『ピッピ』の魅力を荒井良二が解く。子どもも大人も自由でいい

『ピッピ』の魅力を荒井良二が解く。子どもも大人も自由でいい

インタビュー・テキスト
杉原環樹
撮影:鈴木渉 編集:青柳麗野
2018/09/10
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「ピッピの目は東洋的! 平坦で細部を省略した描き方は、浮世絵のようでもあるね」

さらに足を進めると、ピッピたちのパーティーの様子を描いた大きなタペストリーや、ニイマンが模写したというアジア風の女の子の絵が。「これはなんだろう?」と思っていると、平谷さんが意外なことを話し始めました。

平谷:じつはニイマンは、北斎漫画など日本の絵に強い関心を持っていたんです。日本大使館の職員の子どもを、絵のモデルにしたいと言っていたほどなんですよ。このパーティーの絵に描かれた壺や右端の市松模様には、その憧れの強さが表れています。またリンドグレーンも、能面を集めたりと同じ関心を共有していたようです。

赤い棚の上にある壷の絵柄や、右側に描かれたキッチンタオルの市松模様が日本的
赤い棚の上にある壷の絵柄や、右側に描かれたキッチンタオルの市松模様が日本的

リンドグレーンの書斎に置かれていたアイテムを展示。そのなかには、能面(左下)が
リンドグレーンの書斎に置かれていたアイテムを展示。そのなかには、能面(左下)が

日本とのつながりは、荒井さんも初耳だった模様。話を聞きながら、あることに気がついたようです。

荒井:僕がずっとピッピの絵に感じていた、どこかはみ出たモヤモヤした感じ。その正体は、もしかしてニイマンが日本の絵から学んだものを活かしていたからなのかもしれないね。あらためて見ると、たしかにピッピの目は東洋的! 平坦で細部を省略した描き方は、浮世絵的でもある。種明かしされた気分だね。

荒井良二さん

子どもだけじゃなくて、大人にも「自由」はある。それを忘れないでほしい

このほかにも第1章には、ピッピの家「ごたごた荘」を再現した大型模型や、荒井さんが「日本人が描いたとは思えないほど西洋風」と語る、桜井誠さんの挿画も展示されています。

ところで、暴れん坊で、大人から見ればけっしてお行儀のよくないピッピの存在が、これほど世界中の人々を惹きつけた理由とは何なのでしょうか。

平谷:ピッピのキャラクターの背景には、物語が生まれた当時の戦争孤児の存在もあります。ピッピ自身、お父さんは行方のわからない船乗りで、お母さんは天国にいるという、「孤児」として描かれている。当時のヨーロッパ社会では、子どもが一人で生きていくことが珍しくなかったようです。

そんななかで、大人顔負けの知恵やパワーでさまざまな困難に立ち向かうピッピの姿は、スウェーデンをはじめ世界中の子どもたちの励ましになったのではないかと思います。

人間にもともと備わった、生きる力。それを、リンドグレーンはほかの作品でも繰り返し追求しました。展覧会後半の第3章では、『長くつ下のピッピ』以外のリンドグレーン作品の原画や関連の展示物が楽しめます。

『やかまし村の子どもたち』は、リンドグレーンの父親の故郷をモデルにした、家が3軒しかない村に住む6人の子どもを描いた作品。大自然のなか、子どもたちは男の子も女の子もごちゃ混ぜになりながら、いろんな遊びや冒険を繰り広げます。この作品からは、40代で早逝してしまったニイマンの跡を継ぎ、エストニア生まれのイロン・ヴィークランドが挿絵を手がけました。

いっぽう、町に暮らすロッタちゃんとその一家を描いたのが『ちいさいロッタちゃん』です。3人兄妹の末っ子ロッタちゃんは、世の中のあらゆることを知っている、ちょっと生意気な女の子。けれど、両親はそんな彼女に、つねに愛情を持って接します。このロッタちゃん、日本では奈良美智さんの絵でも有名です。

『ちいさいロッタちゃん』
『ちいさいロッタちゃん』

このように見てみると、リンドグレーンがいつも子どもを、大人が押さえつけることなどできないパワーを持った、固有の世界を生きる存在として描いていることが見えてきます。

荒井:人間には、もともと生きるための野性やエネルギーがあると思うんです。でも、大人は子どもがまだ何もはみ出していないうちから、「はみ出しちゃダメ」と、それを押さえ込んでしまうでしょ? 大人の社会に馴染むことは悪いことではないけど、人間が持つ本来のエネルギーを知っておくことは大事だと思う。

彼女は物語を通して、子どもだけではなくて大人にも、「ピッピやロッタちゃんのような自由さが、あなたにもある。その自由を忘れないでいることは大事だよ」ということを伝えたかったんじゃないかな。

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イベント情報

日本・スウェーデン外交関係樹立150周年記念
『長くつ下のピッピ™の世界展 ~リンドグレーンが描く北欧の暮らしと子どもたち~』

2018年7月28日(土)~9月24日(月・祝)
会場:東京 八王子 東京富士美術館 本館・企画展示室1~4
時間:10:00~17:00(16:30受付終了)
休館日:月曜(9月17日は開館、9月18日は休館)
料金:大人1,300円、大学高校生800円、中小学生400円
※未就学児無料、土曜は中小学生無料のほか、誕生日当日の来館は本人のみ無料(証明書提示)
※障がい児者、付添者1名は半額(証明書提示)

全国巡回情報

2018年12月15日(土)~2019年1月27日(日)
会場:宮崎県 みやざきアートセンター

2019年2月8日(金)~3月4日(月)
会場:京都府 美術館「えき」KYOTO

2019年4月27日(土)~6月16日(日)
会場:愛知県 松坂屋美術館

2019年7月6日(土)~8月25日(日)
会場:福岡県 福岡市博物館
※予定

2019年9月7日(土)~11月4日(月)
会場:愛媛県 愛媛県美術館

プロフィール

荒井良二(あらい りょうじ)

アーティスト / 絵本作家。1956年山形県生まれ。2005年に『ルフランルフラン』で日本絵本賞を、2012年に『あさになったので まどをあけますよ』で第59回産経児童出版文化賞大賞を受賞するなど、日本を代表する絵本作家の一人として国内外で活躍。2005年には児童文学賞の最高峰「アストリッド・リンドグレーン記念文学賞」をアジア人で初めて受賞。スウェーデンで行われた受賞スピーチでは、歌を披露したという。2010年と2012年に郷里の山形市で個展『荒井良二の山形じゃあにぃ』を開催するほか、現在は、「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ」の芸術監督も務める。

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