カンヌ最高賞受賞『ザ・スクエア』を北欧女子オーサはどう観た?

カンヌ最高賞受賞『ザ・スクエア』を北欧女子オーサはどう観た?

インタビュー・テキスト
黒田隆憲
撮影:中村ナリコ 編集:山元翔一

この主人公は、リベラルな人間を気取っていますが、「他人への思いやりの心を持とう」などと言っていながら自分自身を愛しているだけ(笑)。

—印象的なシーンでいうと、チンパンジーが登場するところがありましたが、あの瞬間から物語が動きはじめる感じがありましたよね。

オーサ:現実的にはあり得ないシーンですけどね(笑)。スウェーデンでチンパンジーを飼育するのは違法のはずですから。ストックホルム宮殿が美術館になっていたのと、チンパンジーが登場したことで、やはりこの映画は一種のファンタジーなんだなって思いました。

—チンパンジーと暮らしている人なんてマイケル・ジャクソンくらいしか聞いたことがないです(笑)。だから、あのシーンは何かの暗喩なのかなと思いました。日常のなかに隠された「獣性」や「暴力性の象徴」というか。実際、クリスチャンはあのチンパンジーを目撃した辺りから、次第に正気を失っていきます。

オーサ:たしかにそうですね。この主人公は、成功者でアートに理解があり、リベラルな人間を気取っていますが、そのくせ自分の携帯を盗まれたくらいであんな行動に出る。『ザ・スクエア』というインスタレーションを通じて「他人への思いやりの心を持とう」と訴えておきながら、その一方で物乞いや小さな男の子をぞんざいに扱ってしまう。そういうギャップをエクストリームに描くことで、人間のなかにある暴力性を暴き出しているのだと思いました。

クリスティアン / © 2017 Plattform Produktion AB / Société Parisienne de Production / Essential Filmproduktion GmbH / Coproduction Office ApS
クリスティアン / © 2017 Plattform Produktion AB / Société Parisienne de Production / Essential Filmproduktion GmbH / Coproduction Office ApS

オーサ:きっと、彼は自己愛がものすごく強いんですよね。「他人への思いやりの心を持とう」などと言っていながら自分自身を愛しているだけ(笑)。

スウェーデンの街中には物乞いが結構います。

—物乞いといえば、驚いたのは「福祉大国」といわれているスウェーデンにも、貧富の格差があるということです。富裕層と貧困層では、住むエリアも分かれていましたし。

オーサ:映画では少し極端に描かれていますが、たしかに物乞いは街中に結構いますね。スウェーデンはほとんど現金を使わない社会になったんですけど、現金が必要なのは物乞いに施しをするときくらいです。

スウェーデンはEUのなかで最も裕福な国のひとつで、物乞いは他のEUの国からの移民がほとんどです。EUなので自由に行き来できるようになったことで、貧乏な国の人たちは、よりお金のある国に移動する。スウェーデン政府は、その国といろいろ話をしながら問題解決をしようとするんですが、なかなか難しいですね。物乞いに対して差別的なスウェーデン人もいるけど、多くの国民は彼らに同情的な印象があります。EUの国境がオープンなのは、誰もが自由に他の国で暮らしたり働いたりすることができて、貧乏な国の人は裕福な国へ行ってよりよい生活を希求する権利があるということだと思いますから。

物乞いに施しをするクリスティアン / © 2017 Plattform Produktion AB / Société Parisienne de Production / Essential Filmproduktion GmbH / Coproduction Office ApS
物乞いに施しをするクリスティアン / © 2017 Plattform Produktion AB / Société Parisienne de Production / Essential Filmproduktion GmbH / Coproduction Office ApS

オーサ:それと、貧富の格差の原因のひとつとして、ストックホルムで最近、賃貸物件の少なさが問題になっています。人口が増えても新しいアパートを作らないので、借りられるアパートがとても限られているんです。売っている物件はとても高い。それもあって、住居が固定化されてしまうんですよ。

—なぜ新しいアパートを作らないのでしょう。

オーサ:条件が厳しいのかもしれません。エレベーターを設置しなければいけないとか、フロアは何階までとか、そういう条件があると聞いたことがあります。作られるのは賃貸ではなく分譲がほとんど。安くて簡単に借りられる物件が全然ないのは、本当に大きな問題なんです。

—それで物乞いの人が街をさまよっていると。

オーサ:そうですね、お金がない人には住居の問題はいちばん大変でしょうから。でも住居については本当にみんなが苦労しています。たとえば、どこかの企業がストックホルムに支社を作ろうと思っても、雇う人が住む部屋がないんです。賃貸契約書はブラックマーケットでも販売されていて、それを騙されて買う人も多い。日本ではちょっと考えられないですよね。

オーサ・イェークストロム

ヨーロッパでも、国境をオープンにするかどうかの意識は世代によって違う。

—移民問題についての意識の高さも、移民大国といわれるスウェーデンと日本では大きな差がありそうですね。日本は島国ですし、現状ではEUのような制度もないので、隣国の人たちが自由に入ってくることはない。でも、だからこそ、外国人に対してバリアを張っているところが、少なからずあるのかなと思うんです。

オーサ:日本での外国人に対する意識は、嫌悪ではなく興味を持っている人がほとんどという印象で、私はそれがとても嬉しいです。ただ、いろんな理由で「日本人はもっと外国人をウェルカムしてほしい」とは思います。でも日本には、200年も鎖国状態だった歴史があるのは理解していますし、すべてを突然オープンにすることは難しいでしょうね。

—日本が鎖国状態だったのは150年以上も昔の話ですが、なかなか難しいものがありますね(苦笑)。

オーサ:外国人目線ですが、日本は日本らしい方法で、将来に向けて進んでほしいと思います。まあヨーロッパでも、国境をオープンにするかどうかの意識は世代によって違うんですよ。たとえばBrexit(イギリスのEU離脱)に対して、若い人たちの多くは反対しました。それは、自分たちがいろんな国へ旅行したり、違う国で仕事をしたりしているからでしょうね。

一方お年寄りは、移民の流入がなかった頃の状態をロマンティックに見るようになって「やっぱり昔のほうがよかったね」と閉鎖的、排他的になっています。それでイギリスは結局、BrexitでEUから外れてしまいましたが、若い人たちは悲しんでいると思います。「未来は若者のものなのに、私たちの将来を、年寄りに決められるなんて」って。

オーサ・イェークストロム

—映画のなかで、YouTubeを使った炎上マーケティングのシーンが出てきます。あれは、実際にスウェーデンの広告会社が行った過剰な宣伝を皮肉ったものだそうですが。

オーサ:あれも面白かったですね。炎上マーケティングは世界的な問題ですよね。インターネットを通じてメディアに触れる機会が増えたので、ほんの数秒で人の関心を掴まなければならなくなった。その結果、過激な描写を求めるようになる、というのはどこでもあり得ることだと思います。スウェーデンで、悪い意味で話題になったのは、移民受け入れに反対している政党のコマーシャルとかですね。

—日本では今、逆の現象が起きているように思います。何かあると徹底的に叩かれるから、企業だけじゃなく表現者も含めて萎縮してしまい、当たり障りのない表現が増えてきてしまっている状況もあります。

オーサ:そうなのですか……。映画でも、クリスティアンがあのCMのせいで責任を問われますよね。でもそれって「検閲」じゃないか? 表現の自由を侵害しているんじゃないか? と、記者会見で詰め寄られるシーンが出てきます。表現の自由はどこまで保証されているのか、それに対する「自粛」は、どこからが「検閲」になるのかという議論はスウェーデンでも起きていますね。

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作品情報

『ザ・スクエア 思いやりの聖域』
『ザ・スクエア 思いやりの聖域』

ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamura ル・シネマ、立川シネマシティほか全国順次公開中

監督・脚本:リューベン・オストルンド
出演:
クレス・バング
エリザベス・モス
ドミニク・ウェスト
テリー・ノタリー
ほか
上映時間:151分
配給:トランスフォーマー

書籍情報

『北欧女子オーサが見つけた日本の不思議4』

著者:オーサ・イェークストロム
2018年2月22日(木)発売
価格:1,188円(税込)

プロフィール

オーサ・イェークストロム

1983年生まれ、スウェーデン出身。子どもの頃、アニメ『セーラームーン』と漫画『犬夜叉』に影響を受けて漫画家になることを決意。スウェーデンでイラストレーター・漫画家として活動後、2011年に東京へ移り住む。一番好きなアニメは『少女革命ウテナ』、一番好きな漫画は『ナナ』。これまでに『北欧女子オーサが見つけた日本の不思議』1~4、『北欧女子オーサのニッポン再発見ローカル旅』、『さよならセプテンバー』を発表。

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