津野青嵐に訊く、元看護師だから実現できる希望ある「服作り」

津野青嵐に訊く、元看護師だから実現できる希望ある「服作り」

インタビュー・テキスト
黒田隆憲
撮影:テラウチギョウ 編集:石澤萌(CINRA.NET編集部)
2019/02/12
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看護師であり、デザイナーでもある私だからこそできることを考えたら、精神科の患者さんたちと一緒に「メゾン」を作ることなんじゃないかなと。

—津野さんは長期的な目標として「精神科の患者さんたちと一緒に『メゾン(ファッション業界で会社や店を指す)』を作ること」を考えているそうですね。それは、どんな思いからですか?

津野:元々病院勤務をしていたときから、精神科に携わる地域の仕事がしたいという目標がありました。というのも、日本の精神医療は他の先進国と比べて入院日数が長いんです。患者をサポートできる環境も少ないし、家族が受け入れを拒否したり、施設に入れなかったりすると、治療の必要はないのに長期入院になってしまう。

イタリアでは、1970年代に「バザリア法」が成立され、精神科病院が廃止されました。よほど治療が必要な人以外、地域で生活できることを前提に仕事をさせています。日本でも、ここ10年くらいは「患者を地域で受け入れよう」という意識が進み、活動も行われているのですが、まだまだ少ないような実感があります。退院しても孤立して、また調子を崩して病院へ逆戻りというパターンが多いので、この社会で生きている、自分が必要とされているという感覚を、患者さんが持ちづらいのかもしれない。

—生き方、働き方のバリエーションが少ないのが問題なのでしょうね。

津野:職業支援はあっても単純作業ばかりだし、やりがいを見出すのが難しいんです。そうした現状に対して、自分自身も何らかの形で貢献できないかなと、病院で働いていた頃からずっと思っていました。

3Dペンを使った洋服作りは、集中したら特殊な技能がなくてもできることだし、縫製技術のような積み重ねの鍛錬は必要ない。『ITS』では学校の後輩に手伝ってもらったんですけど、そのときの彼らの生き生きとした表情を見て、もし同じことを患者さんと一緒にできたらすごいことだなって思ったんですよね。

津野青嵐

—患者さんと一緒に、という強いこだわりがあるんですね。

津野:私は創作のインスピレーションを、精神科の患者さんからもらってきました。中でも、統合失調症の患者さんの妄想や幻聴、それに伴う独特の世界観に、相当な魅力を感じてしまうんです。新しいものを作るために、彼らと一緒に過ごしたいという私の願望でもあります。

自分たちが手作業で作ったものを世界に向けて発信し、それで人を感動させるというのは、すごく特殊な状態だと思うんですよ。私がただの看護師でも、ただのデザイナーでもできなかった。看護師であり、デザイナーでもある私だからこそできることを考えたら、精神科の患者さんたちと一緒に「メゾン」を作ることなんじゃないかなと。今年いっぱいは勉強をしますが、徐々に一緒にやってくれるメンバーを探しに、動き出したいと思います。

—これまでの経験を統合した結果、将来の展望も見えてきたわけですね。

津野:「新しいものをクリエイトして、人を感動させたい」という自分自身のシンプルな気持ちが、精神科の患者に対するイメージや固定概念というものを、少しでも変化させることが、いつかできたらいいなと思っています。

津野青嵐
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プロフィール

津野青嵐(つの せいらん)

1990年長野県出身。看護大学を卒業後、精神科病院で約5年間勤務。大学時代より自身や他者への装飾を制作し発表。病院勤務と並行してファッションスクール「ここのがっこう」へ通い、ファッションデザインの観点から自身のクリエーションを深める。2018年欧州最大のファッションコンペ『ITS』にて日本人唯一のファイナリストに選出。

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