半田悠人の建築愛の根源を辿る。幼少期から続く「空間」への欲望

半田悠人の建築愛の根源を辿る。幼少期から続く「空間」への欲望

テキスト
半田悠人
編集:石澤萌(CINRA.NET編集部)

LEGOがもの作り原体験。部屋の隅でスクラップ&ビルドを繰り返し、説明書のグラフィックデザインに心奪われた日々

何でこんな話をするかというと、これまでの連載でも綴ってきたように、私が北欧のクラフトマンシップに憧れているのには、明確な理由があるからだ。小さい頃から作る楽しさや、素材が何か別のものに変わることの喜びを知っていた私は、その多くを、LEGOから学んだのである。

LEGOは言わずと知れたデンマークの有名な玩具ではあるが、もちろん、玩具を超えたクリエイティブなゲームでもある。今でも思うが、接着剤をつかわずにあんなにぴったりとくっつく精度はすごい。その発想も、モジュールの作り方も、全てが素敵だ。

LEGOは1958年から、現在のような複数のブロックがぴたっと重なる構造・機能を持つようになった
LEGOは1958年から、現在のような複数のブロックがぴたっと重なる構造・機能を持つようになった(参考記事:レゴはなぜ愛される? 日本で唯一の認定ビルダー三井淳平に訊いた

多くの人がLEGOに触れたことがあると思うが、私はとりわけLEGOに夢中だった。誕生日やクリスマスのプレゼントも、お年玉もほとんどをLEGOにあて、カタログの巻末にある部品表で部材を頼むところまでのめり込んでいた。家には自分自身が入れそうなサイズの大きなケース4つ分くらいのLEGOがあり、そのカラフルなパーツを見るだけで心が躍った。あーでもない、こーでもないと作っては壊しを繰り返しながら、木をやすりがけするような感覚で、自分だけのレゴ遊びを極めていた。

他のおもちゃは遊ぶことに特化していたのに対し、LEGOは作ることに特化していた。プラモデルも散々作ったが、説明書ひとつとってもLEGOに勝る「おしゃれさ」は他にない。まったく根拠のない思い込みだが、IKEAがあんなにシンプルな説明書である理由もLEGOに由来があると勝手に思っているほどだ。説明手順に特定の言語は書かれておらず、あるのは数字と記号だけだ。知らず知らずのうちに子どもの私はグラフィックデザインに触れることとなった。とにかく北欧のすることは図抜けてお洒落で、ユニバーサルだなあと思う。

LEGOの組み立て説明書。1999年「LEGO® City 6467 Pit Stop」より。©2020 The LEGO Group
LEGOの組み立て説明書。1999年「LEGO® City 6467 Pit Stop」より。©2020 The LEGO Group

説明書もさることながら、組み立てたら終わりのパズルやプラモデルとは違うLEGOは、組み直せるという点でも、やはり建築的だった。スクラップ&ビルドを、古いマンションのリビングの片隅で、中学生になっても私はひとりで繰り返していた。色を揃えずぐちゃぐちゃに組み立てるのが好きではなく、ヒンジのパーツとツルツルのパーツを組み合わせることで動くように作るのが好きだった。

私が建築家を志すためのきっかけになったLEGOだが、実際に建築物の再現もできる。スイスの建築家ユニットであるヘルツォーク&ド・ムーロンの作品「エルプフィルハーモニー・ハンブルク」(2017年、ドイツに誕生したコンサートホール)をLEGOで再現したのを見たときはここまでできるものなのか、と仰天した。自分が親しんできた玩具の組み合わせの先に、名建築が存在しうるということが、非常に面白い。

エルプフィルハーモニー・ハンブルクをLEGOで再現した動画

私はLEGOをやり尽くしたからこそ、建築へのさらなる興味が深まったと思う。工夫次第で何でも作れるし、人形がいるためにそこには必然的にスケールが生まれることも面白い。プラレールにも確か人形はあったが、およそ電車内に乗れるとは思えないオーバースケールなサイズだったため、現実的な面白さを見出せず、ミニ四駆に出会った途端、5歳下のいとこに譲った覚えがある。しかし、LEGOだけは譲らなかった。

LEGOは私が建築家を志すための大きなきっかけだったが、ヘルツォーク&ドムーロンの作品をLEGOで再現したのを見た時はここまでできるものなのか、と仰天した。自分が親しんできた玩具の組み合わせの先に、名建築が存在しうるということが、非常に面白い。

幼少期の半田悠人。小学校の卒業アルバムより(本人提供)。
幼少期の半田悠人。小学校の卒業アルバムより(本人提供)。

秘密基地作りや、ダンボール内のゾーニング。「空間」への憧れはここから

私が初めて設計した建築物は、小学生のときに作った秘密基地だった。多くのちびっこが憧れてきた典型的な夢の見方をしていた私は、自分では作れるはずもない大きさの秘密基地を想像しては、それを作ろうと夢中になった時期があった。候補地を探すため、随分と自転車を漕いで回った。漫画かアニメかどこからともなく「秘密基地」という単語を覚え、何となくのイメージで穴ぐらを想像していた。

実際に子どもの頃に作った秘密基地は、海辺の薄暗い防砂林に1mほど穴を掘って、落ち葉を敷き詰め、上には枝を使って虹色のレジャーシートをかけただけのものだった。レジャーシートは競輪帰りの上機嫌な見知らぬおじさんにもらった。想像していた秘密基地とはだいぶ違ったが、針金とシャベルしか手段を知らない自分にとっては、およそ設計通りのものだった。設計通りではあるのだが、その実物と夢見た秘密基地のギャップにげんなりもした。そこでは捕まえたバッタを逃がしてみるか拾った漫画をしゃがんで読むことくらいしかできず、脆く、儚く、土の匂いに寂しくなってすぐに家に帰った。

その後、いろんな基地の作り方を知り、優れた建築家の思考を想像すると、彼らは幼いときすでにもっともっと素敵な秘密基地を作ってきたのだろうと思う。

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プロフィール

半田悠人(はんだ ゆうと)

幼少のころに見た大工さんに憧れ、挫折と紆余曲折を経た後、建築の道へ進む。総合芸術制作会社デリシャスカンパニー主宰。現在も建築家として数々のプロジェクトを手がける。

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