各種さまざまな映像配信サービスによって、海外ドラマに触れることが多くなった昨今。なかでも注目を集めるのは英米作品ばかりだが、膨大なライブラリのなかで、それ以外の作品を見過ごしてしまうのはもったいない。
そこでこの連載では、「海外ドラマ=英米ドラマ」という固定観念を解きほぐすための「北欧ドラマ考」として、世界中で愛される北欧作品から、現地で愛される人気作までを幅広く紹介していく。今回は、北欧ノワールサスペンス『Face to Face -尋問-』について、ISOが綴る。
(メインカット:©Miso Film)
本作には、ある「特異なルール」が存在する
娘の死の真相を暴こうとする熟練刑事の一日の出来事。
日本未公開の話題作をお届けするWOWOWプレミアで2020年に放送されたデンマーク発のサスペンスドラマ『Face to Face -尋問-』は、そんな一行で説明できる非常にハイコンセプトな作品だ。一見目新しさのない話だが、本作にはある特異なルールが存在する。
それは原則的に「一つの場所で、二人の人物の尋問の様子を通して物語が進められる」というもの。尋問といっても刑事ドラマで想像するような取調室で行うものではない。遺体安置所、売春宿、車のなか、競馬場と場所を変え、毎回異なる関係者への尋問を通じ真実が暴かれていく。いわばワンシチュエーションサスペンスのドラマ版、というかつてない試みが取り入れられた意欲に満ちた野心的な作品なのだ。
1話約25分とサスペンスドラマとしては異色の短いランニングタイムで、無駄のないストーリー展開や、洗練された映像と雰囲気、役者・声優陣の熱のこもった演技など複合的な魅力が折り重なり見事な没入感を生み出している。最初から最後までひたすら濃厚で、アクションやスペクタクルのない「静」の作品ながら、まったくダレることなくイッキ見させる力強さがそこには備わっている。
全エピソードの監督および脚本を務めたのはクリストファー・ボー。デンマークの国民的映画シリーズの第4作目にして、デンマーク映画史上最高の興行収入を打ち立てた『特捜部Q -カルテ番号64-』(2018年)のメガホンをとったことで本格的にブレイクした非常に勢いのある監督だ。『特捜部Q -カルテ番号64-』はデヴィッド・フィンチャーの『セブン』を彷彿とさせる鬱々とした雰囲気と、それまでのシリーズを遥かに凌駕する容赦のない展開で北欧ノワールの傑作として名を残したが、ボー監督のその作家性は本作でも遺憾無く発揮されている。
またキャストもデンマークを代表する一流揃いだ。アカデミー賞受賞作『未来を生きる君たちへ』(2010年)のウルリク・トムセンに『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』(2021年)にも出演したダーヴィッド・デンシック、ここ日本でも幅広い層から絶大な支持を受けるマッツ・ミケルセンの兄であり自身も『きっと、いい日が待っている』(2016年)でデンマーク・アカデミー賞(ロバート賞)助演男優賞を受賞するなどの活躍を見せるラース・ミケルセンなど、非常に豪華な顔ぶれが各エピソードに登場する。全編会話劇が中心ということで、主人公ビヨンを演じるウルリク・トムセンと、毎話入れ替わるキャストたちとの濃密な演技対決にも注目だ。
主人公の容赦のない性格が、事件の真相と深くつながっている、という非常に巧妙な仕掛け
物語は主人公の刑事ビヨンが同僚の代理で遺体安置所(モルグ)に訪れるシーンから始まる。そこにいたのは身元不明遺体の確認を終えたばかりの検視官フランク。ビヨンは行方不明になった少女の歯型照合のために遺体の確認をするが、横たわっていたのは疎遠になっていた娘のクリスティーナだった。さまざまな根拠をもとに死因は自殺だと断言するフランクに対し、納得がいかないビヨンは独自の捜査を行なうことに。
些細な情報を手繰り寄せ、クリスティーナの結婚相手、交流のあった娼婦、ビヨンの同僚や元妻などへの尋問を繰り返すうちに徐々に明らかとなるクリスティーナが抱えていた大きな闇。娘を殺したのははたして何者なのか。そしてすべての真実を知ったとき、ビヨンが下す決断とは……。
上述のとおり各エピソードの構成としては非常にシンプルだ。毎話主人公の刑事ビヨンがクリスティーナの死に関与していると思しき人物を訪ね、凄まじい剣幕で尋問を行うことで少しずつ真実が白日の下に晒されていく。これだけ聞くと父親が娘のために正義を果たそうとする実直な親子愛の物語のようにも思えるが本作は北欧ドラマ、そんな生温い話ではない。ときに掛け替えのないものに、ときに呪縛にもなりうる親子の絆を人間の闇とともに描き出す、実に北欧ドラマらしいダークで骨太な作品となっている。
主人公ビヨンは相手が誰であろうと一切容赦せず、情報を引き出すためには恐喝や暴力も厭わない。根拠はないが嘘だと思うから殴る、相手の子どもを脅迫材料にする、情報を入手するために拷問に手を貸すなど、主人公にあるまじきマチズモを体現したような人物だ。娘を亡くすという悲劇に見舞われたことを加味してもそこに共感の余地はない。あまつさえ苛立ちをも覚えるほどだ。視聴者はみな、なぜ主人公をそんな性格に? と思うことだろう。だがその性格が事件の真相と深くつながっている、という非常に巧妙な仕掛けが本作には用意されている。
毎話ビヨンは関係者を尋問していくが、それと同時にビヨンも尋問されているということに気がつく。ときに尋問相手に、ときに自分自身にだ。クリスティーナを知る関係者からなぜ娘を大切にしなかった? と幾度も問われ、事件の真相とともに徐々に歪んだ父娘の関係性が明らかとなる。そしてその根源はビヨンのマチズモ的な性格に所以する。
そもそもビヨンはモルグに運び込まれた遺体が娘だと知る前は、検死報告を聞いて自殺だということに納得していた。つまりビヨンは遺体に不審な点があるからではなく、娘が自殺とは信じたくない一心で独自捜査を開始するのだ。ビヨンを突き動かすのは「娘は不幸ではなかった」と信じる親のエゴにほかならない。「疎遠ではあったが自分のせいで娘は不幸になったのではない、だから自殺ではない」という何とも自分勝手な推察だが、そんなかつて家族を苦しめ娘を遠ざけたこの「自分勝手で盲信的な性格」がクリスティーナの死の真相を暴いていく、という何とも皮肉に満ちた物語なのだ。
ちなみにクリスティーナを演じるアルマ・エケヒズ・トムセンは主演のウルリク・トムセンの実娘である。それ故なのか、娘に対する感情を吐露する場面におけるウルリクの表情は説得力にあふれている。
自分勝手で暴力的な主人公だからこそ、複雑で生々しい家族のつながりを描くことができた
本作ではほとんどすべてのエピソードに「馬」がキーワードとして登場する。ビヨンの家族がバラバラになる以前のこと、ビヨンはクリスティーナに馬をプレゼントした。それはビヨンなりの愛情表現であり、馬こそがビヨンの愛情の象徴だった。だがビヨンは、クリスティーナが自分の理想とする姿からかけ離れていくのを知り、残酷な方法で馬を処分してしまう。父娘のそんな過去が関係者との尋問のなか明らかとなっていく。
はじめはクリスティーナが自ら家を出ていき自分から離れていったと主張していたビヨンだが、やがて自身がクリスティーナを拒み、遠ざけていたことを視聴者とともに認識していくのだ。事件の真相と家族の問題が同時に顕在化してくる、その構成が実に巧妙で舌を巻く。
やがて娘の真意を知った父親が、はじめて自身の罪を認め娘の死を受け入れる。これはかつて娘を突き放した父親が、もう二度と交わることがないとわかりながらも離れてしまった娘との距離を埋めようとする、親子関係の修復の物語でもあるのだ。序盤から力強く描かれた父親のエゴは、やがて娘に対する贖罪へと姿を変え、最終的に切なく痛ましい愛へと変容していく。
本作はただの親子愛に留まらない、そこに入り混じる正負の感情のグラデーションを描く重厚な家族ドラマとしても機能している。主人公がはじめから冷静で、慈愛に満ちた人物であったならそうはいかない。自分勝手で暴力的な人物だからこそ、そんな複雑で生々しい家族のつながりを描けたのだ。緻密に計算し尽くされた見事な脚本に驚かされる。スッキリ爽快な作品とは言い難いが、北欧ドラマの質の良さを思い知る実に満足度の高い作品だ。
シーズン2のはじまりは、娘のクリスティーナが亡くなってから3週間と5日後の朝
そしてその続編であるシーズン2が9月17日より一挙放送される。完結かと思われたシーズン1の完全続編であり、今度は主人公ビヨンの元妻スサンネが中心となり物語が進められていく。引き続き「一つの場所で、二人の人物の尋問を通して」という縛りのもと物語が展開されていくが、今度の主人公スサンネの職業は刑事ではなく心理セラピストだ。暴力的で力尽くだったビヨンの尋問とは異なり、したたかで理知的に、ときに温情にすがるようにして情報を引き出していく。同じアイデアではあるが、前作とはまったく違ったアプローチで描かれるのだ。
シーズン2のはじまりは娘のクリスティーナが亡くなってから3週間と5日後の朝の出来事だ。心理セラピストであり催眠療法士でもあるスサンネの診療所に訪れた特徴的な痣のある男。禁煙セラピーを希望するその男にスサンネは催眠療法での治療を提案するが、催眠状態に入った男は無意識にこれまで殺してきた若い女性たちの話をしはじめる。
今夜もまた一人殺す予定だと語る男に対し、スサンネは犯行を食い止めようと情報を引き出そうとするが失敗。意識を取り戻した男が帰った後、スサンネは元夫の上司であり友人でもある刑事リカートに相談するが、なぜかはぐらかされてしまう。やむを得ずスサンネは独自の調査をはじめるが、やがて警察が抱える大きな闇が彼女の前に立ちはだかる……という内容だ。新たな事件を中心としつつシーズン1の事件とも深く関わるということで、より巧妙で大きなスケールの物語を期待したい。
『Face to Face -尋問-』シーズン2の放送に先立ち、9月14日よりシーズン1も同チャンネルにて再放送される。これまで見たことがないスタイルの北欧ノワールサスペンスは日本の視聴者にさまざまな驚きを与えることだろう。すでに完結編でラース・ミケルセン主演のシーズン3の製作も決定しており、デンマークでは本年後半に公開予定となっている。内容の面白さはもちろん、1話約25分で1シーズン全8話という取っつきやすいボリュームも含め、北欧作品ファンに限らずとも映画・ドラマファンに広く推奨したい作品だ。
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