BURRN!編集長×大村孝佳のイングヴェイ論 強烈キャラの真相は?

BURRN!編集長×大村孝佳のイングヴェイ論 強烈キャラの真相は?

インタビュー・テキスト
黒田隆憲
撮影:中村ナリコ 編集:山元翔一 取材協力:Sweeet Rock

イングヴェイは、欧米で生まれ育ったギタリストでは考えられない進化を遂げたのかもしれない。(広瀬)

—フィンランドのKorpiklaaniに取材したときには(当事者・KORPIKLAANIに訊く、北欧はなぜメタルバンドが多い?)、寒冷地特有の気候や日照時間が短いという環境的な面と、独りの時間を好むという北欧の人々の気質が影響しているのでは、というふうに言っていて。

広瀬:まあ、ストックホルムだろうがハワイだろうが、どんな環境にいても練習する人はするでしょうから一概には言えないですね(笑)。ただ、たとえばポール・ギルバートなんかはアメリカに住んでいて、Van HalenやTalas(のちにポール・ギルバートとMr.Bigを結成するビリー・シーンが在籍していたバンド)のライブを最前列で観たりして、テクニックを盗んでいた環境からすると、イングヴェイをはじめ北欧ギタリストは家にこもり、ひたすら練習するしかなかったのは間違いないですよね。

大村:ああ、なるほど。

大村孝佳

広瀬:北欧も今は様々なシーンが生まれていますけど、イングヴェイが子どもの頃はそういうものもなかっただろうし。となると、Deep PurpleやGenesisからの影響を自分のスタイルに取り込んでいって、欧米で生まれ育ったギタリストでは考えられない進化を遂げたという部分はあるかもしれない。だからこそ、彼がロサンゼルスに行ったときには「とんでもないヤツが現れた」と大騒ぎになったんでしょうね。

フォロワーなんて目じゃない。こんな音出ないですよ。(大村)

—ちょうど今年は、イングヴェイのソロ4枚目のスタジオアルバム『Odyssey』がリリースされて30年なのですが、このアルバムについては?

広瀬:僕自身は一番いいアルバムだと思うし、アメリカでも一番売れたのですが、彼のなかでの評価は低いんですよ。それは、リードボーカルのジョー・リン・ターナーが勝手に作ったと思っているから。「俺がいない間に勝手に仕上げやがって!」と思っているでしょうね。いやいや、あんたが交通事故起こしたんじゃないか、って話なんですが(笑)。

—意識不明の重体になるほどの交通事故を起こし、その直後にリリースしたアルバムなんですよね。

広瀬:そうです。プロデューサーのジェフ・グリックスマンが、ジョー・リン・ターナーとボーカル入れをやったので、このアルバムの楽曲は明らかにジョーの歌メロなんですよね。それまでの歌メロとは明らかに違う。イングヴェイが、「俺のイメージする歌メロじゃない!」と怒った気持ちは理解できます。

左から:広瀬和生、大村孝佳

イングヴェイ・マルムスティーン『Odyssey』を聴く(Spotifyを開く

大村:でも、曲はめっちゃいいんですよね。ポップだし聴きやすい。ただ、ギターはちょっとラフかもしれない。僕はリアルタイムのファンではないから、これが交通事故のあとにリハビリしながら作ったアルバムということを知らなかったんですけど、確かに言われてみれば……とは思います。

広瀬:前作『Trilogy』(1986年)のギターが本当にすごいので、それと比べちゃうとね。彼は交通事故で右手に傷を負っていて弾きづらかったようです。

大村:とはいえ、めちゃくちゃ上手いですけどね。やっぱりすごくいい音ですし、フォロワーなんて目じゃない。こんな音出ないですよ。

広瀬:『Odyssey』のあとも、だいぶ苦労したみたいですが、『Alchemy』(1999年)で彼は「完全復活」を宣言しました。この頃のインタビューから、また「このギターはどうだ?」「俺にしか弾けないだろう?」「ついに俺はやった」と言うようになりましたしね。それまではずっと指の違和感を引きずっていたんじゃないかな。

イングヴェイ・マルムスティーン『Alchemy』を聴く(Spotifyを開く

大村:テクニックの話で言うと、今ならバンドスコアも豊富にありますけど、イングヴェイの少年時代には教則本すらそんなになかったわけじゃないですか。だから、「どうやって練習したんだろう?」って思うんですよね。

広瀬:そこで彼は、パガニーニのバイオリンの譜面をギターで弾こうと思ったわけですよね。その発想がやはり天才なのだと思います。しかも、そういう独自の練習をしている人たちに対して、「そんなことより、こういう練習したほうがいいよ」とか、「もっと他の音楽聴きなよ」なんて余計なアドバイスをする人が、周りにいなかったのも大きいでしょうね(笑)。ロサンゼルスやニューヨークで音楽をやっていると、「そんなことやっていても売れない」とか言われて心挫ける人たちたくさんいるだろうけど。

—そういう雑音から無縁のところで、独自に進化したのがイングヴェイの音楽性ということですね。

広瀬:そう思います。

大村:今のようになんでも情報が手に入るわけではない時代に、あの奏法や音色を生み出しているというのは、ちょっと考えられないくらいすごいことだなって思います。しかも独学ですもんね。先生がいたわけでもないのに、ストックホルムにいたときにはすでにあのスタイルを確立していた。そこが、同じギタリストとして一番興味深いところですね。

左から:大村孝佳、広瀬和生

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書籍情報

『BURRN! JAPAN Vol.11』

価格:1,296円(税込)
発行:シンコーミュージック・エンタテイメント︎

プロフィール

広瀬和生(ひろせ かずお)

1960年、埼玉県生まれ。東京大学工学部卒。楽誌『BURRN!』編集長、落語評論家。大学卒業後、レコード会社勤務を経て、1987年に『BURRN!』編集部へ。1993年より同誌編集長を務める。本業とは別に落語評論家としても有名で、著書に『この落語家を聴け!』(集英社文庫)、『噺家のはなし』(小学館)、『談志は「これ」を聴け!』(光文社知恵の森文庫)、『「落語家」という生き方』(講談社)、『僕らの落語』(淡交社新書)、『噺は生きている』(毎日新聞出版)など。近年は落語会のプロデュースも。

大村孝佳(おおむら たかよし)

1983年、大阪府生まれ。3歳からピアノを習い始め、11歳の時に父親の影響によりアコースティックギターを弾きはじめる。14歳でエレクトリックギターを弾きはじめ、17歳で洋楽のハードロック/ヘヴィメタルに出会い、強い衝撃を受け傾倒してゆく。2004年、1stアルバム『Nowhere To Go』をリリースする。2005年、『POWER OF REALITY』をリリースし、若手ギタリストとして確固たる地位を築くこととなる。2011年、菊地成孔主催のDCPRGに参加。同年5月には、Marty Friedmanの1ヵ月に及ぶEUツアーに同行。同年12月25日、C4@新宿LOFTのライブにて、C4に正式加入を発表。現在は自身のソロ活動と並行して、C4、DC/PRGなど、多方面で精力的に活動中。

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