The UndertonesやThe Outcastsなど、良質なロックバンドを数多く輩出してきた北アイルランドのレーベル「グッド・ヴァイブレーションズ」。その創始者である「ベルファストパンクのゴッドファーザー」ことテリー・フーリーの半生を描いた映画『グッド・ヴァイブレーションズ』が8月3日に公開される。
北アイルランドの片田舎ベルファストでレコード店を営むテリーは、とあるきっかけでパンクロックに目覚め、店名を掲げた自主レーベルを立ち上げる。北アイルランド紛争の真っ只中である1970年代、周囲の偏見や政治思想に翻弄されながらも、自分が惚れ込んだもの、信じたものを世に広めるため全てを投げ打つ彼の姿は、一度でもなにかに夢中になったことがある人ならきっと心動かされずにはいられないだろう。
そんな作品にインスピレーションを受け、映画と同名の楽曲を作ったのは、昨年アルバム『GRRRLISM』でメジャーデビューを果たしたラッパー、あっこゴリラ。誰かが決めた「女の子らしさ」「男の子らしさ」から解放され、自分だけのスタンダードを取り戻すことの大切さを高らかに歌う彼女は、この映画になにを感じ、楽曲“GOOD VIBRATIONS × GEN(from 04 Limited Sazabys)”にどんな思いを込めたのだろうか。
主人公のおじさんが、いい歳こいてパンクにブチ食らうシーンは泣けるというか。自分の体験と重ねて「そういうことだよな」って思えたんです。
―あっこさんが、この映画『グッド・ヴァイブレーションズ』に出会ったのはどんなきっかけだったのですか?
あっこ:私、音楽でも映画でも自分で積極的に掘るだけじゃなくて、信頼している友人やファンの子たちから教えてもらったり、彼らがSNSなんかで呟いていたりしていることを「え、なにそれ?」ってメモって、そこから派生して広がっていくことも多いんです。この映画も、私のファンでいてくれている岡(俊彦)くんが字幕を担当していて。彼から教えてもらったのがきっかけだったんですよ。
―この映画は、北アイルランドでレコード店を営む主人公テリー・フーリーがパンクに出会い、衝撃を受けて自分でレーベルを立ち上げる実話がベースになっていますけど、あっこさん自身は「パンク」ってどんなイメージですか?
あっこ:正直言うと、今まではそんなにピンとこなかったんです。自分自身が割とヌルい環境で育ってきたので、震災を経験するまでは社会問題にしても政治のことについても、そんなに真剣に考えてこなくて。そうするとThe Clashとか聴いてもよさが全然わからず「プログレの方が楽しいわ」って思ってた(笑)。
―特に初期パンクは音楽性もシンプルだし、そこで歌われているメッセージ性に共感できないと退屈に感じてしまったということですかね。
あっこ:でも、ヒップホップに目覚めたときに「あ、パンクってそういうことか!」って繋がった。ヒップホップも色んな側面があるけど、例えばPublic Enemyの“Fight The Power”のような、ポリスに対して「Fuck!!」と叫ぶ姿勢だったり。
言いたくても言えなかったことを、声に出して叫ぶそのアティチュードに共鳴したから、この映画で主人公のおじさんが、いい歳こいてパンクにブチ食らうシーンは結構泣けるというか。自分の体験と重ねて「そういうことだよな」って思えたんです。
Public Enemy“Fight The Power”を聴く(Apple Musicはこちら)「私はイケてる彼と付き合っている」みたいな感じでマウント取ってくる子とか、「マジしっかりしろよ」って猪木ビンタ喰らわせたくなる。
―昨年リリースされたメジャー1stアルバム『GRRRLISM』には、この映画に触発されて作った楽曲“GOOD VIBRATIONS × GEN(from 04 Limited Sazabys)”が収録されているんですよね?
あっこ:はい。<どんな時でもわたしのままでいいの>と、自分自身でいることの大切さを歌っています。自分に自信がなさ過ぎて、着ていく服が決められなくて「もう無理」と思って泣いたとか、嫌なことがあったときにご飯をめっちゃ食べて思考停止させて、「やべえ、明日こそしっかりしなきゃ」って思うんだけど、次の日も同じことの繰り返しになっちゃうとか、友人からそういう話を聞いて「すごい、わかる」ってなって。
私も自分のことがすごく嫌いで、「この服でいいのかな」「こんな音楽やってていいのかな」ってどんどん負のループに落ちていくことがよくあったので、そんな自分に刺さるような曲にしたいと思いながら書きました。なので、結果的に映画とは全く関係ない内容になっちゃったんですけど(笑)。
『GRRRLISM』収録“GOOD VIBRATIONS × GEN(from 04 Limited Sazabys)”を聴く(Apple Musicはこちら)
―映画はあくまでも最初のインスピレーション元であり、そこからどんどんイメージを広げながら作ったということですよね。個人的には、<イケてる彼と付き合えたから持てた自信なんて / 自己愛の延長でしょ>というラインがすごく印象的で。
あっこ:ここは、大好きな山崎ナオコーラさんの『私の中の男の子』という本の一節からインスパイアされました。私、生理が遅すぎて自分のことを「女じゃない」と思っていた時期があって、小説を書いていたときにも男のペンネームを使っていたんですよ。「水疱瘡太郎」っていうんですけど(笑)。
でも、そんな自分ってダサいって思っちゃったの。「女である自分を受け入れなきゃ」って思い込んで、それで水商売をやってみるとか、モヤモヤを消すためにたくさん行動してみた果てで、そこを埋めてくれたのが、ナオコーラさんだったんです。
あっこ:でも本当に、「私はイケてる彼と付き合っている」「私にはスペックの高い旦那がいる」みたいな感じでマウント取ってくる子とか、「マジしっかりしろよ」って猪木ビンタ喰らわせたくなる。
―(笑)。他者を拠りどころにした自己肯定って、その他者から否定された瞬間に崩壊してしまうから危ういですよね。自分への自信は自分を拠りどころにしておきたい。それは男性も一緒で、例えば車やカードのランク、年収などを拠りどころにした自信を、定年退職と同時に失ってしまう人はとても多いと聞きます。定年後の自殺率が高いのは、そこに大きな理由がありそうな気がするんですよ。
あっこ:いやあ、男も大変だと思う。でもさ、大事なのはそこじゃないんだよね、もっと頭使って考えないと。自戒も込めて。バシッとしないと!
自分の中に溜まっていたモヤモヤを吐き出すことも、ラップだったら肯定されるカルチャーに救われたんですよね。
―以前のインタビューであっこさんは、「ラップは自分を取り戻すための治療」とおっしゃっていました(「人生最大の勝負は何だった? 山田佳奈×増子直純×あっこゴリラ」)。自分を取り戻す、リセットするという意味では、あっこさんにとってラップは猪木ビンタくらいの衝撃があったのかなと。
あっこ:私は不良でもなければ学級委員でもない、喋るし明るいけど、コミュニケーションスキルが高いかといえば、そうでもない。中途半端な自分が大嫌いで、「どうにか変わりたい!」と思いながら、負のループからずっと抜け出せない、そんな10代を過ごしていたんです。
―ええ。
あっこ:ラップを始める前にHAPPY BIRTHDAYというバンドを組んで、ドラムを叩いているときだけは、そんな自意識を忘れられる気がしていたんです。でも、日常では自信もなくて、自分をいつも蔑んで、思考停止して、ヘラヘラして、そうやって居場所を探している自分が、嫌になっちゃった。
―バンドをやっていても「自分嫌い」の状態はずっと続いていたんですね。
あっこ:しばらくそんな感じだったけど、あるときボーカルが喉を壊してバンド活動がストップしてしまったんです。それで、暇だからラップを始めてみたら「あれ?こんな自分いたの?楽しい!」ってなって。
自分の中に溜まっていたモヤモヤを吐き出すことも、ラップだったら肯定されるカルチャーに救われたんですよね。中途半端で劣等感の塊だった自分が、「でもさ」って言える場所を見つけたんです。そこからの1年くらいはカウンセリングのようでした。
あっこ:でも、初期は自分のことを全てさらけ出すほどの勇気はまだ全然なくて。結局のところ「自分嫌い」は治ってなかったわけです。それを隠してラップでメンタル武装しているわけだから、歌詞もバナナの値段とかゴリラの生態とかだし(笑)。「それを汗だくでラップしてる自分はなんなんだ?」みたいな。
―ラップでもまだ自分を表現しきれていないと感じていたのですね。
あっこ:そんな自意識にカタをつけて、ちゃんと丸裸の作品を出さなきゃマズいと思って。本当の意味で吐き出さないと、このまま一生苦しむ。早いとこ「解脱」しなければと思いながら作った前作『GREEN QUEEN』で、ようやくその入り口までたどり着いて、『GRRRLISM』のときには、「よっしゃ出すぞおーー!!」って気合いたっぷりで臨んだんです。
ただ、今振り返ってみると「まだまだやな」って思いますね。「解脱への道」はまだ遠い……(笑)。
全てを一度失って、そこからなにかを初めて七転八倒したことのある人は、どこかで自信を持てるんです。
―おっしゃる意味はよくわかります。『GRRRLISM』を出して、少しは状況が変わりましたか?
あっこ:自分のなかでは大きく変わりましたし、まだまだ全然変わってないなとも思います。
―聴いた人の反応も、自分を出すようになってから変わってきていますか?
あっこ:よくも悪くも聴いてくれた人の人生を変えてしまうことがあります。今の自分を鼓舞したり、昔の自分を叱咤激励したりするつもりで書いたリリックなのに、「え、私を否定してるんですか?」と言われることもあるし。かと思えば私のライブを観て「これからは自分の人生を生きる!」と感謝してもらうこともある。切実な言葉は切実に響くんだなと思い知らされています。
―でも、自分が変わることが、周りの人の人生を変えることは往々にしてありますよね。映画『グッド・ヴァイブレーションズ』の中でも主人公テリーがパンクに出会って人生が大きく変わり、それによって周りの人たちの人生も変えていくじゃないですか。
あっこ:そうなんですよ。あんなおじさんがそばにいたらある意味最高ですよね。ただ、フェミニズム的な視点でいくと妻になるのはキツイな……映画でも途中で家を出て行っちゃったしな。自分がもしああいうクズい男を好きになったら、別居婚ぐらいのスタンスを選ぶかな。
―(笑)。主人公は逆境の中、自分のやりたいことを貫き通していくわけですが、あっこさんもその気持ちは分かりますか?
あっこ:分かります。私も自分のやりたい音楽に専念したくて、バイトは一切せずに物販だけで生活していた時期があって。そうなるとプライベートは疎かにしがちだし、周りにはたくさん迷惑かけたと思う。
私もクズだからこそ主人公に対して「わかるよ!」って思う部分もあるし(笑)、同じクズだからこそ見ていてイラ付く部分もある。ジャケット手刷りして、道ゆく人に配ろうとしても誰も受け取ってくれない、それで「この街には誰も分かるやついねえのかよ!」ってなる気持ちとかは痛いほどよく分かりますね。
―あっこさんはそういう生活を続けていたとき、焦りや不安などありませんでしたか?
あっこ:もちろんありました。以前はそういう不安が嫌だったのだけど、今は「不安」がないとダメだなと思うようになりましたね。自分を否定するような不安はよくないけど、自分を盛り上げるための「不安」や「焦り」は必要だと思っているんですよね。それをガソリンにすればいいって。
―なるほど!
あっこ:それともうひとつ、「私バイブスやばいからマジどうとでも生きていける」と楽観的に考えているんですよ(笑)。なぜなら私は、「ゼロイチ」の経験をしている。全てを一度失って、そこからなにかを初めて七転八倒したことのある人は、どこかで自信を持てるんです。
友達もいるし、面白いアイデアさえ見つけたら、なんだってできる。今ならYouTuberとかさ。私はラップがやりたくてやっているけど、これって年を取れば取るほど面白いって思っちゃっているんですよね。『フジロック』に「80歳の女性ラッパー」とか出てきたら最高じゃないですか?
あっこゴリラが読者のお悩みに答えるインタビュー記事はこちらから。
「あっこゴリラのお悩み相談室 人生、恋愛、迷える人へ全力エール」
- 作品情報
-
- 『グッド・ヴァイブレーションズ』
-
2019年8月3日(土)から新宿シネマカリテほか全国公開
監督:リサ・バロス・ディーサ、グレン・レイバーン
出演:
リチャード・ドーマー
ジョディ・ウィッテカー
マイケル・コーガン
リーアム・カニンガム
カール・ジョンソン
エイドリアン・ダンバー
ディラン・モラン
配給:SPACE SHOWER FILMS
© Canderblinks(Vibes)Limited / Treasure Entertainment Limited 2012
- 出演情報
-
- J-WAVE
『SONAR MUSIC』 -
毎週月曜日~木曜日21:00~24:00放送
- J-WAVE
- イベント情報
-
- 『Flying Flags Vol.6』
-
2019年8月3日(土)
会場:仙台darwin
出演:
あっこゴリラ
Dos Monos
GAGLE
踊Foot Works(Minimal Live Set)
-
- 『SWEET LOVE SHOWER』
-
2019年8月30日(金)~9月1日(日)
会場:山梨県 山中湖交流プラザ きらら
-
- 『OTODAMA'18-'19~音泉魂~』
-
2019年9月7日(土)、9月8日(日)
会場:大阪・泉大津フェニックス
- プロフィール
-
- あっこゴリラ
-
ドラマーとしてメジャーデビューを果たし、バンド解散後、ラッパーとしてゼロから下積みを重ねる。2017年には、日本初のフィメール(女性)のみのMCバトル「CINDERELLA MCBATTLE」で優勝。その後、さまざまなアーティストとのコラボレーションも行う中、同年末、向井太一とのコラボ曲「ゲリラ」がSpotifyのCMに起用される。野生のゴリラに会いにルワンダへと旅をした模様を収めた「Back to the Jungle」、永原真夏と共にベトナムで撮影された「ウルトラジェンダー」、そして2018年に"再"メジャーデビューを飾り、台湾で撮影を敢行した「余裕」など、国内に限らず海外で制作したMVも話題に。さらに、同年12月1stフルアルバム「GRRRLISM」をリリース。女性の無駄毛をテーマにした「エビバディBO」、年齢をテーマにした「グランマ」など、世の中の"普通"を揺るがす楽曲を発表。その他、クリエイターを巻き込んでのGRRRLISM ZINEの発表や、2019年4月からJ-WAVE「SONAR MUSIC」でメインナビゲーターとして様々な発信をするなど、性別・国籍・年齢・業界の壁を超えた表現活動をしている。ちなみにゴリラの由来はノリ。