『ロード・オブ・カオス』が描く、人が特別さに憧れる危険性

ヨーロッパの中でも北端に位置し、切り立ったフィヨルドや、夜空に現れるオーロラなど、雄大な自然が広がる美しい国、ノルウェー。荘厳な雰囲気を持ち、実直で敬虔な人々が多いイメージがある。その反動なのか、そんなノルウェーは、悪魔崇拝を掲げる音楽ジャンル、「ブラックメタル」の本場でもある。

自殺、殺人、放火……。ブラックメタルを確立した代表的な存在であり、音楽以上に凶悪な事件で世界を驚かせた、ノルウェーの悪名高い実在のバンド、Mayhem(メイヘム)の物語が、事実と想像を基に、この度映画化された。本作『ロード・オブ・カオス』は、スリラー作品として見応えがあるばかりでなく、せつない青春映画としても、そして事件の実録映画としても質の高い傑作だ。

映画『ロード・オブ・カオス』予告編

マコーレー・カルキンの弟、ロリー・カルキンが、Mayhemのバンドリーダー「ユーロニモス」を演じる

主人公である、バンドリーダーでギタリストの「ユーロニモス」を演じるのは、マコーレー・カルキンの実弟ロリー・カルキン。愛らしい顔立ちながら、どこか陰があり長髪の似合うロリーは、ブラックメタルバンドの雰囲気に合っている。本作は、まずバンド結成時の若いユーロニモスたちが、ノルウェーの田舎で楽しく演奏する姿が映し出される。可愛らしいデザインの北欧の一般的な住居に住み、まるで「ごっこ遊び」のように悪魔崇拝を宣言したり、幼い妹と仲良く笑い合ったりするなど、この時代のユーロニモスを見ていると、後年、様々な事件を起こすMayhemのリーダーになる存在には、とても見えない。

『ホーム・アローン』シリーズのマコーレー・カルキンの実の弟、ロリー・カルキン ©2018 Fox Vice Films Holdings, LLC and VICE Media LLC

そんなバンドに、新しくボーカルの「デッド(Dead)」が加入したことで、Mayhemは話題を集め始める。彼を演じるのは、俳優ヴァル・キルマーの息子ジャック・キルマーだ。デッドは精神的に問題があり、刃物で自分の体に傷をつけるという自傷行為を繰り返していた。デッド加入後のライブでは、曲の途中でデッドがナイフを出して自分の腕を切りつけて血を流し、さらには豚の生首を客に投げるというパフォーマンスを行い、観客の間でも「Mayhemは本当にやばい」という評判が広まっていった。本作では、メンバーたちがファストフード店で打ち上げをしているときに、デッドだけ血が足りずに青ざめた顔で一人震えている姿が、不謹慎ながらユーモラスに描かれている。

©2018 Fox Vice Films Holdings, LLC and VICE Media LLC

常識人であるユーロニモスの「異常」への憧れ。ボーカルの自殺から始まる転換点

そんなMayhemが、さらなる転換を迎えることになる。デッドがついに自殺してしまったのだ。自室で体を深く切りつけ、ライフルで頭を吹っ飛ばし、ベッドに倒れ込んだ。その現場を最初に発見したユーロニモスは慌てふためくが、次第に冷静さを取り戻した彼は、脳をぶちまけているデッドの自殺の現場を写真に撮ることを思いつく。信じ難いことに、その写真はMayhemのアルバムジャケットに使われることになり、バンドメンバーは散らばったデッドの頭蓋骨から作られたネックレスを首にかけて曲を演奏したという。

©2018 Fox Vice Films Holdings, LLC and VICE Media LLC

ユーロニモスは、友人の自殺という凄惨な出来事を、バンドの伝説として利用することによって、音楽業界での地位を高めていった。このように、あえて不道徳な行為によって、音楽自体とは関係のないところで特別な存在となろうとする態度が見られる場合がある。

たとえば、アメリカのギャングスタラッパーがその一つだ。犯罪行為をリリック(歌詞)に乗せることで、ハングリーな「ワル」を強調するラッパーの中には、実際には裕福な境遇にある優等生や、内向的な人物もいる。だからこそ、そうしたフィクションでの「ワル」と比べ、実際に犯罪歴があったり、新たになんらかのスキャンダルを起こしたりすることが、ある種のカリスマ性や、アーティストとしての価値を高める働きをすることがある。

本作では、歌詞に常軌を逸した背徳的な言葉を書きながら、実際には常識人であることを、「ポーザー(格好だけの奴)」と表現している。ユーロニモスは、そんな「口だけの」ポーザーとして活動している人物として描かれるからこそ、彼の目の前に現れた、本当に異常な存在で、自殺に至ってしまうデッドが眩しい憧れとして表現される。死体の写真を撮ったり、頭蓋骨のネックレスを作ったりする行為は、デッドに少しでも近づきたいという気持ちの表れでもある。

©2018 Fox Vice Films Holdings, LLC and VICE Media LLC

エスカレートしていく犯罪行為。リーダーとして逃げられない状況になり、恐れを抱く

類は友を呼ぶ……。そんな伝説を持って、首都オスロに活動拠点を移したユーロニモスのもとに、新しい仲間、ヴァーグ(エモリー・コーエン)が現れる。彼はユーロニモスに憧れ、キリスト教が自分たちを堕落させているという主張を鵜呑みにして、教会に放火するという事件を起こしてしまう。もちろん、これは重罪であり、自分たちを破滅へと導く愚行である。だが、悪びれないヴァーグに対して、ユーロニモスは文句を言うことができない。教会を燃やすという背徳的な行為は、ユーロニモスの普段の主張に100%沿ったものであり、仲間内での体面を保つためにも、自分自身の気持ちの上でも、「ポーザー」であることを認めたくないという気持ちがあるためだ。

そうこうしているうちに、バンドのメンバーたちは連続放火や、さらなる凶悪事件を起こし、一連の犯行はテロ行為として連日テレビで報道されるような、重大な事態に発展。もはや制御不能となったメンバーたちに、ユーロニモスは内心恐れを抱きながら、「……よくやったぞ!」と声をかけることしかできなくなっていく。そんな彼の消極的な態度を見て、ヴァーグは露骨に軽蔑の眼差しを向け始める。本作は、実際の凶悪犯罪を描きながらも、バンドの中でのユーロニモスの気苦労や、リーダーとしての逃げられない立場を、コメディータッチに表現しているところがある。

©2018 Fox Vice Films Holdings, LLC and VICE Media LLC

その一方で、ノルウェーの教会を燃やすシーンの前後には、荘厳な雰囲気が漂い、いかにもブラックメタルのテイストといった映像が見られる。本作の監督ジョナス・アカーランドも、ブラックメタルバンド、Bathory(バソリー)のドラマーだった人物であり、数々のミュージックビデオを手がけている映像作家だ。だからこそ、ブラックメタルのテイストを正確に表現したり、バンドメンバーの感情を、不必要におどろおどろしく描いたりすることなく、ユーモアを含ませて「現実的に」表現することができるのだろう。

カルト集団や、ネット上の陰謀論者と共通する面も

とはいえ、ヴァーグたちがやっていることは、許されない犯罪であることには変わりがない。かつて日本のカルト宗教団体「オウム真理教」が、弁護士一家を惨殺したり、化学兵器を開発したりして無差別テロ事件を起こした経緯と、このMayhemの一連の事件は重なっていると思える点が少なくない。初めはヨガ教室としてスタートし、サブカルチャーの文脈でユニークな教義が紹介されていた団体が、次第に先鋭化していき、殺人まで犯すような危険な存在にまでなってしまったのだ。

このカルト性は、近年インターネットでその数を増やした、アメリカや日本の陰謀論者などにも共通する部分がある。その意味において、カルト集団の先鋭化の過程を一連の流れで表現した本作は、非常に見応えがある。

そして、本作はユーロニモスという人物の辿った人生や、多くの人々には体験し得ない恐怖や葛藤を、一つの青春として描いているところもある。劇中ではMayhemの曲も多く流れるが、その合間に流れる劇伴を担当しているのが、北欧のアンビエントを含んだポストロックの音響世界が多くの支持を呼んだ、Sigur Rósである。この抒情的で内面的な曲調が、この作品に個人的な感覚を漂わせることに、大きく寄与している。

Sigur Rósの楽曲を聴く(Apple Musicはこちら

「特別な存在」になるための逸脱。自身のアイデンティティを確立するための真理と言えるのかもしれない

Mayhemのメンバーたちにとって、自分を自分以上の存在に引き上げる行為は、異常な行動や犯罪への加担だった。もちろんそれらは、法律に反する限り社会的に許されないことだが、誰もが避けることだからこそ、そこに特別な意味合いが生まれてしまうことも確かである。自分の能力や資質以上に特別な存在として世に名を残そうと過激な行為に身を投じることが一つの手段となってしまう……。

だが、Mayhemたちの行為と異なり、それが法律にも倫理にも反さないことであれば、一つのものに「のめり込む」こと自体は、自分を特別な位置に引き上げる有効な手段となり得る。誰かの真似や、ごっこ遊びのようなものから始まったとしても、「本格」に至ることができる。そのためには、誰も入り込んでいかない領域にまで侵入しなければならないという考え方もまた、真理の一つではないだろうか。本作は、凶悪な事件や個人の葛藤を、痛みとともに克明に表現しながら、多くの人々の人生の課題にも重なる、重要なテーマを描いていたのである。

作品情報
『ロード・オブ・カオス』

2021年3月26日(金)からシネマート新宿、シネマート心斎橋ほかで公開

監督・脚本:ジョナス・アカーランド
脚本:デニース・マグナソン
原作:マイケル・モイニハン、ディードリック・ソーデリンド『ロード・オブ・カオス ブラック・メタルの血塗られた歴史』
音楽:Sigur Rós
出演:
ロリー・カルキン
エモリー・コーエン
ジャック・キルマー
スカイ・フェレイラ
ヴォルター・スカルスガルド
上映時間:117分
配給・宣伝:AMGエンタテインメント、SPACE SHOWER FILMS

書籍情報
『ロード・オブ・カオス ブラック・メタルの血塗られた歴史』

2021年3月24日(水)発売
著者:マイケル・モイニハン、ディーデリック・ソーデリンド
訳者:島田陽子
価格:3,850円(税込)
発行:ele-king books / Pヴァイン



フィードバック 3

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

  • HOME
  • Movie,Drama
  • 『ロード・オブ・カオス』が描く、人が特別さに憧れる危険性
About

「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。