Spotify×カセット店waltzの両極対談 激変する音楽業界の未来は?

2008年にスウェーデンでスタートし、昨年日本にも上陸した世界最大級の音楽ストリーミングサービス、Spotify。2017年3月には世界全体で有料会員数が5000万人を超えたことも発表され、音楽ファンにはお馴染みの存在となっている。

そして今、テクノロジーが音楽の聴き方をドラスティックに変えつつある一方、レトロだと思われていたアナログな音楽ソフトにも注目が集まっている。世界的に売り上げが伸びているアナログレコードに続き、徐々に巻き起こりつつあるのがカセットテープカルチャー。そのムーブメントの牽引役が、世界的にも珍しいカセットテープ専門ショップの「waltz」だ。2015年、中目黒に店を立ち上げたオーナーの角田太郎は、レコードショップのバイヤーなどを経て、「Amazon.com」の日本法人立ち上げを成功させたキャリアの持ち主でもある。

今回はスポティファイジャパンの野本晶とwaltzの角田太郎の対談が実現。最先端のストリーミング配信とアナログなカセットテープという対極なスタンスから音楽に携わる両者に、それぞれの現実と夢を語ってもらった。

聴きたい音楽はSpotifyにあるから、モノとしてほしいときはCDじゃなくアナログを買うようになったんです。(野本)

―まずは野本さん、Spotifyが日本でサービスを開始してからだいたい半年くらいですが、手応えはどんな感じでしょうか?

野本:今は音楽好きのユーザーが集まってくれている段階です。一般層の方の認知はこれからだと思うんですけど、実はわざとそうしているところがあって。海外でも最初は音楽好きが集まってくれて、その人たちがSpotifyを広めてくれたんですね。

左から:野本晶(スポティファイジャパン)、角田太郎(waltz)
左から:野本晶(スポティファイジャパン)、角田太郎(waltz)

―音楽好きのユーザーというと、どういう層をイメージしているんでしょう?

野本:個人的な感触なんですけど、日本の音楽好きは二つのレイヤーにわかれていると思うんです。一つは自ら音楽を探して聴いている層、もう一つは特定のアーティストの熱心なファンだけれど、他の音楽をどう探せばいいのかわからないという層。既にSpotifyのユーザーになっていただいているのは前者の人たちで、これから準備を整えてSpotifyに誘っていこうとしているのは後者の人たちですね。

―角田さんはwaltzを立ち上げて1年半くらいですが、お店をやってきての手応えはどんな感じですか?

角田:描いていたプランよりも順調です。でも、今が勝負どころだとは全然思っていなくて、まだまだこれからですね。インターネットを使わずにどうやってビジネスを成立できるかチャレンジしているので、通販もSNSもやっていないんです。そんな何もしていない状況にもかかわらず、認知は広まっていると思いますね。おかげさまで店以外の仕事がすごく入るようになった。BGMや音楽的な空間のディレクションもやるようになって。面白いことができているとは思っています。

角田太郎(waltz)

―野本さんはSpotify、角田さんはwaltzについての取材はたくさん受けていると思いますが、お二人が一緒に取材を受けるのは初めてですよね。

野本:そうですね。異業種格闘技戦はまだなかったです(笑)。

―Spotifyというデジタルなストリーミングサービスと、アナログの象徴としてのカセットテープには、ある種の対極的なイメージがある。とはいえ、お二人にはどこかしら共通する感覚もあると思うんですね。なので、まずは野本さんにお伺いしたいんですが、Spotifyをやっている目線から、カセットテープカルチャーをどう捉えていますか?

野本:個人的には、ここ2年ほどで、CDを買わなくなっちゃったんですよ。なぜならば僕は洋楽好きで、そうなると聴きたい音楽は全部Spotifyにあるから。それに、あるときからCDのプラスティックのケースがすごくチープに思えてしまって、モノとしてほしいものはアナログ盤のLPを買うようになったんです。カセットテープはその対極で、CDよりもっとチープに見えながら、それでいてアートっぽい存在感もある。面白いですよね。

カセットテープムーブメントが起きているなんて思っていないです。ただ、そうなる予兆は確実にある。(角田)

―野本さんの周辺でもそういう感覚を持った人が増えている実感はありますか?

野本:たとえば、Spotifyの本社はスウェーデンにあるんですけど、スウェーデンはもう完全にデジタルで音楽を聴く環境になっちゃって、ストリーミングが主流なんですね。おじいちゃんもストリーミングで音楽を聴いているような国なんです。

でも、レコード屋さんはもちろんある。そこに行くと、アナログだけでなく、パッケージが綺麗な紙ジャケやボックス入りのCDも並んでいるんですよ。それに、カセットテープをファッションとして置いているお店もすごく増えている。ただ、カセットテープはあまり多くは売れないらしいんです。

野本晶(スポティファイジャパン)

角田:もともと僕は、カセットテープが今の時代に音楽記録媒体の主流になるなんて、ちっとも思っていないんですよ。むしろ、最も聴くことが難しい媒体だと思っています。そもそもカセットテープで音楽を聴ける環境を有している人が極めて少ない。

カセットテープムーブメントが起きているなんて思っていないですし、流行ってもいないですよ。ただ、そうなる予兆は確実にある。そういう意味では、今は黎明期だと思います。

waltz店内にはレトロなラジカセも並ぶ
waltz店内にはレトロなラジカセも並ぶ

―既に、waltzではその予兆が感じられていると。

角田:うちでカセットテープを買っている人たちは、音楽に対して相当早くアンテナを張っている人なんです。最初に飛びついてくださったのは音楽を制作している人たちなんですね。ミュージシャンやDJの人たちが面白がっているのが、SNSを通して徐々に知られている気がします。

こういう店をやっているとアナログ原理主義者みたいに思われがちですけど、全然違う。(角田)

―では逆に、角田さんはSpotifyをどう見ていますか?

角田:僕はもともとITの企業にいたので、デジタルに対する抵抗感がないんですよ。こういう店をやっているとアナログ原理主義者みたいに思われがちですけど、全然違う。AppleがiTunesをローンチさせたときには、持ってる1万枚以上のCDを全部データにしようとしてましたし。でも、あるときハードディスクが壊れてそれを全部失ったんですよ。それで一気に萎えましたね。

―それはツラい!(笑)

角田:で、2004年にSonic Youthのサーストン・ムーアが作った『Mix Tape: The Art of Cassette Culture』というアートブックと出会ってから自分の興味がカセットテープにシフトして、そこから収集を始めました。10年少しで1万本以上の数を所有するようになり、世界中のコレクターとトレードするようになって。気がついたら会社を辞めてこんなことをやっている。みんなに気が狂ってると思われているんですけど(笑)。

左から:野本晶(スポティファイジャパン)、角田太郎(waltz)

―角田さんは普段、ストリーミングで音楽を聴くようなことはありますか?

角田:僕自身は、カセットテープもCDもLPも何万枚もある環境にいるので、特にストリーミングを必要とすることはなかったんですけれど、この対談のためにSpotifyに会員登録したら、やっぱり面白くて。結局、有料会員になったんです。

野本:ありがとうございます。どんな感じで使われてますか?

角田:僕からすると、すごく使い勝手の良いメモ帳のようなものですね。持っている音楽は山ほどあるんだけど、何がどこにあるかすぐにわからない。選曲するにしても「あのCDはどの箱に入ってたかな」となるんです。そのときにSpotifyで検索すれば、付箋を貼るような感じでプレイリストを作っていける。

野本:Spotifyには、「+」ボタンを押すだけで好きな曲を「マイミュージック」という自分のレコード棚のようなものにしまっておけるシステムがあるんですね。長く使っていただくと、自分の音楽人生がそこにあるかのように感じられるかと思います。

インディーズを盛り上げていけば、メジャーも元気になってくると思うんです。(野本)

―角田さんがカセットテープ屋をやることの背景には、音楽業界全体を盛り立てていきたいという意志があるんですよね?

角田:そうですね。僕は前職のAmazonにも、CD販売のビジネスを立ち上げて軌道に乗せるために入っているんですね。もっと遡ると、キャリアの最初は「WAVE(1983年に六本木で開店したレコードショップ。音楽をはじめ様々な文化を発信していたが、1999年に惜しまれつつ閉店した)」のバイヤーだった。つまり、20年以上音楽を仕事にしてきたんです。音楽業界の栄枯盛衰を見てきた立場からすると、現状は決していい状況ではないと思うんですね。だから、もっと面白いことをして盛り上げていければと常に考えていました。

角田太郎(waltz)

―音楽業界の勢いが落ちてきたと考える、その理由はどう見ていますか?

角田:やっぱり短期的な成功を追いかけすぎたんじゃないですかね。1990年代後半からミリオンヒットが連発するようになって、規模で音楽を競う時代になった。瞬発力勝負になって、長期的にビジネスを作る戦略がなかったのかなという気はします。

特に、CDを売ることをビジネスにしているレコードショップは非常に厳しいと思いますね。普通のお店がネットでCD販売をしても、Amazonには勝てない。AmazonはCDを売るための会社ではないから、CDの利益が微々たるものでも、他の商品で大きな利益を得られれば良いというビジネスなので。

―野本さんはここ十数年の音楽業界の変遷をどう捉えてますか?

野本:僕ももともとソニーミュージックに10年いたし、あまり悪口は言いたくないんですけども、「着うた」の功罪もあると思っていますね。ビジネスになったのは良かったけど、商業主義的になったがゆえに、メジャーにおけるアーティストのバラエティーが減ってしまった。今の日本の状況としては、インディーズを頑張って盛り上げていかなきゃなと。そうすれば、メジャーも元気になってくると思っているんです。

今Amazonは音楽を販促物にしていますよね。会員になってくれたら、音楽聴き放題だという。(角田)

―Spotifyに関しても、音楽業界全体を盛り上げたいモチベーションがあるかと思うんですが、そのあたりに関してはいかがでしょうか。

野本:さっき「日本の音楽好きには二つのレイヤーがある」と話しましたけど、特定のアーティストが好きで、他の音楽の探し方がわからない人たちにも、もし「この曲も好きなんじゃないかな」とオススメしてくれる友達がいたら、それを聴いてみようってなると思うんです。

そういう音楽に詳しい友達の役割を、Spotifyのレコメンド能力が果たせると思ってます。そうなれば、たくさんの人がもっといろんな音楽を聴いてくれるようになって、日本の音楽も健全になる。そこをゴールとして考えていますね。

野本晶(スポティファイジャパン)

―先ほどの角田さんの話を踏まえて考えると、AmazonはCDだけじゃなくて日用品も家電も売っている。AppleやGoogleも音楽ストリーミングサービスだけじゃなく他のサービスも提供している。それに対してSpotifyは音楽だけを取り扱っていて、特殊なスタンスだと思うんです。

野本:「他の会社さんはいろいろやってらっしゃるけど、Spotifyは音楽専業だから応援します」というようなことを、アーティストやレーベルの方に言っていただくことが多いです。

角田:僕もそれはすごくいいことだと思いますよ。僕はAmazonに育ててもらったので悪く言うつもりはないんですけど、今Amazonは音楽を販促物にしていますよね。年間3,900円でAmazonプライムの会員になってくれたら、音楽聴き放題だという。そういう打ち出しをするのは音楽業界にとっては良くないことだろうと思います。つまり、音楽に価値を感じさせないわけですから。

「聴き放題サービス」と言われているストリーミングが、メディアの役割を競う時代になるべき。(野本)

―ストリーミングサービスは「音楽聴き放題」という点に目が行きがちだけど、そうではなくて「音楽に価値を感じることができるかどうか」が重要なポイントである。

角田:そうですね。僕は今、ストリーミングサービスが最も庶民の身近にある音楽メディアだと思ってるんですね。中学生や高校生だったら使いまくってますよ。僕がストリーミングサービスに頑張ってほしいのは、みんなの音楽に対する興味を高めて、意識の底上げを図ってもらうこと。お金がなくて音楽を聴くことを諦めている人がいるとしたら、それってすごく寂しい話じゃないですか。

左から:野本晶(スポティファイジャパン)、角田太郎(waltz)

野本:そこは本当に同感ですね。ストリーミングサービスの人って、自分たちを説明するのに「聴き放題サービス」と言うことが多くて。でも、そう言っている間は広がらないと実は思っているんです。なぜかというと、どれだけ聴き放題でも何を聴いたらいいのかわからない人が多いから、好きな音楽を見つけたくても探せない。そういう人に提案できるサービスにならないと、次のステージに行かないと思うんですよね。

今までレコードショップやラジオが担っていたメディアの役割を、これからは「聴き放題サービス」と言われているストリーミングのプレイヤーたちが競っていく時代になるべきだし、僕らがその先頭を走りたいと思います。

角田:今は音楽を紹介する役割を担っていた人たちがどんどん姿を消してますよね。僕らが若かった時代はラジオ、音楽雑誌、レコードショップがすごく力を持っていた。それがどんどん衰退している。だから、今は自分がメディアにならないといけないという気持ちを強く持っているんですね。

カセットテープやアナログレコードのほか、国内外の雑誌のバックナンバーや書籍なども
カセットテープやアナログレコードのほか、国内外の雑誌のバックナンバーや書籍なども

音楽雑誌がインターネットに置き換わったわけではなくて、単純に消えてなくなっている。(角田)

―今はウェブメディアがかつての音楽雑誌の代わりとなっていると考える人も多いと思います。

角田:いや、音楽雑誌がインターネットに置き換わったかというと、そうではなくて。単純に消えてなくなっているんです。うちは今、世界の20か国以上のレーベルやアーティストとの取引があって、「カセットテープを扱ってほしい」というオファーが来るとそれを一つずつ聴いて、店に合うものを選んで仕入れている。でも、ただそれが置いてあっても、どこの国の誰のどんな音楽かわからないから、こうやって僕が全部キャプションを書いているんです。

でも、レーベルやアーティストから直接いただいた情報以外に、ネットで検索してもほとんど情報が出てこない。あったとしても、アーティスト名と一緒にYouTubeの動画が貼ってあるだけの、のっぺりした情報しかない。こういう面白い作品が世に出ているにも関わらず、そのレビューがまったくないわけですね。特に日本語のウェブメディアではほぼないです。

テーブルに並べられたカセットテープにはすべて手作りのキャプションがつけられている

テーブルに並べられたカセットテープにはすべて手作りのキャプションがつけられている
テーブルに並べられたカセットテープにはすべて手作りのキャプションがつけられている

―つまり、waltzという店で角田さんがやっていることは、WAVE時代に洋楽のCDの紹介文を書いて売っていたことと、ある意味では変わらないわけですね。

角田:そうですね。今はニール・ヤングやBon Iverも新譜をカセットテープでもリリースしているし、それもうちの店で売っています。これは世界的な動きなんですね。YUKIさんも新アルバム『まばたき』をカセットテープでも出してますし。

アーティストは小説の序章と最後だけ読んで作品がわかったとは思われたくないわけです。(角田)

―アーティストがカセットテープで作品を出そうとするのはなぜなんでしょうか。

角田:ミュージシャンはアーティストなんで、やっぱりアートを表現したいわけですよ。手に取れる作品として残したい。そういうときにカセットテープがここまで伸びてきているのは、二つ理由があって。

一つは「懐かしいものが復活した」といったノスタルジーはまったく関係なく、カセットテープの小さい長方形がクールだと考える人たちが増えていること。もう一つは作るのが安いんです。特にインディーでやっている人たちにとっては、アナログ盤を作る6分の1くらいのコストで作れる。だから理にかなっているんです。

野本:カセットって、曲を飛ばしにくいじゃないですか。だから自然とつながりで聴かなきゃいけない。それも他にないところですよね。

角田:そこがアーティストから評価が高いところなんです。シャッフルやスキップができない一直線の音楽記録媒体だから、意図した通りの曲順でリスナーが聴いてくれる。やっぱり、アーティストは小説の序章と最後だけ読んで作品がわかったとは思われたくないわけですよ。あと、うちは音楽ソフトとしてカセットテープを売っていないんです。CDショップの陳列方法とは違うんですよ。

―どういうことでしょうか。

角田:アートフォームとしてのカセットテープという位置づけで紹介しています。だからアンティークのテーブルの上に、アートとして並べている。世界中でもこういうカセットテープ専門店はうちだけだから、アーティストもうちの店に並んでいるのを見ると喜んでくれるんです。この店自体をアートギャラリーみたいな感性でやっていかないといけないと思っていますね。

日本の音楽業界の方々から、無料会員がいることに懸念を持たれていた時期が長かった。(野本)

角田:僕、ちょっと興味のあることを質問していいですか? なぜスウェーデンで生まれたSpotifyが世界最大級のストリーミングサービスになったんでしょうか?

野本:スウェーデンの国の環境もあると思います。人口約1000万人(2017年1月時点)とそれほど大きな国ではないので、政府がIT政策を進めるスピードが速く、インターネットが世界に先駆けて普及した。その結果、音楽を違法にダウンロードして聴くのが一般人にも横行してしまい、音楽業界が潰れそうになってしまったんです。これを救うためには二つの方法があって、ダウンロードよりも便利に音楽が聴ける合法サービスを立ち上げることと、国外展開を進めないといけないということ。これが目標として設定されていた強みがあると思います。

Spotifyの本社はスウェーデンの首都、ストックホルムにオフィスを構える

Spotifyの本社はスウェーデンの首都、ストックホルムにオフィスを構える
Spotifyの本社はスウェーデンの首都、ストックホルムにオフィスを構える

角田:Google PlayやApple Musicと比較して、Spotifyが優れているのはどういうところなんですか?

野本:平たい言い方になりますけど、使いやすいんです。まず人情として、再生ボタンを押したらすぐに聴きたいじゃないですか。ストリーミングだろうがなんだろうが、ちょっと待たされたり途切れたりするとイラっとするし、使わなくなっちゃう。ストリーミングの技術に優れていてストレスが少ないのは大きいですね。それもあって、スウェーデンで違法ダウンロードをしていた人たちも、検索して待たずに聴きたい曲を聴ける便利さからSpotifyに流れてきたんです。

角田:スポティファイジャパンはいつ設立されたんですか?

野本:2013年に設立しました。スウェーデンから来た当時の代表と僕ともう一人で、最初は3人でしたね。日本でサービスをスタートするのに4年かかりまして。予想の2倍くらいかかりました。

左から:野本晶(スポティファイジャパン)、角田太郎(waltz)

角田:それだけ時間がかかったのはなぜだったんでしょう?

野本:Spotifyはフリーミアムモデルといって、有料会員を増やすために無料会員でも音楽が聴けるようにしているんです。無料では広告や制限がついて、月額980円の有料会員になれば、広告も制限もなく利用することができます。

僕らは、無料で音楽を聴けるようにすることが音楽好きを増やすためになると言い続けてきた。しかし、日本の音楽業界の方々から、無料会員がいることに懸念を持たれていた時期が長かったんですね。みんなフリーでしか音楽を聴かなくなっちゃって、ビジネスにならなくなるんじゃないかと心配されていたことで、かなり引っ張っちゃったんです。

角田:ああ、なるほど。結局、交渉に時間がかかったと。

野本:そうです。レコード会社も、アーティストも事務所もマネージャーさんも含めて、音楽業界全体にようやく理解をしてもらったという。

野本晶(スポティファイジャパン)

―現状、すべての楽曲がSpotifyに公開されているわけではないですよね。

野本:残念ながらまだですね。

―この先の進展はどんな感じなんでしょうか?

野本:音楽業界にいる人はそもそも音楽好きですから、Spotifyを触ったら、かなりの確率で「これは音楽を聴くツールとしてはかなりいいよね」と言ってもらえるんです。だから、かなり浸透し始めている。新規に参加していただけるレーベルやアーティストも増えていますね。

デジタルとアナログが敵対するなんておかしい話。いろんな形で音楽業界を盛り上げなくてはいけない。(角田)

―アーティストやレーベル側に、最初は「無料で聴かれたらビジネスにならないんじゃないか」という懸念があったということですが、そのあたりは解消されている実感はありますか?

野本:先日テイラー・スウィフトのカタログがSpotifyに戻ってきましたが、ストリーミングに異論のあるアーティストもまだいるので、もうちょっと時間がかかりますかね。ただ僕らは、無料会員が聴いても有料会員が聴いても、どちらも同じ価値としてアーティストにお金を支払ってるんですね。広告が入っても入らなくても、有料会員の数が少なくても、1再生あたりの最低支払い額を保証している。動画共有サービスを含めても、最低保証があるサービスは世界で唯一なんです。

僕らはアーティストにどういう仕組みでお金が支払われているのか、かなり透明性高く公開しているんですね。まだ英語サイトしかないですけれど、Spotifyのアーティスト専用サイトにすべて載っています。

Spotifyのアーティスト専用サイト
Spotifyのアーティスト専用サイト

―これはリスナーも見られるんでしょうか?

野本:リスナーも見られますね。ただ一つ単価の話があって、CDやレコードやカセットテープは一度買えば一生聴ける権利分の金額ですが、ストリーミングは一回聴く分の金額なので、比べると単価が安い。だからこそ、アーティストにとってはもっとたくさんの人に聴いてもらわなきゃいけない。その方法を考えていくことが僕らの仕事ですね。

角田:ストリーミングサービスはいろんなところが立ち上げてるし、競争になっていると思うんですよ。成功するところ、成功しないところが出てくると思うんですけれども、僕はSpotifyには成功してほしいなと思いますね。使ってみてすごく面白かったですから。

―デジタルなストリーミングも、アナログなカセットテープも、音楽好きのコミュニティーの中で共存していくわけですね。

角田:敵対するなんてまったくおかしい話で、そもそも僕の中で共存してますからね。ストリーミングが好きな人もいればダウンロードして聴くのが好きな人もいるだろうし、CDに思い入れのある人もいれば、レコードやカセットを買っている人もいる。みんな音楽が好きなわけだから、どんな形でもいいと思うんですよね。

否定しあうものでもないですし、みんなでいろんな形で音楽業界を盛り上げていかなくてはいけない。ラジオや雑誌などのメディアも含めて、知恵を使って連携していく必要があると思いますね。僕自身も、音楽業界に貢献できることがあったらいくらでもやりたいなと思います。

左から:野本晶(スポティファイジャパン)、角田太郎(waltz)

プロフィール
野本晶 (のもと あきら)

1970年生まれ、愛媛県出身。スポティファイジャパン株式会社でライセンス&レーベルリレーションズディレクターを務める。ソニーミュージック、ソニー・コンピュータエンタテインメント(現・ソニー・インタラクティブエンタテインメント)、ゾンバ・レコーズ・ジャパン、ワーナーミュージック・ジャパンを経て、2005年からiTunes株式会社にてミュージック担当としてiTunes Storeの立ち上げに参加。2012年9月より現職。

角田太郎 (つのだ たろう)

1969年生まれ、東京都出身。CD・レコードショップの「WAVE」でバイヤーを経験後、2001年にアマゾンジャパンに入社。音楽、映像事業の立ち上げに参画し、その後、書籍事業本部商品購買部長、ヘルス&ビューティー事業部長、新規開発事業部長などを歴任し、2015年3月に同社を退社。同年8月、中目黒にカセットテープやレコードなどを販売するセレクトショップ「waltz」をオープンした。



フィードバック 3

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

  • HOME
  • Music
  • Spotify×カセット店waltzの両極対談 激変する音楽業界の未来は?
About

「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。