北欧諸国の土地柄や国民性とともに、そのファッションを考察する

『ファブリックの女王』(配給:パンドラ+kinologue)

あまり明確なイメージができない「北欧ファッション」

実際に現地に足を運ばなければ、分からないことってたくさんあるもの。写真や情報だけでは見えてこない部分が数日間の滞在でも感じ取ることができるから、旅って楽しい。私がつくづくそう感じたのは、今年2月に『コペンハーゲン・ファッションウィーク』の取材で初めてデンマークを訪れた時です。インテリアや家具などのデザイン性の高さが注目されたことで、北欧ファッションも年々盛り上がりを見せており、各国からジャーナリストやバイヤーが訪れるファッション都市へと成長しています。

とはいえ、ファッション関係者でなければ「北欧ファッション」と言われてもあまり明確なイメージが湧かないかもしれません。おそらくそれは、イタリアのような職人技を駆使したデザインや、イギリスのようなパンク魂を表現した奇抜さ、フランスのような伝統的に受け継がれるエレガンスの概念といった、分かりやすい目立ったデザインが北欧ファッションにはないからかもしれません。

正直私自身も、デンマークへ行く前は北欧ファッションが何かと言語化できるほど理解できていませんでした。しかし、5日間の滞在で多くのデザイナーへの取材、街中の人々のファッションを通して、北欧ファッションにはライフスタイルや歴史に紐付いた色濃い特色があることを知れたのです。

『コペンハーゲン・ファッションウィーク』の取材で訪れたコペンハーゲンでの街並みの様子

先進的な社会福祉やムーミンなど、北欧諸国に共通する「共存」のメンタリティー

まず、北欧のメンタリティーを語る上で欠かせないのは、「共存」の概念。山々と水、美しい景色が広がる北欧諸国に暮らす人々は、いかに自然の恵みが貴重であるかを深く理解していて、人間と自然の共存を大事にしています。

ファッションにおいては、環境や社会に配慮した製造方法を行うエコファッションが北欧のいちばんの特徴。例えば、洋服に必要なコットンは、生産・収穫・保存に多量の農薬が使われる作物で、土壌にも農場で働く人間の健康にもダメージを与えてしまう有害なもの。昨今では北欧の多くのブランドが、手間と時間をかけて有機栽培で作られたオーガニックコットンや自然素材を使用する方針を取っています。深刻化する環境問題に伴い、エコファッションの考えは北欧諸国が、ヨーロッパのファッション業界をも牽引する存在です。

北欧諸国が大切にする「共存」の概念は、あらゆる側面で表れています。先進的な社会福祉の根幹にある健常者と社会的弱者との共存、男女平等が進むアイスランドには性別を超える共存、フィランドが生み出した「ムーミン」では異なる種族がそれぞれに家を持ち共存を描いています。

私はニューヨークに約5年、現在パリに約3年住んでいます。多種多様な民族が暮らすこの2都市は、人々や文化は混在するものの、「共存」とは大きく違います。競争心を持ち自己主張の強いニューヨーク、個人主義で個性を尊重するパリ。それゆえに装いも、存在感を放つ派手な装飾が好まれるニューヨークと、流行りは気にせず個々のパーソナリティーを表現するファッションが主流であるパリに、ざっくり大きく分けられます。では、「共存」のメンタリティーからくる北欧ファッションとは……? アジアの国々の特色が異なるように、北欧にも国ごとにファッションの違いがあり、ひとくくりに語るのは安易すぎるので、いくつかの国ごとにご紹介していきます。

異なるものとの融合で新しさを生み出しファッションを楽しむ、デンマーク

現在ファッション市場で最も活況な国は、若手が世界的活躍を見せるデンマーク。2000年にカシミヤ製品を扱う店としてオープンした「Ganni」や、「Dior」でデザイナーとして経験を積み2015年に自身のブランドを立ち上げた「Cecielie Bahnsen」が最も注目されるファッションブランドです。

Ganniはカジュアルとエレガンス、マスキュランとフェミニンという相反する要素を融合させ、現代女性へ向けた日常着を展開しているのに対し、Cecielie Bahnsenは繊細で上質な生地を使って彫刻的なラインを描き、アートとファッションを融合させています。

毛色は全く異なる2つのブランドですが、共通しているのは洋服が身を包む道具ではなく、異なるものとの融合によって新たなスタイルを生み出し、ファッションに遊び心を加えて楽しんでいるということ。

時に「北欧のラテン」とも表現されるデンマークは、平地が続き見晴らしが良く、隠し事ができないためにオープンな人が多いと言われます。歴史的に戦争も少なく、比較的楽観的な彼らの内面は、新しいデザインや異質なものにも寛容で、積極的にファッションを楽しむ姿勢から感じ取れます。

「CHANEL」や「Yves Saint Laurent」などは、フィンランド人が多く支えている

最もデンマークと対照的なのは、フィンランド。ロシアと隣接するフィンランドは戦争を多く経験し、ソビエト連邦からの移民も多かったために、衝突するのを避け協調性を重んじる国民性だと語られます。ファッションブランドでは「Marimekko」が代表的。さらに「Louis Vuitton」で長年経験を積んだデザイナーによる「AALTO」という若手ブランドも奮闘しています。

名の知れたブランドといえば数は多くありませんが、実は「CHANEL」や「Yves Saint Laurent」など世界のトップメゾンに従事するフィンランド人はとても多いのです。自己主張が得意ではない国民性のため、自身のブランドを立ち上げる人が少ないのかもしれません。しかし、フィンランド特有の優れた創造性やデザイン力はファッション業界で広く知られ、トップメゾンを支える不可欠な存在です。

「H&M」や「IKEA」など、デザイン性の高いものを安価に提供し大衆化させるスウェーデン

「H&M」「Acne Studios」や、家具量販店「IKEA」など聞き慣れたこれらのブランドは、スウェーデン発祥。デザインの良さはもちろんですが、スウェーデンが得意とするのは大衆化させる手法です。例えばH&Mは、最新トレンドのデザイン性が高い商品を安価に提供できるシステムを作り、多くの人にファッションを楽しむ機会を与え、業界に変革をもたらしました。

「Cheap Monday」や「Monki」など、スウェーデン生まれのファッションブランドのほとんどがマジョリティーに愛されるブランドです。デザインと価格が魅力的なIKEAも、家具業界で同じような存在と言えます。

さらに、スウェーデン人にはビジネス戦略とマーケティング力が抜きん出ていて、とにかく賢いという印象もあります。1年の大半が雪に覆われ、長く厳しい冬を生き抜くために、先のことをよく考えて計画性を持って動く彼らは、意識せずとも先見の明が養われてきたのかも。また、土地が広い割に人口が少なく、競争が厳しくないために、ビジネス的視点に優れていてもアメリカのような資本主義的ではないという特徴が見られます。

つまり、ビジネス上手であっても打算的ではなく、人間味を感じられる点こそスウェーデンブランドが愛される理由ではないでしょうか。「良い物はみんなで共有しよう」。そんな平等を目指す考えが、ブランドにも商品にも表れているように感じます。

まだまだ未知の可能性に満ちた北欧出身のデザイナーたちに、期待せずにはいられません。ぜひ、実際に足を運んであなた自身で、北欧の新たな魅力に触れてほしいと思っています。現地に足を運ばなければ、分からないことってたくさんあるものですから。

プロフィール
ELIE INOUE (えり いのうえ)

パリ在住ファッションジャーナリスト。大学卒業後、ニューヨークに渡りファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。2016年からパリに拠点を移し、各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビュー、ファッションやライフスタイルの取材、執筆を手掛ける。主な寄稿媒体はWWD Japan、ELLE Japan、Fashion Headlineなど。



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「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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