ストレスを捨て自分らしく暮らす。ある北欧雑貨店主の生き方

都会で働く私たちの毎日は忙しい。テレビやネットで飛び交う「働き方改革」「丁寧な暮らし」などの言葉を横目に、やらなくてはいけない仕事を片づけていく。いまの仕事や暮らしに満足しているのかもわからないまま1日を終えるような日々のなかで、時々、こんなことを思うことはないだろうか。

「自分らしい暮らしって何だろう?」

その漠然とした問いの答えを見つけに、東京・池袋駅から少し西へ移動した静かな街に暮らす、塚本佳子さんのもとを尋ねた。彼女は、ストレスを抱えながら、がむしゃらに働いた20年間の会社員生活を抜け出し、フリーランスの道を選んだ。そして、ライター・編集者として働く傍ら、夢だった北欧雑貨の店「Fika」を自宅の1階にオープンさせた。

塚本:自己紹介で、「小さいながらも都内に家を建て、フリーランスでライターをしながら、週末は自宅ショップの店主をしています」というと、思いどおりの人生を歩んでいる人と思われがちですが、とんでもありません。私の暮らしは結果論でしかなくて、何となく流されてきて、いまにたどり着いたというのが実情です。

塚本佳子さん
塚本佳子さん

多くの人がうらやむ暮らしを、「何となくたどり着いた結果」だと話す。自分のやりたいことをしながら生きるというのは、ごく一部の人が努力をして得られる特別なもの。そんな固定概念を覆すような回答が返ってきた。

塚本:どちらかといえば鈍感で、「いまが人生のチャンス!」という瞬間にも気づかないような性格です。だから、40代半ばになって、ようやく「自分らしい暮らしって、たぶんこういうことなんだろうな」というカタチを見つけた気がしています。ここにたどり着くまで、かなりの時間を要しました。その理由は、自身の鈍感さや流されやすい性格というのはもちろん、プライオリティーの勘違いや、自分にとって「肝心なもの」を見極められなかったことにあったのだと思います。

塚本さんは、40歳を目前に控えた頃、「自分らしい暮らしって何だろう?」ということをつらつらと考え出したという。それは、「自分らしく暮らしたい」という以前に、そもそも「自分らしさって何?」という問いからの始まりだった。

塚本さんの自宅キッチンに並ぶ北欧食器
塚本さんの自宅キッチンに並ぶ北欧食器

心の安定より、「お金の安定」を優先させていた会社員時代

塚本:思い返せば、私にとっての大きな転機は、40歳のときに「家を建てたこと」と、その2年後に「会社をやめたこと」でした。住宅ローンで莫大な借金を抱えたにもかかわらず、安定した会社員生活を手放すなんて、正気の沙汰とは思えませんが、この選択が私に「自分らしい暮らし方」を教えてくれました。

私は20代前半から約20年間、小さな編集プロダクションで編集者・ライターとして働いてきました。20代はただがむしゃらに与えられた仕事をこなすことで精一杯。少しずつ周りが見えるようになってからは、「会社をやめたい」「でもやめられない」という葛藤を繰り返していました。それも30代の約10年間ずっと。

塚本佳子さん

塚本:当時の私にとって何よりも優先されていたのが「経済的な安定」でした。もともと保守的な性格です。勤続年数も長くなり、キャリアを積んでいたことで、それなりに満足する給料をいただいていたし、やりがいのある仕事でもありました。けれど、会社の方針や人間関係には、年数を重ねるごとにズレを感じるようになっていきました。それでもやめなかったのは、仕事のやりがいが人間関係のストレスより勝っていたからではありません。

だから、やめたいほうに大きく気持ちが傾くと「仕事は生活費を稼ぐための手段」と割り切って、プライベートでストレスを発散してみたり、家を買うと決めたときは、「ローンのためにもう一度頑張ってみよう」と思い直してみたり、何かと会社で働き続ける理由をつけては、心のバランスを保っていた気がします。

しかし、「仕事」も「暮らし」のなかの一部。割り切ることなんてできないんですよね。

そう思うようになったのは、自分の仕事に誇りを持ち、楽しそうに、生き生きと働いている建築家さんや大工さんたちの姿を目の当たりにしたから。私は、自分の家を建てたことで、一気に会社から気持ちが離れていきました。なぜ私は嫌な場所でしぶしぶと仕事を続けているのだろうと。これを機に会社との関係は悪化。最終的には円満とはいえないかたちでの退社を余儀なくされます。

退職前に家が完成し、すでに自宅1階で雑貨店も始めていた塚本さん。しかし、お金のためと固執していた会社員生活を抜け出した彼女に、再就職の選択肢はなかった。生活の延長に仕事があると気づいたことで、「自分らしい暮らし」のヒントを見つけたのかもしれない。

自宅兼ショップ
自宅兼ショップ

塚本:20年の会社員生活を経て、フリーランスになること——正直、どれだけの不安にかられるのか想像もつきませんでした。ところが、実際に会社をやめてみると、不安よりも開放感や安堵感のほうが大きく、すーっと心が軽くなるのを感じました。

あれほど固執していた経済的な安定を手放してみて、はじめてストレスの本当の大きさがわかったのです。会社にしがみついているほうが安心と、ラクなほうに逃げているつもりでいたのに、じつは心身ともにきついほうを選んでいたのです。私にとっての真のプライオリティーは「経済的な安定」ではなく、「心の安定」だったことに気づきました。

 

ショップには塚本さんが厳選した食器やキッチン道具が陳列されている
ショップには塚本さんが厳選した食器やキッチン道具が陳列されている

固執していた自分。手放したことで得た、穏やかな日々

塚本:私の肩書きは会社所属から、「フリーライター」&「北欧雑貨の店Fikaの店主」へと変わりました。フリーになって4年。いまだ収入は会社員時代の半分以下。決して経済的に安定しているとはいえません。みんなが働いている昼間に家にいること、自由への罪悪感に不安を覚えることもありました。でも、経済的な安定を手放したことで、手に入れたものもあります。

1つは「何かに固執することが少なくなった」ことです。私にとって家はとても大切なものであり、いまの暮らしになくてはならないものですが、一生暮らす場所とは思っていません。経済的に、にっちもさっちもいかなくなったら売ればいいと思っているくらいです。そんな思いが、経済的な不安も吹き飛ばしてくれます。

そして2つ目は、「穏やかに日々を暮らせるようになった」こと。会社員時代の私は、つねにイライラして、何かと戦い、正体不明の不安にかられ、胸の真ん中に重いものが居座っているような、どんよりとした気持ちをいつも抱えていました。

フリーになり、煩わしかった人間関係から解放され、大好きな家で、自分のペースで仕事ができるようになってから、いつの間にか胸の真ん中にあった重いものはどこかへ行ってしまいました。その正体がストレスだったことに気づいたとき、ようやく、私にとっての「自分らしい暮らし」とは、「ストレスから解放されて、気楽に暮らすこと」だとわかったのです。

塚本佳子さん

塚本:もちろん、気持ちに余裕が持てない日だってあります。そんなとき、お手本にしているのが、スウェーデンのお茶文化「フィーカ」です。一旦立ち止まり、ゆっくりと甘いお菓子を食べながらお茶を飲む。いまの暮らし方になってから手に入れた大切な時間です。

店名に「Fika」と名づけたように、私はスウェーデンのフィーカ文化が大好きです。単にお茶を飲むというだけでなく、フィーカにはさまざまな意味が込められています。精神的なリラックス、仕事の効率化、円滑な人間関係……。北欧文化を知るにつけ、北欧の人たちのゆったりとした大らかさの理由は、きっと日々のフィーカにあるとさえ思っているくらいです。

会社員時代、必要以上に仕事とプライベートを分けることに固執し、極力、家には仕事関連の資料を持ち込まないようにしていました。しかし、いまは我が家で打ち合わせをすることも増えています。打ち合わせ中や終わった後に、来てくださった方々とゆったりとフィーカを楽しむのが習慣になっています。会社員時代はあれほどこだわっていた公私の線引きなのに、取っ払ってみると、あの頃よりもクライアントの方々との距離が近くなった気がしています。

1年前から一緒に暮らす、愛猫のぐーちゃん
1年前から一緒に暮らす、愛猫のぐーちゃん

フリーランスになったいまでも、平日は編集・ライターの仕事をして、週末だけ雑貨店を開けている塚本さん。もっと活動的にすることもできるはずだが、「いまは、自分のできる範囲でやる」と決めたという。陽の光が差し込む部屋で穏やかな笑顔を見せる塚本さんの姿に、肩肘張っていた自分の身体が和らぐのを感じた。

塚本:結果論ではあるけれど、いまの生活を選んだことで、暮らしも人間関係もとてもラクになりました。そして、自分にとって「固執しているもの」が本当に必要なものなのか、手放してみないとわからないこともあるのです。

悩んで、ウジウジして、流されるままに過ごしてきた私は、何ひとつ、積極的に人生の選択をしてこなかったと思っていました。でも、これまでを振り返ると、流される方向はそれなりに自分で舵取りをした結果なんですよね。結局、人生は結果オーライ! そう思えるようになったのは、「自分らしい暮らし」に気づけたからだと思います。

塚本佳子さん

最後に塚本さんは、「結果的に私はフリーランスが合っていただけで、フリーランス=自由ではないし、全員の正解ではない」と語った。自分らしい暮らしとは何か。それは会社員、フリーランスなどの肩書きで決まるものではなくて、自分のなかで大切にしたいものを見つけて、それを実現できる環境に身を置くことではないだろうか。その一歩として、自分の暮らしのなかで優先すべきことは何かを見直す機会をつくってみてはどうだろう。

プロフィール
塚本佳子 (つかもと よしこ)

編集者・ライター。書籍などが中心の編集プロダクションに20年勤務した後に、退職。現在は、フリーランスで活躍中。30代後半のときに一軒家を購入し、週末のみ営業する北欧雑貨の店「Fika」を自宅の1階にオープンさせる。著書に『小さくてかわいい家づくり』(新潮社)、『Fika』(Pヴァイン)などがある。



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「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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