世界最大級の音楽ストリーミングサービス「Spotify」の野本晶と、カセットテープカルチャーを牽引するカセット専門店「waltz」の角田太郎が送る音楽業界両極対談。前編では、対極の立場から見えてくる音楽業界の最前線についてたっぷり語っていただいた。
後編では、Spotifyがスウェーデン発祥の音楽サービスということで、二人に「北欧音楽」をテーマにSpotifyのプレイリストを作ってもらった。レコード会社を経て、日本でのサービス立ち上げを行った野本と、レコードショップ「WAVE」でのバイヤー経験を持ち、今もBGMのディレクションの仕事も多いという角田。どんなプレイリストになったのだろうか? まずはwaltz角田からスタート。
1曲目(角田):Múm“Marmalade Fires”(2007年)
角田:Múmはアイスランドのバンドで、今回選んだものの中では比較的メジャーですね。彼らは本当に楽曲が美しい。この曲は『Go Go Smear the Poison Ivy』というアルバムからシングルカットされた曲で、有名ではないですが、このプレイリストを自分の店でかけてもしっくりくるものにしたかったんで、そういう感性で選んでます。張り詰めるような空気感が音楽の中にパッケージされていますね。
左から:野本晶(スポティファイジャパン)、角田太郎(waltz)
―アイスランドの首都レイキャビクって、人口が33万ほどで(2016年9月時点)金沢市と一緒くらいらしいんです。そんな小さい都市からビョークとMúmとSigur Ros、最近だとアウスゲイルが出てきている。
角田:あの辺の人たちはもうグローバルな存在ですよね。でもやっぱり、アイスランドじゃないと生まれないような空気感があると思いますね。
2曲目(角田):アグネス・オベル“Just So”(2009年)
角田:これはアグネス・オベルというデンマークの女性シンガーソングライターですね。凛とした空気感を漂わせるアーティストです。北欧って透明感のある音楽が多いと思うんです。白夜を思わせるような、凛とした緊張感がある楽曲がすごく多い。今回のプレイリストではそういうイメージのものを選んでます。
―日本での知名度はあまりないアーティストかもしれません。
角田:でも、日本の企業のテレビCMで使われたらヒットしそうですね。実際に、この曲は彼女のヨーロッパでのデビューシングルなんですが、ドイツのテレビCMにも抜擢されたみたいです。
3曲目(角田):スティーナ・ノルデンスタム“Sailing”(1998年)
角田:スティーナ・ノルデンスタムは結構有名な人で、1990年代から活動してるスウェーデンの女性シンガーソングライターです。これは僕が「WAVE(1983年に六本木で開店したレコードショップ。音楽をはじめ様々な文化を発信していたが、1999年に惜しまれつつ閉店した)」にいたときから売っていました。
―1990年代にはThe Cardigansなどスウェディッシュポップのムーブメントもありましたが、そのあたりの人でしょうか。
角田:それよりももっと前の人です。僕、スティーナの1stアルバム『Memories Of A Color』(1991年)と2ndアルバム『And She Closed Her Eyes』(1994年)がすごく好きなんですけど、それがSpotifyになかったんですよね。だから、実はあんまり聴いていなかった4thアルバム『People Are Strange(1998年)』から選んでいます。
4曲目(角田):Kings Of Convenience“Toxic Girl”(2001年)
角田:Kings Of Convenienceも比較的メジャーですね。今回、5曲すべて違う国のアーティストを選んでいて、彼らはノルウェーのアコースティックポップデュオです。英語で歌っているので世界各国からも評価されていますけど、アコースティックで清涼感がありながらも、どこか緊張感があって、やっぱり北欧っぽいですよね。
5曲目(角田):ラウ・ナウ“Ystäväni Nosferatu”(2012年)
角田:最後はラウ・ナウというフィンランドの女性シンガーソングライターです。ストリングスの音が北欧らしさを感じさせますよね。僕が知ってる北欧のアーティストは、ピアノとストリングスを使っている曲が多い。単純なロックにならないんですよね。ちょっとクラシカルな雰囲気があったりとか。
―これはどうやって知ったんでしょう?
角田:もともとCDを持ってて、聴いてたんです。これを選曲するにあたって「こんな曲もSpotifyで出てくるんだ」っていう驚きがありましたね。
1曲目(野本):トーヴ・ロー“Cool Girl”(2016年)
―野本さんのプレイリストはどうでしょう?
野本:僕は25曲入りのプレイリストを作ったんですけれど、そこからの5曲ですね。まずトーヴ・ローは今世界的にも売れてるスウェーデンの女性アーティストで、日本でもユニバーサルからメジャーリリースされています。キラキラ系ポップのEDMだけど、どこかしら北欧っぽいという。
―その北欧っぽさってどういうところなんでしょう?
野本:なんか優しい光のような印象なんですよね。グイグイ来ない感じがするというか。彼女はすごく人気で、今月にSpotify上で彼女の曲を聴いたリスナーが680万人いるんです。スウェーデンは人口約1000万人(2017年1月時点)と小さい国なので、一番聴かれている国はアメリカ、次がイギリス。次がスウェーデン、ノルウェー、5番目にメキシコです。
―メキシコで人気なのは意外ですね。
野本:グローバルのサービスではそういうことが起こる。そこも面白いなと思います。
2曲目(野本):アウスゲイル“King and Cross”(2014年)
野本:僕も北欧各国から選んでいて、今度はアイスランドから。アウスゲイルは、ビョーク、Sigur Ros、Múmといったアイスランドの良き伝統を紡いている感じがしますよね。彼、うちのオフィスで2017年5月に発売した2ndアルバム『Afterglow』の試聴会とアコースティックライブをやってもらったんです。
―それは貴重ですね。
野本:アウスゲイルは打ち込みのイメージがあるけれど、アコースティックでセッションもできるタイプのアーティストなんですよね。実は同じ北欧とはいえ、アイスランドでSpotifyのサービスが始まったのは最近で。たぶんネット環境が整っていなかったりとか、人口が少ないっていうのもあるのかもしれないですね。
3曲目(野本):Nicole Willis and THE SOUL INVESTIGATORS“If This Ain't Love(Don't Know What Is)”(2007年)
野本:僕はソウルミュージックが好きなんですが、これはスウェーデンに行ったときにその手のレコード屋でオススメしてもらったアルバムですね。「何でもいいからオススメを教えて」って言ったら、このアナログを聴いた方がいいよって。フィンランドのファンクグループで、ノーザンソウル(1960年代~70年代に生まれた8ビートのアップテンポなソウルミュージック)なんですよね。
Nicole Willis and THE SOUL INVESTIGATORSのアナログ盤LP『TORTURED SOUL(2013年)』
―スウェーデンのどういう方に教えてもらったんですか?
野本:Spotifyの本国の社員に、「RAMM」というハウスミュージックのプライベートレーベルを持っているやつがいるんですよ。彼が「ソウルミュージックならここがいい」というお店でオススメされました。
―なるほど。すごくローカルなつながりですね。
野本:面白いのは、Spotifyに「Discover Weekly」という機能があるんですね。これまでSpotifyで聴いてきた音楽の履歴やそれらの音楽的な特性などを解析したアルゴリズムをもとに自分がまだ聴いたことがないオススメの曲が毎週自動で更新されるプレイリストなんですが、それでちょうどこのアーティストの新作が流れてきて。「この曲いいじゃん」ってポチッとアーティスト名を押したら、もともと好きなアーティストだったという(笑)。日本ではまだない機能ですが、半年以内には実装されると思います。
4曲目(野本):Bo Kaspers Orkester“Allt ljus pa mej”(1998年)
野本:Bo Kaspers Orkesterは、僕がソニーミュージックにいたときに知ったスウェーデンのアーティストですね。かっこいい洋楽のアルバムがあると思って、『I centrum』(1998年)だけ知っていたんです。最近のリリースは追いかけていなかったんですけど、これもSpotify上で再び出会ってまだ活動していることを知って。改めていいなと思いましたね。
―今だとSuchmosとかが好きなリスナーがハマりそうですね。
野本:そうですね。Jamiroquaiの系統かもしれないです。
5曲目(野本):セリア・ネルゴール“Be Still My Heart”(2005年)
野本:セリア・ネルゴールはノルウェーのミュージシャンですね。僕はジャズも好きなんで、北欧ジャズで一番有名そうな人のアルバムを何人か買ってみて、そこで出会った。今は妙齢のおばさまなんですけど、当時は結構お綺麗な方で。ポップス路線でデビューしたんですけど、1990年代くらいからジャズに傾倒したんです。北欧らしさも感じられるジャズですね。
―北欧はジャズも盛んですよね。
野本:盛んですね。メタルも強いし、街を歩いていてもガチのパンクの格好をしたようなヤツもいる。いろんな音楽文化が混在しているのが面白いですね。
DIYカルチャーの醍醐味。自作カセットテープのサプライズプレゼント
―お二人に北欧音楽を選んでいただきましたが、いかがでしたか?
角田:実は今日、野本さんにプレゼントしようと思って自作のカセットテープを作ってきたんですよ。カセットテープはDIYカルチャーということもあるので。
野本:最高ですね! ありがとうございます。
角田:この企画のために選んだ5曲を含む18曲入りのミックステープを作りました。カセットテープの楽しみ方ってこういうところにあるんですよね。
野本:このインダストリアルなボックスもまたいいですね。
角田:これがうちで扱ってるギフトボックスなんですけど、その中にカセットテープが入っているので。ぜひご覧ください。
野本:Spotifyで音楽を探して、作ったプレイリストをカセットテープにして誰かにプレゼントする。こんな楽しみ方もあるんですね。これはカセットプレイヤーを買わないと(笑)。
- プロフィール
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- 野本晶 (のもと あきら)
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1970年生まれ、愛媛県出身。スポティファイジャパン株式会社でライセンス&レーベルリレーションズディレクターを務める。ソニーミュージック、ソニー・コンピュータエンタテインメント(現・ソニー・インタラクティブエンタテインメント)、ゾンバ・レコーズ・ジャパン、ワーナーミュージック・ジャパンを経て、2005年からiTunes株式会社にてミュージック担当としてiTunes Storeの立ち上げに参加。2012年9月より現職。
- 角田太郎 (つのだ たろう)
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1969年生まれ、東京都出身。CD・レコードショップの「WAVE」でバイヤーを経験後、2001年にアマゾンジャパンに入社。音楽、映像事業の立ち上げに参画し、その後、書籍事業本部商品購買部長、ヘルス&ビューティー事業部長、新規開発事業部長などを歴任し、2015年3月に同社を退社。同年8月、中目黒にカセットテープやレコードなどを販売するセレクトショップ「waltz」をオープンした。