中年の倦怠に酒がどう作用するか 映画『アナザーラウンド』評

中年の倦怠に酒がどう作用するか 映画『アナザーラウンド』評

2021/08/30
テキスト
月永理絵
村尾泰郎
編集:久野剛士、CINRA.NET編集部

倦怠感を抱える中年男性4人が、酒とともに再びダンスを取り戻す
テキスト:村尾泰郎

ジョン・レノンは30代半ばのころにオノ・ヨーコと別居。ニューヨークからロサンゼルスに移り住み、キース・ムーン(イギリスのバンドThe Whoのドラマー)やハリー・ニルソン(アメリカのシンガーソングライター)といった仲間たちと飲んだくれな毎日を送っていた。のちにジョンは、その時期のことを「失われた週末」と呼んだが、それはビリー・ワイルダー監督がアル中の主人公を描いた名作のタイトルにちなんでのこと。ロックスターに限らず、家庭や仕事がうまくいかずに酒で気を紛らわす中年男たちは星の数ほどいる。デンマーク映画『アナザーラウンド』は、気がついたら「失われた週末」を過ごすはめになった男たちの物語だ。

マーティン、ニコライ、ピーター、トミーの4人は学校の教師。マーティンは夜勤で働く妻のアニカとすれ違いの日々が続き、子どもたちとも会話がなく疎外感を抱えている。ニコライは妻に怒鳴られてばかり。ピーターは独身ながら子どもが欲しいと思っている。そして、別れた彼女のことが忘れられないトミーは、老いた愛犬を介護している。この中年男たちに共通しているのは、根は優しくて善良だということ。人畜無害な彼らは悩みやストレスを発散できないまま、中年の危機を迎えていた。

マーティンとすれ違いの日々を過ごす妻アニカ(マリア・ボネヴィー) / 『アナザーラウンド』場面写真 ©2020 Zentropa Entertainments3 ApS, Zentropa Sweden AB, Topkapi Films B.V. & Zentropa Netherlands B.V.
マーティンとすれ違いの日々を過ごす妻アニカ(マリア・ボネヴィー) / 『アナザーラウンド』場面写真 ©2020 Zentropa Entertainments3 ApS, Zentropa Sweden AB, Topkapi Films B.V. & Zentropa Netherlands B.V.
ピーター(ラース・ランゼ) / 『アナザーラウンド』場面写真 ©2020 Zentropa Entertainments3 ApS, Zentropa Sweden AB, Topkapi Films B.V. & Zentropa Netherlands B.V.
ピーター(ラース・ランゼ) / 『アナザーラウンド』場面写真 ©2020 Zentropa Entertainments3 ApS, Zentropa Sweden AB, Topkapi Films B.V. & Zentropa Netherlands B.V.

そんなある日。ニコライの誕生日を祝う食事会で、マーティンはニコライから「お前は分別がありすぎる。もっと楽しめ!」と言われて、それまで拒んでいた酒を飲む。なんでも、「血中のアルコール濃度を0.05%に保てば、自信とやる気に満ちた精神状態になれる」という説があるらしい。そして、楽しい一夜を過ごして開放感を味わったマーティンは酒に興味を持ち、仲間たちと飲酒で生活を変える実験にのめり込んでいく。

本作の監督はデンマーク出身のトマス・ヴィンターベア。彼は『ダンサー・イン・ザ・ダーク』などで知られる鬼才、ラース・フォン・トリアー監督らと「ドグマ95」という映画運動を立ち上げて、「カメラは手持ち」「撮影はすべてロケーション」など独自のルールを貫いて映画を作ってきた。本作でも手持ちカメラが親密な空気を生み出し、映画を見ているうちにマーティンら4人の仲間になったような気持ちにさせられる。彼らがこっそり集まって実験をしている姿は、まるで秘密基地で騒いでいる子どものようだ。中年男が仲間と酔っ払ってはしゃいでいる姿の滑稽さ、そこから滲み出る哀感は、ジョン・カサヴェテスが監督・出演した名作『ハズバンズ』(1970年)を思い出させた。

『ハズバンズ』は仲間の死によって人生の無常さを知った3人の中年男が、飲んで羽目を外しながら中年の危機と向き合う物語。ベン・ギャザラ、ピーター・フォンダ(2人ともアメリカの俳優)、カサヴェテスの演技のやりとりが見事だったが、『アナザーラウンド』も負けてはいない。4人組を演じるマッツ・ミケルセン、トマス・ボー・ラーセン、マグナス・ミラン、ラース・ランゼの演技は息がぴったりあっていて、ノンアルコールとは思えないほどリアルだ。

泥酔の挙句に海外まで家出してしまう『ハズバンズ』の男たちに比べると、『アナザーラウンド』の4人組は家庭や仕事を放り出す勇気はない。せいぜい隠れて酒を飲む程度だが、それでも真面目な彼らにとっては大冒険だ。飲酒実験は予想以上の効果をもたらして、ほろ酔い状態のマーティンの授業は生徒たちに大ウケ。アニカとは恋人同士のような親密さを取り戻す。仲間たちの生活にも変化が訪れて、その成果に夢中になっていく。なかでも、少年サッカーチームのコーチをしているトミーが、いじめられっ子の少年と絆を深めていく姿が微笑ましい。老犬と子どもに優しいトミーは、きっと4人のなかで一番繊細なんだろう。物語の後半に思いがけない悲劇が起こったとき、そう感じた。

少年サッカーチームのコーチを務めるトミー(トマス・ボー・ラーセン) / 『アナザーラウンド』場面写真 ©2020 Zentropa Entertainments3 ApS, Zentropa Sweden AB, Topkapi Films B.V. & Zentropa Netherlands B.V.
少年サッカーチームのコーチを務めるトミー(トマス・ボー・ラーセン) / 『アナザーラウンド』場面写真 ©2020 Zentropa Entertainments3 ApS, Zentropa Sweden AB, Topkapi Films B.V. & Zentropa Netherlands B.V.

ジタバタしている中年男たちと対照的なのが、無邪気に生のエネルギーを発散する10代の若者たちだ。本作では物語の舞台を学校にすることで、若者と中年の世界を対比させている。オープニングでは若者たちが大自然のなかで酒を飲んで走り回り、あり余るエネルギーを発散している。一方、教師たちは朝から疲れていて生気がない。彼らの授業を受ける生徒たちもつまらなさそうだ。

2つの世代の対比は音楽でも表現されている。若者たちが大騒ぎしているオープニングシーンに流れるのはデンマークのバンド、Scarlet Pleasureの“What A Life”。「人生は素晴らしい」「5分先なんてどうなってるかわからないからいまを楽しめ」という歌詞や縦ノリのビートは若者向けだ。一方、4人組が飲酒実験をしているときにレコードをかけて踊るのが、The MetersのR&Bクラシックス“Cissy Strut”。タメの効いた横乗りのグルーヴは大人の味わい。それを聴きながら楽しそうに踊る姿からは、4人が自分たちのスタイルで人生を楽しみ始めたことが伝わってくる。そして、アルコールを介して2つの世代は次第に交流を深めていく。

Scarlet Pleasure"What A Life"MV

The Meters“Cissy Strut”を聴く(Apple Musicはこちら

教師たちが活気を取り戻していく過程で、ダンスは重要な役割を担っている。誕生日の食事会でトミーがマーティンに「昔のように踊ってみろよ」と誘う。マーティンは若いころにダンスを学んでいたのだが、いまはもう踊ろうとはしない。そして、その背景ではコーラスグループが死をテーマにした歌を歌っている。この物語は人生のなかばを過ぎて死を意識するようになった中年男が、再び踊れるようになるまでの物語と言えるかもしれない。最後に歌とダンスが融合した見事なシーンがあるが、そこで見せるマッツのパフォーマンスが最高だ。ファットボーイ・スリム“Weapon Of Choice”のMVで主演したクリストファー・ウォーケンに負けないかっこよさで、中年男の再生を見せてくれる。

Fatboy Slim ft. Bootsy Collins"Weapon Of Choice"MV

年齢を重ねると身体が動かなくなるが、心も動かなくなる。4人の教師の飲酒実験は、心のエクササイズだったのかもしれない。彼らがアルコールで手に入れた孤独や不安をはねのける高揚感は「若さ」であり、若いころのようにハメを外すこと、そして、若者たちと交流することで彼らは再び生きる実感を手に入れた。そのためにツケを払うことになるが、劇中で紹介された哲学者キルケゴールの言葉を借りるなら、失敗したときに大切なのは「自分の不完全さを認めること」。そうすれば「他者と人生を愛することができる」のだ。そして、何より本作は友情の物語でもある。なかでも、マーティンとトミーの絆が胸にしみる。映画を見終わったあとに残るほろ苦さは、大人になって初めてわかる酒の味わいにも似ている。不完全な4人に乾杯!

『アナザーラウンド』場面写真 ©2020 Zentropa Entertainments3 ApS, Zentropa Sweden AB, Topkapi Films B.V. & Zentropa Netherlands B.V.
『アナザーラウンド』場面写真 ©2020 Zentropa Entertainments3 ApS, Zentropa Sweden AB, Topkapi Films B.V. & Zentropa Netherlands B.V.
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作品情報

『アナザーラウンド』
『アナザーラウンド』

2021年9月3日(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷シネクイントほかで全国公開

監督:トマス・ヴィンターベア
出演:
マッツ・ミケルセン
トマス・ボー・ラーセン
マグナス・ミラン
ラース・ランゼ
マリア・ボネヴィー
上映時間:117分
配給:クロックワークス

プロフィール

月永理絵(つきなが りえ)

映画ライター、編集者。雑誌『映画横丁』編集を担当。『朝日新聞』等で映画評を執筆するほか、「映画酒場編集室」名義で書籍、映画パンフレットの編集・執筆を手がける。

村尾泰郎(むらお やすお)

音楽・映画ライター。音楽や映画の記事を中心に『ミュージック・マガジン』『レコード・コレクターズ』『CINRA』『Real Sound』などさまざまな媒体に寄稿。CDのライナーノーツや映画のパンフレットも数多く執筆する。

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