国境をこえ、時代をこえていまも世界中の読者を魅了している児童文学作家、アストリッド・リンドグレーン。母国スウェーデンでは、『アストリッド・リンドグレーン記念児童文学賞』という、名を冠した児童青少年文学賞が設けられ、その姿が紙幣に印刷されるほど偉大な存在として知られる。彼女の作品がそれほどに大きな支持を集め愛されてきたのは、なぜなのだろうか。
そんなアストリッドの姓が「リンドグレーン」になる前に、子どもから大人の女性になっていく過程を描いた映画が、『リンドグレーン』だ。本作は、アストリッドが作品を執筆する姿はそれほど描かれず、栄光に輝く姿も映し出されない。その代わり、これまであまり触れられてこなかった、彼女の人生に起きた不幸な出来事と、心の葛藤や悲しみ、ささやかな幸せを表現する。そして、その道のりを通して創作の謎に迫ろうとする。
『ピッピ』『ロッタちゃん』、名作児童文学作品のイメージと重ね合わせて映し出されるエピソードの数々
いまではリンドグレーンのゆかりの地ということが観光資源となっている、スウェーデンの南に位置する田舎ヴィンメルビュー。本作は、そこで農家の娘として育っていくアストリッドを映し出していく。そして彼女の成長を追いながら、大仰にならないように、偉大な児童文学作家となるはずの、彼女の才能の片鱗を慎重に垣間見せようとするのである。
12/7公開映画『リンドグレーン』予告編
アストリッドの少女時代は、家の手伝いで家畜の世話や畑仕事に追われる毎日だった。過酷な作業も、軽口を叩いたり種芋をぶつけ合いながら遊ぶことで、束の間楽しい時間になる。そこからわれわれは、自然に囲まれたスウェーデンの田舎に生きる子どもたちをいきいきと描写した、リンドグレーン作『やかまし村の子どもたち』のイメージを読み取ることができる。
また、人間の罪の象徴である、神の怒りに触れた退廃の街、ソドムとゴモラについての説教を教会で聞いた帰り道で、「ねえねえ、ソドムとゴモラ、どっちに住みたい?」と、兄妹たちに質問をし、厳格な母親にたしなめられるエピソードや、田舎町のダンス会に行って気晴らしをし、門限を過ぎたことで親に怒られると、「神の前では誰もが平等って言ってたでしょう?」と反発するエピソードによって、常識的な考えに染まらず、自分の考えを押し通そうとする、強情だけどおちゃめな女の子の日常を痛快に描いた『ロッタちゃん』シリーズを思い起こさせる。
さらに、ダンス会でひとり奇妙な踊りを激しく踊り始めるというロックな一面や、20年代に欧米で流行したフラッパー文化に憧れて、ヴィンメルビューで短く髪を切った最初の女性になるという姿から想起させられるのは、奇抜な格好でおそれ知らずの女の子の冒険物語『長くつ下のピッピ』である。
作品情報

- 『リンドグレーン』
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2019年12月7日(土)から岩波ホールほか全国順次公開
監督:ペアニレ・フィシャー・クリステンセン
脚本:キム・フォップス・オーカソン、ペアニレ・フィシャー・クリステンセン
出演:
アルバ・アウグスト
マリア・ボネヴィー
マグヌス・クレッペル
ヘンリク・ラファエルセン
トリーネ・ディアホム
上映時間:123分
配給:ミモザフィルムズ