ヨハン・ヨハンソンという巨大な才能。その素顔を知る2つの逸話

ヨハン・ヨハンソンという巨大な才能。その素顔を知る2つの逸話

テキスト
宇野維正
編集:山元翔一

ヨハンソンの「完璧主義者」たる所以を知る、2つのエピソード

映画音楽家としてのヨハンソンの輝かしいキャリアを決定づけたのは、ジェームズ・マーシュ監督『博士と彼女のセオリー』(2014年)での『ゴールデン・グローブ賞』作曲賞受賞(及び『アカデミー賞』作曲賞における初ノミネート)に加えて、現在世界的に最も注目されている監督の一人であるドゥニ・ヴィルヌーヴの諸作品、『プリズナーズ』(2013年)、『ボーダーライン』(2015年)、『メッセージ』(2016年)における、旋律よりも音のテクスチャーに重きをおいた斬新なスコアの数々だった。

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『プリズナーズ』のサウンドトラックを聴く(Spotifyを開く

『ブレードランナー2049』(2017年)にも途中まで参加していたが、最終段階でオリジナルの『ブレードランナー』(1982年)におけるヴァンゲリスのスコアの解釈をめぐるヴィルヌーヴとの意見の相違によって同作から完全に手を引くこととなったヨハンソン。結果的に世に出たヴィルヌーヴとの仕事としては最後の作品となった『メッセージ』においても、作品の冒頭とクライマックスでメインテーマ的に使用されているのはヨハンソンのスコアではなく、ポストクラシカルシーンにおいてヨハンソンのライバルと目されていたマックス・リヒターの既存曲“On the Nature of Daylight”だった。

そこには、ヴィルヌーヴが編集前の映像に仮でつけていた同曲に対して、「これ以上この作品に相応しい曲はない」とヨハンソンが進言して、そのまま使用することになったという経緯があった。それだけ知ると、ヴィルヌーヴにヨハンソンのプライドが傷つけられたようにも解釈できるが、(あれだけの才能の持ち主なのに)自分の音楽家としてのエゴよりも作品にとって何が最適かを常に優先する、完璧主義者ヨハンソンらしいエピソードと言えるだろう。

『メッセージ』のサウンドトラックを聴く(Spotifyを開く

もっと極端な事例は、ダーレン・アロノフスキー監督『マザー!』(2017年)だ。同作品において音楽及び音響コンサルタントとしてクレジットされているヨハンソンだが、実際の作品ではヨハンソンのスコアは使用されていない。アロノフスキーからのたっての希望で同作の音楽を手がけることになったヨハンソンは、1年以上にわたる監督との密接な共同作業を経て、作品の完成前に自身が書いた90分以上にわたるスコアをすべて取り除きたいと申し出た。ヨハンソンがどれだけの情熱と真剣なアプローチで同作に取り組んでいたかを知るアロノフスキーは、その申し出を受け入れるしかなかったという。

ヨハンソン亡き後、ただ1つ確信を持って言えること

ヨハンソンの最新の仕事には、現在発表されている範囲だけでもイタリア人監督パノス・コスマトスの新作『Mandy』(2018年)、ジェームズ・マーシュ監督の新作『The Mercy』(2018年)、『LION/ライオン ~25年目のただいま~』(2016年)で知られるガース・デイヴィス監督の新作『Mary Magdalene』(2018年)と、3本の映画作品のスコアで触れることができる。また、ヨハンソンが2016年にドイツ・グラモフォンからリリースした現在のところ最後のソロ作品『Orphee』は、彼の最高傑作と言うべきイマジネーションに溢れた作品だった。

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『Orphee』を聴く(Spotifyを開く

今年5月にバルセロナで開催されるフェス『Primavera Sound』では、同郷のビョークをはじめ、現在世界中のヒットチャートを席巻しているラップグループのMigos、Arctic Monkeys、Lordeらと同じ会場で、多くの若いオーディエンスを前にパフォーマンスを披露する予定もあった。

1つだけ確信を持って言えるのは、もし彼がこの世界にまだ存在し続けていたとしたら、映画音楽においても、そしてソロミュージシャンとしてのキャリアにおいても、さらなる新しい次元の「未来の音楽」を我々に聴かせてくれていたであろうということだ。2018年2月9日、ベルリンのアパートで亡くなっているのが発見されたヨハンソン。それからひと月以上経った今も、死因は公表されていない。

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リリース情報

ヨハン・ヨハンソン『ENGLABÖRN – REMASTERED & VARIATIONS』
ヨハン・ヨハンソン
『ENGLABÖRN – REMASTERED & VARIATIONS』(2CD)

2018年3月23日(金)発売
価格:3,580円(税込)

[CD1]
1. オディ・エト・アモー(われ憎みつつ愛す)
2. エングラボルン
3. ヨーイとカレン
4. 人生は浮き沈みがある
5. 心理カウンセラー
6. 「君を離さない」
7. 心理カウンセラーの死
8. 浴室
9. 「耳をそばだてずに全てを聴いた」
10. カレンが天使を作る
11. エングラボルン・ヴァリエーション
12. 「私の幼年期は灰色だった」
13. クロコダイル
14. 「もし始めてなかったら……」
15. …常人のように
16. オディ・エト・アモー(ビス)
[CD2]
1. 「耳をそばだてずに全てを聴いた」 Rework by ア・ウィングド・ヴィクトリー・フォー・ザ・サルン
2. オディ・エト・アモー Rework by ヨハン・ヨハンソン/フランチェスコ・ドナデッロ
3. エングラボルン ピアノ・ヴァージョン by ヴィキングル・オラフソン[※ピアノ編曲:ヨハン・ヨハンソン]
4. ヨーイとカレン Rework by 坂本龍一
5. 聖なる木曜日(耳をそばだてずに全てを聴いた) コーラス・ヴァージョン by シアター・オブ・ヴォイセズ[※コーラス編曲:ヨハン・ヨハンソン]
6. エングラボルン Rework by ヴィクトル・オルリ・アルナソン
7. オディ・エト・アモー(ビス) Rework by アレックス・ソマーズ
8. 心理カウンセラーの死 Rework by ヒルドゥル・グズナドッティル
9. オディ・エト・アモー(ビス) Rework by ヨハン・ヨハンソン/フランチェスコ・ドナデッロ
10. …常人のように Rework by ポール・コーリー
11. オディ・エト・アモー コーラス・ヴァージョン by シアター・オブ・ヴォイセズ[※コーラス編曲:ヨハン・ヨハンソン]

プロフィール

ヨハン・ヨハンソン
ヨハン・ヨハンソン

数々の受賞歴に輝く作曲家/ミュージシャン/プロデューサーのヨハン・ヨハンソンは、1969年アイスランド生まれ。電子音とクラシックのオーケストラ・サウンドを融合させたヨハンソンの音楽は、バロック、ミニマル、ドローン・ミュージック、エレクトロ・アコースティック・ミュージックなど、多様なジャンルの影響を受けている。映画音楽の分野では、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督『ボーダーライン』(2015年)の音楽で米国アカデミー賞作曲賞、BAFTA(英国アカデミー賞)作曲賞、放送映画批評家協会賞作曲賞にノミネート。また、スティーヴン・ホーキング博士の実話に基づくジェームズ・マーシュ監督『博士と彼女のセオリー』(2014年)の音楽は批評家に絶賛され、ゴールデン・グローブ最優秀作曲賞を受賞したほか、BAFTA作曲賞、グラミー賞サウンドトラック作曲賞、放送映画批評家協会賞作曲賞にノミネートされた。管弦楽、室内楽、舞台音楽の分野では、これまでにカナダ・ウィニペグ交響楽団、バング・オン・ア・キャン、シアター・オブ・ヴォイセズ、オスロ・ノルウェー・シアター、アイスランド国立劇場のために作曲をおこなっている。2016年、6年ぶりとなるスタジオ録音アルバム『オルフェ』をリリースし、「ドイツ・グラモフォン」よりデビューを果たした。

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