「王様の散歩道」を450km歩いて知った、北欧にある自由の権利

世界中のハイカーが、スウェーデンの聖地「王様の散歩道」に集う

北欧の魅力を語るうえで、大いなる自然の恵みを外すことはできないだろう。なかでも国土の大半が針葉樹林に覆われ、広葉樹が散在するスウェーデンの大地は、ヨーロッパでも数少なくなった手つかずの原野がいまも純然と残されている恵みの土地だ。

スウェーデンの面積は約45万㎞ありながら、人口は約1,012万人(2017年12月 / スウェーデン統計庁調べ)に過ぎない。日本のおよそ1.2倍の土地面積に、東京23区とほぼ同じ人々しか暮らしていない、人口密度の低い国としても有名だ。首都ストックホルムなど一部地域に人口は集中しているが、郊外に出ればすぐ間近に大自然が広がっている。

手つかずの自然は、そこに暮らす人々にとって最も身近なものであり、畏敬の念を持って大切に育むべきものとして、在り続けている。

「クングスレーデン」の風景

そんなスウェーデンは、北極圏を含むため、過酷な冬が長く続く。だからこそ、白夜が広がる夏至から秋にかけての期間は、自然の恵みを身体いっぱいに浴びることができるトレッキングが盛んだ。なかでも世界的に有名なのが「クングスレーデン」、別名「王様の散歩道」と呼ばれるロングトレイルルートだ。

全長は、約450km。スカンジナビア山脈の北部、そのほとんどが北緯66度33分以北の北極圏に位置し、世界的ネイチャー誌『ナショナルジオグラフィック』が2014年に選んだ「World's Best Hikes: 15 Classic Trails(世界最高の15のクラシックトレイル)」にも名を連ねる、ハイカーの聖地だ。

毎年2,000人が参加するトレイルイベント。マイペースに自分の好きなスタイルでゴールを目指す

「クングスレーデン」がいかに魅力的なトレイルルートであるかは、カンケンバッグで知られるスウェーデン王室御用達のアウトドアブランド「フェールラーベン」が主催する夏のトレッキングイベント「フェールラーベン・クラシック」が、毎年開催されていることでも、よくわかる。

第14回を迎えた「フェールラーベン・クラシック・スウェーデン2018」は、今年も8月18日から5日間に渡って開催され、大盛況を博した

このトレッキングイベントには、毎年、約2,000人のトレイルファンが世界中から集結。参加チケットは、毎年、発売と同時に即完売してしまうプラチナチケットなので、自力で入手するのは大変困難なのだそう。日本からだと、専門の旅行会社が企画するパッケージツアーを申し込まないと、参加はとても難しいそうだ。

「フェールラーベン・クラシック」の使用ルートは、クングスレーデン全体のなかでも特に人気の高い、標高400mにあるニッカルオクタの街からスタートし、ゴール地点のアビスコの街を、マイペースで急がず自分の好きなスタイルで目指す、約110kmに渡るルートだ。標高の最高地点は1,150mだが、全体の標高差が少なく、トレッキング初心者でも挑戦できるのが魅力だ。

実際、現地のハイカーはもちろんのこと、フェールラーベン・クラシックにも、子ども連れのファミリーやペットの犬を同伴する参加者はとても多いという。日本では高山を目指さなければお目にかかれない森林限界の景観を、ゆったりとハイキング感覚で満喫できるのは、クングスレーデンならではの楽しさだ。

「ほかの国にはない自由さがある」。クングスレーデンの全長450kmを27日間かけて完歩して気づいたこと

そんなクングスレーデンに魅せられた日本人ハイカーのひとりに、白井康平さんがいる。白井さんはこれまで世界45か国以上を旅し、最も有名なロングトレイル、アメリカ・カリフォルニア州の「ジョン・ミューア・トレイル」(全長340km)やパタゴニア、ヒマラヤをスルーハイクするなど、世界各国の有名ルートを渡り歩いてきた。

その白井さんがクングスレーデンの全450kmを走破したのは、2015年のことだ。以前に専門誌でクングスレーデンの記事を読み、その「自由さ」に心惹かれ、スウェーデン行きのチャンスをずっとうかがっていたそうだ。

白井:日本でロングトレイルといえば、アメリカのイメージが強いかもしれません。また、世界中にある国立公園の概念をつくったとされています。自由のイメージがあるアメリカでも、たとえば、「近くにキャンプ場がある場合は、そこでキャンプをする。なければ、いままでテントを張っていた跡地を使い、湖や川、トレイルルートから30m以上、離れている必要がある」といった、歩くためのルールが厳密に定められています。日本でも、キャンプをする場所は決められています。

しかし、クングスレーデンは違う。ルールが少なく、ハイカーの心構えに委ねられているんです。だからほぼどこにテントを張ってもOK。ルートを外れて歩き回っても構いません。そんな自由さ、マイペースさが、他にはない大きな魅力でした。

スタート地点に立つ白井康平さん
27日間をともにしたテント

その「自由さ」の理由は、スウェーデンだからこその珍しい権利――中世から北欧に根ざす慣習法から発展し、憲法で保障された「自然享受権」にある。自国民はもちろん旅行者も、土地の所有者に損害を与えない限り、自然のなかならどこで過ごしてもいいという権利だ。

だれかが所有する土地に生えているベリーやキノコを摘んでもいい。スウェーデンの人々には古くから、自然を自然のままに愛し、自然に愛され、礼節をもって自然を尊ぶ想いが、根づいているのだ。

トレイル中に見つけた木の実

スウェーデンの雄大な自然を独り占めしたら、誰もが「王様」になれる

白井さんがクングスレーデン全ルートを走破したのは、8月初旬から月末にかけての27日間。1日数時間かけて15km以上を歩き続ける毎日のなかで、白井さんが「クングスレーデンでしか味わえない」と思った印象的なエピソードはいくつもあったそうだ。

白井:着いてまず驚いたのは、土地の広大さと自然の雄大さです。450kmに渡るクングスレーデンの全景をまず知ろうと現地で購入した地図だけでも合計4枚に及びましたし、歩き出してからも、人の少なさに驚きました。もちろん、地元の家族連れや世界各地から来ているハイカーはいるんですが、なにせ土地が広すぎるんです(笑)。

ハイカー仲間は、出会うとスウェーデン語で「Hej(ヘイ)!」と声を掛け合いますが、何日間も無言で歩き続けることもしばしばで。でも、それがとても気持ちがいい。気に入った場所ならどこでもテントを張れるので、雄大な景色をすべて独り占めできます。

トレイルコースの目印以外、すべて自然のまま
現地で調達した地図
ロングトレイルの場合、食材は道中で買い足していく

誰もが「王様」になれるここでは、珍しい野生動物と出会えるのも、手つかずの自然だからこその恩恵。日本では動物園でしかお目にかかれないトナカイも、白井さんが独占している景色のなかにひょっこりと顔を出してくる。

白井:トナカイに出会えたのも嬉しかったですね。ぼくも現地で気づいたんですが、すれ違うハイカーのなかに、トナカイの角をバックパックに下げて歩く人が、何人もいるんですよ。

ちょっと羨ましくなってしまって、ぼくもトナカイの角がないかと行く先々で3~4日探し回り、トレイルコースを外れた湖のほとりに落ちているのを見つけて、大喜びで真似しました(笑)。すごく重いんですけど、それがクングスレーデンに来た誇り、自分へのご褒美のように思えましたね。

トナカイと目が合うこともしばしば
トナカイの角はクングスレーデンを歩いている証

白夜のなかのトレッキングは、「夜が来れば人は休み、眠りにつく」という常識さえもなくす

クングスレーデンは、水が豊かなのも特徴だ。安全な天然水をどこでも採取できるため、重たい水を持ち歩いたり、汲んだ水を沸騰させたりしなくていいのも、スウェーデンの自然から受ける人への恵み、優しさだ。

白井:そのぶん小川がたくさん流れているので、そこを渡るための手こぎボートが用意されているのも珍しい光景でした。歩く人の自主管理に任され、みんなが譲り合って使うのは、ぼくも初めての経験。アメリカなどの半ば観光地化したトレッキングルートでは、すべてがあり得ないことです。途中の山小屋に有料のサウナがあるのも、サウナ大国スウェーデンならではだなと感心しました。

大きな川では乗り合いの船で移動することも

夏のクングスレーデンは、北極圏ならではの「白夜」を堪能できるのも大きな魅力だ。白井さんが訪れた8月の前半は、夜中の3時でもまだ空は明るかったそうだ。だがスルーハイク後半にいくに従い、徐々に日暮れは早くなり、広い空は夕暮れ時の美しいグラデーションに、どこまでも染め上げられていく。その感動的な光景すらも、クングスレーデンでは誰もが独り占めできる。

白井:白夜のなかにいる感覚は、じつに独特で新鮮。さまざまなことも考えさせられました。東京での暮らし、アメリカのトレッキングにおいても、夜が来れば人は休み、眠りに就きます。でもクングスレーデンでは、ルーティーンのように当たり前に訪れるはずの夜が、当たり前には来ない。ハイカーとしては、明るいのでいくらでも歩けてしまいますし、陽があるのに眠りに就く「自由」もそこにはある。

マイペースでいられる喜び、どこでもリラックスできる喜びを、クングスレーデンではとても感じることができます。あの不思議な感覚は、みなさんにもぜひ体験してもらいたいですね。

白夜のなかのトレイルは、北極圏ならでは

ついゴールを目指して頑張りすぎてしまうけど、大切なのは一歩一歩を楽しむ余裕

クングスレーデンを歩くことで、スウェーデン人の気質にも触れることができたと、白井さんは言います。白井さんが見かけた現地のハイカーたちは、みんな、フェールラーベンを筆頭にスウェーデンのアウトドアブランドが誇る質実剛健なギアを身につけていたそう。自然と母国愛に満ちあふれていることを実感したそうだ。

白井:そもそも、どの現地の一行も荷物がすごく多いんですよ。アメリカなら、軽装で荷物はなるべく軽くコンパクトにして、できるだけ速くルートを走破することだけを目指す人が多い。日本人も気質的に、つい頑張りすぎて速くゴールに着くことを目標にしがちです。

でも、クングスレーデンのハイカーにとって大切なのは、マイペースに自然を楽しむこと。ぼくもよく、「歩いている最中、いったい何を考えているの?」と聞かれますが、「目の前のことしか見ていない」と答えます。自然のなかで人間ができることはそれだけです。クングスレーデンも450kmを歩き終えた達成感を求めるのではない、一歩一歩を楽しむ余裕が必要だと思いました。

森林や雪山など、いろいろな景色を楽しむことができる
ゆっくり休息する時間も必要
自主管理に任されているスウェーデンでは、たき火も自由

効率の良さを求めて、あくせくと目標だけを目指して生きている現代人に、いま必要なものがスウェーデンの自然とクングスレーデンのトレッキングにあるという白井さん。機会があれば、またスウェーデンでのトレッキングに挑戦したいと話し、総長800kmに及ぶ北極圏トレックコース「ノルドカロットレーデン」をいつか歩きたいという。

そして、これからスウェーデンの雄大なトレッキングを味わってみたいという方は、「フェールラーベン・クラシック・スウェーデン」へのチャレンジから始めてみると楽しいことでしょう。

プロフィール
白井康平 (しらい こうへい)

1983年生まれ、東京都出身。世界45か国以上を旅している。観光だけでは飽き足らず世界のトレイルコースをまわり始め、現在では、アメリカンのジョンミューアートレイル、スウェーデンのクングスレーデン、パタゴニア、ヒラヤマのスルーハイクを経験。今年は夏休みを利用して、ジョーシア(旧グルジア)のTobavarchkhili Lakeのトレイルを歩いたばかり。

フェールラーベン

1960年生まれのアウトドアブランドで、スウェーデン王室御用達としても知られている。北極のグリーンランド、熱帯雨林のブラジルなどでフィールドテストを繰り返した商品は、機能性に優れている。また、「買い替える必要がない」と言われるくらい丈夫で長持ちする耐久性も持ち合わせている。設立者のオッケ・ノルディンの、「数日間にわたるトレッキングを通して心から自由を感じてほしい」という思いを継承し、2005年からトレッキングイベント「フェールラーベン・クラシック」を開催している。いまでは世界中からハイカーが集まり、参加者は2,000人を越える人気イベントになっている。



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「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしてい「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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