黒沢清の語る映画界 深夜労働やモラルの欠如は作品の質を左右する

黒沢清の語る映画界 深夜労働やモラルの欠如は作品の質を左右する

インタビュー・テキスト
羽佐田瑶子
撮影:黒羽政士 編集:久野剛士(CINRA.NET編集部)
2020/03/03
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フランスの制度は理想的ですが、日本に取り入れるにはあと100年かかると思います。

黒沢清

―黒沢監督はフランスで『ダゲレオタイプの女』(2016年)を制作されています。海外の現場を目の当たりにされて、日本との労働環境の違いを実感しましたか?

黒沢:フランスはものすごく働きやすい環境でした。それは、僕が今申し上げたようなことがベースにあったからです。映画を作るためには集団と個人の時間が必要なことも当然のように理解されていて、撮影時間もコンパクトですし、土日休み(日曜撮影が入る場合は振替休日)もありました。

『ダゲレオタイプの女』予告編

黒沢:でも、土日はのんびり休んでいるかと思いきや、そうでもない。みんな働き者なんです。助監督や撮影監督に、休み明け「土日はゆっくりできた?」と聞いたら、今週の撮影現場の下見に行っていたといわれました。もちろん、肉体的にハードだった人は休養を取りますし、不安な人は勉強の時間に使いますし、個人の時間をどう使おうが「自由」なんですね。自由に、自分の意思で動くことが当然であることがよかったです。かたくなに休むわけではなく、延長しそうなときは理由を伝えると喜んでOKしてくれましたし、時間を守りつつ臨機応変なのもやりやすかったです。

―日本人は自由時間よりも、なにをするか決められているほうが働きやすい人が多いかもしれませんね。

黒沢:僕も、偉そうなことをいっていますが、典型的な日本人なんでしょうね。自由時間の過ごし方がどうにもうまくない。映画を一本、作り終えてもすぐに、次の脚本を書かなきゃと思ってしまいます(笑)。本当は仕事と休みを区別して働きたいのですが……。

また、日本との決定的な違いとして、フランスはフリーランスでも生活が保証されています。悪くないギャランティーから、かなりのパーセンテージで「保険料」が引かれ、その保険料はプールされます。そして撮影がない無給期間は、映画に携わるスタッフや俳優は、そのプールされた中から保険料が支払われます。数年間は仕事をしなくてもこと足りる金額なので、フランスの制作陣は2年に1本携わる程度でも暮らしていけるんですね。日本のように無給の失業期間というのがないという状況とは、心のゆとりが全然違うと思いますね。

―映画に夢を抱いて飛び込んできた人がくじけてしまう理由のひとつに、賃金の問題は大きいと思います。フランスのような国から保証されて映画作りができる暮らしは理想的だと思いますが、日本ではそのような環境作りは難しいのでしょうか?

黒沢:フランスの制度は理想的ですが、日本に取り入れるにはあと100年かかると思います。無理、といってもいい。フランスは世界的にみても特殊で、一度、元フランス大統領のサルコジが芸術家への保証制度をなくそうとしたら、国民が猛反対し撤回されました。国民性として、芸術活動は守っていかないとなくなってしまう、という意識がある。日本も国民の意識に支えられている古典芸能はあると思いますが、ほとんどが利益の有無で判断されてしまいます。ハリウッド映画のような国外に売れる映画作品と違い、儲からない日本の映画を、国は保証しません。しかし、それはそれで結構だと、僕は思っています。お金を出してくれなくて結構なので、代わりに口出しもしないでほしい。国家と映画はお互いに関わらないことが、日本では健全な関係だと思います。

相対的に日本の賃金は安いです。ただ、適切な賃金とはいくらなのでしょうね。稀に、海外で成功し高いギャランティーをもらっている日本人がいますが、聞くと車と家と美味しい食べものにしか使っていない。僕がもしそうなったとしても、似たようなことしか思いつけません。儲けたアメリカ人は会社を興して、権利を買って、次作のために使う人が多いのに……。最低限の生きていくための賃金はもちろん必要だと思いますが、億単位のギャランティーを有効に使える日本人は、少なくとも映画の世界ではほぼいないでしょう。

黒沢清
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作品情報

『スパイの妻』

2020年6月にNHK BS8Kで放送
監督:黒沢清
脚本:濱口竜介、野原位、黒沢清
音楽:長岡亮介
出演:
蒼井優
高橋一生

プロフィール

黒沢清(くろさわ きよし)

1955年生まれ。立教大学社会学部卒業。83年『神田川淫乱戦争』で商業映画デビュー。97年公開の『CURE』で世界的な評価を集め、その後も話題作を次々と発表。2019年『旅のおわり世界のはじまり』が公開。2020年6月に、『スパイの妻』がNHK BS8Kで放送されることが決定している。

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