恩田陸が語る、ビール愛。小説家とお酒の上手な関係性を聞く

恩田陸が語る、ビール愛。小説家とお酒の上手な関係性を聞く

インタビュー・テキスト
島貫泰介
撮影:鈴木渉 編集:川浦慧

恩田さんが考える、ノルウェービールに合う「おつまみ」

以上、4種をひととおり試した恩田さんに感想をうかがってみた。

恩田:面白いですね。どれもお酒らしいガツンと感があるけれど、飲みやすくてうっかり深酒しすぎてしまいそうでもあり。

個人的なお酒の楽しみ方として、お酒だけで飲むってことはまずないんです。つまみ必須。だから飲むほどに食べる量も正比例するので、いろいろやばいんです。健康診断の数値とか(苦笑)。それで、今回のビールに合うつまみを考えてみたんですが、暖かいものがいいかもしれないですね。あとは、ねっとり系や発酵系も合いそう。油揚げに納豆を入れて焼いたやつとか、食べたくなりますね。

 

小説家やエッセイストらのビールに関する文章ばかりを集めた書籍『アンソロジー ビール』(パルコ)に収められた「列車でビール 長旅には酒器を連れて」のなかでも恩田さんはこんな風に書いている。

旅先に持参するつまみについては日頃から研究を重ねている。軽くてかさばらなくて腹にはたまらないが、それなりに食べて満足感のあるもの。おいしくて酒のアテになり、少量でも時間をかけて楽しめるもの。

となると、やはり日本の乾き物はすべての条件で優れている。
(「列車でビール 長旅には酒器を連れて」より抜粋)

以上のような、なかなかに業の深い分析・研究の果てに恩田さんが「偉大な発明」として褒め称えるのがチーズ鱈。「チーズも鱈もよく食べる北欧に輸出したら、売れるのでは」と、メーカー及び酒飲みたちへの提案も書き添えている。

恩田:ビールは食欲増進的な力がありますからね。私、死ぬまでお酒を飲んでいたいんですよ。でも、そのためには何か犠牲が必要。だから、グルテンを控えているんです。休肝日は週に2日くらいあって、その日はご飯やお味噌汁は食べますが、飲むぞっていう日には絶対に食べないようにしています。

 

日本と異なる酒飲み文化を感じた、チェコでの体験

嗚呼、酒飲みの道の苦しさを誰ぞ知るらむ。そんな業の深い恩田さんにとって忘れられないビールとはいったい何だろうか?

恩田:いまだに覚えているのはチェコのビールです。旅雑誌の取材で訪ねたんですが、もしもビールに「玉露」というものがあるとすれば、これだなというビールと出会えました。いいホップを使って、たったの二煎ほどで惜しげもなく捨てちゃうんです。だからぜんぜん悪酔いしない。普通はずっとビールを飲み続けていると喉のあたりに苦味が蓄積されていくじゃないですか。でもチェコのビールには、それがまったくない。だから自分がお酒に強くなった気がしちゃう。まったくのかん違いなんですけどね!

この愉快な顛末は、冒頭で触れた『隅の風景』の「チェコ万華鏡」で取り上げられているが、少しだけその内容を紹介しておこう。

千野栄一さんのエッセイ『ビールと古本のプラハ』(なんという素晴らしいタイトル!)という、これまた素敵な本を読んだことだ。(中略)ビールはぬるくても冷えすぎてもいけないというチェコ人の温度感覚は非常に共感できるものであり、きっとチェコのビールはうまいに違いないと目を付けていたのだ。
(「チェコ万華鏡」より抜粋)

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この一文に惹かれて、恩田さんはチェコに旅立ち、いくつかのバー、ビストロを巡る。

恩田:チェコは、1種類のビールしか置いてない店がほとんどなんです。種類を変えようと思ったら、他の店に行くしかない。したがって、チェコの酒飲み、常連さんたちは自分のお店、自分の席を定めて、まず動かない。ずっと飲んでいる。「黄金の虎(U Zlateho Tygra)」という老舗の有名店なんて、常連さんの席がしっかり決まっていて、土日でもない限り、観光客は座れないんです(苦笑)。でもここのビールもすごくおいしかった。

それからチェコ人のお酒との付き合い方も粋です。わいわい騒ぎながら楽しむのも私は好きだけれど、チェコ人は本当に静かに小声で喋りながら延々とビールやワインを飲むんです。北国だからかな、と思うんですけど、なんとなく北海道の人の飲み方にも似ている。

それから、例えばプラハは職場と住宅が近い「職住一致」の街だから、家でご飯を食べたあとに、ふらりとビストロに行ってビールだけを楽しむようなライフスタイルがある。私の場合は、やっぱりおつまみが欲しくなっちゃいますけど、チェコは酒飲みにとってのひとつの理想だなって、思ってます。

 

お酒を飲むことや飲める場所は「居場所」としても機能している

日本、そしてノルウェーからチェコまで。恩田さんとのビールを巡る対話はさらに京都のお酒事情などへも話が及んだが、あまりにもとりとめがないので割愛させていただくとして、最後に1月5日発行の朝日新聞に載ったばかりの恩田さんの寄稿文を紹介して、この酒盛りレポートをちょいとピリッとさせておこうと思う。

2020年の東京五輪に関連するシリーズ記事「TOKYO再び」の4回目として、恩田さんは「居場所」についてこんな風に書いている。

会社勤めをしていた頃、「どうしてもまっすぐ家に帰れない日」というのがあった。なぜかはひと口では言えない。とにかく、この気分のまま家に帰りたくない(中略)そんな時は、ちょっとだけどこかに寄って、二、三十分でもいいから一息つく。
私はそれを「方違え」と呼んでいた。その「どこか」は日によって違う。喫茶店だったり、バーだったり、古本屋だったり、雑貨店だったり。
(「TOKYO再び 4 居場所」より抜粋)

こんな風に始まるテキストは、やがて「居てもいい」と感じられる場所への考察へと移っていく。なんとなく人が長居してしまう場所には、時間の蓄積があり、人々の営みの歴史がある。合理性や便利さ、時代のニーズによって作られる場所だけでは、人は生きられない。恩田さんはそう訴えていた。

代表作『蜜蜂と遠雷』は、キャラ立ちした天才ピアニストたちの、イマジネーション豊かな音楽世界と、その発見にダイナミズムを感じさせる快作だが、不思議なことに劇中で描かれるコンテストに誰が勝ったか、負けたかということはそれほど重要視されずに終わる。そのかわりにそこで丁寧に扱われているのは、立場の違う4人の若者(実際にはそのうちの1人は30代の社会人なのだが、コンテストをきっかけに新しい道を見出すという意味で、彼もまたやはり若者なのだと思う)が、音楽を通して、人との出会いを通して、自分たちの「居場所」を発見していくことの必要だ。

恩田陸『蜜蜂と遠雷』
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20歳以上の人にとって、お酒を飲むこと、また飲める場所というのも「居場所」と言えるだろう。そう考えると、恩田さんが気持ちを切り替えるために必要とするビールの存在も、じつは『蜜蜂と遠雷』や、年始の新聞に書いた「居場所」についての思考とかなり近いところにあるのではないだろうか?

そんなような質問を、遥か遠いノルウェーのビールを飲みながら恩田さんに投げかけもしたのだが、明確な答えはなかった。飲みの席で、そんな真面目な質問をするのも野暮というものだろう。なんとなく「ふふふ」と微笑んだ恩田さんの表情を、返答として気持ちに留めておこう。そう思った。そんな風にして、まっ昼間のビールの宴はまだまだ続いたのだった。

 
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プロフィール

恩田陸(おんだ りく)

1964(昭和39)年、宮城県生れ。早稲田大学卒。1992(平成4)年、日本ファンタジーノベル大賞の最終候補作となった『六番目の小夜子』でデビュー。2005年『夜のピクニック』で吉川英治文学新人賞、本屋大賞を、2006年『ユージニア』で日本推理作家協会賞を、2007年『中庭の出来事』で山本周五郎賞を、2017年『蜜蜂と遠雷』で直木賞と2度目の本屋大賞をそれぞれ受賞した。ホラー、SF、ミステリーなど、さまざまなタイプの小説で才能を発揮している。著書に、『三月は深き紅の淵を』『光の帝国 常野物語』『木曜組曲』『ネバーランド』『ライオンハート』『私と踊って』『夜の底は柔らかな幻』などがある。

店舗情報

ØL Tokyo

東京都渋谷区宇田川町37-10 麻仁ビル
03-5738-7186
営業時間:(月・火)12:00~24:00(水・木)12:00~翌1:00(金・土)12:00~翌2:00(日)12:00~24:00

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