菊地成孔の映画コラム ベルイマンの「喜劇」は北欧文化の裏遺産

菊地成孔の映画コラム ベルイマンの「喜劇」は北欧文化の裏遺産

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菊地成孔
編集:川浦慧

『魔術師』は、明らかな「喜劇作品」である

1955年の『夏の夜は三たび微笑む』、1958年の『魔術師』は、ベルイマンの数少ない「明らかに喜劇作品」とすべきフィルムである。順序が逆になるが、特に後者『魔術師』は、ベルイマンの生涯フィルモグラフィーの中でも、語り継がれる「神の沈黙」という神学議論の最大難問を扱って傑作を連発していた、中期前半の全盛期に製作されており、前年があの『野いちご』と『第七の封印』、翌々年があの『処女の泉』という流れで、世界映画史上最強のインフルエンサーとして、深遠で演劇的かつ神話的な画面構築から、前述の神学的、哲学的テーマ性まで、イメージを決定的にフィクスした時期に製作されている。

『魔術師』© 1958 AB SVENSK FILMINDUSTRI
『魔術師』© 1958 AB SVENSK FILMINDUSTRI

『野いちご』© 1957 AB Svensk Filmindustri
『野いちご』© 1957 AB Svensk Filmindustri

『第七の封印』© 1957 AB SVENSK FILMINDUSTI
『第七の封印』© 1957 AB SVENSK FILMINDUSTI

『処女の泉』© 1960 AB Svensk Filmindustr
『処女の泉』© 1960 AB Svensk Filmindustr

『魔術師』のテーマは「世界で初めて知性で神を殺し、教会権威の失墜と引き換えに、科学主義をあてがった欧州人の苦悩」といった様なもので、旅芸人である魔術師一行が、勝ち組でこそあれ、新進の勢力だった反教会的な人々(科学者、警察、政治家)の前でパフォーマンスし、それを悪意的に嘲笑されたり、脅威を与えたりする事で、「そもそも、宗教自体がインチキな魔術を権威にまで高めたものではないか?」という、欧州人の通奏音的な問題意識を、個人的なトラウマと結びつけたベルイマン(彼は父親が位の高い牧師でありながら、家庭人としてはDVがひどく、生涯、宗教への敬虔さと不信に引き裂かれた)の、ある種悲壮なまでの決意によるものだが、明らかな喜劇である。

もう笑うしかないマックス・フォン・シドーの、フー・マンチューみたいな珍装や珍演(奥さんがモテるのを嫉妬して誰彼構わず殴ってしまう自分を、ベッドでメソメソ泣きながら反省したり)に始まり、ベルイマンのミューズである名女優イングリット・チューリンの、宝塚みたいな男装の麗人ぶり、敵役の警察署長の、もうコントの小道具のようにズレたカツラ、同世代人であるフェリーニもかくやといった、上流階級マダムの性的欲求不満ぶり、後に『仮面 / ペルソナ』(1967年)で、発狂する看護婦を見事に案じた、ビビ・アンデショーンの、マリリン・モンローのようなコメディエンヌぶりは、「え? これ、笑うとこだよね? 笑っていいんだよね? え? どっち? 面白いんだけど……ベルイマンだし」といった、煩悶的な時間を観客に提供する。

『夏の夜は三たび微笑む』の尿意を我慢させられ続けるような煩悶の快感こそ、北欧文化の裏の遺産

先んじる『夏の夜は三たび微笑む』は、明らかにシェイクスピア喜劇に影響を受けた艶笑もので、後の『魔術師』にそっくりそのまんま受け継がれる「フー・マンチューみたいな、変な髪型」などの、いわゆる顔オチや、作劇の中枢を律している下ネタ等々、下品ギリギリの内容でありながら、合衆国だったら絶対に無理であろう(同年の喜劇映画人にはチャップリン、キートン、フランスだったらジャック・タチがいた)、現在の目で見ても濃厚でモダンなエロティシズム(北欧が「性転換手術の出来るポルノの国」という汚名を着ていた20世紀においても、誰もベルイマンの喜劇作の中に、そうしたものを見出そうとはしなかった)、ベルイマン調の凄まじい画面構築美、エロティックコメディーでありながら、多数の登場人物の諸関係が複雑に交錯する、劇作のような脚本などによって構成された、つまり隙の全くない、美しい精密機械か宗教美術のようなエロ喜劇である。とてもではないが、安心して笑ったり、軽く健康的に欲情したりできない。

『夏の夜は三たび微笑む』© 1955 AB Svensk Filmindustri
『夏の夜は三たび微笑む』© 1955 AB Svensk Filmindustri

この、尿意を我慢させられ続けられているような煩悶の快感こそが、ベルイマンの長い人生の中でも数少ない、異形の喜劇が観客に与える最大の効果として遺されており、これはベルイマンが普通に諧謔的な喜劇を作ったつもりが、身に染み付いた、北緯59度線以北の深いシリアスリーとコンフリクトして生じた、北欧文化の裏の遺産だと言える。

近作だと最近では『フレンチアルプスで起きたこと』(2014年)、『ザ・スクエア / 思いやりの聖域』(2017年)のリューベン・オストルンドのように、「北欧式モンティ・パイソン」とも呼べるほどの、ブラックで痛快かつ、重厚な喜劇を作る監督も出てきたが、まだまだ「安心してゲラゲラ笑ったり、健康的に軽く欲情したり」からはほど遠い。世界中の、コメディー、SF、ポルノにまで引用されているというのに、イングマール・ベルイマンの威光は凄まじいほどだ。「寒い国からの笑い」を、我々は求めているのだろうか? 忘れているのだろうか? 諦めているのだろうか?

『ベルイマン生誕100年映画祭』が7月21日(土)よりYEBISU GARDEN CINEMA他全国順次ロードショー
『ベルイマン生誕100年映画祭』が7月21日(土)よりYEBISU GARDEN CINEMA他全国順次ロードショー(サイトで見る

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『ベルイマン生誕100年映画祭』
『ベルイマン生誕100年映画祭』

7月21日(土)よりYEBISU GARDEN CINEMA他全国順次ロードショー

連載『菊地成孔の北欧映画コラム』

ジャズミュージシャン、文筆家の菊地成孔が、北欧にまつわる映画人にスポットを当てたコラムを連載形式でお届けします。ジャンルを横断した造詣の深い書き手が、多様な視点から見る、その土地や文化、時代を書き綴ります。

プロフィール

菊地成孔(きくち なるよし)

1963年生まれの音楽家 / 文筆家 / 大学講師。音楽家としてはソングライティング / アレンジ / バンドリーダー / プロデュースをこなすサキソフォン奏者 / シンガー / キーボーディスト / ラッパーであり、文筆家としてはエッセイストであり、音楽批評、映画批評、モード批評、格闘技批評を執筆。ラジオパースナリティやDJ、テレビ番組等々の出演も多数。2013年、個人事務所株式会社ビュロー菊地を設立。

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