『マイティ・ソー』『アベンジャーズ』好きに捧ぐ北欧神話ガイド

意識せずとも、生活や文化の中に浸透している北欧神話

ユグドラシル(世界樹)、ベルセルク(異能の戦士)、ラグナロク(終末の日)、ヨトゥン(霜の巨人)、ムスペル(炎の巨人)、オーディン(北欧神話の主神)、ヴァルハラ(オーディンの宮殿)などなど。もし北欧神話について何も知らない人でも、映画や小説やアニメやロールプレイングゲームやポップミュージックで、北欧神話に由来する言葉に一度も出会ったことがない人はほとんどいないだろう。

また、北欧神話の影響下にあるのは創作物に限らない。例えば英語の水曜日(Wednesday)の語源はオーディン(Woden)、そして木曜日(Thursday)の語源は、今や『マイティ・ソー』シリーズによって北欧神話で最も有名な神となったソー(Thor)に由来している(ちなみにTuesdayもFridayも同じくその語源は北欧神話由来だ)。北欧神話の世界は、それとは意識せずとも、我々の生活の中にすっかり溶け込んでいる。

ソー / © 2017 MARVEL © 2018 MARVEL
ソー / © 2017 MARVEL © 2018 MARVEL

オーディン。『マイティ・ソー』シリーズでは、ソーの父親という設定 / © 2017 MARVEL © 2018 MARVEL
オーディン。『マイティ・ソー』シリーズでは、ソーの父親という設定 / © 2017 MARVEL © 2018 MARVEL

もっとも、北欧神話をモチーフとする創作物のすべてが、その神話世界への深い見識や理解に基づいているとは限らない。ネタ元としてあまりにもポピュラーなギリシア神話やキリスト教の聖書とは異なり、英語の語感とも違う北欧神話に出てくる固有名詞や用語は、ミステリアスでエキゾチックな雰囲気をまとうにはもってこいということなのだろう。北欧神話のエピソードからダイレクトに影響を受けているものだけでなく、それ以上に目につくのが、用語だけの借用や、そこから作り手が独自にイメージを膨らませた、言ってみれば「着想のきっかけ」としての北欧神話のモチーフだ。

北欧神話とキリスト教における神の違い

では、そうした上辺だけではない北欧神話の物語、思想とは一体どういうものなのか? その世界には数えきれないほどの文献があり、研究者もたくさんいるので迂闊なことは言えないが、簡単に説明を試みてみよう。

北欧神話がまさに「北欧」(ここでいう「北欧」とは現在のノルウェー、スウェーデン、デンマーク、アイスランドおよびフェロー諸島の地域。もともと北ゲルマン系民族のいなかったフィンランドには固有のフィンランド神話がある)で広まったのは、これらの地域のキリスト教化がヨーロッパの他の地域と比べて遅れたためだと言われている。そこでは土着の信仰(言うまでもなく、その時代の「神話」は、その土地の信仰に基づいている)が、13世紀以降にキリスト教化されてからも口承によって人々に伝えられていった。

というわけで、キリスト教との対比でみてみるとわかりやすいかもしれない。まず、北欧神話では、「この世界は神によって一から創造された」とするキリスト教や他の宗教と違って、「この世界は神々が現れる前からあった」とされる。北欧神話において生命の始源とされる火や氷などの自然の現象は、神々が現れる前からそこにある。

そして、そこでの神々は絶対的な存在ではなく、それぞれが人間的な人格を持って一生を生きて、死んでいく。『マイティ・ソー』シリーズにおけるソーやロキが「神」でありながらも基本的には我々の生きる世界における部外者、まるで異星人のように描かれていることに違和感を覚える人もいるかもしれないが、大筋においてその「神の位置付け」は間違ってはいないのだ。

ロキ。『マイティ・ソー』シリーズでは、ソーの義理の弟という設定/ © 2017 MARVEL © 2018 MARVEL
ロキ。『マイティ・ソー』シリーズでは、ソーの義理の弟という設定/ © 2017 MARVEL © 2018 MARVEL

もうひとつ、北欧神話における、他の宗教や神話とは異なる最も大きな特徴は、「ラグナロク」という言葉で表されるその終末観だ。「ラグナロク」が日本での様々な文献や創作物でしばしば「神々の黄昏」と訳されてきたことからもわかるように、北欧神話における「世界の終わり」は世界や人類の滅亡を意味するのではなく、この世界における「神の不在」を意味する。言ってみれば、我々が生きているこの世界は、「ラグナロク」以降、つまり神々がいなくなって以降の「没落した世界」なのだ。

北欧神話に接続する、「北米神話」としての『マイティ・ソー』

昨年(2017年)11月に世界同時公開された『マイティ・ソー』シリーズ第3作、『マイティ・ソー バトルロイヤル』の原題は『Thor: Ragnarok』。北欧神話にあまり親しみのない日本の観客に「ラグナロク」という言葉がわかりにくいと判断されたのか、神々の最終決戦をイメージさせる「バトルロイヤル」というわかりやすい邦題がつけられた。

『マイティ・ソー バトルロイヤル』のクライマックスで使用されたLed Zeppelinの“Immigrant Song”は北欧をモチーフにした楽曲として知られる

日本の「ソー」ファンの間では、北欧神話を蔑ろにしたその邦題を非難する声も少なくなかったが、その一方で、この「バトルロイヤル」というタイトルが「わかりやすくていい」と評価する記事をアップした北米のファンメディアもあった。どうやら、北欧神話ワードとしては一、二を争うほどポピュラーな用語である「ラグナロク」でさえ、(もちろん北欧の人々は別だろうが)海外でもそこまで一般的に広く認知されているというわけではないようだ。

それでも、『マイティ・ソー』シリーズ、及びその主要キャラクターであるソーやロキが活躍する『アベンジャーズ』シリーズの圧倒的な影響力、北欧神話への深い知見を反映させた人気ドラマ『アメリカン・ゴッズ』の登場、さらには、直接的に北欧神話をモチーフにした作品ではないものの日本を除く全世界的『ゲーム・オブ・スローンズ』ブームといった流れの中で、若い世代にも神話の世界に関心を持つ層が増えているのは間違いないだろう。

そもそも、「マイティ・ソー」というキャラクターを生み出したマーベルに限らず、DC(DCコミックス、マーベル・コミックと並ぶアメリカンコミックス出版社)の作品も含めたアメリカンコミックスの世界は、「北欧神話」ならぬ、アメリカ合衆国が生み出した現代の「北米神話」という側面がある。いわば『マイティ・ソー』は、その歴史の浅い「北米神話」を深遠なる「北欧神話」に繋げようとする試みでもあったのだ。

北欧神話は、現代のポップカルチャーを理解するための「必修科目」になる?

『マイティ・ソー』シリーズ、及び『アベンジャーズ』シリーズを追ってきてある時期までずっと引っかかっていたのは、何度ソーたちを裏切っても、何度捕まっても、何度死にかけても、そして時には地球全体を危機に陥れるきっかけ(『アベンジャーズ』第1作)となっても、シレッと主要キャラクターたちの横で不敵な笑みを浮かべ続けているロキの存在だ。

左から:ハルク、ソー、ヴァルキリー、ロキ / © 2017 MARVEL © 2018 MARVEL
左から:ハルク、ソー、ヴァルキリー、ロキ / © 2017 MARVEL © 2018 MARVEL

演じているトム・ヒドルストンとのキャラクターの相性の良さもあって、その一切悪びれることのない振る舞いはチャーミングであるが、「ストーリー上あまりにも都合良く使われてないか」という違和感を覚えるのは、筆者だけではないだろう。しかし北欧神話を少しかじってみると、そこでのロキの呆気にとられるしかないトリックスターぶりを知っていくにつれ、「まぁ、あのロキだから仕方ないよな……」という結論に至るのだ。

コミックや映画の『マイティ・ソー』シリーズにおいてロキはオーディンの養子、つまりソーの義弟という設定だが、北欧神話の一般的な解釈では、ロキはオーディンの義弟、つまりソーにとっては叔父にあたる。神話の中でのロキは自身の性別さえも自由自在に変えて、常に他人を騙したり陰謀に陥れたりしていく。

一方、オーディンの黄金の腕輪ドラウプニルや、ソーの武器であるムジョルニア(ミョルニル、トールハンマーとも呼ばれている)も、元はといえばロキがドヴェルグ(小人族)の兄弟、ブロックとエイトリをそそのかして作らせたもの(ムジョルニアの柄が妙に短いのも、蝿に化けたロキがブロックの作業の邪魔をしたせいだ)。それらもろもろをふまえると、『マイティ・ソー』シリーズにおけるロキの、物語全体の枠組を揺るがしかねない超越的な振る舞いにも納得してしまう。

左から:ソー、キャプテン・アメリカ / © 2017 MARVEL © 2018 MARVEL
左から:ソー、キャプテン・アメリカ / © 2017 MARVEL © 2018 MARVEL

このように、必ずしも細部が北欧神話に忠実というわけではないものの、『マイティ・ソー』の各キャラクター、各エピソードを楽しむ上で、北欧神話について少しでも知見があると一気に視界がクリアになることがある。いや、それだけでなく、「神々のいない世界」(=「ラグナロク」以降)に生きている我々にとって、もしかしたらそのうち北欧神話は、ますますその参照点を増していく映画やテレビドラマやゲームといったカルチャー全体をより深く理解する上での「必修科目」となっていくかもしれない。

『マイティ・ソー バトルロイヤル』ジャケット / © 2018 MARVEL
『マイティ・ソー バトルロイヤル』ジャケット(公式サイトを見る) / © 2018 MARVEL

作品情報
『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』

2018年4月27日(金)から全国公開

監督:アンソニー&ジョー・ルッソ
出演:
ロバート・ダウニーJr.
クリス・エヴァンス
ベネディクト・カンバーバッチ
トム・ホランド
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン

リリース情報
『マイティ・ソー バトルロイヤル MovieNEX』

2018年3月7日(水)発売
価格:4,320円(税込)

監督:タイカ・ワイティティ(監督、出演)
主演:クリス・ヘムズワース

『マイティ・ソー バトルロイヤル 4K UHD MovieNEX』

2018年3月7日(水)発売
価格:8,424円(税込)

監督:タイカ・ワイティティ(監督、出演)
主演:クリス・ヘムズワース

『マイティ・ソー バトルロイヤル 4K UHD MovieNEXプレミアムBOX』

2018年3月7日(水)発売
価格:15,120円(税込)

『ブラックパンサー MovieNEX』

2018年7月4日(水)発売
価格:4,320円(税込)

監督:ライアン・クーグラー
主演:チャドウィック・ボーズマン

『ブラックパンサー 4K UHD MovieNEX』

2018年7月4日(水)発売
価格:8,424円(税込)

『ブラックパンサー 4K UHD MovieNEXプレミアムBOX(数量限定)』

2018年7月4日(水)発売
価格:15,120円(税込)
※2018年6月6日(水)先行デジタル配信開始

その他

『アベンジャーズ & アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』ブルーレイセット(6,000円+税)、DVDセット(4,000円+税)が5月31日までの期間限定出荷。『アイアンマン2』、『マイティ・ソー』、『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー』MovieNEXで新登場(各4,000円+税)。 ※上記以外のMovieNEXも、期間限定のオリジナル アウターケース付きで発売中(9月28日までの期間限定出荷)



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「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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