大自然に囲まれ、ときに「森と湖の国」と称されることもあるフィンランド。この北欧の国に憧憬を抱き続けているのが、ミュージシャンの岡崎体育だ。
近年は音楽活動だけでなく、ドラマに出演したり、ラジオパーソナリティーを務めたりと多方面に活動の場を広げている岡崎だが、その反動か自然のある環境に身を置き、集中して曲づくりに励みたい気持ちが強くなっているという。なかでも、フィンランドがあらゆる面で理想の条件を満たしており、いつか暮らしてみたいとのこと。
そこで今回は、マリメッコ本社でデザイナーとして勤務したのち、現在もフィンランドに住みながらフリーランスで活躍中の島塚絵里と、オンライン対談の場を設けた。自然・税金・言語・食などリアルなフィンランド事情を聞くことで、岡崎の気持ちはどう変化するだろうか。さらには、職種は違えど同じクリエイターとして、環境から得られるインスピレーションの重要性や、ものづくりに対する姿勢なども語り合った。
地球で生まれたからには、死ぬまでにオーロラを見たことがある人間になりたい(岡崎)
―岡崎さんはどうしてフィンランドに憧れるようになったんですか?
岡崎:ぼくがレギュラーを務めている『よなよなラボ』というNHKの番組で、「自分に最もフィットする国を探そう」という企画があり、移住の条件をいくつか出したんです。「税金の用途が明確」「衛生面がしっかりしている」とか。それらの条件を考慮して、理想の環境にいちばん近かった国がフィンランドだったんです。以来、ずっとフィンランドに行きたくて。
島塚:なるほど。それでZoomの背景がオーロラなんですね(笑)。
岡崎:オーロラは本当に見てみたいです。去年の末に「死ぬまでにやりたい100のこと」っていうリストをTwitterで公開したんですけど、そのなかにも「フィンランドに行く」と「オーロラを見る」を入れました。日本で暮らしている限り、オーロラを見られる確率って0%に近いじゃないですか。
島塚:そうですね。
岡崎:地球に生まれてきたからには、死ぬまでにオーロラを見たことがある人間になりたいんですよ。テレビで見るのと生で見るのは、感動も格別でしょうし。コロナの影響が落ち着いたら、見に行きたいです。島塚さんはオーロラを見られたことはありますか?
島塚:何度かあります。なかでも去年、オウルから車で2時間ほどの場所にある「ホテル イソ シュオテ」というスキーリゾートで、大きなオーロラを見たのが思い出深いです。やっぱり何度見ても感動しますよ。ちなみに、夫はオーロラの発生を知らせてくれるアプリをスマホに入れています(笑)。
ただ、ヘルシンキでは街明かりの影響で見られないんですよね。やっぱり北のほうの暗い場所に行かないとダメです。それでも、晴れであることなどいろんな条件が揃っていないとオーロラは現れないので、見られる確率は高くないですが。
岡崎:それも魅力のひとつですよね。「絶対に見られるわけではない」という点にも惹かれています。レアなポケモンと一緒で、出会えるかわからないのが良いなと。
島塚が実際に見たオーロラ岡崎体育が全曲プロデュースした『劇場版ポケットモンスター ココ』テーマソング集
消費税は24%と高いけど、自分たちの生活に還元されているから文句はない(島塚)
―島塚さんはどういった経緯でフィンランドに移住したのでしょうか?
島塚:最初にフィンランドを訪れたのは、13歳のとき。1か月ほどフィンランドにホームステイする機会があったのですが、日本とは違う生活スタイルや価値観で、何もかもが新鮮で視野が広がったんです。そこから、フィンランドは私にとってずっと憧れの国でした。帰国後は高校に進学したのち、一般大学で国際関係学を専攻しました。大学を卒業してからは、沖縄で英語の教員をしていたんですよ。
岡崎:いまとまったく違う職種ですね。
島塚:はい。本当は、高校の頃から美術を勉強したいと密かに思っていたのですが、アートやデザインよりも、語学を勉強したほうが現実的かもなと、その当時は考えていて。だけど、デザインがしたいという気持ちはずっと消えなかったんです。
それで27歳のとき、かつて私の世界を変えてくれたフィンランドに思い切って移住し、テキスタイルの本場でデザインを学ぶことを決意しました。1年ほど現地でバイトしながらフィンランド語を勉強し、ヘルシンキの美術大学でテキスタイルを学びました。その後、マリメッコ社でデザイナーとして勤務したのち、独立して現在に至ります。フィンランドに移住してから、もう14年が経ちますね。
島塚がデザインした松の木のファブリック最近、ヘルシンキ内で森の近くから海の近くへ引っ越しした島塚。近所を散歩しているときに見かけた満月とスキーで移動する人々
―フィンランドで生活するうえで不便を感じることはないですか?
島塚:あんまりないですね。たとえば、岡崎さんが移住の条件に挙げていた「税金の用途が明確」というのも事実ですし。日本に比べると消費税はかなり高いんですが、自分たちの生活に還元されている実感があるので、文句を言う国民は少ない印象です。
岡崎:以前、ドイツでプレーされていたサッカー選手の岡崎慎司さんからお話をうかがった際も、同じことを言っていました。「税金は高いけど、高速道路や病院の診療は無料だから、還元されている気持ちになる」って。やっぱり日本と比べて、ヨーロッパでは税金の使われ方がクリアなんですね。
島塚:そう感じます。とくにフィンランドの消費税は24%とヨーロッパのなかでも高いほうですが、その分さまざまな制度がしっかりしていますから。
そのひとつが、平等に教育を受けられる環境の徹底です。小学校から大学・大学院まで学費はほぼ無料ですし、一人暮らしをしている大学生には、国から住居手当と生活費を合わせて、月々600ユーロほど支給されるようになっています。だから、収入格差によって受けられる教育に差が生まれることがほとんどありません。
岡崎:そうやって、税金が自分たちに返ってくる実感を持てるのは良いですよね。日本で暮らしていても、自分が払った税金が還元されていると思う瞬間ってすごく少ないですし。フィンランドのように、税金を払っているからこそ安心して暮らせるという環境は、やはり理想的だと思います。
街を行き交う人たちもせわしなくて、独特のペースがありますよね、東京は(島塚)
―岡崎さんは生活面だけでなく、ミュージシャンとしてもフィンランドで良いインスピレーションを得たい気持ちが強いですか?
岡崎:そうですね。ぼく、1年半くらい前に東京へ引っ越してきたのですが、それまでは京都の宇治という地元の町で実家暮らしだったんです。京都は盆地なので、東京に比べて夏は暑く、冬は寒いんですよ。とくに冬場は冷気が底のほうに溜まるので、底冷えがすごくて。
でも、そういう寒い日に曲づくりするほうが、自分の感覚が研ぎ澄まされる気がしていました。その点、フィンランドは基本的に寒いじゃないですか。だから、京都にいたときに近い感覚で、楽曲制作に取り組めるかもなって思っています。
島塚:こちらは25度を超えると猛暑といわれますからね。あと、フィンランドの特徴として11月から1月まではけっこう暗くて、お昼でも太陽があまり見えないんです。じつは岡崎さんと同じように、この暗くて寒い時期に集中してものづくりをする人も多いみたいですよ。
あるとき、フィンランドの北部に住む友人に編み物を教わろうしたんですけど、「編み物は冬のカーモスという極夜の時期にしかつくらないから、いまはダメ」って言われたのを思い出しました。
5月から7月の太陽が沈まない「白夜」に対して、日照時間の短い11月から1月は「カーモス(極夜)」の時期。11月後半の日中の様子
岡崎:やっぱり環境って、ものづくりに影響しますよね。そういう意味では、自然が豊かなところも、ぼくがフィンランドに住みたいなと思った理由のひとつです。
前に住んでいた宇治は、田舎なので自然も多くて、散歩も気分転換になったんですよ。ぼくは90分作業したら集中力が切れるので、10分散歩したあとに5分コーヒーを飲んで、合計15分くらいはゆっくりしたいんです。でも、東京でそのルーティンをしてもあまり気が休まらず、リフレッシュにならないんですよね。
岡崎の地元・宇治の風景
島塚:都会は何かと便利だけど、人も多いですしね。私もときどき東京に帰りますが、満員電車に乗れなくなってしまいました。激混みの車内に無理やり乗るくらいなら、次の電車で良いかなと。街を行き交う人たちもせわしなくて、独特のペースがありますよね、東京は。
岡崎:そうですね。気分転換に散歩しようと思っても、外にはビルが多いから癒やされないですし。都会にも公園はあるけど、それって人工的な自然じゃないですか。フィンランドのように手つかずの自然が身近にある環境は、うらやましいです。湖や森が近くにあったらリフレッシュできそうですし、曲づくりもはかどる気がします。
やっぱりぼくはミュージシャンなので、とにかく良い音楽をつくりたい(岡崎)
―フィンランドのアーティストやクリエイターにとっても、やはり自然はインスピレーションの源になっているのでしょうか?
島塚:そう思います。私自身、自然からインスピレーションを得ることも多いですから。数年前に東京で個展を開催したときも、テーマは「森」でインスタレーションに挑戦しましたし、昨年のクリスマスシーズンに行われたポップアップショップの飾りつけでは、「もみの木」のテキスタイルをテーブルクロスとして提供しました。
2020年のクリスマスシーズンに、フィンランドのギャラリーで行われたポップアップショップの様子
岡崎:良いですね。ぼくも、フィンランドで曲をつくる機会があれば、自然などの現地の要素からいろんなインスピレーションを得られそうだなと想像を膨らませていました。
島塚:自然から得られるインスピレーションがある反面、つねに刺激がほしいタイプのクリエイターにとっては、退屈な環境かもしれませんけどね。言い方を変えれば、フィンランドはエンターテイメントが少ないので、誘惑に邪魔されず、作業に没頭できる。ものづくりに集中したい人には、おすすめです。
岡崎:でしたら、ぼくにとって理想的な環境です。ちょうど最近、楽曲制作をする場所や環境についても、いろいろと思うところがあったので……。
島塚:なにがあったんですか?
岡崎:宇治に住んでいた頃と、東京にいる現在を比べると、曲づくりに対する心構えやマインドが大きく変わった気がするんですよ。
宇治の実家にいたときは、小さい頃から使っていた勉強机でずっと曲づくりをしていました。そのスタンスありきで、「宇治から、さいたまスーパーアリーナのワンマンを目指すこと」が目標になっていたり、「こんな作業環境でも関ジャニ∞さんに楽曲提供できた」という自信につながったりしていたんです。
宇治の実家に住んでいた当時、勉強机で楽曲制作をする様子
岡崎:テレビのレギュラー番組を持たせてもらうことになって、「これは東京にいたほうが便利そうだな」と思って引っ越してきたわけですが、宇治にいた頃のように「場所」自体がひとつのモチベーションになることはなくりました。
島塚:東京という立地にとらわれず活動することが、気概にもつながっていたと。
岡崎:はい。また、ありがたいことに、東京にいることで音楽だけじゃない仕事もいただく機会が増えていて。それ自体は嬉しいことですし、人間としての成長にもつながっていると実感しています。一方で、どうしても葛藤はあるんです。
やっぱりぼくはミュージシャンなので、とにかく良い音楽をつくりたいし、その気持ちを大事にしたい。もちろん、いまでも曲づくりに手を抜いているわけではないですし、つねに全力ですが、もっと集中できる場所で真摯に音楽と向き合う時間をとりたいなという気持ちが強くなっています。
島塚:なるほど。ものづくりをするときは、やっぱり集中できる環境で取り組みたいですよね。
岡崎:本当はすぐにでもフィンランドのような場所で曲づくりしてみたいのですが、コロナ禍だから難しくて……。だから、今度のアルバム制作では、東京から少し離れて森や湖の近くで作業したいと思っています。
フィンランド語のドリルの文法が複雑すぎて、日本語の説明部分も理解できません(岡崎)
―岡崎さんはコロナの影響が落ち着いたらフィンランドに行くことを見越して、現在、フィンランド語を勉強されているそうですね。
岡崎:そうは言っても、日常会話の初歩の初歩くらいしかまだ学んでいないですけどね。英語に比べて、とにかく文法が難しいです。島塚さんはどうやって勉強されたんですか?
島塚:たしかに、難しいですよね。私も、いまでも間違えます(笑)。話せるようになったきっかけは、現地のカフェでアルバイトを始めてから。キッチンでひたすら皿洗いをしたんですけど、そのとき話し相手になってくれたシェフがとてもお喋りだったんです。その方の会話についていこうと頑張っていたら、自然と話せるようになっていきました。
岡崎:やっぱり座学より実践ですよね。ぼくはフィンランド語のドリルを買ったんですが、文法が複雑すぎて、もはや日本語で書いてある説明文も理解できません(笑)。島塚さんのいまのお話を聞いて、会話をしながらのほうが喋れるようになるのかなと思いました。
島塚:そうですね。フィンランド人も自分たちの母国語は難しいし、国民の500万人しか使っていない少数言語だと知っているので、一生懸命話そうとしていると「上手だね」って褒めてくれますよ。少なくとも私が知っている限り、フィンランド人はシャイだけど親切な人が多いです。
フィンランドにて、家族や友人とBBQを楽しむ様子
岡崎:それなら、安心しました。文法は難しいけど、読み方はローマ字読みに近いので、なんとなく読めますし。
そういえば以前、NHKの番組でフィンランドの食べ物を紹介してもらう企画があったので、「むっちゃおいしい!」っていう意味のフィンランド語を教えてもらったんですよ。「Se on erittäin maukasta」って。でも、そのときに食べた料理が見事にどれも口に合わなくて、せっかく覚えた言葉なのにまだ実践で使えてないんです。
島塚:何を食べたんですか?
岡崎:ひとつは「サルミアッキ」というアンモニア味の黒いキャンディーでした。
島塚:ああ、騙されちゃいましたね。こっちの人でも好き嫌いがわかれるお菓子です。教員時代の沖縄の教え子に、お土産であげたこともありますが、吐き出していましたから(笑)。同じような見た目だったら、「ラクリッツ」というソフトキャンディーのほうが食べやすいですよ。現地の子どもたちにも人気です。
岡崎:そっちを食べたかったな。あと針葉樹林から抽出したエキスも飲みました。
島塚:それも毎日飲んでる人は少ないと思います(笑)。
岡崎:そうなんですね。「フィンランドの人は毎日これを飲んでいます」って紹介された気がするんですけど、違うのか……。
島塚:テレビだから、オーバーなリアクションを求められていたのかもしれないですね(笑)。
―島塚さんのおすすめの料理はありますか?
島塚:北欧はサーモンがおいしいので、サーモン料理はおすすめですよ。焼いたり、蒸したり、生で食べたり。
岡崎:そういえば、ヘルシンキのスーパーに寿司バイキングがあると聞きました。
島塚:そうそう。フィンランドでは寿司が人気で、寿司レストランも多いですよ。でも、こっちではマグロなんて滅多に手に入らないから、それこそサーモンがメインになっています。日本人ではなく、アジア系の人が経営している寿司レストランもわりと見かけますね。日本語を意識した店舗のネーミングがなかなか奇抜なので、すぐにわかります(笑)。
フィンランドに住んでみたら、自分にとってどんな場所が最適なのかわかりそう(岡崎)
―今回はフィンランドについて、島塚さんからさまざまなお話をうかがいましたが、いかがでしたか。
岡崎:憧れはありつつも行ったことがない国ですし、少し不安な部分もあったのですが、島塚さんの話を聞いてさらに行きたい気持ちが高まりました。実際に住んでいる方のお話を直接聞けたのは、貴重な機会でした。
島塚:良かったです。とはいえ、自分にとって住みやすい場所かどうかは、実際に暮らしてみないとわからないですよね。住んでみたら、意外とフィンランドの暮らしが合わなかったという人もいるので。
岡崎:そうですね。最近、比較するときは2つじゃなくて、3つで比べたほうが良いと聞いたのですが、ぼくは宇治と東京にしか住んだことがないから、次の生活拠点が大事になるなと思っているんです。
仮に、現時点で理想的な環境だと感じているフィンランドに住むとしたら、自分にとってどんな場所で暮らすのが最適なのか、見えてくるものがあるんじゃないかなとは思います。
島塚:フィンランドは日本から9時間くらいで来られますし、お試しで短期間だけ滞在してみるのも良いかもしれないですね。まずは現地に来てみて雰囲気を体感してみると良いと思いますよ。もしいらっしゃる機会があったら、案内するので連絡ください。
岡崎:本当ですか。ありがとうございます! ぜひお願いします。
- プロフィール
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- 岡崎体育 (おかざき たいいく)
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1989年7月3日生まれ。京都府宇治市出身。2016年5月、アルバム『BASIN TECHNO』でメジャーデビュー。音楽活動に加えて、CM、映画、ドラマ出演などマルチに活躍中。私立恵比寿中学、関ジャニ∞などさまざまなアーティストに楽曲を提供。2019年6月には、さいたまスーパーアリーナでワンマンライブを開催して成功を収める。2020年12月にはアニメ映画『劇場版ポケットモンスター ココ』の全テーマソングをプロデュースして話題に。2021年5月26日にコンセプトアルバム第2弾『OT WORKS II』をリリース予定。
- 島塚絵里 (しまつか えり)
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ヘルシンキ在住のテキスタイルデザイナー。2007年にフィンランドへ移住し、アアルト大学でテキスタイルデザインを学ぶ。マリメッコ社のアートワークスタジオでデザイナーとして勤務したのち、2014年より独立。現在はマリメッコ、サムイ、キッピスなど国内外のブランドにデザインを提供している。Pikku Saari(コッカ社)というテキスタイルブランドをプロデュース。サントリー「オールフリー」のCMの衣装デザインを担当。2018年、宮古島にオープンしたHotel Locusのオリジナルテキスタイルをデザイン。2021年4月には、フィンランドでは初となる個展を開催予定。