シューゲイザー30年史の原点。全ては、この1枚のアルバムから始まった
今からちょうど30年前の11月、イギリスのインディペンデントレーベルであり、Primal ScreamやThe Jesus & Mary Chain、Oasisなどを輩出した「Creation Records」から、1枚の歴史的なアルバムがリリースされた。My Bloody Valentine(以下、マイブラ)による1stアルバム『Isn't Anything』である。
マイブラは1980年代前半、アイルランドはダブリンにてケヴィン・シールズ(Vo,Gt)とコルム・オコーサク(Dr)を中心に結成。当時はよくあるガレージバンドでしかなかったが、ビリンダ・ブッチャー(Vo,Gt)とデビー・グッギ(Ba)が加入し男女4人体制になると、そのサウンドは大きな変貌を遂げる。
My Bloody Valentine / 本稿の筆者である黒田隆憲は、世界で唯一のバンド公認のフォトグラファーであり、2014年には『マイ・ブラッディ・ヴァレンタインこそはすべて ケヴィン・シールズのサウンドの秘密を追って』を上梓している(Amazonで見る)
ケヴィンとビリンダによる、儚くも甘い男女混声ボーカル、ギターのアームを持ったままストロークする独特の奏法、機関銃のようなドラミング。陰と陽、暴力性と官能が渾然一体となった『Isn't Anything』のサウンドは、当時のシーンに大きな衝撃を与え、のちに「シューゲイザー」と呼ばれるムーブメントが形成されるキッカケとなった。
My Bloody Valentine『Isn't Anything』を聴く(Apple Musicはこちら)
シューゲイザーという言葉の由来には諸説あるが、Mooseというバンドのボーカリストだったラッセル・イェーツが、ステージの床に貼ってあった歌詞を見ながら歌っている様子を半ば嘲笑気味に「靴(shoe)を凝視(gaze)する人」と表現したのがきっかけと言われている。しかし、現在では足元に並べた大量のペダルエフェクターを、終始うつむきながらコントロールするギタリストの姿をイメージする人が多いだろう。
ケヴィン・シールズ(My Bloody Valentine)のエフェクターボード。2017年12月にアイスランドで開催されたSigur Ros主催のアートフェスティバル『Norður og Niður』より(レポート記事を読む)
サウンド的には、そのエフェクターによって極端に歪ませたギターやフィードバックノイズを、ポップで甘いメロディーに重ねた浮遊感のあるサウンドのことを指す。シューゲイザーと呼ばれたバンドが活躍する時期は、1980年代終わりから1990年代前半までのわずか数年だったが、その間イギリスを中心に数多くのバンドが登場した。
源流=マイブラから枝分かれし、研ぎ澄まされたシューゲイザーの輝かしい傑作たち
マイブラと同じCreation Recordsからデビューし人気を博したのがオックスフォード出身の4人組、Ride。のちにOasisのベーシストとなるアンディ・ベルと、マーク・ガードナーによる美しいハーモニー、ポップかつ憂いを帯びたメロディーが轟音ギターと融合する様は、「チェーンソーを持ったHouse of Love」と評された。
彼らと人気を二分していたのがLush。オランダと日本人のハーフ、ミキ・ベレーニ(ハナレグミ・永積崇の従姉、小山田圭吾のまた従姉にあたる)と、エマ・アンダーソンを中心に結成された男女4人組の彼らは、Cocteau Twinsの司令塔、ロビン・ガスリーのプロデュースにより注目を集めた。
Lush『Spooky』(1992年)を聴く(Apple Musicはこちら)
レイチェル・ゴスウェルとニール・ハルステッドを中心に結成されたSlowdiveは、2000年代に入ってテクノ~エレクトロニカ周辺のアーティストに再評価され、それが現在に至るシューゲイザー再燃~新世代シューゲイザー(ニューゲイザー)隆盛の礎の1つとなった。
Slowdive『Just For A Day』(1991年)を聴く(Apple Musicはこちら)Slowdiveのコンピレーションアルバム『Blue Skied An' Clear』(2002年)を聴く(Apple Musicはこちら)
また、マイブラが1991年に発表した2ndアルバム『Loveless』は、シューゲイザーの到達点であり、RadioheadやOasis、Deerhunterなど、以降のギターバンドに計り知れない影響を与えたのである。
My Bloody Valentine『Loveless』を聴く(Apple Musicはこちら)
来日を控えたマイブラの直近のライブを、写真とともに紹介
そんなマイブラが今年、実に5年ぶりのツアーを開始した。筆者はそのバーミンガム公演と、翌日のロンドン公演(The Cureのロバート・スミスがキュレーターを務める『Meltdown Festival』)を観るため渡英した。1991年の初来日公演、2008~2009年の再始動ツアー、そして2013年のツアーと、計20本以上彼らのステージを目撃してきたが、機材や照明の変化・進化はあるものの、基本的に彼らのライブは27年前と何も変わっていない。
My Bloody Valentineの『Meltdown Festival』公演より
ステージ上にアンプをズラリと並べ、中央でコルムが渾身の力を込めてドラムを叩き、その横でデビーがベースを振り回す。そして、ステージの両端にはケヴィンとビリンダが、足元のエフェクターをじっと見ながらギターをかき鳴らす、というフォーメーションだ。
まるで、1990年代当時の彼らを真空パックして、そのまま解凍したかのよう。演奏ミスをすれば、アタマから平気でやり直すし、キメも毎回ズレる(そのズレがたまらないのだが)。出音に納得がいかなければ演奏を途中で中断し、PAと話し込むこともある。それを「プロ意識がない」と批判する人もいるだろう。しかし、あの唯一無二のサウンドスケープは、おそらくそんな「青臭いピュアネス」の中からしか、出し得ないのではないかとすら思う。
いずれにせよ、おびただしい数のペダルエフェクターと、アンプの組み合わせを1曲ごとに変えながら作り出すケヴィンのギターサウンドと、バックスクリーンに映し出されたサイケデリックな映像、そして、目も眩むような照明を全身で浴びる体験は、他では決して得られないものだ。
気になる新曲は、なんとロンドン公演で1曲披露された。あまりに唐突だったのと、例によってボーカルがほとんど聴こえなかったため、楽曲の全容を理解できたとは言えないが、印象としては『Isn't Anything』の楽曲に近い。ひょっとすると、音源としては“Map Ref. 41°N 93°W ”(1996年にリリースされた、Wireのトリビュート盤『Whore - Various Artists Play Wire』収録)に近い仕上がりになるのかもしれない。
その後の公演では、さらに新曲がもう1曲追加されたという。気になる新作については、Fender社が最近行なったケヴィンへのインタビューによれば、「夏頃にはEPを出す」から「今年中に何かしらのリリースがある」へと、発言が若干修正されたようだが(さすが「ケヴィン時間」 / 編集者註:ケヴィンは徹底した完璧主義者として知られており、『Loveless』リリース時、制作の度重なる遅延およびレコーディングの長期化によって、レーベルは倒産寸前にまで追い込まれたという逸話がある)、まずは目前に迫った来日公演で披露するであろう新曲2曲を堪能し、来るべき新作に備えたい。
現代に息づくマイブラの遺伝子。北欧の美しきシューゲイザーたちに想いを馳せる
さて、そんなマイブラが30年前のアルバム『Isn't Anything』で全世界に撒いた「シューゲイザーの遺伝子」は、北欧のバンドたちにも受け継がれ、独自の進化を遂げてきている。ここでは北欧シューゲイザーの代表格をいくつか紹介していこう。
北欧諸国のなかで、最もシューゲイザーが発達しているのはスウェーデン。1995年に結成されたThe Radio Dept.は、ソフィア・コッポラ監督による映画『マリー・アントワネット』(2006年)で起用されたことにより、世界中で話題になったバンドだ。淡いエレクトロビートにシンセやエレキギターを塗り重ね、囁くように歌われる甘いメロディーを包み込んだそのサウンドは、煌びやかだが儚げなソフィアの映画世界とも深く共鳴する。
The Radio Dept.『Clinging to a Scheme』(2010年)を聴く(Apple Musicはこちら)
2016年の通算4枚目『Running Out of Love』をリリース以降、あまり目立った動きはないがマイペースに活動を続けているようだ。近年スウェーデンでは、「Luxury Records」が良質なバンドを次々と紹介しており、なかでもThe Sun DaysやWestkustあたりは注目株。
The Sun Days『Album』(2015年)を聴く(Apple Musicはこちら)Westkust『Last Forever』を聴く(Apple Musicはこちら)
ノルウェーの代表的なシューゲイザーといえば、Serena-Maneeshだ。「4AD」から2010年にリリースされた彼らの2ndアルバム『No 2: Abyss in B Minor』は、新世代シューゲイザーの傑作。エミル・ニコライセンのカリスマティックなボーカルと、Sonic Youthの暴力性とCocteau Twinsの耽美性を併せ持ったギターサウンドが特徴だ。
Serena-Maneesh『No 2: Abyss in B Minor』を聴く(Apple Musicはこちら)
最近だと、大阪の「Flake Sounds」から日本デビューを果たした、Teenage Fanclub的なポップネスも併せ持つStrange Hellos、Mogwaiあたりにも通じる大所帯のポストロックバンド、Spurvなどが注目株である。
Strange Hellos『Chromatic』(2017年)を聴く(Apple Musicはこちら)Spurv『Myra』(2018年)を聴く(Apple Musicはこちら)
音楽大国・アイスランドにも、シューゲイザーの遺伝子を受け継ぐバンドは多い。Sigur RosやMumはその筆頭だが、最近「Rimeout Recordings」から日本デビューしたVarも、Sigur Ros経由でシューゲイザーの要素を取り入れている。
Sigur Ros『Von』(1997年)を聴く(Apple Musicはこちら)Var『Vetur』(2017年)を聴く(Apple Musicはこちら)
フィンランドからは、哀愁漂うメロディーがHouse of Love辺りにも共振するNeøvや、Slowdiveと比較されることの多いScarlet Youth、メランコリックなメロディーと美しいコーラスがRideに通じるMumrunnerなど、良質なシューゲイザーバンドが次々と頭角を現している。
Neøv『Orange Morning』(2013年)を聴く(Apple Musicはこちら)Scarlet Youth『Goodbye Doesn't Mean I'm Gone』(2011年)を聴く(Apple Musicはこちら)
Mumrunner『Gentle Slopes EP』(2016年)を聴く(Apple Musicはこちら)
そして、Mewを生んだデンマークからは、ウサギの仮面を被ったブライアン・バッツのソロプロジェクト、Sleep Party Peopleが日本でも人気だ。
Sleep Party People『Lingering』(2017年)を聴く(Apple Musicはこちら)
こうやって改めて聴いてみると、雄大な自然や、メランコリックな音楽を好む国民性、ヨーロッパに影響された構築美など、北欧にはシューゲイザーと相性のよい要素が数多くある。北欧の固有の風土や文化と組み合わさることにより、シューゲイザーは独自の進化を遂げてきた。まもなく上陸するマイブラを目撃する前に、そんな北欧シューゲイザーにも想いを馳せてみてはいかがだろうか。
- イベント情報
-
- 『SONICMANIA 2018』
-
2018年8月17日(金)
会場:千葉県 幕張メッセ出演:
[CRYSTAL MOUNTAIN]
NINE INCH NAILS
MY BLOODY VALENTINE
CORNELIUS
電気グルーヴ[SONIC WAVE]
MARSHMELLO
CLEAN BANDIT
PETIT BISCUIT
UNKLE
中田ヤスタカ[SPACE RAINBOW]
『Brainfeeder Night In SONICMANIA』
FLYING LOTUS
THUNDERCAT
George Clinton & Parliament Funkadelic
Dorian Concept
Jameszoo
Ross From Friends料金:前売12,000円 プラチナチケット20,000円
-
- 『My Bloody Valentine単独公演』
-
2018年8月15日(水)
会場:東京都 豊洲 PIT
料金:8,500円(ドリンク別)
※未就学児入場不可