日本が誇るキャラクター産業の雄といえば、泣く子も顔をほころばすハローキティを生み出した、サンリオ。最近では2.5次元ミュージカルなど、キャラクター好きの日本人にとっても斜め上の発想で、次々と新戦略を打ち出している。
そんなサンリオと、キャラクターを生み出すもう1人の天才をぶつけてみよう、というのが今回の主旨。「マイブーム」や「ゆるキャラ」など、独自の視点と発想でカルチャー界に旋風を巻き起こしてきたみうらじゅんは、サンリオにどんな思いを抱いているのだろうか? 聞くところによると、かつてみうらはサンリオに入社する夢を抱いていたとも聞く。
みうらと、サンリオでシナモロール、ぐでたまといったメガヒットキャラを手がけた奥村心雪、Amyを迎え、日本のキャラクター文化のこれまでと最先端について考える。
サンリオの面接官に、「牛グッズを出したい」と答えたら「それは自分でやってください」と言われてしまい。(みうら)
―みうらさんが、就職活動で入社試験を受けた数少ない会社のひとつがサンリオだそうですね。
みうら:数少ない、というより2つだけです。もう1つは『ミュージック・ライフ』って雑誌を作っていたシンコーミュージックです。
美大(武蔵野美術大学)で一応、グラフィックデザインを勉強したんだけど、デザインってものがそもそも好きじゃなくて(笑)。フリーハンドでゆるっと描くのが好きで、学校で教えてもらう製図とか、既存の商品パッケージをデザインしてみよう、みたいな課題が大の苦手でした。授業もほとんど出てなかったですし(笑)。でも「キャラクター」は好きで、「キャラクター+デザイン」っていう概念があることに驚いたんですよ。それがサンリオに興味を持った最初です。
サンリオの会社説明会のとき、社内にある小さなキノコの家でデザイナーたちが仕事してる写真が紹介されていたんですよね。「これはヤバいぞ!」と興奮したのを覚えています(笑)。
奥村:たしかに昔の写真を見るとありますね。いまはなくなってしまいましたが……。
みうら:残念だなあ(笑)。
ところが、面接のほかにマークシート式の筆記試験があって、ビビりました。そんなものあるなんて思ってもみないから、まったくわからないわけですよ。それでやったのが、マークシートを無理矢理つないでキティちゃんの顔にしちゃうこと。ぐっちゃぐちゃな顔だったんですけど、面白い人だと思われるんじゃないかと思ったんですけどね。まあ、落ちますよね、そりゃ(笑)。
奥村:(苦笑)。面接では「牛のキャラクターを作りたい」とおっしゃったんですよね?
「シナモロール」©'01, '19 SANRIO 著作(株)サンリオ
みうら:そうなんです。面接官の方に「弊社で希望することは?」と質問されたので、「牛グッズを出したい」と答えました。そうしたら「それは自分でやってください」と言われてしまい(笑)。
でも、よくよく考えると、いいことを言っていただいたんです。そうか、自分でやればいいんだと。その一言が、僕の「ひとり電通」への道の始まりでした。あれを言われてなかったら、今、何をしていたか想像もつきませんので。
―みうらさんの転機ですね。『プロジェクトX』的な。
みうら:ですね。まあ僕がサンリオに入れるわけないですよ、そもそも。僕が好きなフリーハンドと、じつはものすごくきちっとデザインされたキャラクターってまったく違うものですからね。だからこそ、最近のサンリオが「ぐでたま」に代表されるゆるいキャラを出し始められたのは、すごく気になってます。
「ぐでたま」©'13, '19 SANRIO S/D・G 著作(株)サンリオ
ぐでたまの、あのぐで~っとした感じは、きちっとしたデザインの発想からは出てこないと思っていたんですよ。(みうら)
―奥村さんとAmyさんがサンリオに入ろうと思ったきっかけはなんだったんでしょうか?
奥村:私もみうらさんと同じく、キャラクターが好きだったからです。リトルツインスターズ(キキ&ララ)が大好きで。
「キキ&ララ(リトルツインスターズ)」©'76,'19 SANRIO 著作(株)サンリオ
みうら:キキ&ララの世代ですかぁ。Amyさんは?
Amy:サンリオに限らずキャラクター全般がすごく好きで、グッズになってるとついつい買っちゃうタイプだったので、キャラクターに携われる仕事に就きたいなと。
みうら:Amyさんはぐでたまの生みの親じゃないですか。あのぐで~っとした感じは、きちっとしたデザインの発想からは出てこないものだと思っていたんですが。
Amy:たしかにそうですね。きれいなデザインはぜんぜん得意ではなかったです。
あの……話の途中なんですけど、私顔出しNGで……(そう言っておもむろに紙袋からにわとりのマスクを取り出す)。これをつけてもいいでしょうか……?
みうら:(絶句)……かぶってたほうがNGっぽいっスね(笑)。
Amy:ぐでたまを好きな人の夢を壊しちゃうかなって。
みうら:いやいや、壊さないでしょう。こんなにかわいい人なんだから。これからも覆面デザイナーとしてやっていくんですか?
Amy:はい。
僕のキャラとサンリオの間には不思議な相関関係があるんです。(みうら)
―サンリオでは、どういう風にキャラクターを作っていくのでしょうか?
奥村:基本は社内や部内でコンペがあって、そこから採用されます。ぐでたまのときは「食べキャラ総選挙」という、その名のとおり、食べ物のキャラを作って、一般投票していただいてデビューさせようという企画があったんです。社内のコンペで残った20くらいのキャラクターが候補になって。それで1位だったのがKIRIMIちゃん.、2位がぐでたまでした。
「KIRIMIちゃん.」©'13,'19 SANRIO 著作(株)サンリオ
みうら:KIRIMIちゃん.は、かなりヤバいですよね(笑)。なにしろ、鮭の切り身ですもんね。「近頃のサンリオは攻めてるな!」って驚いたもんです。でも、なんとなくその予兆も感じてましたよ。
ご当地キティが一気に登場した時期があったじゃないですか。静岡だったと思うんだけど、「アジの開き」になったキティが現れて「そんな開きキャラまでできるのか、すごいな!」と。でも、ご当地キティとご当地加藤茶グッズの登場で、僕がずっと集めていた「いやげもの」(贈られた相手がいやがるような愛すべき20世紀の土産物のこと。みうらじゅん命名)が払拭されて、ちょっと困ったんですよ(笑)。
「アジの開きキティ」©'76,'19 SANRIO CO., LTD. 著作(株)サンリオ
奥村:ああ、棚を奪ってしまって……。
みうら:逆に言えば、その脅威に抵抗するために「ゆるキャラ」をさらに推したところがあるんです。
―調べると、ご当地キティの最初が1998年、北海道限定の「ラベンダーキティ」ですね。みうらさんがゆるキャラ関連の活動を始めるのが2000年ですから、時期的にもたしかに一致しています。
みうら:キティちゃんの進撃で、もとから地方でひっそりと生きてきたゆるキャラたちが押されていったんじゃないですかね。それもあって、東京ドームでゆるキャラが総登場するイベントをやったり(『みうらじゅん in 東京ドーム 郷土愛<LOVE> 2004』)したんです。でも、僕の作ったキャラとサンリオの間には不思議な相関関係があるんです。入社試験で牛グッズの話をしたあとに、サンリオは牛キャラを出しているでしょ? 実際に。
奥村:「ウシ」でしょうか(笑)。
「ウシ」©'84, '19 SANRIO 著作(株)サンリオ
みうら:それから、僕が『ハニーに首ったけ』(1986年 / 河出書房新社)っていう埴輪の漫画を描いた後に、サンリオも埴輪のキャラを出しておられる。そう考えると、「けろけろけろっぴ」は、僕が作ったカエルキャラの「ホワッツマイケル富岡」を意識してる気がしてならない。これはサンリオがリサーチしているな、とこの時期に思ったんですが(笑)。
「けろけろけろっぴ」©'88,'19 SANRIO 著作(株)サンリオ
―リサーチされてる(笑)。
みうら:うん。少し、ノイローゼでね(笑)。だからその次に、「みなちんこハッチ」っていう、ちんちんのキャラを描いたんです。「さすがにこれはマネしないだろう!」という意思を込めて。そしたら……これはマネされなかった(笑)。
一同:(爆笑)
みうら:でも「みなちんこ」の頃にサンリオからは「みんなのたあ坊」が登場してますからね。って、関係ないですよね(笑)。
「みんなのたあ坊」©'84,'19 SANRIO 著作(株)サンリオ
私たちも、ゆるキャラは確実に意識してました。(奥村)
―みうらさんの妄言(?)に対して、サンリオのお2人はどのような言い分がありますか?
奥村:私たちも、ゆるキャラは確実に意識してました。ぐでたまが登場した前後くらいに社内でしきりに言われていたのは「とにかく面白いキャラを作れ!」でした。
みうら:やっぱ、それまでのサンリオはかわいい路線のみでしたもんね。
奥村:はい。ゆるキャラブームがあって、ふなっしーのようにけっこう無茶するキャラクターの人気が高まったけれど、サンリオのキャラクターにはそういうイメージが全然ない。だからこそ、サンリオっぽくないものを作ろう、という意識は会社全体が共有していました。そのなかで生まれたのが、KIRIMIちゃん.とぐでたまです。
―奥村さんは「ザ・サンリオ」的なシナモロールをデザインされたわけですから、Amyさんのぐでたまはかなり衝撃だったのではないでしょうか?
奥村:「自分には作れないな」って思いました。もちろん、面白そうなものを作れそうなデザイナーを採用しようとして、出会ったのがAmyだったわけですが。
―ぐでたまはどんなアイデアから生まれたんですか?
Amy:生まれたきっかけとしては……。家でキャラクターを考えているときに、卵かけごはんを見ていて「やる気ないのに、かわいいな」と思って。
みうら:えっ、卵のどこが、やる気ないんですか?(笑)。
Amy:卵って、美味しくて、調理法もいろいろあって、栄養もあるのに、ご飯の上でだらっとしててやる気を感じないじゃないですか。その、がんばってない姿が、ゆとり世代とかさとり世代とか、ポテンシャルはすごくあるのに就活とかにがんばらずに引きこもっている若者に似ているなって。
みうら:うーん深いですね(笑)。卵を見てそんなことを考えていたとは(笑)。ぐでたまって、あの「だりぃ~」みたいな話し方も流行りましたよね。あの喋り方を保育園や小学校で子どもたちが真似して、ちょっとPTAでは問題になってました(笑)。
Amy:わー、申し訳ないです……!
みうら:でも、喋りもセットのキャラ、っていうのはサンリオは初でしょ?
奥村:みうらさんがおっしゃるとおりで、ぐでたまは最初からセリフとセットのキャラだったんです。ブレイクのきっかけのひとつがLINEスタンプで、絵が面白いだけじゃなくて、ついつい自分も言いたくなるセリフがあったから流行ったんじゃないかと思っています。
みうら:つまり、ネット登場以降のキャラですよね。同じ頃、ゆるキャラもネットを使ってみんなと通信するようになりました。東京タワーのノッポンもけっこうな毒舌で話題になってましたし。そういう時代の風潮があったんですね。
キャラクターの設定や世界観を考えるのは、作ったデザイナー本人が基本です。(奥村)
―キャラクターにも時代性が必要なのですね。キャラクターを生み出す時、デザイナー自身が設定まで考えているのですか?
奥村:いまは、新しいキャラクターのデビューがグッズだけだとなかなか広まっていかないんです。だから最近はアニメやゲームでデビューして、そこからグッズが派生していくという考え方が主流になっています。
そのぐらい大きな規模の仕事になると、いろんな部署の人たちで相談することも増えましたが、それでもキャラクターの設定や世界観を考えるのは、作ったデザイナー本人が基本です。担当者が愛情を持って、ある程度のところまでは育てるのが社内の伝統ですね。
みうら:その思い入れが大事なんだと思いますね。キャラクターが好きな人ってサンリオに限らず、全部のキャラクターが好きな人はほとんどいないんじゃないですかね。シナモンちゃん(シナモロール)が好きな人はずーっとシナモンちゃん。そのタイプの人は、ぐでたまには気持ちは向かない。
奥村&Amy:(何度も頷く2人)
Amy:タイプでわかれるんですよね。
みうら:色もありますよね。シナモンちゃんはシャーベットトーンで、ぐでたまはパキっとした黄色。小さい子にとって色ってすごく大きいですからね。一生それが好きな色合いとなることがありますもんね。
―みうらさんが、これからのサンリオに期待することってなんでしょう?
みうら:こないだ京都に帰省したとき、八つ橋風のキャラを見たんですが、柔らかいソフビ製で、ぎゅっと押すと中身のアンコがにゅっと飛び出すやつだったんですよ。この「ぎゅっとするとにゅっと出る」系のは、いまけっこうブームじゃないですか。サンリオさんもそろそろ、ぎゅっと押すとキティちゃんの目玉が飛び出るとか?(笑)。
あと、これはサンリオさんだけじゃないけど、やたら安全玩具にこだわるじゃないですか。昔は地方のお土産でも、刺さりそうなナイフのおもちゃとかゴムヘビとかやたら売ってましたけどね。
―ありましたね。修学旅行で思わず買いたくなっちゃうやつ。木刀とか。
みうら:キティちゃんの木刀はどうですか? 握るところにサンリオのキャラの焼印が押されてるやつ。きっと最近の修学旅行界では、もはや木刀も下火になってるけど、キティちゃんの木刀あったら再燃しそうな気がします(笑)。
作った人の意図から外れて理解されたときに、ブームは爆発するんです。(みうら)
みうら:ところで、Amyさんが最初に好きになったキャラって何ですか?
Amy:映画『バンビ』に出てくるうさぎです。
みうら:やっぱ、サブキャラ好きなんですね。メインの王道的なキャラが好きな人は、あえてサンリオには入らないんじゃないかなぁ。Amyさんたちって、これまで存在しないキャラを作りたい人たちですもんね。
Amy:言われてみると、ほとんどメインを追ってないですね。
―いつかメインストリームのキャラを作ってやるぞ! みたいな野望は?
Amy:ぜんぜんないです(笑)。
みうら:キャラクターを作る情熱にも通じる話だけれど、どこかに誤解が生まれないとブームって起こらないんですよね。「これは現代を風刺してるんじゃないか」とか頭のよさ気な人たちが言い始めると、作った人の意図から外れて理解され、ブームは爆発するもんです。
奥村:作るときって本当に何も考えてないから、それはわかる気がします。
Amy:私の場合は、授業中に描いた先生の似顔絵を隣の友だちに見せる感覚でやってきたって感じです。なんて人をバカにした仕事のやり方をしているんだろうって(笑)。
みうら:そこがいいんじゃない! と、僕は思いますけどね。初期のクラシックなゆるキャラたちには、何の設定なんてなかったんです。無理矢理、ゆるキャラの連載を始めたもんで、先方は「設定なんてないので、勝手につけて下さい」と言われたもんです(笑)。それで勝手に「巨大化もできる」とか僕が書いたんです(笑)。
一同:(爆笑)
みうら:のりしろが広いから、どうでも解釈できる。いまは、誤解も自分の意見も全部入るようなキャラクターが万人に好かれるんです。それは、当たり前の時代の変化ですよね。
シナモンちゃんやぐでたまにグッとくるのも、魂みたいなものを僕たちが勝手に見ちゃうから。(みうら)
―では最後に。もしもみうらさんがサンリオキャラを考えるとしたら?
みうら:「ぎゅっとしてにゅっと出る」の他にですか? アジの開きがOKなんだから、次はワタですね。ワタちゃん(笑)。
―大人は美味しくいただけそうですね。
みうら:子どもは塩辛とか、酒のつまみが妙に好きじゃないですか。だからワタのなかにはモツちゃんとかセンマイちゃんとか。そのキャラをたくさん集めると、ぴったり腹に収まるなんてのは?(笑)。
奥村:ああ! いいですね!
みうら:京都の清涼寺ってお寺に、『清涼寺式釈迦如来』っていうのがおられるんですよ。その体内には五臓六腑がちゃんと入っているんです。五臓六腑も仏の一部ですから。
仏教系で言うと、「お練り供養」といって、この世で先に極楽往生を体感する行事があるんです。仏像アトラクションショーですね、要するに。そういう意味では、日本には昔からキャラクターになりきるような着ぐるみ文化が根付いたでしょう。
目と口をちょっとつけたものでも、日本人は感情移入して、そこに神仏や精霊がいると思うことができる感性を持っているんです。
―なるほど。
みうら:「キャラクター」って横文字だし、欧米的な概念ですよね。でも、日本における「キャラクター」はちょっと違う気がするんです。僕もそうだけど、「作りたい」というより「こういう存在が生きていたらいいな」って感覚で描いているんじゃないかと。
Amy:「目が合う」感覚とか、「しゃべりかけてる」感覚ってそういうところから生まれるのかもしれませんね。あと、こんまり(近藤麻理恵)さんの片付け方法がアメリカでバズってますけど、アメリカ人からすると「ときめく / ときめかない」で物を持ってみるという感覚が新鮮だったことも、流行る理由だったそうです。それも近いような気が。
奥村:海外の方はアニメやゲームの登場キャラではない、グッズにプリントされたキャラクターを一種のブランドのロゴマークのように受け取っているのではと感じることがあります。自分に近い「存在」として見るのは日本独特の感覚かもしれません。
みうら:シナモンちゃんやぐでたまにグッとくるのも、魂みたいなものを勝手にあると思っちゃうからなんじゃないでしょうか。この日本の特異性は、すごく面白いと思うんです。
- プロフィール
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- みうらじゅん
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1958(昭和33)年京都府生れ。イラストレーターなど。武蔵野美術大学在学中に漫画家デビュー。1997(平成9)年「マイブーム」で新語・流行語大賞、2004年度日本映画批評家大賞功労賞を受賞。著書に『アイデン&ティティ』『青春ノイローゼ』『色即ぜねれいしょん』『アウトドア般若心経』『十五歳』『マイ仏教』『セックス・ドリンク・ロックンロール!』『キャラ立ち民俗学』など多数。
- 奥村心雪 (おくむら みゆき)
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株式会社サンリオの執行役員 / キャラクタークリエイション室長。サンリオのキャラクター制作の新カテゴリーを担っている。「シナモロール」のデザイナー。
- Amy (エイミー)
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株式会社サンリオ キャラクタークリエイション室 クリエイター。「ぐでたま」のデザイナー。