デザインから世界を紐解く稀代のアーキヴィスト、柳本浩市の仕事

デザインから世界を紐解く稀代のアーキヴィスト、柳本浩市の仕事

テキスト
高橋直貴
撮影:加藤孝司

網羅的なコレクションから生み出される「リアルグーグル」

植草甚一は『The Whole Earth Catalog』に影響を受けて、雑誌『wonderland』を創刊した。『Made in U.S.A Catalog』や『POPEYE』など1980年代に創刊されたいわゆる「カタログ系」の雑誌の多くがこの伝説的な雑誌の影響下のもとに生まれたが、これらは全て、幼少期の柳本に影響を与えた出版物である。

Appleの元CEO、故スティーブ・ジョブズもまた、『The Whole Earth Catalog』の思想に感化された一人である。スタンフォード大学で行われた卒業生向けスピーチに登壇した際「それはまるでグーグルが出る35年前の時代に遡って出されたグーグルのペーパーバック版とも言うべきもので、理想に輝き、使えるツールと偉大な概念がそれこそページの端から溢れ返っている、そんな印刷物でした」と『The Whole Earth Catalog』を引き合いに出した。

『The Whole Earth Catalog』
『The Whole Earth Catalog』

全地球カタログという名前の示すように、世界をあらゆるカテゴリーに分け、網羅的に捉えようとした雑誌が、インターネット以前の時代に存在していたのである。それは紙面上に現れた情報の生態系のようなものだった。柳本の目指したアーカイブも『The Whole Earth Catalog』的なものだった。「素材収集」という言葉の通り、彼にとってのコレクションは情報がたまたま物体となって形をなしているにすぎない。インタビューの中では次のように語っている。

「僕は雑誌や書籍の情報であれば一冊まるごと保存する訳ではなく、切ってファイリングしています。(中略)うちではそれを『リアルグーグル』と言っています(笑)。現在は実際の資料に紙を貼ったりデータにタグ付けをすることで、便宜的にネットの『リンク』と同じようなことをしています」(『時間のデザイン』(鹿島出版会)より)

柳本が影響を受けたと語る一人に情報化社会の到来を予見した社会学者、梅貞忠夫がいる。その著書である『情報の文明学』は1980年代に書かれたものであるが、インターネットの存在を予見するものだった。アナログかデジタルかといった観点を超えて情報の本質を捉え、その使用方法について指し示す。柳本もまた、その垣根を超えたアーカイブの方法を探っていた。

「ネット社会が今以上に浸透していくと、必要、不要に関わらず情報が氾濫していきます。そこには、ウソも本当もあるし、それこそ未編集の状態の情報ばかりが蓄積していくような状況があります。そこにある全ての情報をチェックすることは人間の力ですることは不可能です。そこには整理と、これはこれまでにお話ししてきたことと矛盾するかもしれませんが、それに付随する選択という概念が必要になってきます」(『時間のデザイン』(鹿島出版会)より)

この言葉は2017年現在のインターネット(あるいは検索エンジン)の欠陥を端的に示しているもののように思う。情報は正確であり、整理され、信頼できるものでなければ使い物にならない。幼少期に植草甚一に影響を受けた柳本は、情報を網羅する手法を学び、信頼できるデザイン情報のデータベースを作ろうと試みていたのである。

技術が追いつかなかったアーカイブ構想。インターネットを超えるデータベースを夢見て

アーカイブを運用していく上で、技術が追いつかずに実現しなかったいくつかの構想があった。一つは自身のコレクションとインターネットの情報、各美術館の持つデータなどを一覧できるデータベースを作成することだ。

もう一つは、テクノロジーの力によって、匂い、味など情報を残すというもの。柳本は紙一枚ですらスキャンではなく、「モノ」を残すことを選んでいた。インクの匂い、紙の質量、手触り。データによる利便性と物体そのものが持つ情報量を天秤にかけ、彼は後者を選んでいたのである。近い将来、味や匂いなどといった情報を安価に残す術が開発されたら取り組むつもりだったという。

柳本は人間が無意識下でとる行動に興味を示した。暗黙知、マーケティング用語で言えば「インサイト」といった無意識化の欲求のことだ。人間が購買行動の多くは、説明のつかない非倫理的な判断とともに生まれていると考えていたのである。

「人工知能を研究する方々と意見交換をしているが、やはりまだまだ人間が潜在的に持つ選択眼はITで代行することはできない。調和を好むだけでなく、人間は不調和の中からも美を見出すからだ」(自身のFacebookより)

デザインは突然生まれてくることはない。過去から続く文脈の中から環境や情勢の影響を受けて生まれてくるものだ。そしてそれを選ぶ人々の行動も簡単に説明できるものではない。一見繋がりのない事象を結びつけることで見えてくる因果関係を目に見えるものにすること。それが柳本が作り出そうした「文脈」であった。一人で、アナログなやり方で、ビッグデータを作り出そうとしていたのである。

「リアルグーグル」は柳本浩市という検索エンジンを失い、いま貴重なアーカイブだけが残された。しかし、彼の残したアイテムはそれ以上に多くのことを伝えてくれる。テクノロジーとデザインが向かうべき道を考えるために柳本が残した宿題のようなものなんじゃないか。彼のコレクションを前に、そう思わずにはいられなかった。

Page 3
前へ

プロフィール

柳本浩市(やなぎもと こういち)

マーケティング、セールス・プロモーションなどに関わる会社員時代を経て2002年Glyph.を設立。自社の製品展開や出版事業をおこなう一方で、KDDI社iidaブランド、サントリーなど、大手企業の主にデザインに関わる商品開発やブランド戦略などに携わる。幼少のころ、植草甚一に影響を受け、ジャズと古本に目覚め、小学1年生からアメリか文化に没入し、古着と家具などの収集を開始。ただ集取するだけではなく、収集物を独自の視点で再編集し、現代の社会背景と照らし合わせて再定義する。雑誌の特集監修や執筆なども行い、社会とデザインの関係性を考察した著書「DESIGN=SOCIAL」(ワークス・コーポレーション)がある。

Category カテゴリー

Latest Articles 最新の記事

What's "Fika" ? フィーカとは

「Fika」はCINRA.NETとVOLVOが送る、北欧カルチャーマガジンです。北欧デザインの思想の基盤を「クラフトマンシップ×最先端技術」と捉え、そこに学びながら、これからのカルチャーやライフスタイルにまつわるコンテンツをお届けします。