深刻さ増すDV問題。『サンドラの小さな家』が発する声なき者の声

深刻さ増すDV問題。『サンドラの小さな家』が発する声なき者の声

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常川拓也
編集:後藤美波(CINRA.NET編集部)

人種や社会的立場、障害の有無もさまざま。多彩なメンバーがサンドラの家づくりに集う

掃除職の雇い主ペギー(ハリエット・ウォルター)の善意により、サンドラは彼女の家の裏庭を借りて、家作りに取り掛かる。といっても、土地や木材や道具があっても家は作れない。多くの人の助けがなくてはならないだろう。サンドラにとって、これは思いがけない光明をもたらす。

ホームセンターで偶然出会ったことを機に彼女のために設計図から全面的に手伝う土木建設業者のエイド(コンリース・ヒル)をはじめ、彼のダウン症の息子フランシス、サンドラの唯一のママ友・ローザ、パブの同僚で建物を不法占拠して暮らすエイミーと彼女の同居人たち──カメルーン出身のユワンデ、宅配業のダリウシュ、無職のトモ──など、多彩なメンバーがそれぞれの社会的な事情を抱えながらも週末の時間を割いて家作りに無償で協力するのである。

『サンドラの小さな家』 ©Element Pictures, Herself Film Productions, Fís Eireann/Screen Ireland, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute 2020
『サンドラの小さな家』 ©Element Pictures, Herself Film Productions, Fís Eireann/Screen Ireland, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute 2020

その中でもフランシスは一度はサンドラの頼みを断りかけた父エイドの態度を改めさせ、自分が使っていた古い作業靴を彼女に提供する寛大な紳士として登場する。彼のキャラクターについてダウン症であることに焦点を当てていない点も重要である。善良な男性も多々登場するように、夫からのDVを主題にしながらも、決してミサンドリー(男性嫌悪)に基づいているわけではないだろう。

公助のない世界で、ゆるやかに育まれる共同体

本作は「herself」という原題を持つが、このようにして家を建てるという行動が、DVで崩れかけていた「彼女自身」を建て直す手段のメタファーとして機能すると同時に、ゆるやかな共同体を育む契機となるのだ(アイルランド英語で「herself」は家の主の意味も持つ)。公助のない世界で共助の力、人々が集まって助け合うアイルランド古来の精神「メハル」を称えるのである。気さくで友愛的な彼らとの交流が映画に軽さを吹き込み、とりわけ娘を演じたルビー・ローズ・オハラとモリー・マッカンの輝きが憂鬱になりがちな題材に光を差し続けている。

『サンドラの小さな家』 ©Element Pictures, Herself Film Productions, Fís Eireann/Screen Ireland, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute 2020
『サンドラの小さな家』 ©Element Pictures, Herself Film Productions, Fís Eireann/Screen Ireland, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute 2020

このサンドラと周りの人々の姿は、例えば、福岡県八女市福島地区で歴史的な町並みを保存・継承する運動を記録したドキュメンタリー『まちや紳士録』(2013年)の一場面を思い起こさせる。それは、ベテラン大工が新たに越してきた若い移住者に「うんと迷惑かけてください」と助言する場面である。この「迷惑をみんなで共有する」という考え方が、効率を優先する経済至上主義や小さな政府を標榜する新自由主義で回る不誠実の時代に、コミュニティーのあり方として意義あるものとなりうるかもしれない。

『サンドラの小さな家』 ©Element Pictures, Herself Film Productions, Fís Eireann/Screen Ireland, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute 2020
『サンドラの小さな家』 ©Element Pictures, Herself Film Productions, Fís Eireann/Screen Ireland, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute 2020

社会が被害者に冷たく投げかける。「なぜもっと早く家を出なかった?」という問いの暴力性

一方で、本作は、DVの問題を大局的な観点からも見る。夫ガリーは子どもを盾にサンドラの経済力や保護者としての資質を非難し、自分が被害者であるかのように振る舞って面会権の侵害を訴える。実際は、DVの現場を目撃してしまった次女のトラウマが影響しているにも関わらず、裁判では彼の弁護士とともに彼女を信用できない悪いお手本として仕立て上げてようとするのだ。このように支配的なパートナーが、被害者に自分自身を疑問視させるよう仕向ける心理的な虐待および操作は、「ガスライティング」(ジョージ・キューカーの1944年の映画『ガス燈』に由来する)と呼ばれる行為である。そしてサンドラは、裁判官からこう問われる──「なぜもっと早く家を出なかった?」

この弁護士も裁判官も女性ではあるが、長きにわたって家父長制の下で社会化された司法そのものが、性差別的なイデオロギーの上に成り立っていることをサンドラはこのときに思い知る。

これは現実の問題である。英国の歌手FKAツイッグスは、2020年12月に元恋人のハリウッド俳優シャイア・ラブーフからの虐待と性的暴行を提訴した。2019年公開の彼の半自伝的映画『ハニーボーイ』での共演を機に交際を始めた彼女は、それから約1年の交際期間中に受けたとされる数々の抑圧──ウェイターに親切にすることも許されず、1日にしなければならないキスのノルマを課せられ、それが満たせないと「史上最悪の人間」のように感じさせられたと証言している。また、米CBSの朝のテレビ番組『CBSディス・モーニング』に出演した際には、司会者ガイル・キングから「なぜ彼の元から逃げ出さなかったのか?」と尋ねられた。サンドラもツイッグスも同様の答えを返す──「その質問は加害者にするべき」だと。

『サンドラの小さな家』 ©Element Pictures, Herself Film Productions, Fís Eireann/Screen Ireland, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute 2020
『サンドラの小さな家』 ©Element Pictures, Herself Film Productions, Fís Eireann/Screen Ireland, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute 2020

社会は、決して加害者に「なぜあなたは虐待するのをやめられないのか?」とは問わない。あたかも女性が加害者から離れずに暮らしていたならば、家庭内暴力の責任の一端は女性にもある、という考えに加担しているかのようだ。『サンドラの小さな家』は、サバイバーが虐待関係から抜け出した後にも冷遇される世界のシステムのあり方を垣間見せる。暴力は、「家庭内」の後も続く。構造的不平等は依然として存在し、そこにはより大きな家父長的暴力が横たわっているのである。

家庭内暴力の被害者を社会的スティグマ化しない

ダンは2014年から脚本のリサーチのために様々な専門家に会う中で、実際にDVサバイバーであるウーマンズ・エイド(アイルランドのDV対策機関)のチャリティショップの店員から単なる被害者の物語にしてほしくないと提言されたと明かしている。『サンドラの小さな家』は、家庭内暴力の被害者を社会的スティグマ化しない。その上で、クレア・ダンはサンドラを演じるために、おそらく彼女にしかできない特性を加えている。

映画の冒頭、サンドラの顔にある母斑を不思議に思った娘たちに対して、彼女は「生まれたときに神様がお創りになった特別な印」だと説明する。ダンはそれを豊かな感情の一部として、あるいは彼女固有の歴史を滲ませる具体性として、劇中で巧妙に機能させているように見える。サンドラは、夫に会うたびに過去の虐待の記憶に襲われ、映画はそれをしばしば苛烈なフラッシュバックで殊更に何度も強調する。負傷した左手を抱えながら神経をすり減らし、子どもたちを庇うために常に警戒心を保つ彼女の疲労、そして身体的および精神的に抱える後遺症を否応なく認識させ続けることで、この顔の特徴はまた別の意味を帯びるかもしれない。

『サンドラの小さな家』 ©Element Pictures, Herself Film Productions, Fís Eireann/Screen Ireland, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute 2020
『サンドラの小さな家』 ©Element Pictures, Herself Film Productions, Fís Eireann/Screen Ireland, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute 2020

映画が進むにつれ、彼女の背景に触れる私たち観客は暴力の被害の大きさを想像するだろう。ダンの生まれ持った左目の下の母斑はまるで虐待で受けた「アザ」のようにも見える。そして、その跡を覆い隠すべき恥部にはしない──夫と相対する裁判前にサンドラはアザを一度コンシーラーで隠そうとするが、後にペギーはそれを拭き取ってやり、恥ずかしがる必要はないことを示す。友人たちの温かい手助けを得たとき、むしろそれは加害者と結託する父権制社会への抵抗と挑戦の象徴のコードとなるのである。この映画は、支配的な社会秩序によって無言化させられてしまった者たちの声を携えている。

『サンドラの小さな家』予告編

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作品情報

『サンドラの小さな家』

新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国公開中

監督:フィリダ・ロイド
脚本:クレア・ダン、マルコム・キャンベル
出演:
クレア・ダン
ハリエット・ウォルター
コンリース・ヒル
配給:ロングライド

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