北欧出身の落語家・三遊亭じゅうべえが見つめる日本社会の不思議

北欧出身の落語家・三遊亭じゅうべえが見つめる日本社会の不思議

インタビュー・テキスト
島貫泰介
撮影:鈴木渉 編集:中田光貴(CINRA.NET編集部)
2019/06/25
  • 2031
  • 687

(落語は)わからない言葉も多いですが、人間として共感できることのほうが多いです。

―じゅうべえさんは現在3年目の前座ですね。落語修行はいかがですか?

じゅうべえ:難しいです。いまは落語を披露するのは全体の1割くらいで、師匠のかばん持ちをして、お茶を出して、着物をたたむっていう、下っ端の仕事がメインですから。でも逆に言えば、噺のうまさを求められるような段階ではないので、師匠や先輩の方の落語をたくさん見て、教えていただくことだけに集中できる幸せな時間かもしれません。

ただ、私の場合は日本語を喋るだけでもいっぱいいっぱい。早いスピードで言葉が出てくるように訓練して、正しいイントネーションで喋って、キャラを演じ分けて、所作をきれいに保つとか、ハードルはたくさんあります。正座も足が痛い!

―正座で過ごす生活のスタイルはいまやほとんどないですから、日本人だって同じです(苦笑)。ライフスタイルで言えば、古典落語の多くは江戸時代の生活習慣に基づく噺です。そういった部分は、スウェーデン人であるじゅうべえさんにとっては、どのように感じますか?

じゅうべえ:もちろん「へっつい(かまど)」だとか、わからない言葉も多いですが、人間として共感できることのほうが多いです。例えば江戸っ子の粋。これは、いまの東京の人にも欠けているものだからこそ、落語の人気はいまも廃れてないんじゃないでしょうか?

渋谷のスクランブル交差点を歩いていたりすると、みんな他人には気をつかわず、せわしない感じですけど、江戸時代はまるで違った人のあり方だったはずです。侍を相手にするなら別ですけど、町人同士なら上下関係もいまほど厳しくなくて、互いにからかったりシャレを言い合うことが当たり前のコミュニケーションをしていたはず。その軽く生きている感じに、私も大いに共感します。

三遊亭じゅうべえ

じゅうべえ:例えば、『文七元結』は落語では有名な人情噺ですけど、賭け事をやめられない父親が娘を吉原に取られてしまって、娘を取り戻すための50両を、行きずりの若者にほどこしてしまう。吉原の女将は、借金を返すのが遅れたら娘を女郎にするぞと言って父親の改心を期待しています。だけど、そもそも娘が風俗で働くことになる可能性がちょっとでもある状態を良しとする父親の気持ちとか、欧米の感覚で言ったらまったくわからない(笑)。でもわからないなりに、理があるように思えるのは、この時代の軽さが理由かもしれないとも思います。

あるいは、ダメな夫のために妻が知恵をふるって支えるような『芝浜』は、世界のどんな人にも通じる噺ですね。

コンビニでも「いらっしゃいませー」と言うけど、心が入ってないなら言わないほうがいいでしょ、と思います。

―なるほど。じゅうべえさんにとってはいまの日本よりも落語のなかの日本のほうに親近感を覚えるわけですね。

じゅうべえ:正しくは「いまの東京よりも」って感じです。東京はとにかく人が多すぎて、他人に冷たい。昔の江戸は、もう少しコンパクトなコミュニティーがあって、みんな親しく優しく付き合っていたんだと思います。

―それは、スウェーデンの社会にも近いですか?

じゅうべえ:うーん。ヨーロッパのなかでも、スウェーデンは日本に近い気質のある国だと思います。シャイだし、他人に対して「あまり調子にのるなよ?」っていう空気も、日本ほどではないけどある。それでも、もうちょっと気楽な感じですね。

三遊亭じゅうべえ

―「調子にのるなよ?」というのは「空気読めよ?」みたいなことですか?

じゅうべえ:出る杭は打たれる、みたいな。とはいえ、個人主義の国なので、謙遜や慎み深さを良しとするってことです。いまの日本の謙遜はかたちだけで、コンビニでも「いらっしゃいませー」と言うけど、心が入ってないなら言わないほうがいいでしょ、と思います。

―わかります(苦笑)。

じゅうべえ:あとは、同調圧力ですよね。日本って「みんな好きで飲んでるよ」とか「この映画は10人のうち9人が泣いた」とか、世間の評価を過度に持ち出してきますよね。あれも不思議です。みんながどう思おうが自分は自分だし、作品や物事に対する感じ方を指図されるようで、どうにも気に入らない。

それと比べて落語には、基本的に気楽さがあるし、噺家が提供したものに対して、受け手であるお客さんがどう反応しても自由っていう空気があるんです。実際、素人時代に10人くらいのお客さんの前で落語を披露したことがあったんですが、まわりは笑っているのに1人だけずっと仏頂面の人がいたんですよ。こっちは「面白くなかったのかな? 失敗しちゃったかな?」って思ったんですけど、あとになって「すごく面白かったです」と言われて。そういう、観客としての自由さがあるのも好きですね。

三遊亭じゅうべえ
Page 2
前へ 次へ

プロフィール

三遊亭じゅうべえ(さんゆうてい じゅうべえ)

落語家。本名は、ヨハン・エリック・ニルソン・ビョルク。2016年8月15日、三遊亭好楽の十番弟子として入門。入門前はボルボ亭イケ也として活動。スウェーデンのストックホルム大学で日本語を学ぶ。その後、中央大学に交換留学した際に、落語と出会う。母国スウェーデンに似たようなものがないため、落語家になると決心。将来的には、落語を世界に広めていきたいと思っている。趣味はアニメ、映画、読書、ゲーム。

Category カテゴリー

Latest Articles 最新の記事

What's "Fika" ? フィーカとは

「Fika」はCINRA.NETとVOLVOが送る、北欧カルチャーマガジンです。北欧デザインの思想の基盤を「クラフトマンシップ×最先端技術」と捉え、そこに学びながら、これからのカルチャーやライフスタイルにまつわるコンテンツをお届けします。