菊地成孔の映画コラム 改めて評価すべきイングリッド・バーグマン

菊地成孔の映画コラム 改めて評価すべきイングリッド・バーグマン

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菊地成孔
編集:川浦慧

イングリッド・バーグマンとエスター・ウィリアムズは、ガタイの良さや活躍期間もかぶっている

筆者は、本作を見ながら、エスター・ウィリアムズとのダブルイメージを回避することができなかった。競泳選手だったエスター・ウィリアムズのガタイが良いのは、競泳選手だったわけだし、水中レビュー映画の花形だったわけだし、トートロジカルなまでに当然である。しかし「イングリッド・バーグマン実はガタイやべえ」と、20世紀はとうとう発言、どころか、発見さえさせてはくれなかったのである。

エスター・ウィリアムズ
エスター・ウィリアムズ

男顔、長身(バーグマン175センチ、ウィリアムズ173センチ)、ガタイと運動能力、特に水泳におけるそれの高さ、最盛期とされる活動期間の重複(バーグマンの「ハリウッド期」は、ウィリアムズの「MGM(アメリカの映画スタジオ)水中レビュー映画の黄金期」である1944年から1956年にほぼピッタリ重なっている。ただ、MGMが水中レビュー映画の製作を終えた1956年でウィリアムズは引退状態になるが、不倫スキャンダルからロッセリーニとの苦い蜜月を終えて、ハリウッド回帰し、オスカーを受賞する『追想』が同じく1956年であるが、これはバーグマンのハリウッド「最後の一発」であり、つまりタッチの差だ)、何せ、笑顔や髪型、体型の類似などから、この2人がダブルイメージされる等というアクロバットは、『イングリッド・バーグマン~愛に生きた女優~』というパズルのピースがなかったら、永遠に完成しなかった絵であると断言できる。

元々がアスリートであったウィリアムズも、生涯4度の結婚をしている。女優である限り、水中レビューのお姫様も、かのイングリッド・バーグマンも、マリリンもオードリーもドヌーヴも、「愛に生きた」ことにかわりはない。6歳下とはいえ、ウィリアムズはついこの間まで生きて91歳で没した(2013年6月6日)。バーグマンは生涯最後の結婚生活が破局する前後から乳ガンとの闘病を強いられ、1982年に67歳で没する。

© Mantaray Film AB. All rights reserved. Photo:The Harry Ransom Center, Austin
© Mantaray Film AB. All rights reserved. Photo:The Harry Ransom Center, Austin

ガンという病魔の登場が、バーグマンを演技に集中させたのか

筆者のベストは、圧倒的に『オリエント急行殺人事件』(1974年)での、敬虔なカソリック宣教師で(おそらく処女設定)、化粧っけのないグレタ・オルソン役である。バーグマンは、オールスター映画である本作で、伯爵夫人役のキャスティングを蹴って、自ら「誰? この地味で暗いおばさん? えええええええええ! これイングリッド・バーグマンなのお!?」という仕事に徹した。

乳ガンが発覚した直後の作品であり、筆者は、内なる怪物との葛藤という余剰なく、安心してバーグマンが演技に没頭できた唯一の作品であると信ずるものである。ガンという病魔の登場にして、やっと彼女の内部の葛藤(それは、かのイングマール・ベルイマンとの現場でさえ収まらなかった)を鎮めることになった、という筆者の見立てが、不謹慎もしくは不適切と思われる読者は、彼女の全作品、並びに『イングリッド・バーグマン~愛に生きた女優~』というミッシングリンクまでをご覧いただいてからご意見を頂戴したい。

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作品情報

『イングリッド・バーグマン~愛に生きた女優~』
『イングリッド・バーグマン~愛に生きた女優~』(DVD)

2017年7月5日発売

連載『菊地成孔の北欧映画コラム』

ジャズミュージシャン、文筆家の菊地成孔が、北欧にまつわる映画人にスポットを当てたコラムを連載形式でお届けします。ジャンルを横断した造詣の深い書き手が、多様な視点から見る、その土地や文化、時代を書き綴ります。

プロフィール

菊地成孔(きくち なるよし)

1963年生まれの音楽家 / 文筆家 / 大学講師。音楽家としてはソングライティング / アレンジ / バンドリーダー / プロデュースをこなすサキソフォン奏者 / シンガー / キーボーディスト / ラッパーであり、文筆家としてはエッセイストであり、音楽批評、映画批評、モード批評、格闘技批評を執筆。ラジオパースナリティやDJ、テレビ番組等々の出演も多数。2013年、個人事務所株式会社ビュロー菊地を設立。

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