(メイン画像:© Nao Tsuda, Courtesy of Taka Ishii Gallery Photography / Film)
初夏を迎えたフィンランドで体験した白夜
昨年5月、僕はフィンランドを訪れました。今年の夏に太宰府天満宮で開催された展覧会『辺つ方(へつべ)の休息』の撮影のためです。なぜ神社でフィンランド? という声が聞こえてきそうですが、フィンランド人にとって森(杜)とは、古くから受け継がれてきた知恵や教えの源泉とも言える存在です。僕は、森と人々との繋がりを探求するために旅に出掛けました。
初夏を迎えたフィンランドの太陽は、1日中とは言わないまでも、ほとんど沈むことがなく、3~4時間程空が暗くなったかと思えば、またすぐに昇り始めます。「白夜」ということばを見たり、聞いたりしたことのある人も多いと思うけれど、実際に体験するまでは、僕もうまく想像することすらできませんでした。だから数年前、初めて夏にフィンランドを訪れた時は、夜遅くまで森を散歩したり、撮影でついつい遠くまで出掛けてしまい……気がついたら睡眠不足の日々になってしまったという経験があります。そんな失敗もあり、この夏はきちんと食事の時間を守れば、リズム良く旅ができるだろうと意気込み、出発したのでした。
初夏を迎えた5月、群島での夏が始まった
北欧に位置するフィンランドでは、夏の訪れが日本に比べて早くにやってきます。初夏を迎えた5月、フィンランドの南西部にあるヴァーノ島に滞在しました。沿岸地域にはおよそ40000もの島があると言われています。バルト海に面する近くの群島だけでも3000はあり、キミト島の先端にあるカスナスの港からフェリーでヴァーノ島へ向かう途中、僕は島影ばかりを眺めていました。
友人に紹介された赤い屋根のコテージに辿り着き、島を歩き始めると、数日前まで固く閉じていたであろう新芽が、開こうとしているのが目に留まりました。眩しい陽光が数日照らし続けたことで、一気に夏がやってきたのです。岩陰から伸びゆく草木。新緑に萌える木の葉は、まだ雛鳥の産毛のように柔らかく、風に揺れていました。
© Nao Tsuda, Courtesy of Taka Ishii Gallery Photography / Film
© Nao Tsuda, Courtesy of Taka Ishii Gallery Photography / Film
普段は人口15人程の小さな島で、空を飛ぶ白鳥の羽音までも聞き取れるくらい静かです。けれど、夏の間は繁殖のために渡り鳥が集まり、羽根を休めるように、フィンランドの人々も休暇を過ごすために島を訪れるので、賑やかな季節がやってきます。この旅で出会った人に島への道を尋ねたところ、彼はヘルシンキから船でやって来たといいます。ここへやってくる人々にとって夏の休暇は、それぞれの船旅と共にあるようです。
© Nao Tsuda, Courtesy of Taka Ishii Gallery Photography / Film
© Nao Tsuda, Courtesy of Taka Ishii Gallery Photography / Film
© Nao Tsuda, Courtesy of Taka Ishii Gallery Photography / Film
近郊のサマーハウスで過ごす、短い夏を満喫するための工夫
ヘルシンキから電車で3時間も北上すれば、ユヴァスキュラの街並みが見えてきます。友人の両親が、近郊の森にサマーハウスを持っているというので、訪れました。フィンランドでは、短い夏の時期に自然を満喫するために、家族で過ごすサマーハウスを持っている人々がいます。ユヴァスキュラといえば、フィンランドを代表する近代建築の巨匠、アルヴァ・アアルトが少年時代を過ごした街としても知られ、後にオフィスや自邸をヘルシンキに構えるようになってからも、彼は湖畔にサマーハウスやサウナを建て、夏を過ごしていました。
© Nao Tsuda, Courtesy of Taka Ishii Gallery Photography / Film
© Nao Tsuda, Courtesy of Taka Ishii Gallery Photography / Film
© Nao Tsuda, Courtesy of Taka Ishii Gallery Photography / Film
友人一家も祖父の代から受け継ぐサマーハウスを湖畔に持っていて、敷地にはサウナやボートハウス、火を囲み食事をできるようなファイヤースペースなどがあり、ここでよく週末を過ごすそうです。サマーハウスでの暮らしは、電気や水道すらないことも多いので、人々は簡素な居住空間に身を置きながら、自然の囁きに耳を傾け過ごします。
森へと続く小径へ散歩に出掛ければ、足元にはすでに夏の彩りが広がっています。太陽が沈んだ後の薄明時に、一刻一刻と空が暮れていくのを眺めていると、1日の長さとは、太陽の運行と共に過ぎてゆくものなのだと、あらためて体感しました。
© Nao Tsuda, Courtesy of Taka Ishii Gallery Photography / Film
© Nao Tsuda, Courtesy of Taka Ishii Gallery Photography / Film
日本の畳にも共通する、自然の明るさで室内に温もりを取り入れる工夫
フィンランドには昨夏の滞在を含めこれまでに4度訪れていますが、白夜の夏を過ごしている時も、冬となり日中でも薄明かりが続く極夜を過ごしている時も、光の移ろいには幾度となく魅せられ、目を奪われ続けてきました。そこには、暮らしを楽しむためのさまざまなアイデアが散りばめられています。たとえば、窓から入るわずかな光をいかに室内にうまく取り込むかという工夫や、白木を用いた家具を置くことで、照明の力ではなく自然の素材の中に明るさを見出そうとするなど、空間に光を与えようと試みてきたことに、彼らも自然からの学びを応用してきたのではないでしょうか。
こうした自然へと向けられた眼差しは、光と影の間にもうひとつの場所を生み出すということにおいて、遠くに暮らす我々日本人の自然観にも相通じるものがあるように思います。
旅を経て、完成した写真作品を展示した際に、足元の明るさを演出していたのは、照明ではなく、畳のもつ素材そのものだと気がついたことがありました。
『辺つ方(へつべ)の休息』展示の様子 ©Dazaifu-Tenmangu
森や木に親しみ、深く関係してきた国ならではのこのような発想が、空間全体を柔らかく受けとめ、時に場を引き立て、和室に見られる特有の居心地を築き上げてきたのかもしれません。
- イベント情報
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- 津田直『辺つ方(へつべ)の休息』
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2018年5月12日(土)~7月1日(日)
会場:太宰府天満宮 文書館
協力:太宰府天満宮、株式会社ビオトープ、Taka Ishii Gallery Photography / Film、CASE-REAL
- プロフィール
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- 津田直 (つだ なお)
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写真家。1976年神戸生まれ。世界を旅し、ファインダーを通して古代より綿々と続く、人と自然との関わりを翻訳し続けている。文化の古層が我々に示唆する世界を見出すため、見えない時間に目を向ける。2001年より多数の展覧会を中心に活動。2010年、芸術選奨新人賞美術部門受賞。大阪芸術大学客員教授。主な作品集に『漕』(主水書房)、『SMOKE LINE』、『Storm Last Night』(共に赤々舎)、『SAMELAND』(limArt)。最新作にリトアニアで撮影された『Elnias Forest』(handpicked)がある。(プロフィール写真:©Dazaifu-Tenmangu)