持ち、古びずにいる限り、彼女の作品はいつまでも愛され続けていくはずだ。

映画の各所で、世界中から届く子どもたちからの手紙に笑みをこぼす彼女が映し出される。『リンドグレーン』 ©Nordisk Film Production AB / Avanti Film AB. All rights reserved.
映画の各所で、世界中から届く子どもたちからの手紙に笑みをこぼす彼女が映し出される。『リンドグレーン』 ©Nordisk Film Production AB / Avanti Film AB. All rights reserved.
『リンドグレーン』 ©Nordisk Film Production AB / Avanti Film AB. All rights reserved.
『リンドグレーン』 ©Nordisk Film Production AB / Avanti Film AB. All rights reserved.
Page 2
前へ

作品情報

『リンドグレーン』
『リンドグレーン』

2019年12月7日(土)から岩波ホールほか全国順次公開

監督:ペアニレ・フィシャー・クリステンセン
脚本:キム・フォップス・オーカソン、ペアニレ・フィシャー・クリステンセン
出演:
アルバ・アウグスト
マリア・ボネヴィー
マグヌス・クレッペル
ヘンリク・ラファエルセン
トリーネ・ディアホム
上映時間:123分
配給:ミモザフィルムズ

Category カテゴリー

Latest Articles 最新の記事

What's "Fika" ? フィーカとは

「Fika」はCINRA.NETとVOLVOが送る、北欧カルチャーマガジンです。北欧デザインの思想の基盤を「クラフトマンシップ×最先端技術」と捉え、そこに学びながら、これからのカルチャーやライフスタイルにまつわるコンテンツをお届けします。